461.騎士は悟る。
「セドリック第二王子殿下!」
慌てたようなアーサーの声にセドリックはすぐに顔を上げ、向き直った。
馬車から降り、周囲を見回していたセドリックの周りには何人もの衛兵が護衛につき、更にはその場に居合わせた騎士達も控えていた。
セドリックに駆け寄り「お待たせして申し訳ありません」と一度跪くアーサーに、セドリックはとんでもないと言葉を返す。
「こちらこそ突然お訪ねしてしまい申し訳ありません、アーサー隊長。実は折り入って少しお尋ねしたいことがありまして、こちらに伺いました。」
どうぞ顔を上げて下さい、と望むセドリックに合わせてアーサーがゆっくりとその場から立ち上がる。
自分に、ですか…?と疑問を小さく口にするアーサーにセドリックは少しだけ周りを見回した後「宜しければ、中に」と、馬車の中へアーサーを招いた。
フリージア王国のものではない、ハナズオ連合王国の馬車だ。いつもと違う馬車の紋章や造りに少し緊張をしながらアーサーは促されるままにそこに乗り込んだ。
アーサーが入った後、続いてセドリックも馬車へ乗り込むとゆっくりと扉が閉ざされた。既にセドリックの手により内側からカーテンで閉められていた馬車内は少し薄暗い。王族と二人きりの空間に少し緊張して喉を鳴らすアーサーは、向かい席のセドリックに「それで」と声を潜めた。
「早速で申し訳ありませんが、セドリック王子殿下。……自分もプライド様に関しては、……何も存じてはおりません。」
本当に申し訳ありません……と膝の上の拳を握りながら告げるアーサーは、真剣な眼差しをセドリックに向けた。アーサーの言葉に少しだけ目を大きくさせたセドリックは、髪を掻き上げたながら彼を見返した。
アーサーからすれば王弟であるセドリックが、自分に聞きたい事など一つしか思い浮かばなかった。
セドリックのフリージア王国滞在延期については騎士団長であるロデリックから既に騎士団全体へ知らされ、更には二週間ほど前にはセドリック自ら騎士団と騎士団演習場の視察に訪れていた。
セドリックがプライドを心配して滞在を長めているとアーサーは思い、今回もあまりに噂を聞かないからこそ近衛騎士である自分に話を聞きに来たのだろうと推測していた。
語り出すアーサーにじっと黙し、言葉を聞いたセドリックは考えるようにこめかみを指先で押さえた。
「ご存知のことだとは思いますが、近衛騎士が停止されている今。……自分も、他の騎士達と同様に全く情報を掴めてはおりません。最後にプライド様……どころか王族の方にお会いしたのもひと月以上前のことです。」
そう言いながら遠い日を思い出すように僅かに目を細めた。
定期的に会っていたステイルとすら今は音信不通。自分が決意をしてから、未だそれを実行するどころかプライドの接点すら得られないのが現状だった。更にはプライドが今どこにいるのかすら把握していない。
「噂では、離れの塔に移されたと聞きました。……ですが、それすら本当かどうか騎士である自分には」
「事実です。……プライドは、離れの塔で軟禁され、今は〝拘束をされております〟」
っ……⁈と、アーサーは言葉も出なかった。
見開いた目でセドリックを映し、パクパクと開かれたその口は言葉すら形成されていなかったが、その表情は明らかにどういうことかを尋ねていた。
「……ステイル王子からの託けです。アーサー隊長に内密に伝えて欲しいと、それを条件に私も教えて頂きました。」
私も未だに信じられません、と言葉を添えながら動揺を隠せないアーサーへセドリックはゆっくりと言葉を続けた。
「話によれば今からひと月ほど前、プライドは配達人に危害を加えかけたことが原因で離れの塔に移動。更に昨日、突然己が身にまで刃を向けたと。」
なるべく要点をまとめて先に内容を語るセドリックに、アーサーが思わず声を漏らす。「配達っ……⁈……自分に……⁈」と、信じられない様子で言葉を繰り返すアーサーにゆっくりとセドリックは頷いた。
「配達人には幸い怪我はなく、ステイル王子が逃してから今は消息不明。プライドは、腕に傷がまだ残ってはいますが、それも治療で消える予定だと。……ただ、この短期間での言動に合わせ自傷行為が認められたことにより、彼女は〝病〟と医者から診断、上層部にも判断されたそうです。」
「いえ……‼︎病な訳がっ……‼︎」
思わずセドリックの言葉を否定し、声を上げる。
勢いあまってその場から立ち上がりそうなのを、足に力を込めたところで堪えた。それ以上発言することを躊躇い、「すみません」と小さく呟いてそのまま腰掛けた。堪らず俯き、自分の拳を睨む。
病を癒す自分が触れ、全く効果を示さなかったプライドが病であるわけがない。それを、セドリックは知らなくても上層部であるジルべールやステイルが知らないわけがない。それでも、病と診断せざるを得なかった。……それしかなかったのだと。ギリギリで冷やした頭ですぐに理解した。
たとえプライドが病でなくとも、自傷行為をするというのならば止める方法など限られているのだから。
口を無理やり絞り黙るアーサーに、セドリックは正面からその顔を見つめた。以前に会った時よりも少し窶れ、目の下にはうっすらとクマができていた。ステイルほど土色の顔はしていないが、御世辞にも血色が良いとは言える顔でもなかった。唯一蒼色の瞳だけが濁らず、今までと変わらず透き通っていることだけがセドリックにとっても救いだった。
しかし今は顔を歪め、苦しそうに眉間に皺を寄せるアーサーに、セドリックはこの後言うべき言葉を少し躊躇い、一度静かに息を吐いた。それから新しく空気を吸い上げてから、覚悟をするように「アーサー隊長」と言葉を掛けた。
「……ステイル王子からの、伝言です。」
なるべく落ち着いた、低めたセドリックの声色にアーサーは顔を上げた。
そうだ、ステイル!と、最初の疑問がアーサーの頭に過ぎる。近衛騎士の停止を事前に伝えに来てから一度も自分の前に姿を現さないステイル。今回も、何故いつものように自分の元へ現れずにわざわざセドリックを寄越したのか。何より、突然の音信不通もずっと気に掛かっていた。プライドのことと、何よりその容疑者であるラジヤ帝国や真相究明に忙しいのだろうとは思っていたが、あまりの長期間にプライドだけでなくステイルのことも心配になってきていた。
セドリックはアーサーの意識が自分に向いたことを確認してから口を動かした。ステイルとの約束通り、一字一句違わずアーサーへと伝える為に。
「〝もう姉君の傍には居られない。約束を違えてしまってすまない。……お前に会わす顔がない〟と。」
「…………は?」
見開いた目のまま、王弟相手に思わず低い声が漏れた。
それ以上何も言わずに開いた口を固めるアーサーに、セドリックはショックで言葉が出ないのだろうと思った。
が、すぐにそうではないことを理解する。先程まで戸惑いを露わにしていたアーサーが
「……本気で、ンなこと言ったんすか……アイツ。」
あまりにも明らかな怒りに染まっていったのだから。
じわじわとさっきまで蒼く透き通っていた目が怒りで赤く染まっていく。更には先程の彼からは信じられないほどの覇気が溢れ出していた。言葉遣いも、自分に向けられるものとは若干変わり、この場で自分が斬り殺されるのではないかと思わずセドリックは身構えた。
自身から血の気が引いていくのを感じながら、アーサーをこれ以上刺激させないように「い、一字一句違わない。命にかけてそう誓います」と告げれば、更にその倍の覇気が馬車の中に満ちた。
あまりの凄まじい覇気に馬車に繋がれた馬が悲鳴を上げた。馬車の外にいる騎士や衛兵までもが声を掛けてきた為、セドリックは「何もない‼︎」と慌てて声を張り上げた。今この場で扉を開けられれば、セドリックがアーサーに脅されているようにも映っただろう。
「アイツッ……また……そォいうっ……‼︎」
何かを堪えるように背中を丸め、ぽつぽつと独り言のように言葉を漏らすアーサーは、セドリックの存在自体を忘れているかのようだった。
途中から普段の彼からは想像できない舌打ちまで聞こえ、耐え切れずセドリックは「アーサー隊長⁈」と潜めた声で呼び掛けた。
セドリックの呼びかけにピクッと肩を揺らしたアーサーは、丸めた背中をぐわりと伸ばす。そして王族に向けているとは思えない鋭い眼差しをセドリックへと向けた。「セドリック第二王子殿下」と呼び返され、喉を鳴らしたセドリックは目を丸くして次の言葉を待った。
「伝言ありがとうございました。もしステイル様に今度お会いしたら〝どんなツラしていよォが良いからさっさと来やがれッ‼︎〟って。……伝えて、頂けますか……?」
王弟殿下にこんなことお願いして申し訳ありませんが、と言いながらも、今度こそ半ば脅迫のような口ぶりで放つアーサーは眼光がギラついていた。
ステイルにあてた言葉以外丁寧に語るアーサーにセドリックは青い顔で何度も頷きながら「一語、一句、違わず……!」と返した。自分に対しても態度が若干豹変したことにも驚いたが、それ以上にフリージア王国の第一王子であるステイルに宛てた言葉とは思えない話し方と、その内容に驚かされた。自分の目の前でも仲が良くは見えたが、今の話し方ではむしろアーサーの方が立場がステイルよりも上のようにまで思えた。
そのまま自身を必死に落ち着かせるように長く息を吐き続けるアーサーを無言で待ち続ける。三分ほど経ち、やっと頭から熱気を払ったアーサーは再びセドリックへ「……失礼致しました」と深々と頭を下げた。
「……あの、……セドリック王子殿下。……お伺いしてもよろしいですか……?」
セドリックに頭を上げるように願われてから、先程の取り乱し方を恥ずかしそうに口籠る。そのアーサーの様子に少し安堵しながらセドリックは「どうぞ」と言葉を促した。
「……ステイル、様。……ッあと、ティアラ様やジルベール宰相は……。……どんな状態でしょうか…?」
さっきとは打って変わって心配そうに眉を垂らすアーサーに、セドリックも顔を歪めた。
大袈裟にはならはいようにと言葉を選びながら、ジルベールにはここ最近は会っていないこと、ティアラは部屋から出て来ず、ステイルに関しては先程自分が見たままの状態を正確に説明した。ティアラが部屋に篭り、さらにはステイルが明らかに精神的に追い詰められているのであろう状態は、先程のプライドの話からアーサーも容易に想像できていた。
プライドが病んだと診断を下さざるを得なくなり、更にはヴァル達に危害を加えようとしたプライドを目の当たりにし、プライドの自傷行為に関しても、きっと傷ついたプライドの姿をその目で確認したのだろうと考える。自分でも、まだ覚悟が決まっていない内にそんなことをされたらと思えばステイルがどれほど辛い立場に追いやられているかは想像もついた。だが、
『もう姉君の傍には居られない。約束を違えてしまってすまない。……お前に会わす顔がない』
ガンッッ‼︎と。アーサーは力の限り鎧を纏った自分の太腿を殴った。
けたたましい音が響き、セドリックは思わず今度こそ身体を跳ねさせた。同時に再び外の護衛達に声を掛けられ、大丈夫だと声を張る。その間もアーサーは思い出した苛立ちと彼らの事も気に掛かり、胃がグラグラと揺れた。
プライドが自傷と拘束。自分の脳では未だに処理できない事実が何よりも現実味がなく、受け入れらきれずに垂れ下がった状態のままだった。ただ、飲み込むよりも先にプライドが自分の身体を傷付けて赤く染まっている姿と、今こうしている間にも手足の自由すら奪われてベッドに縛り付けられている姿を先に想像してしまえば、心臓が絞られるように激痛が走る。
思わずこの場で大声を上げてしまいたい衝動に駆られ、口の中を噛み締めれば止まる事なく噛み切り、血の味が広がった。プライドに会いたい、今すぐ離れの塔へ行きたいと。自分の中の衝動を必死に理性で押さえつけるアーサーは、呼吸のペースをこれ以上荒げまいと意識的に何度も息を吸い上げ吐き出した。
「……私からも、……宜しいだろうか……?」
静かに内側で荒れ狂うアーサーの顔色を伺いながら、セドリックはゆっくりと口を開いた。
気を紛れさせようと一気に息を吐き出すアーサーは「どうぞ」と拳を握りながらセドリックに答えた。
「……これは、あくまで私の勘繰りでしかない。推測とも言えない単なる想像です。ですが、それを前提に貴方の意見をお聞かせ願いたい。」
未だに少し口にすることを躊躇うように語るセドリックにアーサーは思わず眉を寄せる。
一体何なのか想像もつかない、だがもしプライドやステイル達に関することならば推測でも想像でも少しでも情報が欲しいと心から思った。
セドリックは意を決したように一度だけ口の中を飲み込むと、アーサーに向けて真っ直ぐその燃える瞳を揺らめかせ、放った。
「プライドは……己がこうなることを予知していたのではないでしょうか……?」
ピクン、と。肩が揺れた直後、アーサーの目が限界まで見開かれた。ざわっ…と全身が総毛立ち、セドリックの言葉に全身を強張らせた。
アーサーからの反応に「変なことを言って申し訳ありません」と詫びながら、しかしとセドリックは言葉を続けた。
「プライドは、予知の特殊能力者であると存じております。ならば、事前に己が未来を予知していたとしてもおかしくはないのではと」
「何故。……セドリック殿下は、そう思われたンですか……⁈」
信じられず、最後まで聞き終える前にアーサーは言葉を重ねてしまう。
まさか、そんなと、自分と同じ考えの人間が、…自分と同じことを知る人間がいるとは思ってもいなかった。必死に上がりそうな声を抑えるようなアーサーの問い掛けに、セドリックは言葉を一度止め、そして一度唇を噛んだ。
「……『私が居なくなった後も、…ずっとジルベール宰相が国や民を守ってくれるから』……ティアラの誕生祭で、彼女はそう語っていました。」
え……?とアーサーから勢いが消失する。
突然矢で射られたかのような衝撃と、心臓が脈打つ気持ち悪さで心臓部分の団服を握り締めた。表情が固まるアーサーはまだ頭が受け入れられないまま「いつっ……どの時にそんな……」と漏らしたが、セドリックは敢えてそれには答えなかった。代わりに次の言葉を重ねるようにアーサーに問い掛ける。
「それに、レオン第一王子も貴方方に確かに仰っておりました……ダンスパーティーを『プライドは今回だけだと思ってるみたいだ』と。」
セドリックの言葉にアーサーは息を飲む。
その言葉に記憶を探れば、確かにあった。ダンスパーティー後、騎士団とレオンで談笑していた時だ。その時確かにレオンはセドリックの言葉通りに語っていたと言葉で返事をする前にアーサーは頷いた。だが、何故あの場にいなかったセドリックがそれを知っているのかと疑問も過ぎる。セドリックの読唇術を知らないアーサーには全く情報源が想像もつかなかった。
「レオン王子が何故、そう思ったのかは私にもわかりません。ただ、……あれほどの成功に終わったダンスパーティーを彼女だけが今回限りと思っていたのには疑問を感じます。まるで、もう自身が携われないと知っていたかのようだ。」
セドリックの静かに畳み掛けるような推論にアーサーは喉を鳴らす。
同時に確かにそうだ、という言葉も共に飲み込んでしまう。
「更には先ほどのお伝えしたジルベール宰相への言葉。……まるで、己が最期を見通していたかのようにも読み取れます。」
ジルベール宰相へ向けての言葉だったのか、と今アーサーは理解する。ならばやはり何故セドリック王子が、と言葉が喉まで出掛かり……そして止まった。
「プライドが良き王女であったという十年間。……その終わりを、彼女が知っていたというのならば、納得もできるかと。」
勿論、全ては私の妄想でしかありませんが……。と苦そうに最後締め括るセドリックにアーサーは言葉も出ずに視線を落とした。団服を掴んでいた手を離し、震えそうな身体を押さえつけるように膝の上に置いた手に力を込めた。沈黙し、迷う間にもセドリックは身を引くように「……申し訳ありません、妄想が過ぎました」と言葉を紡
「………知っていたと、……思います。……少なくとも、七年……前から。」
ぽつり、と小さく語られたその告白にセドリックは息を飲んだ。
目を見開き「七年……⁈」と声を上げ僅かに身を乗り出すセドリックに、アーサーは俯いたまま小さくうなずいた。自分にとってあまりにもかけがえのない、この上なく大事な記憶でもある当時の会話をそのまま口にするのは憚られ「……これも、誰にも言わないで頂けますか」と確認をとってから、消え入りそうな声でアーサーは短く話した。
「詳しくは言えません。ただ、プライド様は七年前からすでにご自身が……変わって、しまわれることを……ご存知のようでした……。」
その時に託されたことも、どんな言葉だったかも言いたくはない。
ただ、自分にとっても小さな推測に過ぎなかったそれに、確証付けてくれたセドリックに自分からも返さなければと思った。
アーサーの言葉に口を俄かに開けたまま、見開いた目は瞬きひとつできなかった。まさかここで自分の推測が決定付けられるとまではセドリックも思って見なかった。詳しくは言えないと断ったアーサーに、それ以上尋ねることもできず数十秒沈黙の後に小さく「そうですか……」という一言だけ喉の奥から搾り出す。
俯き気味のまま目だけを覗かせるようにセドリックへ向けたアーサーは、その瞳の焔が次第に力なく揺らいでいくのがわかった。言葉と共に不自然なほど微動だにしなかった彼は、沈んだ表情のまま唇だけが険しく歪められていた。何かを思案しているようにも、苦悩しているようにも見えるその姿にアーサーは自身の息を潜め、じっと膝の上の両手を見つめ、拳を握った。
……やっぱ、……知ってたんだな……。
既に覚悟ができていたその感情と欲求に、名前も確認せずアーサーはひたすら胸の奥へ押し殺した。
今、それを表に出せば取り返しのつかないことになるのは誰よりも自分がよくわかっていた。
外の音に耳を澄ませられるほどの長い沈黙が流れ、時間の経過とともに静かにセドリックの頭が沈んでいった。頭を髪ごと抱え、顔が見えなくなるほど俯いたセドリックの両手が微弱に震え出す。それに気づいたアーサーは恐る恐る「セドリック王子殿下……?」と声を掛けた。
「ッ………申し訳ありません。大分、御時間を頂いてしまいました……。……ありがとうございました。」
はっ、と顔を上げたセドリックは目が覚めたように何度も瞬きを繰り返し、最後に力なく笑った。
あまりにも悲しげに笑うセドリックに、それだけでアーサーは胸を絞られる。扉を叩き、外の衛兵に開けさせたセドリックはアーサーを外へと促した。
「……お話できて良かったです、アーサー隊長。また、何かの折には宜しくお願い致します。」
柔らかく語りながら笑うセドリックの表情は、取り繕いが嵩張りながらアーサーの目には辛く歪んで写り、また胸を痛ませた。こちらこそありがとうございました、と言葉を返し、握手を交わす。そのまま護衛とともに馬車に戻ったセドリックを、蹄の音が聞こえなくなるまでアーサーは見送った。
また一人、自分達の知るプライドとの離別を覚悟した者が増えたのだと。
……静かに一人、悟りながら。