429.絶縁王女は、笑う。
…………嗚呼…頭が痛い。
最初に思ったのは、それだった。
視界も真っ暗で、ああ眠っていたんだなと次に思う。それでも目を開けるのが億劫で、思考がぼんやりとしたまま眠り続けた。
……なんで、私は。…ここは?
目を開ければどこにいるかわかるのに。…やっぱり開けられない。
凄く静かで、肌に触れるツルリとした感触と身体にかけられた重さからベッドの上かなと考える。身体を動かすのにも凄くだるい。
記憶を遡れば、…やっぱりわからない。確か、皆でダンスをして、母上から紹介されて国際郵便機関を…。…………そこからが朧げだ。
国際郵便機関はどうなったのかしらと思ったところで、やっと思考が輪郭を帯びてきた。……嗚呼、そうだ。
思考が纏まって、今度こそゆっくりと目を開けてみれば案の定ベッドの上だった。
視界が開けて暫くは絢爛豪華な部屋の天井を眺めながら考える。
ベッドの周りで侍女や騎士が騒いだり、誰かを呼びに部屋を飛び出していったりするけど全く頭にはいってこない。
……もう、十年…。
気が付けば、もうそんな時間が経ったんだなと感慨深く思ってしまう。
まだ身体を起こす気にはなれなくて、ずっと天井を見つめていれば医者と一緒に見覚えのある顔がいくつも私を覗き込んできた。それでも不思議と言葉を返す気にはなれなくて、頭の中で物思いに耽ってしまう。
…私ってば、何を考えていたのかしら。
ふと十年前からの記憶を遡れば、段々と恥ずかしくなってくる。前世の記憶を取り戻して、ステイルに出会って、ティアラと出会って、騎士団やアーサー、ジルベール宰相とマリア、それにヴァルにセフェクとケメト、レオンとアネモネ王国。そしてセドリックとハナズオ連合王国。……嗚呼、もう
なんて、無駄で余計なことを。
ほんと、馬鹿ね。と自分で自分を叱咤する。
そんなことをしたら全部が台無しになっちゃうのに。余計なことをして、無駄な労力を使って、貴重な十年を何故もっと有意義に使わなかったのだろう。
私が何も反応を示さないからか、専属侍女のロッテが手を伸ばしてきた。軽く右手で払えば、私が突然動いたのに驚いたのか皆が目を丸くさせた。
皆があまりにも大きく騒ぐから、仕方無く今度こそ身体を起こす。今度は専属侍女のマリーがそっと起きやすいようなは背中に気安く手を添わせてきたから、身体を捻って避ける。
上半身を起こした後も、頭の中は考えるのに忙しくて周りへ返す気にもなれない。もう反省ばかりでそれどころじゃない。
…何故、この先があると信じて疑わなかったのだろう。
何故、いつの間にかこの世界を〝現実〟だと思い込んでしまっていたのだろう。
あんなに前世のゲームと同じことがあって、何故私は自分の役割から〝目を逸らし続けて〟きたのだろう。
私は第一王女、プライド・ロイヤル・アイビー。
フリージア王国の第一王位継承者。
愛する妹と義弟に囲まれ、新しい制度も確立させて、同盟国とも手を取り合って、沢山の大事な人達とこれから先もずっと民の為、そして未来の女王として日々歩んでいく……そんな〝妄想〟ばかりに囚われて。いつの間にか信じて疑わなくなっていた。
彼ら程度なら勝てるとでも無意識に心の底で見下していたのか。何とかなる、選ばれし予知能力者である私に誰も勝てるわけがないと。ラスボスである私を殺せるわけがないと。そうだきっとそうに違いない。だからいままであんなに呑気に馬鹿みたいに過ごし続けて、…………ああもう、私ったら本当に
なんという〝傲慢〟
「……フ………ハハッ…ハハハハハ…ハハハッ‼︎アッハハハハハハハハッ、アハハハハハハハハハハハッ…‼︎‼︎」
嗚呼、おかしい。おかしくておかしくて、お腹を抱えて衝動のままに笑い出す。
何度笑っても笑っても収まらなくて、このまま笑い死にしちゃうのじゃないかと思ってしまう。
なんて、私は愚かだったのだろう。ラスボスの私が!倒されるべき傲慢女王となるこの私が‼︎……そんな未来、あるわけないじゃない。
プライド様、どうかなさりましたか、プライド様、お気を確かにと四方から声を掛けられる。ああうるさい、折角いま最高の気分なのに水を差さないで欲しい。
バタンッ!と突然扉が開く音が飛び込んできて、反射的に振り返ればアーサーとステイルだった。二人とも一緒に居たのか、仲良く揃っての登場だ。「姉君⁉︎」「プライド様…⁈」と綺麗な目を皿のように広げて私を見つめている。その間も私は笑いが止まらず、目だけ向けた後もひたすら衝動のままに笑い続けた。
アハハハハハハッ、アハハハハハハハハハ!ハハハハハハハハハハ‼︎と、とうとう喉が疲れてきた頃。再び扉から姿を見せた別の影に私は笑いが一度止まった。
「お姉…様…⁈」
ティアラだ。
私の笑い声でも怖かったのか、扉の外から身を乗り出すようにして私を覗き込んでいる。傍にはセドリックもいた。遠目からでもわかるほど、怯えと恐怖に染まったティアラは血色も悪い。それでも一歩一歩近付いて来る彼女に、ぞわりと寒気のような虫酸のようなものが背中を走り出す。来るな来るなと思って私はベッド脇の水差しを手に取った。水差しこと投げようと思えば、まだ身体が重くて本調子じゃないのか振りかぶれない。開こうとする彼女の口が開く前に、仕方なく私は水差しの代わりに
中の水をぶちまける。
ビシャンッ、と水が膜のように開いてティアラへ伸びる。
だけど彼女へ水が届く前にアーサーが飛び出して、正面から被った。一瞬でティアラを庇えるなんて流石アーサーだ。更には見ればセドリックもティアラを庇うように遅れて彼女の前に立った。二人の攻略対象者に守られるなんて、本当に主人公の彼女らしい。「何をなさるんですか⁈」とステイルが、水を浴びて茫然とするアーサーと怯えるティアラに変わって声を上げる。アーサーの背中でティアラの顔は見えないけれど、アーサーの水を滴らせて茫然とする顔も、戸惑いを隠せず目を見開くステイルの顔も
堪らなく愛しくて。
「気安く呼ばないでちょうだい。私はプライド・ロイヤル・アイビーよ?〝プライド様〟かもしくは〝プライド王女殿下〟とお呼びなさいな。」
胸元に指先を置いて、示して見せる。
同時に心から笑って見せれば身体中が高揚して心地良い。
そう、私は第一王女プライド・ロイヤル・アイビー。主人公や攻略対象者にお姉様や姉君と呼ばれるような人間ではない。だって、私は極悪非道のラスボス様なのだから。ああ、でも。…………姉と呼ばれながら憎まれるのもそれはそれで愉しいかもしれない。思い直し、やっぱり呼び方はどちらでも良いわと心の中だけで完結する。
言葉もないように固まる周囲を見回せば、アーサーの足元が水差しの水で濡れていることに気がつく。マリーとロッテを睨み「ちょっと!床が濡れたんだから何とかなさい‼︎」と声を荒げる。真っ青な顔で二人が床やアーサーの方へと駆け出した。
水差しを床に放り捨て、ベッドから降りようとする私に医者が「もうお身体の方は…⁈」と恐る恐る声を掛けてきた。勿論よ、と言葉を返し、私の道を阻ませまいと片手で医者も押し退ける。
「邪魔よ。全員出て行ってちょうだい、目障りだわ。」
寝衣なのに気が付き、先ずは着替えるべくクローゼットへと歩み寄る。
取り敢えず、考え事が終わってから着替えようと適当に着るドレスを見繕う。てっきりみんな呆れてさっさと出ていくと思ったけれど、振り向けば誰も動こうとしない。それどころか茫然と私を見つめたまま何も言おうとすらしなかった。言うことを聞かないことに腹が立ち、もう一度声を荒げてやろうかと肩ごと息を吸い上げれば
「プライドッ…どうしてしまったんだい…?」
先に、レオンが声を掛けてきた。
戸惑うように翡翠色の瞳を揺らしながら、私を見てる。数歩私に歩み寄ったレオンは「皆、とても君を心配して…」と語りながらも自分の方が顔色も悪い。更には並んでいたセドリック達までまるで金縛りが解けたようにそれぞれ私に声を掛けてきた。ああああああああ…うるさい。私は考えないといけないことがあるのに。
邪魔で、うるさくて、私の思い通りにならない彼らが腹立たしい。そんな心配や狼狽程度の表情なんて生温い。私が見たいのは……
「…ふぅん。…私の言うことが聞けないの。」
良いわ。と私は敢えて軽く返し、部屋の中にいる男性陣を眺める。ティアラと侍女達以外、皆が男性だ。
ならばと、レオンを両手で軽くつき飛ばしてから自分の服へと手を伸ばす。寝着だから着脱の簡単なそれを、胸元から自分でボタンを取っていく。「なにをっ…⁈」とどよめいたから、自分で開けられるところまで開けてから彼らに向かい声を張る。
「この場で〝第一王女が強姦された〟と騒いだら、何人の男が罪に問われるのかしら?」
楽しみね、と軽く告げて笑って見せる。
自分でも面白いくらいに口端が引き上がって、青ざめたり驚愕で目を見開く彼らにやっと胸が満たされる。嗚呼、……愉しい。
「もう一度言うわ。全員、出て行ってちょうだい。私は一人になりたいの。」
バタン、と。
彼ら全員が部屋から出ていき終わるのには、大分時間が経った後だった。特にステイルと近衛騎士がしつこくて。そんなに第一王女の裸でも見たかったのか。…いや、騎士や弟の彼らに限ってそれはないか。なら単にいきなり命じられて追い出されたのが不満だったのかもしれない。
それでも何とか侍女達も含めて全員部屋の外に追い出し、鍵を閉めてからやっと私は肩の力を抜いてひと息ついた。
ふぅ、とベッドに再び腰を下ろし、胸元を開けた服のまま腕を組んで考える。
エンディングまで時間は少ない。なら、まずはどうするか。
私の使命なんて簡単だ。
多くに憎まれ、国を傾け、国を陥れ崩壊させ……ル前ニ攻略対象者に断罪される。私の死に国中が歓喜し、主人公であるティアラにより幸福な結末を迎える。
国を陥れるだけジャ意味ガナイ。大事なのはその前に殺して貰うこと。劇的に!ドラマチックに!幸福な結末を迎えるのに相応しい最後じゃなくっちゃ。
国を陥れるだけも駄目。
私が死ぬだけも駄目。
その二つを綺麗に掛け合わせた、幸福な結末を作ること。
それこそが私の存在理由。
そうしなくっちゃ〝いけない〟のだから。
そこまで考えて、また口元が緩む。あと少しの命だというのに今は不思議と悲しくない。むしろ待ち遠しくて仕方がない。それまでにやることが多すぎて、まるで目の前にお菓子を並べられているみたいにどれから手をつければ良いかと悩んでしまう。
……最期の人生だもの、思い切り〝タノシイ〟ことをしなくっちゃ。
「誰のルートで私を殺してくれるのかしら?」
心から心臓が楽しく鼓動する。
フフッ…と笑いながらのんびりと窓の外を眺めてみる。もう日が暮れていた空は、目を凝らせば薄っすらと小さく細い月が見えた。
「いらっしゃい。ハッピーエンドを貴方にあげる。」
選ばれし人間は五人だけ。その中でティアラに選ばれるのはたったの一人。
今は姿もない彼らの内の誰かへ呼びかけながら、届くわけもない月へと手を伸ばす。人差し指を宙に滑らすだけで簡単に隠せた、ちっぽけな月。
そう思うとなんだかまた急に可笑しくなって、窓から大声で笑い声を放ってしまう。アハハッ!アッハハハハハ‼︎と心地良く声が響いた。笑いきり、最後には口端がとうとう限界以上まで引き上がる。
たくさんたくさん憎まれよう。たくさんたくさん楽しんで、それで傷つき苦しみ見放してくれれば丁度良い。憎んでくれれば凄く良い。私もそんな皆の素敵に歪む姿が見たいものっ!
─ さぁ始めよう。最高の幸福な結末を。
「私の死で、美しく彩ってあげるから。」
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