423.副隊長は怒る。
「…交代、ですか。」
本来ならば演習が中盤に入る時間、副団長に呼び出された私は言葉を返した。
既に控えと演習場警備の騎士を残し、殆どが城の警備で出払っている。私もそろそろ指定の配置に向かうべきかと考えた時だった。
「ああ、ハリソン。お前はプライド様の近衛を代わってきてくれ。誰との交代かは任せる。……あの晩から誰一人として休息を回していないからな。」
そう仰る副団長も、若干の疲労の色が見て取れた。
体力的にこの程度で疲労するとも思えない、恐らくは第一王女殿下の御身を心配してのことだろう。
昨晩、突如として騎士団へ緊急出動が命じられた。報告を聞けば、プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下の急変に伴う、王女暗殺の可能性。……私一人が目立たぬほど、騎士団全体が殺気立ち、各隊が王族と来賓、城の警護へと配置された。
「…承知致しました。」
副団長に挨拶を済ませ、私は王居へと進む。
あれから未だに第一王女殿下の復帰も変化も知らされていない。つまりは未だ目を覚ましてすらおられないということだ。
病、毒、特殊能力者など多くの憶測が飛び交ったが、どれも確かではない。せめて人為的か否か、原因だけでも判明すれば動きようもあるものを。そしてそれがもし人為的な要因であれば
「……許しはしない。」
第一王女殿下の御身に害を及ぼし、副団長と騎士団長を煩わせ、我が隊長の主を奪おうとせし大罪。
血に染めるだけでは足りはしない。元凶がわかれば、吐かせる方法などいくらでもある。許可さえ頂ければ、私自ら横一列に並べた容疑者全員を徹底的に問い詰めてやる。たとえ貴族であろうと王族であろうと構うものか。その大罪を贖わせるその時までは。
暫く歩めば、王居内でも馬車がいくつか往き交い始めていた。
城門前に多くの馬車が詰め寄っていることは知っていたが、王居内でということは宿泊していた遠方の地からの来賓か。
帰還の為の馬車に、まさか第一王女殿下が目覚められたことが確認できたのかとも考える。あの御方の目覚めを確認できたからこそ、安堵して帰っていくのかとも考えたが…、…期待外れであったことをすぐに理解した。
去り際に来賓が、見送る衛兵や騎士に「プライド様の御回復を祈っております」「去ることが惜しいのですが…」「女王陛下にくれぐれも」と声を掛けている。王族全員が見送りも不可能なほど多忙な為、騎士が礼を伝えては彼らを見送っていた。どうやら全員これ以上の滞在が難しくなり帰路へ向かう者達らしい。いつもの時間よりは遥かに遅いが、流石に第一王女殿下が目覚めるまで永遠に滞在ともいかない。…いつ目を覚まされるかも、わからぬのだから。
自国へと帰っていく馬車といくつかすれ違いながら、もしこの馬車の中にプライド様の御身を狙った大罪者がいればと考える。もしそうであれば、今すぐにでもこの足で追い掛け、馬の足を落としてでも引き留め捕らえてやるものを。
そう思えば、過ぎ去っていく馬車全てが逃亡者に見え殺意が沸いた。
……まだだ、まだ人為的なものかも判明していない。
それなのに尋問など叶うわけがない。だがもし、本当にあの馬車の中に人為的要因が乗っていたとすれば、この足が千切れるまで駆けてでも逃し切りはしないというのに。
王居から宮殿内に入り、とうとう第一王女殿下の部屋へと向かう。騎士や衛兵と必要分のみ言葉を交わし、告げた。途中、階段を登る途中に設置されていた大鏡へ目がいく。未だあの御方を苦しめた元凶すらわからず、目の前の事態を指を咥えて見ることしかできぬ役立たずの騎士が目の前に写った。一度立ち止まり、自分の姿を正面から捉え、……己が片目を、手で押さえる。
『ハリソン副隊長と同じ色だなんて光栄だわ。でも、……ハリソン副隊長の方がずっと綺麗。』
そう言って、恐れ慄くこともなく私の目を覗き込んできて下さった。
何より他でもない第一王女殿下にその言葉を頂いた途端、…急速に胸が高鳴った。
あの御方と同じ目の色など、今まで一度も気付いたこともなかった。己が見て呉れに興味など皆無だったが、……初めてこの瞳だけは誇れた。鏡を見れば、まるであの御方の瞳がこの目を通して見て下さっているかのように思え、その度に第一王女殿下を思い出す。
愛しき、尽くすべき我が主君の一人。
あの御方にお褒め頂き、同じ色に産まれたこの目が見届けるべきなのは第一王女殿下が治める国以外あり得はしない。
鏡から目を逸らし、再びこの足を早める。回廊を進み、あの御方の元へと身体が引き寄せられる。
許しはしない。あの御方を失うことなどあり得はしない。副団長の為、騎士団長の為、我が隊長の為、民の為、……私自身も許しはしない。
扉までとうとう辿り着けば、既に周りには多くの騎士や衛兵が詰め寄っていた。重苦しい空気からは肌に慣れきった陰鬱な匂いがした。
扉を叩かせ、近衛兵に要件と許可を求める。
たとえ原因が人であれ、それ以外であれ……必ず究明はされるに決まっている。
私以外にも多く居る。第一王女殿下を失うまいと怒りに燃える者は、それこそ無数に。
どうぞ、と部屋の中へと通される。
扉を潜り、遠目からでもはっきりとベッドで眠られる第一王女殿下がわかる。更にはその傍らにティアラ・ロイヤル・アイビー第二王女殿下そして、……アーサー・ベレスフォード。
目に入るその光景全てに、刺されてもいないのに心臓が酷く痛み、例えようもない怒りが込み上げた。
壁際に佇む近衛騎士三名を睨み、アーサー・ベレスフォードが翳った眼差しでこちらに振り返ったところで私は彼らに告げる。
「交代だ。誰でも良い、私と代われ。」
第一王女殿下をこのような目に合わせ、アーサー・ベレスフォードにこのような目をさせた元凶。
何者であろうと、決して許しはしない。




