437.騎士達は明かされ、
「いや〜、良かった良かった。一日で消えなかったらどうしようかと思った。」
明るい口調で笑うアランにカラムは顔を顰める。
片耳を押さえたアランはカラムのその反応に苦笑して返した。カラムが怒ってくれている理由もアランはちゃんとわかっている。
既に夜も遅くなり、これから部屋に戻る彼らは先程まで救護棟にいた。プライドに噛まれたアランの耳を治療する為に。
傷自体は比較的軽傷だったが、特殊能力者の治療を受けるまでアランの耳にははっきりとプライドの歯型が残っていた。アランとしては痛みよりも寧ろ、その噛み痕の方が騎士達に気付かれた時を考えると大問題だった。何も知らない騎士達にプライドに噛まれたなどと言える訳もない。
心配していた痕が消えただけで一安心したアランは、肩の力も少し抜けていた。プライドの近衛任務中も、誰かに見られたらと考えると、片手が耳を押さえていないと気が気でなかった。その為、余計に重傷感を出してしまい、カラムに心配を掛けたことだけは悪かったと思っている。治療をしてくれた医者にも口止めをし、取り敢えず証拠は全て隠滅できた。
「大丈夫だって。触らなきゃもう痛くねぇし。」
「そういう問題ではないだろう。」
アランの誤魔化すような物言いにはっきりとカラムは言葉を告げた。
プライドの近衛任務中は険しい表情しかしなかったアランが、いつもの表情を浮かべていることに少し安堵しながら。だが、それも束の間にアランは再び耳を覆うように押さえると、遠い目をして小さく呟いた。
「…ほんと、……誰なんだろうな、アレ。」
カリ、とアランは耳の後ろに軽く爪を立てた。
もう既に彼には今のプライドが自分の知るプライドと同一人物には思えなかった。どう考えてもそっくりな別人としか思えない。
「わからない。…だが、…プライド様なのだろう。」
今はただ確かな事実しか言えないカラムに、アランは「だよな」と諦めるように呟いた。
部屋を飛び出した後のプライドは、二人を撒こうとしているかのように城内を歩き続けた。途中擦れ違う侍女や城の人間に危害を加えようとする度にアランとカラムはプライドを止め、被害を未然に防ぎ続けた。
「アラン隊長、カラム隊長。」
突然覚えのある声を掛けられ、アランとカラムは同時に目を向けた。
見れば、騎士館の前で自分達を待っていたかのようにアーサーが佇んでいた。午後に交代した時も悪い顔色だったが、今も変わらずに見えるのは明かりがない闇夜だからというだけではないと二人もすぐにわかった。
アーサーとエリックも恐らく近衛任務中は自分達と同じようにプライドの行動の防止をし続けていたのだろうと二人は思いながら手で挨拶を返す。「お疲れ様です」と頭を下げたアーサーは、二人が真っ直ぐ歩み寄ってくれると声を抑えて二人に問い掛けた。
「お疲れのところ申し訳ありません。…今日も自分の部屋に来て頂けませんか?」
落ち着いた声色に反し、覗かせた目は真剣だ。
更には「エリック副隊長も先に待っています」と繋げられ、二人はすぐに了承した。プライドについて何か進展があったのだと理解し、アーサーの背を押すようにしてアラン、そしてカラムも足を早めた。
事態を好転してくれる何かを、願いながら。
……
「お待ちしておりました。アラン隊長、カラム隊長。」
お疲れのところ申し訳ありません。とアーサーの部屋の扉を開けてすぐ自分達を迎えてくれたのはステイルだった。
一際上等な椅子から腰を上げ、自分達を迎えてくれたステイルに礼をして中に入る。椅子にも座らずアーサー達を待っていたエリックも、アランとカラムの訪問に頭を下げた。
「既に姉君のことはアーサーやエリック副隊長、侍女達からも聞きました。……、……大丈夫ですか?」
全くいつもの社交的な笑みもなく深刻そうな表情を浮かべたステイルは、何気なく自分の耳に触れて示して見せた。
侍女の口からプライドがアランに何をしたかもステイルの耳には入っている。敢えて伏せて聞いてくれたステイルの言葉にアランは思わず肩を揺らした。「いえ全然!」と少し声が大きくなるアランに、アーサーとエリックは訝しむ。二人に心配事を増やすのも嫌だったアランは自分のことよりも教師はと早口で話を変えた。
アランの意図を汲み、一度頷いたステイルはそのまま少し顔を俯かせた。
「デズ先生は治療を受けて今はもう歩けるとのことでした。ただ、…暫くは休暇を取るようにとヴェスト叔父様から命じたそうです。」
ステイルの言葉に歯噛みしながらも、アランとカラムは少し安心もした。
プライドからの被害を受けた上にあの脅迫。怪我が治ったとはいえ再びあのプライドに関わらせるのはあまりに酷だろう。摂政であるヴェスト直々の命ならば、教師も心置き無く休める。
暫くはプライドへの教師からの勉学も全て休止することになったと聞き、それが良いと二人は心から思った。
「おい、そんな大ごとって…プライド様は教師に一体何したンだよ?」
「ペンで足を刺し、怪我が負わせた。他愛もない理由でな。」
戸惑うアーサーからの問いに答えたステイルは、何の感情も篭っていない声で言い放った。
あまりにも異常過ぎる行為にアーサーもエリックも思わず喉を反らせた。ペンで人を刺すなど正常な精神ではとてもやろうとは思えない。
本当に、プライドとは思えない行為の数々にそれだけでアーサーは眩暈がした。更に最初にステイルが自分の部屋に訪れた時、エリックを呼ぶ前にアーサーはステイルからラジヤ帝国への尋問が撤廃されたことも聞いていた。完全に悪い夢でも見ているような感覚に、ふらりと数歩その場から下がった。
「僕からお話する前に。…一応、姉君が他にも何をされたかお二人からもお聞かせ願えますか。」
お話できる範囲で良いので。と続けたステイルは再び上等な椅子に腰掛けた。
お二人もどうぞ、と勧められた二人はアーサーに促されるまま並んでベッドに座った。更にエリックに椅子を勧めたアーサーは一人床にしゃがみ込む。
アランとカラムは一つひとつプライドが何をしたのか説明を始めた。アランの怪我だけは除き、今日だけで両手の指が足りないほどにやり尽くしたプライドの傍若無人の数々を思い出せるだけ、全て隠さずに。
殆どがアーサーやエリックが午前に防いできたことと似たようなものだった。だが、たった一日でこれだけの被害を出しているという事実が充分に由々しき事態だ。騎士や教師などそれなりに身分のある者ならば、上層部にも報告が行くが、そうでない侍女などではその場で本人達の中で済まされてしまうことの方が多い。ステイルは近衛騎士達から聞いた情報を全て飲み込みながら、黙って聞き続けた。
そして話を終えてからやっと「ありがとうございます」と口を開いた。
「アーサーとエリック副隊長も同じようなことが多々あったそうです。二人と同じく、姉君がご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。姉君に代わって僕が心よりお詫びします。」
そう言って頭を下げるステイルにアランもカラムもとんでもない、と声を上げた。
プライドの補佐であるステイルにとっては当然のことだが、やはり王族に頭を下げられるのは正式な場でなくともあまりに重過ぎる。
数拍後にゆっくり頭を上げたステイルは、アーサーやエリックと同じように反応してくれた二人に少し笑みを向けつつ、改めて「では」と話し始めた。
「ここからが本題です。先ず、先ほど姉君が父上と母上のもとへ訪れました。要件はこれまで姉君が関わった制度の撤廃です。」
なっ…⁈は⁈と誰もが声を漏らす。
四人の反応を既に予想していたステイルは構わず話を続けた。
「近衛騎士を始め、専属侍女、近衛兵、更には学校制度から国際郵便…配達人制度までの全てを白紙に戻したいと。」
なんだそれは、と誰もが喉まで出かかった。
何故そこまでして自分の築き上げてきたもの全てを崩そうとするのか。
開いた口が塞がらず愕然とする四人に一度だけ頷くとステイルは更に続けた。
「姉君の言い分は、自分が作ったものだから無くすのも勝手だと。…当然そのような言い分が全て通る訳ではありません。」
ステイルの言葉にほっと誰もが息を吐いた。
当然の判断とはいえ、万が一のことがあれば大変なことになる。だが、すぐにステイルはぬか喜びさせないように「ですが」と言葉を詰めた。
「姉君のこの二日の行動により、一時的に停止することにはなりました。……近衛騎士も。」
次の瞬間、あまりのことに誰もが立ち上がった。
ついさっき全て通る訳がないと言ったのに、何故と。瞳を揺らし、信じられないと表情を露わにする騎士達にステイルは一人ひとり取り乱さないようにと無言で見つめ返した。決してステイルもそれに納得している訳ではない。
「ただし、姉君が望んだからではありません。今の状況では姉君が主軸である制度を動かす事は危険だからです。最悪の場合も中止ではなく、代行者が引き継いでから再開されます。」
そして、近衛も。と一度切ったステイルは一度呼吸を整えた。正式なことは明日騎士団長から言い渡されるでしょうが、と前置いてから続けた。
「…今の姉君を、…その被害者を増やさない為の対策です。専属侍女など会う頻度が高い者から、姉君の被害は多くなっていますから。明日から本格的にヴェスト叔父様と父上から今日のことを含めて窘めと尋問が入ります。」
「ッ御言葉ですが、被害を抑える為ならば近衛騎士だけでも置くべきではないでしょうか…⁈今日一日だけでもそれは証明されています。」
ステイルの言葉に初めてカラムが抗議する。だが、その言葉は尤もだ。
むしろ、今のプライドを騎士無しで放置すれば教師のような怪我人すら増えかねない。同意の声を騎士達が上げるよりも先にステイルは「ご尤もです」と頷き、顔を酷く強張らせた。
「…ですから。今回の罰も含めて姉君は数日は部屋に軟禁。…それでもまた、城の者に危害を加えるなどして姉君に改善が見られなければ、離れの塔に軟禁ということもあり得るでしょう。」
今後の方針が決まるまで。と、はっきりと言い切るステイルはまるで無関係の人間の話をしているかのように冷めていた。
とうとうカラムすら言葉を返せなくなり、水を打ったような沈黙が部屋に流れ始めた。
軟禁、更には離れの塔。
城内の中でも端の端に存在する、どの宮殿や建物とも隔絶された塔。何らかの理由で隔絶されるべき王族、…伝染病や罪人、反逆者や裏切り者、その容疑がある者などの為に建てられた塔だ。そこに第一王位継承者が入れられるなど前代未聞だった。
そして、今のプライドでは確実にその罰を受けるだろうと騎士の誰もが確信した。もし、プライドを知らない者が今日の行いだけを見れば、誰もがその刑を適当だと判断しただろう。…だが。
「何故、…そうも躊躇いなく処罰に踏み切れたのでしょうか。」
ぽつん、と長い沈黙の後。今度口を開いたのはエリックだった。あまりにも小さい呟きだったが、静まり切った部屋には充分全員に届いた。
プライドが昨日今日やったことは、大問題であることは変わらない。だが、第一王位継承者であり第一王女だ。更には今回は急変による暴走とも言える。病や発作、人為的な可能性もある今、部屋に軟禁ならばともかく離れの塔までいくと些かやり過ぎとも思える。それにプライドの異変を重く捉えるのならば、寧ろ医者などを集めた特別室などに収容の方がまだ納得がいく。
エリックの言葉にステイルは一度目を閉じた。その疑問もまた、ステイルの予想の範囲内だった。頭の中で今日ヴェストに話されたことを思い出し、とうとうステイルは躊躇い続けた問いを騎士達に投げかけた。
「皆さんは、……十年前。当時の姉君の噂についてはご存知でしょうか。」
本日活動報告にて、現在連載で進行内容について御報告がございます。
宜しければ御拝読頂ければ幸いです。
本当にいつもありがとうございます。




