450.王弟は待つ。
「では、セドリック第二王子殿下。……こちらの部屋をお使い下さい。」
ジルベール宰相に案内されたのは、今まで俺や兄貴達が許されたのと同じ訪問客用の宮殿の一室だった。
今までと同じく許可が必要な場所以外は、城内であれば外出は可能。ただし、プライドの部屋から彼女の目に入らぬようにと注意を受けた。その為、プライドやティアラ、ステイル王子の住まう宮殿は近付くことも止められた。……その方が良い、俺もこれ以上ティアラの気を煩わせたくはない。
「何かあれば城の者にお申し付け下さい。必要であれば私も対応致します。」
深々と俺に頭を下げてくれるジルベール宰相に礼を伝える。
本当に滞在延期と変わらない待遇だ。何から何まで申し訳ないと伝えれば、ジルベール宰相はゆるやかに頭を横に振った。
「無実の王弟殿下をお引止めしているのですから、当然の対応です。……本当に申し訳ありませんでした。」
再び深々と頭を下げるのを手で止める。
今こそこういう状況だが、ジルベール宰相には防衛戦のみならず俺がフリージア王国に始めて訪問した時には、………かなり、御迷惑をかけた相手なのだから。
ふいに当時の愚行を思い出してしまい、不謹慎にも顔が熱くなる。額ごと顔を片手で冷し「私こそ当時は御迷惑を」と詫びればまた首を横に振られた。セドリック王子殿下、と呼ばれ顔を上げれば切れ長な目が俺を真っ直ぐに捉えていた。
「件のサイン。…感謝致します。お陰で間もなく厳戒体制の許可も降りるでしょう。これでプライド様をまた御守りできます。」
静かな声色で告げられたその言葉は真摯そのものだった。
アダム皇太子とプライドが関わった際に何かあったのか気にはなったが、深く聞くことも躊躇われた。まさか俺の愚行よりも酷いものとは思いたくもないが。……いや、それなら俺が介入しなくても接触は禁じられていたか。
「私も、我が国もプライド王女殿下が今迄のように戻られる日を待ち望んでおります。……願えるので、あれば。」
敢えて含みを持たせれば、ジルベール宰相の薄水色の瞳が哀しげに揺れた。
静かに笑んだまま「そうですね」と返された言葉には力が無い。恐らく、彼も女王方のように以前のプライドは十年の夢だったと諦めているのだろう。……俺にも、それはわかる。
先程の話を思い出せばもうプライドは帰ってこないと考えるのも当然だ。だが、ラジヤ帝国の人為的介入を疑う今は、プライドの変化も未だ俺は人為的なものだと諦めきれない。……諦めたくは、ない。
ふと、頭の中には鮮明にプライドの姿が映る。彼女が二度と戻ってこないなど享受できる訳がない。一年前、あれほど不可能だと何度も諦めた全て可能にしてくれた彼女を、俺が諦めたくはない。
「ジルベール宰相殿。……私は、せめてこの国にいる間は私の知るプライドのみを追いたいと思っております。」
今のプライドを享受し、そこから彼女を支えると決した彼らにとっては間違ったことかもしれない。だが、俺はやはりあの時の彼女の影を追いたい。
その意思を込めて告げれば、ジルベール宰相は僅かに目を開いた後、再び俺に無言でこうべを垂れた。肯定も否定もなく、ただ下げられた頭は今までで最も重いものに感じた。
最後、哀しげに俺へ笑んだジルベール宰相は足音一つ立てずに去っていった。防衛戦の彼とはまるで別人のその背中が、余計に彼の背の重量を感じさせた。
……まだ、何か隠されているのだろうか。
扉を閉め、ソファーに掛けてから時計を見上げる。
既に時間は昼を過ぎていた。昼食を頼もうかとも思ったが、その前に考えを纏めるべく目を閉じる。
……プライドの変化。それが十年前の予知能力覚醒時と酷似。予知能力の目覚め方も年代も歴代でそれぞれということだが、プライドは同じように苦しみ、倒れ、目が覚めた時には別人のようになっていた。
アダム皇太子が何かをしたとして、何故プライドが目覚めたことは想定外だった?殺すつもりだったというならば一体何故プライドは助かった?何故彼女は国王の兄貴や兄さんではなく俺を標的に選んだ?彼女は何がしたい?今は何を考えている?ティアラは今なにを……。
考えれば、疑問ばかりが先んじた。全く答えは浮かばず疑問に疑問が重なり続ける。
ラジヤ帝国が再びフリージア王国にやって来るのは早くても二ヶ月後。それまでは耐えて待ち続けるしかない。
また何か、事態が動き出すその時を。




