433.王弟は食い縛り、
「…っ。…結局、また眠れなかったな…。」
セドリック王子殿下と侍女に呼ばれ、返事をする。
朝日が眩くカーテン越しに光を漏らし、侍女達が扉を開ける音と共に俺は身体を起こした。
昨日のプライドの異変。目を覚ました彼女は俺の記憶の何処にも当て嵌らない姿を露わにした。笑い声を上げ、侍女達に酷い振る舞いを犯し、兄貴達やレオン王子にまで無礼を働いた。
…あれは、…誰だ?
俺には、プライドとすら思えない。彼女の皮を被った別の〝何か〟にしか見えない。
俺が数々の無礼を犯した時ですら、彼女はあのようなことをしなかった。むしろ、あの時の俺にならば水差しを投げるでも脅迫でも罵詈雑言を放とうとも理解できる。だが、あの時の彼らは皆がプライドのことを心配し、気遣っていた者達ばかりだ。そんな彼らにプライドがあのような仕打ちをする意味がわからない。彼女が目覚めたと聞いた時はやっと光が射したと思えたのに、……一瞬で絶望に叩き落とされた。
「……………別人、ではないのか……?」
本当に。
そう、思わず零れた言葉を身支度を手伝う侍女が聞き返してきた。なんでもないと返し、着替えを進める。
特に、あの目は何だ?あの恍惚とした表情を目にした途端に息が止まった。恐怖と異物感に首を絞められたかのようだった。
病や毒…脳障害などだけでああもなるものなのか。
あれから、城の図書館から医学書関連もいくらか借りて読み込んでみたがやはり原因はわからない。
脳に強い刺激が与えられ、人格に影響を…というものが一番近いもののようにも思えるが、前提としてその強い刺激とは何だ?彼女は突然苦しみ倒れた。頭を打ったならば未だしもそれもない。
「兄貴の部屋に行ってくる。もし兄さんが来たら伝えてくれ。」
身支度を整え、早速兄貴の部屋へと向かう。恐らくは兄さんも居るのだろうが、……二人もあまり眠れてはいないのだろう。兄貴はまだ毅然と構えている部分もあったが、プライドのあの変わりように戸惑っているようではあった。更に兄さんは、プライドの部屋前から去った後には顔色まで髪と同じ白へと変わり、始終胸元のクロスを掴む手を震わせていた。
「兄貴、入るぞ。」
ノックを鳴らせばすぐに返事が返ってきた。
中に入るとやはり兄貴と共に兄さんもソファーに掛けて俺を待っていた。眠れたのかい?と尋ねられ、考え過ぎて明け方まで眠るのを忘れていたことを伝える。フリージア王国に滞在できるのもあと数日。その間に俺が出来ることをしなければならん。
「今日もプライド王女に御目通りを願ったが、…難しいかもしれん。込み入った状況らしい。」
ソファーに前のめりに掛けながら兄貴が言う。
既に俺の言いたいことをわかっていたようだ。昨日は俺がステイル王子の手伝いをしたこともあり面会が許されたが、やはり病み上がりの王女には簡単には会えんらしい。…それとも、他の理由があるのか。
「プライド王女が、……いつもの調子に戻っていると良いね。」
覇気の無い笑みで兄さんが俺と兄貴を気遣うように笑い掛ける。
昨日のプライドに最も動揺していたのは兄さんだというのに。
昨日のプライドを、アルバート王配やジルベール宰相はどのように判断されたのか。窓の外を眺めれば、城門の方にうっすらと昨日のように馬車が集っているのが見える。プライドの見舞いか、…確かプライドが回復したことは城内のみでと口止めをされている。ならば、あの馬車は未だプライドの回復を願っての訪問客なのだろう。まだプライドの目は覚めていないと告げられるのと、…あのプライドを知ることどちらが残酷だろうか。
「………。」
考えれば考えるほど、胸騒ぎが嵐のように激しくなる。もし、プライドが既にいつも通りであれば国王である兄貴や兄さんに挨拶にも来てくれるだろう。つまり、それがないということは。
「ティアラやステイル王子……近衛騎士達も大丈夫であれば良いのだが。」
俺一人であれば、プライドにどのような扱いをされても構わない。だが、彼らは。
そこまで思った時、不意にどこからか騒ぎ声が聞こえてきた。顔を上げ、顔ごと見回すようにして耳を傾けてみると、どうやらこの宮殿内で誰かが問答を繰り返しているらしい。「何だろうね」と同じように耳を傾ける兄さんに兄貴が「いま宿泊客は俺達以外殆ど居ない筈だが」と続ける。その言葉にふと、……思い出す。
「ッまさか…‼︎」
この騒ぎの元凶が何者か理解した俺は、歯を食い縛って音源の方向を睨み付ける。間違いない、奴らだ。
兄さんと兄貴が俺にどうしたのか声を掛けるが、少し様子を見てくるとだけ伝え、外に出る。下手なことさえされていなければ、本当にそれだけのつもりだ。それに、件のことはヴェスト摂政達に口止めされている。
扉を閉め、騒ぎのする方へと足を早める。一体何のつもりだ?これ以上どうやって事を荒立てる⁈プライドのあの異変も同じく奴らの仕業なのか⁈
情報が欲しい。今、俺ができる限りの全てで。
「ラジヤ帝国ッ…‼︎」
奥歯に力を入れながら、息だけで俺は怒りを発した。




