445.傲慢王女は嘯く。
「いらっしゃい?お待ちしておりましたわ、ハナズオ連合王国の皆様。」
ステイル、摂政のヴェストと共に彼らがプライドの部屋に招かれたのは、昼に近づいた時だった。
ノックの後、扉を開かせ部屋の中に入ったハナズオ連合王国三人、そして彼らとプライドの間に立つようにしてステイル、ヴェスト、更に衛兵が彼らを囲んでいた。
「プライド第一王女殿下、御快復されたとのことで心よりお祝い致します。」
「ありがとうございます、ランス国王陛下。私も帰られる前にお会いできて嬉しいですわ。目覚めた時には無礼な振る舞いをしてごめんなさい?」
ランスの言葉に姿勢を正したプライドが笑みで返す。
にこっ、と大人しく笑み、小首を傾げる仕草は王女らしい振る舞いにも見えたが、いつものプライドとは若干の違和感も感じられた。愛想の良い筈のプライドの笑みにヨアンやセドリックだけでなく、ランスもまた僅かに身を反らしてしまう。
「……プライド王女殿下、もうお身体は宜しいのですか?」
「ええ、ヨアン国王陛下。もうすっかり。本当にお騒がせ致しました。」
お恥ずかしいところをお見せしましたわ、と口元に手を添えたプライドはクスクスと笑ってみせる。
その笑い方すら、今までのような無邪気なものではなく、まるで計算し尽くされたような笑みだった。
それでも、今までのように攻撃的な言動をしないプライドにヴェストもステイルも内心で胸を撫で下ろす。やはり本人も離れの塔は避けたいのか、このまま行動が少しでも改善すればと思う。
「……プライド第一王女殿下。倒れた時のことは、何か思い出せたのでしょうか。」
「セドリック。……。……ぶっ!アッハハハハハ‼︎何言ってるのかしら?」
言葉を整えたセドリックからの投げ掛けに、突如としてプライドは目を大きく開いて見せた。瞳孔すら開いたような異常な眼差しに、思わずセドリックは息を止める。ヴェストもステイルもこれには危険を感じ、最初にステイルがプライドにそれ以上前に出ないようにと衛兵を間に立たせて阻ませた。
腹を抱え、楽しそうに笑うプライドは衛兵の肩越しに見えたセドリックの金色の髪を捉えると、構わず言葉を続けた。
「あぁそうそう、あの時は感謝しているわぁセドリック。わざわざ母上のお話前に会いに来てくれてありがとう。」
まるで舐めるようなべったりとした話し方をするプライドに、衛兵の向こう側にいるのが本当に彼女なのかヨアンだけでなくランスすらも疑った。
「ダンスパーティーの後、私達に話し掛けてくれたでしょう?嬉しかったわぁ。」
倒れた時のことを思い出そうとしているのか、その直前のことを語り出すプライドにステイルまでもが前のめりに身構えた。
プライドが目を覚ましてから彼らも何度も同じ問いをしたが今までは全て本人からは「覚えていない」の一点張りだった。
「………………………あぁ。…そうだったわぁ。」
数秒溜めた後、プライドがゆっくりとつぶやいた。
思い出すように変わりばえのしない天井を見上げ、顎に指先を数本添えながら、大きな目だけをぎょろりとセドリックのいる方へ向けた。
ニタァァァアアア…と、裂かれるような醜い笑みに見てしまった衛兵までもが肩を揺らし、顔色から血の気が引く。
プライドは衛兵の隙間を縫うように手を伸ばすと、その先にいるセドリックへ向けて人差し指を真っ直ぐ指し示した。
「あの時。貴方が私に変な薬を飲ませたんじゃなくって?セドリック。」
息を、飲む。
部屋にいる誰もがプライドの発言に呼吸を止め、彼女とセドリックを交互に見比べた。
耳を疑うように全身を硬直させるセドリックは指先まで硬め、驚愕に目を見開いた。なっ…⁈と声を漏らすがそれ以上は何も出ない。プライドが一体何を言っているのか理解できない。その間もプライドは楽しそうな笑みのままゆったりと言葉を続ける。
「そうだわぁ、いま思い出したわ。あの時、セドリック第二王子が怪しいワインを私に飲ませたのよ。」
やぁっと思い出せたわ、と笑いながら語るプライドにとうとう沈黙しきった部屋がざわめき始めた。衛兵がプライドの言葉を信じるべきかと、互いを目配せしつつ何度も確認を取るようにステイルとヴェストへ目を向けた。
「姉君‼︎御自分が何を仰っているのかわかっているのですか⁈」
「プライド‼︎それは確かと言えるのか⁈」
ステイルもヴェストも、今のプライドの発言を真に受けてはいない。
特にステイルは殆どずっとその時、プライドとセドリックとも一緒に居たのだから。セドリックがそのような怪しいことをすればすぐにわかるし、自分が気付かないわけがない。当時プライドがワインを飲んでた覚えもない。何より、セドリックがプライドにそのようなことをするわけが無いことぐらいは、ステイルもわかっていた。
だが〝被害者〟本人である〝王女〟の言葉は絶対だった。
「ええ、本当よ?いま思い出したの。間違いないわぁ。……あら?じゃあ私があの時倒れたのもセドリックの所為じゃない。」
白すら黒に変えられる権力者。その本人が「思い出した」と言えば、誰も否定することができない。
アッハハハ!と楽しそうに笑うプライドは衛兵の隙間から見えるセドリックの金色の髪をしなやかな指で示し続ける。
「じゃあハナズオ連合王国が私の暗殺を計画したということになるかしら?いやだ、怖いわぁ。……それともセドリックの単独⁇アッハハ!こわいこわい。」
全く怖がっているように見えないプライドの嬉々とした声に、ステイルもヴェストも手の震えが止まらない。
二人の目から見てもプライドがセドリックやハナズオ連合王国を陥れようとしていることは明白だ。だが、……証拠は何もない。セドリックが無実という証拠も、そうでないという証拠も、何も。
「どうしたの?ヴェスト叔父様。この罪人を逃しちゃうおつもり⁇……まさかそんなことしないわよねぇ?」
人外のように引き上がった口端をプライドがヴェストへ向ける。
相手は同盟国であるハナズオ連合王国の王弟。更には次期、国際郵便機関の統括役。……そして、ティアラの婚約者候補でもある。
そんな相手を易々と捕らえて良いわけがない。だが、第一王女が危害を加えられたと訴えている相手を捨て置くこともできるわけがなかった。
「ッ姉君‼︎何かの間違いでしょう⁈僕もティアラもあの時はお傍にいましたがセドリック王子はグラスすら」
「お黙りなさいな。気安いわよ?ステイル。」
必死にセドリックの弁護をするステイルを、プライドが遮り切り捨てる。
氷のように冷たい視線を投げつけられ、見開いたステイルの顔が更に強張った。口を絞り、一度噤んだ内に更にプライドは言葉を続ける。
「衛兵。早く捕らえなさい。我が国の第一王女を暗殺しようとした大罪人をね。」
せせら嗤うように言い放つプライドは、自身の優位を知らしめるように胸を張り、腰に片腕を添えて命じた。プライドの言葉に衛兵がどうするべきかと惑いが生じ出す。今のプライドが異常なことは、日頃の彼女を知る誰もが理解をしていた。当然、城で働く衛兵すらも。
自分の命令通りに動かない衛兵にプライドはつまらなそうに彼らを端から端まで睨みつける。役立たず、と心の中で呟きながら再びにんまりと汚い笑みをセドリックに向けた。プライドの言葉で惑い出した衛兵の隙間から今ははっきりと彼の驚愕する顔が覗けた。
「ほらほらぁ?ちゃんと白状した方が良いわよ、セドリック。」
アハハハハッ、と嘲りながら自分の方に目を向けたセドリックへ笑い掛ける。
その両脇からは同じように驚愕で言葉も出ないランスと、そしてセドリックを守るように隣に寄り添うヨアンが見えた。
「いま、貴方がちゃあんと白状すれば貴方だけの罪で終わるけれど、……これ以上の国王不在は問題じゃない?」
ね?とまるで親切心のような声色で攻め立てていくプライドに、ランスは無意識に腕でセドリックを背後に下げた。
絶対的記憶力を持つセドリックには覚えがない。
あの時は国際郵便機関発表に備えてグラスすら持ってはいなかったのだから。当然、ランスとヨアンもセドリックがそんなことをするとは微塵も思っていない。だが、今フリージア王国で権力を持つのは国王である自分達ではなくプライドの方だ。そして、今のプライドがわざと彼らを陥れる言葉を放っているのも理解している。……プライドが、彼らにとって今は正常でないことも。
無実とはいえ、事前に注意を受けた上で面会を望んだのはハナズオの方だ。むやみに怒ったり、騒ぎ立てはせずランスもヨアンも黙してプライドの出方を伺った。
「王族三人が捕まっちゃうなんて大変じゃない?アッハハッ!…フリージア王国の王女を襲った国なんて、どこが貿易をしたいと望むか見ものだわ。」
明らかな、脅迫。
ギラリと光るプライドの紫色の瞳が三人を捕らえた。
セドリックの顔色から更に血色が失われ、喉を鳴らす。もし、本当にハナズオ連合王国の王族三人がこのまま捕らえられれば、長期の予定外の不在に国だけでなく貿易にも支障を来たすだろう。更に、王女暗殺の容疑で捕らえられたなどということが公になれば余計にだ。
彼らが交易を決めた相手国は全てフリージア王国の同盟国。その王女を襲った、反感を買った国と関わりたいと思う訳がない。そして、もし本当に処罰まで行けば確実に処刑か戦争に値する。
いい加減にしなさいプライド!ととうとうヴェストが声を荒げたが、プライドは全く動じない。ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらヴェストへ振り返ることもなく彼らを眺め続けた。「どうする?ねぇ、ねえ⁇」と笑いながらセドリックに問い掛け続け、そして目を向けることなくヴェストへ告げる。
「可愛い姪の言葉を信じて下さらないの?ヴェスト叔父様。ならば母上にお伺いしてくださいな。……きっと私を信じてくださるわぁ、だって〝母親〟だもの。」
頭の中で、母親であるローザと話した時の顔を思い出し、フフッ…と思わずプライドは残酷な笑みを浮かべた。
ヴェストとしても、プライドが犯人と訴えたからには無視することはできない。今すぐローザと王配のアルバートに伝え、判断を仰がなければならない。プライドが今〝正常〟だというならば、本当に思い出し、言及している可能性もゼロではない。
ヴェストがプライドを強く睨みながら、先ずは場所を変えるべきとハナズオ連合王国の彼らを一度客間へ
「…わかった。俺一人ならば捕らえて下さって構わない。」
セドリックのはっきりとした声が部屋中に響いた。
セドリック⁈と思わずランスとヨアンが声を上げたが、本人は真っ直ぐと前を見据えると、衛兵の間から楽しそうに彼らを嘲るプライドへ胸を張る。
「私一人ならば、いくらでも罪に問われましょう。ですから、プライド第一王女殿下。貴方もどうかこの場ではっきりと〝私一人のみに疑わしき記憶がある〟と明言して頂きたいのです。」
片手で自分の胸を叩くように示すセドリックの言葉にプライドは静かに嗤う。
薄く笑みを広げると軽い調子で「ええ良いわ」と言葉を返した。どうせ、セドリック一人が有罪になればハナズオ連合王国も責任は問われる。一時停止された国際郵便機関も致命傷を負い、貿易にも支障を来す。何より、プライドにとってはセドリックをフリージア王国に留め続けることこそが目的なのだから。
「私が疑わしきなのは、現段階ではセドリック王子一人だけ。……さ、連れて行ってちょうだい?」
話しはそれだけね、と楽しそうに続けるプライドは、そのままソファーへと再び腰を降ろした。
足を組み、ヒラヒラと手を振る彼女にセドリック自ら「行きましょう」とヴェストや衛兵達を促し、ランス達と共に部屋を出て行った。金色の髪をなびかせ、そして一度も彼女へ振り返ることはしなかった。
ハナズオ連合王国、王弟セドリック・シルバ・ローウェル第二王子。
プライド第一王女への暗殺未遂の疑いにより捕縛、強制滞在と軟禁。
その事実もまた、城の一部のみで箝口令を敷かれることとなる。




