427.皇太子は陥る。
「あ〜……めんどくせ。」
ベッドに靴ごと寝転がりながら、アダムはぼやく。
ステイルとジルベールによる滞在延期の希望。彼は、何も疑問もなくただただ無駄な時間だと思いながらも時間が経つのを待つことにした。ここには彼の道楽の道具が同行者一人しかいなかった為、暇でしかない。
「ったくさぁ…な〜にが両国の和平だよ?ど〜せ形だけの和平だってのに。何もわかってねぇ馬鹿の化け物共が。」
吐き捨てるようにそう呟きながら、アダムは髪をグシャグシャと掻き乱した。
すでに朝食も済ませ、一応口でだけプライドとの面会を望んだが未だに謝絶状態とのことだった。プライドがあの後にどのような醜い姿を晒しているかと思えば涎も出たが、残念ながら公式に見ることは叶わないだろうとも思う。多くの見舞い希望の人間がフリージア王国の城前に集ったが、結局何も変動しないまま門前払いされて終わった。許されたのはプライドと盟友であるレオンの馬車のみなのだから。
更に噂によるとアダムにとっても覚えのあるハナズオ連合王国も滞在を伸ばしているらしい。よりによって何故あの国がと不快にも思ったが、まぁどうでも良いとも思う。
「田舎の小国は暇で良いよな〜?大国に媚び諂えば良いとか楽勝じゃん。」
ケタケタと笑いながらハナズオを嘲笑う。
所詮はフリージア王国の情けで生き長らえた国もどき。むしろ、プライドが倒れる直前に関わっていた彼らこそが容疑をかけられているのではないかとまで思えた。もしそうだったら余計に愉快だ。どうやって関係をぐっちゃぐちゃに掻き混ぜてやろうかと考えれば、少しは暇も紛れた。
そうして笑いながら、今は足蹴にして良い奴隷も悲鳴を上げさせる用の奴隷もいないことに気がつく。奴隷制反対のフリージア王国では奴隷の持ち込みすら禁じられている。部下として連れて来られたのも護衛を抜けば従者や侍女ぐらいだ。彼らに当たっても良いが、うっかり城の人間に聞かれて悪い噂を流されるのも面倒だった。今はまだ、表向きはフリージア王国を敵に回すわけにはいかない。
「残す面倒なのは女王と、あの宰相くらいか…。」
摂政、王配はその辺の国の王族と同じただの眉間に皺を寄せるだけが取り柄の堅物だった。
どうせ応用も効かない、上が言った通りのことを熟すだけの連中だろうというのがアダムの見解だった。ただし、女王は面倒だ。一年前は敢えて揺さぶり、こちらが上になるように余裕を示しても全く揺れなかった。唯一、娘の侮辱をすれば面白い反応もしたが、だからといって指針を変えることもこちらの挑発に乗ってくることもなかった。そして、宰相は…
「あのバケモン…本当に宰相だったとはなぁ。」
似合わねー…と呟きながら、足を伸ばして側の棚を軽く蹴った。首の後ろに手を回し、鮮明な模様が描かれた天井を見上げる。
アダムにとってジルベールだけが、好感と共に邪魔だとも思えた。いっそ自分の味方に引き込みたいが、ああいう人間は簡単には思い通りに動かないことも知っている。
もし、あの時に自分の滞在を求めたのがジルベールだけであったらアダムは理由をつけて帰国しただろう。しかも、ペラペラと舌を動かしてはみるものの、全くその真意が読めない。自分に対して好感なのか敵意なのか無関心なのかもアダムはわからなかった。
『私共も、まさかつい最近我が国と和平を結んで下さったアダム皇太子殿下がそのようなと誰もが肩を竦めました』
疑っているようにも、単に持ち上げているだけにも聞こえる。放たれる言葉の端々がまるで頬を舐められているように不快で、それにも増して興奮した。ジルベールの頭を割って凡人と見比べてみたいとアダムは本気で思う。
「それに比べて…あの王子は馬鹿だな。」
ハハッ!とせせら嗤いながら、とうとうベッドから立ち上がる。
アレが次世代の摂政というのであれば計画が先延ばしになっても問題なさそうだと思うぐらいには。
宰相が老い衰えて立ち退き、女王があのヘラヘラ頭の第二王女に戴冠した後まで待つのも良いと思う。それなれば、わざわざプライドを生かす必要もなくなる。のんびりと時々フリージア王国に招かれては骨と皮になっていく王女の話を肴に酒を飲めば良い。
ばーかば〜か!と相手もいないまま天井へ吐きつければまた笑いが止まらない。宰相はさておき、あの王子ならば簡単に手駒にできそうだと本気で思う。
『なにせ、あの大人数の中ですから。見つからなくても仕方がないと。我が同盟国にはアダム皇太子殿下の御姿すら知らない者も多く居ますから』
疑いようがあっても、王子である自分が怪しいとは全く思わない。潔白だと勝手に思い込む。
『申し訳ないことにまだ我が国とラジヤ帝国との和平への理解も難しく』
理解も何も、奴隷大国である以前に自国も自分も黒い噂が絶えないこともアダムは知っている。実際、その通りであることもそれ以上のこともしているのだから。まさか王子のくせにそのことも知らずに自分を潔白と思い込んでいるのかと思えば、とんだお人好しか馬鹿だと思う。
『そうすれば〝ラジヤ帝国が姉君を狙ったに違いない〟〝今すぐ和平破棄を〟〝ハナズオ連合王国ごと切り離せ〟などと騒ぎ立てる者も居なくなるかと』
いや、馬鹿だ。とアダムは思い直す。
和平国相手に、ぺらぺらと相手国の噂や疑われていることを話せば不興を買うことぐらい子供でもわかる。流石に誰が言ったかまでは吐かなかったが、相手国の王子にそこまで言ってしまう時点で馬鹿だ。更にはそれを「僕は信じてます〜」と上手いことを言ったかのように言い放つ。宰相に指摘されるまで気付かないなど、本当に王子はただのお飾りか何かなのだろうとアダムは考える。
『ステイル様は以前よりアダム皇太子殿下に感謝しておられましたからねぇ。ラジヤ帝国の参入のお陰で、件のコペランディ王国による暴走も防げたと』
簡単な表向きの功績だけで自分を慕い、何度も下手に出ては頭を下げ、なんて都合の良い人間なんだと心から思う。裏切られて絶望に染まる顔を見たいと思うくらいには。
『アダム皇太子がプライド第一王女を気に掛け、長く滞在して頂ければ周囲にも我が国とラジヤ帝国との和平関係が安定したものだと示すことができます。』
たかが、数日滞在したからといって仲良しこよしな訳がない。和平関係が安定したと思う連中など僅かだろう。宰相がおべっかを使う様子から見ても、あの馬鹿王子の独断に付き添いとお目付けで宰相は来ただけかと適当に納得する。
…だが、第一王子の我儘を聞いてやった。
表向きはどうあれ、形としてはフリージア王国からせがまれての延期滞在。これに上乗せして、死に体王女のことで揺さぶりを掛ければー…
「…また、商品棚に近付く。」
ハハハハッ!と涎が零れそうなほどに口端が引き上がった笑いを浮かべ、アダムは笑った。
全てが自分の思い通り、どいつもこいつも馬鹿ばかりと信じて疑わない彼は声量を抑える代わりに足をバタつかせて笑い続けた。
この時の決断が、後に自身の根幹をも揺るがし変える事態を招くなど知りもせず。




