431.貿易王子は怯える。
「……っ。………プライド。」
身体中が…寒い。
馬車に揺られながら、先程の彼女を思い出すだけで震えが止まらない。
肌まで粟立ち、従者が羽織りを用意してくれだけれどそれでも寒くて寒くて堪らない。
女性に対して、ここまでの恐怖を覚えたことも初めてだった。
プライドが目を覚ましてくれた、それは本当に嬉しい。目覚めてすぐに声を掛けたかったし、話をしたかった。……あんなことが、なければ。
『この場で〝第一王女が強姦された〟と騒いだら、何人の男が罪に問われるのかしら?』
女性としての匂いが、前とは比べようにもならない程に強かった。それも悪臭とも呼べるほどの、強烈な匂いだ。
婚約者として、彼女に触れたこともある。でもあんな…女性としての過激さや賤しさまでも感じさせるような姿は一度も見た事がない。胸元を露わにし、僕を試すように誑かすように、……惑わすことを心から楽しむようなあの笑みが今も忘れられない。まるで悪夢からそのまま出てきたかのように怪しくて、苛虐的な笑みだった。
「っっ……‼︎」
ぞわり、と思い出すだけで再び全身が震え上がった。
思わず羽織りごと自分の肩を抱き、更に身体を縮こませる。カタカタと震えが強まり従者に声を掛けられる。大丈夫です、と答えながらも身体の震えは止まらなかった。さっきまで耐えていた分が、一気に押し寄せてきたようだ。王配やステイル王子、フリージア王国の人達の前では動揺をできる限り出したくはなかった。不安で、彼女の言動に戸惑い、傷付いているのは僕だけではないのだから。何より、彼女の盟友である僕が、他でもない彼女を拒絶したくなかった。
……まさか、プライド相手にこんな感情を抱くことになるとは思わなかった。
〝怖い〟〝嫌だ〟と。
自分でも、何故こんなに怖いと思うのがわからない。
確かに彼女の笑みは常軌を逸していた。でも、それでも相手はプライドだ。彼女の本来の優しさも愛しさもよく知っている筈なのに。……それでもどうしても身体が拒み、怯えた。
プライドに対し、こんな風になってしまう自分への罪悪感が重い。
彼女は僕を救ってくれた張本人なのに。何故、そんな彼女を僕が拒みたいと思うんだ。他でもない、僕にとって唯一無二の女性でもある彼女を。
「っ、…大丈夫、大丈夫だよプライド…行く、ちゃんと、……逢いに…くから…っ。」
自分自身に言い聞かせるように口の中だけで呟く。
指先が凍るように冷たくて耐え切れず壁際に寄りかかる。
身体の怯えなんて関係ない。
僕が、自分から彼女を突き放すなんて有り得ない。
プライドはまだ病み上がりなんだ、…きっと明日になればまたいつもの彼女に戻ってる。とにかく命の窮地は逃れられたのだから、今はそれを喜ぶべきだ。
…明日も、僕は彼女に逢いに行く。何度でも。
彼女の平穏を確認できるまでは、毎日でも。
脳に強い衝撃を受けた後に様子がおかしくなるというのも聞いたことがある。だとすればアレは気を失ったことよる障害に近いのかもしれない。一日近く目を覚まさなかったんだ、その可能性も充分ある。
帰ったら急いで医学書と医者達の意見も聞こう。……それに、アルバート王配とジルベール宰相のあの反応も気になる。まるで、何か覚えがあるかのような。
「逢いに行く、逢いに行く、逢いにいく、あいにいく……何度でも。」
決意を胸に、僕は指を強く結ぶ。祈るように結んだ手へ震えるほどに力を込めた。
彼女に、会いに行く。絶対に。許される限りは必ず。たとえこの身が裂かれ引き千切られようとも。
いつもの彼女と再会できる、その時までは。
明日も予定を組み直さなければ。その為にも、帰ったらすぐ今日の分の課題と仕事を済ませよう。これから暫く毎日プライドの様子を見に行くことになるなら、それ以外の時間は一分一秒も無駄にはできない。
気持ちを切り替えるように僕は、頭の思考を巡らし出した。




