435.宰相は口を閉ざす。
「ッどういうことですか⁈」
ステイル様が、ヴェスト摂政へと声を荒げる。
王配であるアルバートと共に誕生祭での国内の来賓について調査を終えた私は、ヴェスト摂政の手伝いに執務室まで伺っていた。当時の大広間から城内の警備を洗い直すアルバートも忙しいが、それ以上に国外の来賓の情報調査の方が遥かに調査する為の幅も広く、時間もかかっていた。……今となっては、不要になってしまったかもしれないが。
怒れるステイル様がヴェスト摂政に詰め寄るのを見つめながら、書類を纏めて行く。ステイル様が御怒りになられるのも当然ではあった。
ラジヤ帝国、アダム皇太子への拘束と尋問が中止されたのだから。
「昨日、状況証拠はあれほど積んだではありませんか!明日には彼らはラジヤ帝国へ逃亡してしまうのですよ⁈」
「元々プライドが目を覚まさなかったら、の条件付きだった。…理由もなく他国の皇族に拘束やアレは使えない。」
特殊能力による偽り不可の誓約書を使用した尋問。…明日の拘束後、本来ならばその後に施行されるべく準備を整えている頃だった。だが、昨日プライド様が目覚められたことで中止することが決まった。目を覚まさないという生存の危険があれば未だしも、そうでない上に確かな証拠もなく拘束やあの尋問を行うことは難しい。
「………………。」
考えながら、手の中でまた一つ、来賓だった王族の情報と当時の様子やプライド様の関係性を纏めていく。
ステイル様の手が止まる中、少しでも手を進めていかなければならない。ヴェスト摂政も変わらず手を動かし続けながらステイル様へと言葉を返す。
「それに、プライドが何事もなく目覚めた今。やはり病や発作の可能性の方が」
「姉君のアレのどこが〝何事もない〟と言えるのですか⁈」
今日一番のステイル様の大声が部屋中に響き渡った。
叫んでしまったことを直後に自覚したステイル様はそれでも謝罪しない。ヴェスト摂政は席に掛けたまま上目でステイル様を窘めるように覗いたが、それでも変わらない。肩で息を荒くし、鋭い眼差しをヴェスト摂政に注ぐステイル様は一歩も譲る気配はなかった。
「今朝も昨日と変わりません。姉君は豹変し今も侍女達に当たり散らし、ティアラは部屋に篭り、誰もが姉君の変化に戸惑っています。原因はわかりません、だからこそ容疑者から確かな情報が必要なのです!」
ヴェスト摂政もご存知の筈です!と続けるステイル様はヴェスト摂政の机に両手をつかれた。
そこで初めてヴェスト摂政は手を止め、ステイル様に真正面から向き合われた。落ち着きながらも変わらずステイル様を窘める眼差しを僅かに光らせる。
「ステイル。プライドのあの変化は〝仮に〟人為的な理由だったとしても、証拠はジルベールとセドリック第二王子の記憶だけだ。しかもそれすら状況証拠。確実性や緊急性がなければ拘束もアレも使えない。相手は和平国の王族だ。お前もよくわかっているだろう。」
プライドの行いに関してはちゃんと処罰も決めている、と続けるヴェスト摂取にそれでもステイル様は食い下がった。
「ジルベール宰相とセドリック王子の記憶力の確かさはヴェスト摂政もご存知の筈です。それに緊急性もあります、姉君をあのままにしておけるとでも⁈」
…ヴェスト摂政も恐らく、気を回しておられる。あの事をステイル様に話されるのは躊躇われるのも当然だろう。だが、全てを話さぬまま誤魔化されるステイル様でもない。
「それに!人為的な理由ではなかったら姉君の変化を何というのです⁈頭を打った訳でもなく、病や発作などでああなると⁈まだ我が国の特殊能力者による反抗と考えた方が納得できます!」
「我が国の来賓も侍女達全てアルバートとジルベールが調べた。そのような特殊能力者も、あの時プライドに近付けた者もいない。それ以外の者が我が城に忍び込むのは、たとえ特殊能力といえど不可能だ。」
……その通りだ。
特殊能力者の存在する我が国では、城でも特殊能力者による侵入を阻む警備も厳重に敷かれている。我が城以外なら未だしもプライド様が倒れられたのは城内、さらには王宮の大広間。一部の警備が敵の間者である可能性も鑑みて私からも確認はしたが、怪しい者はいなかった。
ですがっ…‼︎と食い下がるステイル様へとうとうヴェスト摂政は諦めたように深く息を吐かれる。一瞬だけ私の方を確認され、私からもこれ以上の隠し立ては難しいと同意の意思を示す。すると、ヴェスト摂政は一度机の上に両肘をつき、手を組まれた。
ヴェスト摂政の様子にステイル様も姿勢を正される。
「…プライドの回復と変化の箝口令。そしてプライドの外出禁止はお前も知っているな。」
ええ、と短く返すステイル様は喉を鳴らされた。ヴェスト摂政が何かを語り出すと肌で感じたステイル様は覚悟をしたかのように背筋を正された。
「レオン王子も朝から再びお見えになって下さりましたが、門前でヴェスト摂政がお断りしたと伺いました。」
昨日、ステイル様がレオン王子の来訪を許されたというにも関わらず、ヴェスト摂政により重ね重ねの謝罪の上で断られた。……そう、しなければならない理由があった。
そうだ、と短く返されるヴェスト摂政は軽く俯かれた。まだ話す事を躊躇うように口を閉ざし、眉間に皺を寄せてから再びその口を開かれる。
「当然、なるべくプライドの今の状態を秘匿するためだ。……何故だかわかるか?」
「今の姉君がどうみても正常ではないからでしょう。…それに、御世辞にも王女として見せられるものではない。」
はっきりと包み隠さずに次期摂政として言い切るステイル様は、だからこそという強い意志を感じられた。
ステイル様の言葉に黙して頷かれたヴェスト摂政は、ゆっくりと顔を上げられた。「それだけではない」と言えば、初めてステイル様は言葉を詰まらせた。「えっ…」と僅かに目を開き、首を後ろに反らされる。それはどういう、と言い切るより前にとうとうヴェスト摂政は言い放たれた。
「今のプライドは、…〝どちらなのか〟私達にも判断がつかないからだ。」
ヴェスト摂政の言葉を尋ねるようにステイル様は今度は大きく目を見開かれ、何か予感するかのように指先を震わされた。
そこから淡々と語られるヴェスト摂政の語りを聞きながら、私は昨日のプライド様を思い出す。
父親であるアルバート、そして母親であるローザ様相手にも関わらず平然と足を組んで笑うあの御方は明らかに異常ではあった。……しかも。
『今の私では御不満?』
あの時とは異なり、ローザ様やアルバートにすらその牙を向け
『良いわ、頭がおかしくなったとでも言って見ない振りしたければすれば良いわ。……昔みたいにね?』
肌へと突き立て、肉を裂き
『娘は病で頭がおかしくなりました。お見せできるものではありません。…アッハハハ!世界中にそう嘯けば良いわ。』
血を噴き出させ
『だぁって。…王女として相応しくなければ母上と父上の娘としても失格なのでしょう?』
更に抉りつけ
『良いじゃない。母上は私なんか要らないものね。可愛い可愛いティアラと愛しい愛しい父上さえ居れば。』
傷口を広げ
『やってみなさいな。〝母親〟として〝育て間違えた娘〟の後処理をちゃあんとね。』
何度も、引き裂いた。
あまりにもローザ様の心を望んで抉り続ける言葉に、ローザ様だけでなく誰もが血色を失った。
アルバートが尋ねようともヴェスト摂政が窘めようとも全く意に返さないプライド様は、何度も我々を嘲笑った。
十年前より更に惨酷さを増したあの御方はあまりにも強く、そして
………………苛烈だった。




