424.皇太子は出る。
13years ago
「やめっ…やめて下さいお願いしますやめて下さいお願いっ…ッァアアッ‼︎」
泣き声と笑い声が入り混じる。
鞭を振るい、楽しげに笑い声をあげる少年と、痛みに悲鳴を上げ泣き叫ぶ子どもの叫びが地下に響く。
「ハハハッ‼︎ばぁあああか!やめるわけねぇじゃん!ほらほらほらほら!嫌なら、さぁっ⁈」
バシィッ!バシィ‼︎と鞭のしなる音が肉に当たり弾け続ける。
その度に鎖で繋がれた人の形をしたモノは悲鳴を上げ、許しを乞いながらも痛みに耐え切れず叫び続けた。途中、がら空きになった腹を蹴られて吐き出せば、更に少年の笑い声が強まった。
「出〜せっよ‼︎出せ出せ出せ出せ出せ‼︎できねぇならせめて俺様にちゃあんと平伏せよ!」
ハハハハハハッ‼︎とあどけない笑い声が響く。
少年の、変わりばえなき日常だ。教師と共に授業を楽しみ、涙が既に枯れた奴隷に鞭を振り足蹴にし、立場を刷り込み続ける。
「誰が頭を上げて良いって言った?なぁ、なぁ⁈俺様に逆らったら殺すからな⁇」
少年の〝授業〟に励む姿を横目で見ながら教師は一度、彼らを残して檻を出た。今日は公務を割いて少年の父親が我が子の授業風景とその素質を確認しに訪れる日だった。
…才能は、正直あまりないだろう。
言葉には出さず教師は静かに考える。自分が離れたことにも気付かず、奴隷を痛め付けることに夢中になる彼は既に調教し終える前に何人もの奴隷を死なせてしまっている。鎖で拘束された人間を殺すなど誰にでもできる。調教できなければ意味などない。
皇帝の十三人いる子どもの内の第一子。だがその皇子に、誰も期待などしていない。ほぼ同時期に産まれた子どもの中で、彼が僅かに早く産まれただけのことだ。加虐性や惨虐性など皇族の誰もが持ち合わせている。それのみで皇帝になれる訳もない。彼の弟となる年の近い皇子達の方が余程出来が良い。
そんなことを考えて溜息を漏らした直後、早々と檻の方から断末魔が響き渡った。あまりの声量に教師は肩を上下させたが、それだけだった。またか…と視線を向ける前に俯き、そのまま肩を落とす。そして少年へと振り返りながら、やれやれと溜息交じりに言葉を掛けた。
「アダム様。…あまりやり過ぎてはまた調教前に死なせてしまいますよ。」
……
「お〜…やっと帰り始めた。ったくさぁ、どいつもこいつも鈍間過ぎるっつーの。」
部屋の窓から遠目に城から去っていく馬車が目に入る。
一つ、二つと確認したアダムはせせら笑う。これでやっと自分も紛れて帰れると喜び、伸びをする。
「たかだか姫一人でうだうだうだうださぁ…どうせ予備の第二王女がいるんだからどうでも良いだろ。」
馬鹿みてぇ、と呟きながら最後にもう一本だけと酒瓶を自ら開ける。廊下から従者を呼んで荷造りで煩わしくなる前に、あと一杯だけ酒を楽しむ為に。
「次来るのが楽しみだなぁ〜。三カ月…いや半年後。……それじゃあ先に王女が死んでるか。」
なぁ?と同行者に声を掛ける。
答えないことを全く気にせず、むしろ自己完結するように笑みを引き上げる。グラスを傾け、去っていく馬車と見送るだけの間抜けな騎士や衛兵を眺め
コンコン。
突然のノックに、アダムは首を傾げる。
まだ自分が呼んでいないのに何用だと。まさかフリージア王国側からさっさと帰れという催促か、それとも独り言が外の騎士や衛兵まで聞こえたか。どちらにせよ、うざってぇと顔を歪めながら言葉だけ整えて扉越しに答える。すると、自分の部下ではないであろう聞き覚えのある声がなだらかに流し込まれてきた。
「お休みのところ申し訳ありません、アダム皇太子殿下。私、宰相のジルベール・バトラーと申します。」
ジルベール。その名にはアダムも覚えがあった。一年程前にも会った、フリージア王国の厄介な宰相だ。
少し宜しいでしょうか、と扉を開けるように催促され、大人しく言葉を口では返しながら一度部屋を振り返る。パッと見で顔を顰められそうな部分のみその辺の家具の下や布で同行者に覆い隠させる。
それから仕方なくソファーに寛ぎ直し、同行者に扉を開けさせた。扉の向こうから現れたのは薄水色の髪と切れ長な目をした宰相。更にその隣には。
「お初にお目にかかります、アダム皇太子殿下。フリージア王国第一王子ステイル・ロイヤル・アイビーと申します。」
「……。」
思わず、言葉が出なかった。
薄目だけで笑いながら、ジロリと二人を見つめた。
宰相一人だと思えば、まさかの第一王子までもが並んでいる。更には二人とも穏やかな笑みをこちらに向けてはいるものの、下手に出るような姿勢に逆にアダムの警戒心は強まった。
アダムは数拍置いてから、ステイルとジルベールへ形式通りの挨拶を返すと自分でも笑みが固くなりかけるのを感じた。何故か、アダム自身もわからないが女王ローザには感じなかった言い知れぬ畏れを目の前の二人には嫌なほど感じられた。
「実は、我がフリージア王国の和平国であるラジヤ帝国の皇太子であらせられるアダム皇太子殿下に、恐れながら御願いがございまして。」
そう言って笑うステイルは、にこやかに頭を下げて見せた。そして拒否を認めないとばかりにわずかに声を低め、槍のように鋭くアダムへ放った。
「是非とももう暫しのご滞在と、昨晩について詳しいお話を願えませんでしょうか…?」
ステイルの尋常ではない覇気が一瞬だけ頬を擦る。アダムは少しだけ興奮で心を浮き立たせ、同時にどういうことだと怒りで指先を震わせた。
それを気取られないようにと顔を動かし、二人に向けて細い目でにっこり愛想良く不快に笑ってみせる。場所を変えましょう、と返しながらさっさと荷造りを済ませて帰らなかったことを後悔した。
何故、よりによって自分に辿り着いたのか。その疑問ばかりが先行しながらも今この場で目の前の全員を殺して去ろうとする衝動を必死に止めた。
今の彼には、逃げるすべなどどこにも無いのだから。




