451.配達人は訪れる。
「ねぇ、ヴァル。今日はお城に行けるんでしょ⁈」
朝日が昇りきり、王都の市場もそろそろ店を開くべく準備を始めていた。
慌しく声を掛け合い、品の仕入れや陳列だのと店の人間ばかりが行き交う中。店と店の間をズカズカと大股で歩くフードの男に、少年と少女が同じく早足で左右から付いてきた。
「ああ、やっと主から命じられた一週間経ったからな。……ったく、余計な命令つけやがって。」
クソが。そう一人悪態つきながらヴァルは遠くに見える巨大な城を睨みつけた。まだ距離はあるが、壮大な規模を誇る城は王都どころ城下であればどこからでもその一片は確認できた。
「主……大丈夫でしょうか?噂だとまだ目を覚ましてないらしいですけれど……。」
ケメトが不安げに呟き、ヴァルの服を掴む。
それに押されるようにヴァルは激しく舌打ちをし、セフェクもケメトの手を強く握りしめながら城を目で捉えた。「さっさと行くぞ」と短く二人に声を掛けたヴァルは歩みを少し早める。まだ遠くに見える城に再び舌打ちをしながら、一週間前のプライドの言葉を忌々しく思い返した。
『また一週間経ってから来てください。……必ず一週間、経ってからです。』
その言葉の所為で、一週間経つ今日まで城に向かうことすらできなかった。
プライドが倒れたという噂は誕生祭の翌日には、彼らが滞在していた王都内でも瞬く間の内に広まっていた。すぐに真偽を確かめに行こうとしたが、プライドにそれを命じられたのは誕生祭の前日。しかも今回に限って念を押されてしまった。結果、ヴァル達は一週間フリージア王国内に足止めされてしまうことになった。
お陰でプライドの噂を聞いてからの七日間。ケメトとセフェクは機嫌が悪くなり過ぎた所為で苛立ちが激しくなったヴァルを宥め続けることになった。やっと今日で一週間経ち、今は機嫌も比較的マシだった。
第一王女プライドの昏睡状態。突然誕生祭の最中に倒れ、今も城で眠り続けているという。
一週間も眠り続けているとすれば、既に身体の衰弱も著しくなっているだろう。街中の行く先々で耳を傾けていればプライドの話を聞かない日はないほどに王都では噂で持ちきりだった。中にはまさかもう目を覚まさないのではと嘆き回る者も多く、その度にヴァルの機嫌は悪化していた。
今こそ比較的落ち着いてはいるが、最近寝付きの悪い彼を朝からセフェクが叩き起こし、彼より先にケメトが「僕も主が心配です!」と裾を引っ張り早々に城へと促した努力の結果でもあった。
「王女様なら医者をたくさん呼べるでしょ?なのに何故治せないのかしら?」
「医者が役立たずなだけだ。」
「ティアラが前に読んでくれた本だと、王子様のキスで目が覚めるとありましたけど」
「そりゃあ良い。バケモン王子かレオンでもけしかけろ。」
セフェクとケメトが自分達なりにプライドを心配しながら、気を紛らわせるように掛けてくる言葉にヴァルは苛々と言葉を返す。口を動かしながら街中の噂を思い出せば、また再び舌打ちが口から何度も零れ出た。
『第一王女殿下は、まさかこのまま目を覚まされないのでは……。』
『もう一週間になるぞ。噂では、既に衰弱し痩せ細っておられると。』
『実はもう目を覚ましてはいるが、酷い病が発覚したと』
『俺は三日前に既に亡くなられていると聞いたぞ』
どれも無責任な根も葉もな噂ばかりだった。
だが、ヴァルの胃の中をグツグツと煮え滾らせるのには充分過ぎる雑音でもあった。その上、隷属の契約の為に噂をしていた張本人に危害を加えることもテーブルをひっくり返すこともジョッキや皿を割ることも彼には叶わなかった。
苛々と苛立ちを募らせるヴァルを、何度もセフェクとケメトが宥め何とか今日まで乗り切った。
特殊能力を使えば、一瞬で城まで辿り着くことができるが目立ってしまう。日常でまで配達人であることを周知されるのも、更には必要以上目立つ面倒も避けたい彼は仕方無くこうして自分達の足で向かうしかなかった。大股で歩き、二人も早足でついてくるが、どうにもいつもより道が長く感じてしまう。
プライドに会ったらどうするか、まだ本当に目覚めていないのか、ステイルやアーサー、ジルベールは何を足止めを食っているのかと考えれば考えるほど、胃液が干上がると思うほどに煮え滾る。
どうせ大丈夫だ、今頃ヘラヘラと笑っているに決まっている、と思いながら頭の中では防衛戦の時のようにベッドでじっと動かず眠り続けるプライドの横顔ばかりが浮かび続けた。
ケメトとセフェクに聞かれれば、どうせ大丈夫だろ、主が簡単に死ぬかよと言いながらも内心は全く穏やかではなかった。寝たふりをして目は閉じても、二人が寝付いた後すら睡魔に襲われることはなかった。むしろ考え続けていればさっさと朝になり、セフェクが寝てから起きるまで眠れないことも一日や二日ではなかった。酒をいくら浴びるように飲んでも、元々全く酔わない彼の頭を空にしてくれはしない。慣れてるとはいえ、それでも若干の寝不足はそのまま彼の苛立ちを悪化させる結果を招くだけだった。
詳しい話を聞く為にアネモネ王国へ行ってレオンを問い詰めることも考えたが、どうにもプライドがいるフリージア王国自体を離れる気にはなれなかった。もし、プライドが目を覚ましたという報せが城下に伝えられる場合、一番にそれが知らされるのは間違いなく自分達が今滞在している王都だったのだから。
やっと城門まで辿り着き、いつもの衛兵に言って通させる。一度、配達人だと伝えれば戸惑う反応を見せたが「王族からの命令だ 」と意識不明の可能性もあるプライドからとは言わずにぼやかして言ってみれば納得したような顔をし、顔見知りでもあるヴァル達を城内に通した。
彼がプライドの住む王居内にあるいつもの宮殿へと足を進めれば、その横を馬で先ほどの衛兵の一人が駆け抜けていった。配達人であるヴァル達が来た事を、いつものように衛兵が王宮へと伝えに行ったのだ。
そこまで見届けてから、城の中なら問題ないなとヴァルは荷袋を左肩に背負い直した後に特殊能力を使った。
セフェクとケメトの手を掴み、足元の地面を滑らせて一気にプライドの宮殿へ向かい庭園を走り抜けていく。一気に目当ての宮殿へと距離が詰まったところで、衛兵に前に出られて「止まれ!」と声を掛けられた。
仕方無く舌打ちをしながら足元を停止させれば、衛兵から「この先は封鎖されている」と言いきられてしまった。
「アァ?こっちは王族の命令で来てんだ。疑うなら王女か王子に聞いてみろ。第一王女はどうしてる。」
衛兵に苛々と牙を向き、血走った眼でヴァルが睨む。
今までも何用か確認されたことはあったが、ここまで止められたことはなかった。未だにどうやら厳戒体制であるらしいと衛兵の反応と数で理解しながら、やはりプライドはまだ目覚めていないのかと考える。
ヴァルの質問にも「とにかく今は通せない」「いま確認を取りに行かせる為、この場で待つように」「プライド様は誰ともお逢いになれない」とそれぞれ告げられ、多くの衛兵に囲まれたセフェクはケメトの手を握りながらも強い眼差しで手を構えた。後退りし、背中をヴァルの身体に接しさせながら威嚇するように彼らを睨んだ。
お役所仕事の衛兵に、ヴァルはうんざりと息を吐きながら能力を一度解く。どうせどいつもこいつも大したことはしらねぇ上に話せねぇんだろと。そう思いながら、言われた通り立ち止まり、苛立たしげにその場から宮殿にあるプライドの部屋を見上げ
「……………主。」
ボソッ…と零れるようなヴァルの呟きにセフェクとケメトも彼へと振り返る。
見ればプライドの部屋の方へ顔を向けたヴァルが、驚愕に目を見開いたまま僅かに口を開き、そこへ釘付けになっていた。ヴァルの視線を追うように二人も見上げれば、部屋の窓からこちらを見下ろしている影は間違いなくプライドだった。
窓の鍵が内側から開けないように固定されている為、窓を開けないまま窓越しにじっとこちらを見下ろしているプライドと目が合う。「主!良かった!」とプライドが無事なことに声を弾ませるセフェクとケメトに衛兵が慌て出す。プライドの部屋を見上げ、ヴァル達にまだこの場から動かないようにと再び釘を刺し、玄関に入らないようにと多くの衛兵が封鎖するように立ち塞がる。
プライドはそれを眺めながらも、変わらず笑んでいた。更にはコンコン、と窓を叩く仕草までして見せる。声は聞こえないが、笑いながら動かされた口がゆっくり、そして読み取れるようにはっきりと彼らに向けて動かされた。
〝き・て〟〝い・ま・す・ぐ〟〝き・て〟
手招きし、静かに笑んでは口を動かし彼らを呼び続けるプライドに、ヴァルはゆっくりとその足を動かした。
隷属の契約で優先されるのは主であるプライドの命令。彼女がこの場で彼を呼び、命じたと本人が判断すれば腕力や特殊能力で衛兵を押し退けることも、衛兵に制止を受ける中で城の壁を上がり、窓からプライドの部屋へ侵入することも容易だった。
待て、行くな、危険だ、止めろと衛兵が喚き手を伸ばしたが、ヴァル達は構わずプライドの元へと引き寄せられる。それが隷属の契約の効果か、それとも呼んでる相手がプライドだからかはヴァル本人にもわからない。ただ、彼女に望まれるままに壁から特殊能力で窓へと上がった。見れば窓を開けるための鍵穴が内側から固く固定されているのに気が付いた。
にこっ、と笑う彼女が数歩窓から下がる。硝子一枚分向こうからプライドが口を開いた。その笑みに少し違和感を持ちながら見つめ返せば、彼女は躊躇いなく彼に命じた。
「いらっしゃい」と。
プライドからの命令に、ヴァルは躊躇いなく窓硝子を叩き割る。
パリィィンッ!と耳の奥まで響く音の後にはカラカラと軽やかな音が続き、セフェクとケメトが反射的にヴァルの背後へ隠れた。
その間から部屋への侵入を果たした後も、ヴァルは何も言葉を発さなかった。いや、〝出なかった〟。
衛兵に止められたにも関わらずここまで来いと指示を受け、自分から窓を壊せと示唆されたことも彼にはどうでも良かった。プライドの無事が確認できたから、ではない。その笑みがあまりにも異質に歪みきっていたからだ。
「会いたかったわぁ、……ヴァル。」
恍惚と光った紫色の眼差しと、口端が引き攣ったかのような笑い方があまりにも歪で。気がつけば目だけでなく思考までもが彼女に囚われ、引き寄せられた。初めて見るプライドの
捕食者のような、残酷な眼差しに。




