460.騎士は急ぐ。
「あぁ…。…ええ、事故よ?私はちゃんとあの時に予知したもの。」
……?…なんだ、これ…。……この、声は…。
「予知と…⁈つまり女王陛下はあの時全てご存知で…ならば何故、撤退命令も出さず先行部隊を崖上などにっ…」
知ってる声と知ってる声が話してる。片方は俺の声だ。
女の声は、すげぇ懐かしいような嬉しい声の筈なのに。今は、………この上なく憎らしい……ッ……‼︎
………嗚呼、そうだ……思い出した。
何故、忘れることができたのか。今まで、一瞬たりとも忘れたことなどなかったというのに。
この、女は七年前……私の、父を……‼︎
「だって、あの奇襲者……私の兵、つまりは私に楯突いたのよ?許せないじゃない。だから崖の崩落をさくっと早めて死んでもらったの。撤退命令なんかしたら、奇襲者まで生き延びちゃうかもしれないじゃない。」
殺意が、身を凍らせた。
必死に勘付かれまいと内側に押し留める殺意を知ってか知らずか、女王は高らかに笑い声まで上げ出した。
何故、そうも簡単に言えると言うのか。我が父を、当時の新兵や騎士を予知しておきながら見殺しにしたというその事実を‼︎
ステイル摂政の不在中に得られた絶好の機会。騎士団長となり、やっと父の真相を聞けたと思えば
この女は、さも笑い事のように言い放った。
ふざけるな……‼︎‼︎
あれほど多くの死者を出し‼︎父を見捨て‼︎ッやはりあの時に掛けられた言葉の真意は間違いではなかった。
この女は父の死を予知していたからこそ七年前の私に「お気の毒に」などと言い放った‼︎しかも、こうして間近に立とうともこ私のことを思い出してすらいない。それどころか父に似せたこの姿を目にしてもこの名を口ずさんでも私がロデリック・ベレスフォードの息子だとも気付いていない。ッいや違う!この女は父のことを覚えてすらいねぇンだ……‼︎‼︎
許さねぇッ……‼︎‼︎
「ッ……‼︎」
背後で組んだ手を、音もなく静かに腰の剣へと添える。女王は全く気付かないようにまだ笑い声を上げていた。
今、この場で剣を抜けば良い。
警護は騎士団長である私だけ。他の騎士も衛兵も今は扉の外にいる。今なら止められる心配もない。助けを呼ばれる前にその首を刎ねれば良いだけの話。
こんな女は死んで当然なのだから。
「そういえば最近も似たような事聞かれた気がするわぁ…アッハハ!なに?なんで今更そんな大昔のことが気になるの?」
ッ七年前に決めた‼︎必ずやこの女に真相を聞き出すと‼︎そして、もし私の思う事が真実であれば、たとえ断頭台に立たされようとも父の仇を討つと‼︎‼︎
やっと、やっとその時が来たンだ…‼︎やっと聞けた‼︎やっと届き辿り着いた‼︎‼︎この場で、この場でコイツさえ殺せれば、その後に俺が処刑されようとどうなろうと構いは
『騎士団を、頼む』
「ーーーっっ…‼︎‼︎」
ハリソン騎士団長……ッ。
突如過ぎったその言葉に、今にも剣を抜こうとしていた手が強張った。
今、この場で女王を殺したら私は恨みを晴らせる。
だが、騎士団はどうなる⁈今はもう、私は私一人の物ではない。新兵が、多くの騎士達が私を支持し頼ってくれている。もしここで女王を殺せず万が一にもしくじれば騎士団長の私は罪に問われ、私だけでなく騎士団全てが処罰を…ッそれどころではない、女王の手により騎士団自体が解体され全員が殺されるに決まっている……‼︎
女王を殺せたとしても……、……私一人が反逆の罪で処刑されることはかまわない。だが、騎士達はどうなる?私が手を汚せば、私だけではない騎士団も騎士も新兵も全員が叛逆者として吊るし上げられるかもしれない……‼︎
父が、愛した騎士団が。
クラークが父の代わりに守り続けてくれた騎士団が。
ハリソン騎士団長が託して下さった騎士団が……‼︎
私一人の復讐心の為だけに犠牲にされるというのか……⁈
そのようなこと、父が、クラークがハリソン騎士団長が喜ぶわけがない。歴代騎士団長が守ってきた騎士団を私の代で漬いやすことなど許されることではない‼︎‼︎
クラークだって機会はあった筈‼︎それでも友だった父の死を嘲笑った女王を殺さなかったのは……ッ違う!それは単に真実を知らなかったからだ‼︎クラークだってコイツが父を殺したと知ったら絶対に同じことを
…………したか?……クラークが。
するわけがない。
父が誇って愛した騎士団を、七年前の状態からあそこまで立て直したクラークがンなことするわけがない。
ならハリソン騎士団長は⁈あの人ならば許せない相手にはきっと……
『騎士団を、頼む』
ッッだからあの人が俺に託してくれたンだ‼︎‼︎
騎士団を。ずっと、あンだけ騎士達に恐れられても疎まれても女王に騎士団を潰させない為に憎まれ役を買ってきたあの人が‼︎‼︎
託された、託されたのに潰すのか⁈俺が‼︎私が‼︎⁈
父を見殺したから復讐した、などと……ッ理由になンねぇだろ⁈‼︎既にもうこの七年の間に死んだ騎士なんざ千を軽く超えている‼︎‼︎なのにハリソン騎士団長に託された騎士団を俺の代で潰すのか⁈女王を殺した反逆者集団の烙印をつけるのか⁈騎士達に革命の意思があるかもわからない!にも関わらず私個人の独断で‼︎騎士団長であるこの俺が‼︎父の息子であるこの私が‼︎‼︎
「ねぇ?……なんでそんなつまらないこと聞くのかしら?」
殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい‼︎この女をこの場で今すぐに‼︎‼︎父の!この私の顔を覚えていなかったことを身を以て後悔させてやれればどんなにか‼︎‼︎ッだが、……だが!私はっ……‼︎
『騎士団を、頼む』
「ッッーーー……、……っ。……いえ。大したことではありません。……大変失礼致しました。」
女王に頭を下げ、言葉を整える。
剣に添えた手を再び背後に回し、組む。手の鎧を砕かんばかりに掴み、力を込めればピキリと鎧の方が悲鳴を上げた。
口の中を噛み締めれば容易に噛み切れ、血が口内を満たした。足りずに歯を食い縛れば、今度は奥歯が砕けた。「ふぅん」と、つまらなそうに呟く女王は、再び髪を弄り遊びながら既に飽きたように私への興味を捨てていた。
……この七年、あれほどに待ち望んだ女王と相対する時。
この女に真実を聞き出し、仇を討つことこそが私の騎士となった理由だった。父の望む騎士にと思った筈が、気が付けば父を真似て父が最も恥じる、憎しみに囚われただけのまがいものに成り果てた。だが、父を真似続けただけの恥ずべき私しか、偽りにまみれた騎士としての生き方しか、……今の私には残されていない。
……いっそ、この団服も騎士団長としての立場も捨て去り、それから復讐に身を投じるか。
そうすれば、騎士団にも迷惑はかからない。
私は単なる復讐鬼として身を馳せ、復讐を遂げようと遂げまいと個人として死ねる。騎士でも、父のできそこないですらない、……空っぽな偶像として。
『騎士団を、頼む』
っ……駄目だ。ハリソン騎士団長に託された騎士団を捨てるなどできる筈がない。
父が愛し、クラークが守り繋いだ騎士団を守り抜くことこそが、本当に父やクラークが私に望むことではないのか⁈
もう、父はいない。女王を殺したからとはいえ、戻ってくるわけもない。それよりも父が、父が遺した騎士団を私は、私……は……。…………。
私は、何だ……⁇
何の為に父に似せてまで騎士になった?
父の偶像となる為か?国の為か民の為か騎士の為か⁇違う、私は七年前の真相と父の仇を討つ為だけに騎士を目指した。誇りも理想も何もない。私はこの女を殺す為だけに生きてきた。なのに、何故、何故殺せない⁇
「お待たせ致しました、女王陛下。……仰せのままに、片付けて参りました。」
「遅かったわね、ステイル。……じゃ、もう良いわ騎士団長。」
ステイル摂政が戻られた。……なんとも薄気味悪い男か。何度もその顔を見るたびにそう思う。
眼鏡の奥の死んだ瞳も、表情全てが取り繕いで塗り固められている。見かけこそ服に皺ひとつないが、明らかに全身から血の匂いが染み付いていた。今も一体何をしてきたのか、……得体の知れないこの男もまた女王と同罪だ。七年前も女王と共に映像の向こうにいたことは忘れもしない。……今すぐにでも、この場で剣を振るえれば。
「御苦労でした、騎士団長。どうぞ下がって下さい。」
ステイル摂政からも再び言葉を受け、私はただ黙し礼をし下がる。
……やはりあの顔を見るだけで気分が悪い。人形に怨念のみを閉じ込めたような男だ。
扉を自ら開き、部屋を出る。
部屋の外で護衛をする騎士達と衛兵と挨拶を交わし、廊下を歩く。窓を除けば雨が降っていた。だが、……止むのを待つ気になれはしない。
……父よ。……私は、今まで何の為に生きてきたのでしょうか。
歩く、建物の中をひたすらに。
……父よ。何故、貴方はあのような死に方をせねばならなかったのでしょうか。
歩く。階段を降り、下まで向かう。
父よ、何故あの時に私は……っ。……貴方に‼︎何も、できなかったのでしょうか……⁈
歩く。その足取りのまま、構わず雨の中を進む。
父よ……‼︎何故私は今‼︎‼︎貴方の憎き仇に、何もせずこうべを垂らして去ってしまったのでしょうか……⁈‼︎
歩……けない。足が、止まる。
騎士団演習場に戻らねばならないというのに、感情が鉛のように私に纏い、身体の自由を奪った。
考えれば考えるほど、父に問えば問うほど感情が濁る一方だ。
頭ではわかっている、もう復讐など考えるべきではないと。失ったものよりも、今得ているものの為に私は生きるべきだと。騎士としてそれが正しい、父もクラークもハリソン騎士団長もそれを望んでおられると‼︎‼︎ッしかし‼︎
………………憎い。
どうしても、この憎しみから逃れられない。
父や多くの新兵や騎士達を見殺しにしたあの女が。
何もできず、ただ見ることしかできなかった過去の己が。
私が七年間も囚われ続けた、騎士団に最も大きな傷を残したあの事件を‼︎……ッ嬉々として語ったあの女が‼︎‼︎
父の仇である女王へ結局恨みを晴らすどころかロデリックの息子だと名乗り出ることすらできなかった私自身が‼︎‼︎
憎くて、憎くて、堪らない……ッ
「…っ、…っっ、…ゔ…ゔぅっ…、…………っ。」
何も、できなかった……。
父よ、申し訳ありません。私は、……何も叶いませんでしたっ……。
貴方の仇を討てば、貴方の愛した騎士団を穢し
騎士団を守ろうとすれば、……あの憎き女王にこうべを垂れることしかできません。
せっかくここまで辿り着いたというのに、……何も。何も出来ずに、ただ嘆くことしか出来ません。
結局、私は最後の最後まで貴方の恥として生きることしか叶いませんでした。貴方を落胆させ、……死しても尚、貴方の名を辱めるような騎士にしかなれなかった……っ。
「っ…、……っっ…ゔ、…ぁ…ゔぅ…っ。」
雨に濡れ、父に似せた短髪が湿り、団服が水を吸い重くなっていく。
髪を伝い、額を伝い、頬を伝い、……視界を滲ませる。私の視界を遮るのが涙が雨かもわからない。呻き、掌で顔を掴むように目を覆い、雫が止めどなく指の間から溢れ落ちていく。
私は、……何の為に生きてきたのだろう。
父の為に、仇をと望みながら……立ち向かうことすらできなかった。
父を、騎士団を言い訳にしてただ保身に逃げただけではないのか?
父に似せ、父のように振る舞い、空虚なままに騎士となり、……何も果たせず。単なる過程でしかなかった騎士団に自ら囚われた。
七年前の父の亡霊に成れ果てた。
父に似たこの顔で、父が恥じる生き方を続け、己を殺し続け、……ッ結局……何も、果たせなかった……。
私は、………俺、は。
何の、為に。
「……アーサー騎士団長っ……?」
……。……彼女、は。
……
「アーサー隊長!休息中に失礼致します!」
……⁇
トントン、と扉を叩かれた後に掛けられた言葉に、アーサーは鎧姿のままベッドから身体を起こした。
頭を掻いてぼんやりすれば、うっすら視界が滲んでいた。だが、理由がわからない。目を擦り、悪い夢でも見たのかと他人事こように思いながら一人首を捻った。
「アーサー隊長‼︎少々よろしいでしょうか⁈」
髪を括ったまま寝転んでいた為、少し乱れた頭を結びなおしながらアーサーは呼び掛けに返事をする。
休息時間も自主練や他の騎士との手合わせなどをすることが多いアーサーだが、最近は部屋で休むことが増えていた。プライドのことで夜もなかなか眠れない日が続いている為、こまめに睡眠か身体を休めないと演習にも身が入らなくなってきていた。
……よりにもよってハリソンさんに言われちまったからなぁ……。
朝食を共にするハリソンに「自己管理が足りない」と言われた日から、意識的に食事と休息を摂るようにした。
騎士団内で恐らく最も自己管理の雑なハリソンにそれを指摘されたことは、わりとアーサーもショックだった。
扉に歩み寄り、開けてみれば新兵がそこにいた。慌てて駆けて来たらしい彼は僅かに息を乱しながらアーサーに頭を下げた。休息中に申し訳ありません、と再び詫びられ、アーサーはそれに言葉を返しながら新兵に要件をと促した。
「ハナズオ連合王国の王弟、セドリック第二王子殿下がお見えです!」
「セドリック王子……?」
予想外の訪問者にアーサーは目を丸くした。
何故セドリック王子が自分にと、思いはしたがそれを新兵が知るわけもない。わかりました、ありがとうございますと伝え、アーサーは椅子の背もたれに掛けていた団服を羽織る。そのまま後ろ手で扉を閉めると、馬車の停められている方向へと向かって一気に駆け出した。




