422.宰相は笑う。
「…なるほど。そういうことですか…。」
呼び出されたジルベールは、ステイルとセドリックの説明を受けながら顎に手を当て、ゆっくりと頷いた。
最初に慌てた様子で衛兵が駆け込んで来た時は何かと思い、考えるよりも先に部屋を飛び出したが、訪れてみれば予想以上の進展だった。物的証拠も根拠もないが、今は少しの手立てさえ大きな躍進だ。
若干未だ戸惑い気味のセドリックを見ると、彼はまだ自分の異常さへの自覚が浅いのだろうかとジルベールは考える。
一目であの大人数を覚えていただけでも異常だが、そこから容姿や格好までも覚えているほど鮮明に記憶するなど普通は不可能だ。
そう思いながら、無意識にセドリックを頭の先から足元まで眺めてしまう。ハナズオ連合王国の第二王子であり、王弟。更には来たる国際郵便機関における、郵便統括役でもある。
試験を受けた時も優秀な結果を収めた彼だが、何とも恐ろしい人材をまたプライドは引き抜いてきたものだとジルベールは思う。初めてフリージア王国に滞在した時は寧ろ愚者の領域だと判断したが、これは考えを改めるべきだと思い直す。
「セドリック王弟殿下。…宜しければ、私が今からお聞きする方々の昨晩の風貌と容姿を説明してみて頂けますでしょうか。」
勿論、セドリック殿下のお会いしたことのある方々ですから。と伝えればセドリックは一言で答え、頷いた。
まずは冤罪を避ける為にもセドリックの記憶力を確認する必要がある。ジルベールは試しに毎回式典に招かれている王族から、今日だけ特別にと装飾を張り切った王子や口紅の色を変えた令嬢まで敢えてひっかけも交ぜながらセドリックに尋ねてみた。だが、彼はすんなりとその全員の容姿と風貌を全て言い当ててしまう。
自分以外でここまで覚えている人間がいることにジルベールも驚いたが、ヴェストやステイルには未知の領域でもあった。特別な会話をすれば覚えもするが、そうでなければ女性の口紅の色どころかドレスの色だって普通は朧げだ。詳細を語れるセドリックもセドリックだが、それを全て正解だと言い切れるジルベールの記憶力も尋常ではなかった。
何度か確認を終えたジルベールは「素晴らしい記憶力ですね…」と思わず舌を巻いた後、一度だけゆっくりと自身を落ち着けるように深呼吸で息を整えた。
「…では。」
そう言い始めに区切り、いつもの優雅な笑みをステイルに向けて手の中にある来賓リストとペンを借りて良いかと尋ねた。
ステイルが珍しく嫌な顔一つせずそれを手渡すと、真っ直ぐジルベールの切れ長な目を捉え、合わせた。言葉も交わさず、互いに頷き合うとジルベールはにこり、と穏やかな笑みを今度はセドリックに正面から向けて見せた。
「先ずは、セドリック王子殿下の記憶の中でプライド様が倒れられた際にいらっしゃった人物を。名前がわかる者だけで良いので、全員上げていって頂いても宜しいでしょうか。」
その程度ならば。とセドリックが言葉と同時に簡単に頷いた。その途端、ジルベールの笑みが若干更に強まり、セドリックは思わず軽く身を反らした。
ありがとうございます、と返すジルベールはリストの名前にチェックを書くべく一度全てを目で撫でる。どの頁にどの人物の名が挙げられているかを、ざっと確認した後。どうぞ、とセドリックを促した。
セドリックは少しジルベールに怯えながらも、記憶の映像の端から端まで自分が名前を知る人物を告げていく。一人、また一人とリストにチェックが印されていくのをヴェストもステイルも手の中の仕事も忘れ、文字通り手に汗握って見つめ続けた。
部屋中に緊張の糸が何本も張り巡らし出す中、ジルベールは薄く笑った。セドリックの口から断続的に人名が挙げられ、少しずつ確かに絞り上げられていくのを手の中で感じながら。
…これで、ようやく手が打てる。
既に自分の記憶力と、セドリックの絶対的な記憶力に確信を持ったジルベールだけが先に笑う。
セドリックが全員の名前を言い終わり次第、今度は自分がチェックの付かなかった来賓の風貌や特徴を上げていく番になる。その時に、やっと自分達が訊問すべき相手が見つかるのだから。
どのような方法を使ったのか、それさえ締め上げて吐かせれば打つ手などいくらでもある。もし毒の類であれば解毒の糸口も見つかる。そしてもし自国の来賓…つまり特殊能力者による犯行であれば、何かしらをした張本人を捕らえて解かせればそれで良い。
ふと、そこで気がつくとジルベールは途中でセドリックの口を一度制止する。そして、彼の喉がこれ以上痛まないようにと部屋の外にいる侍女に茶を持ってくるようにと伝えた。今の彼は唯一残された犯人と真相への糸口なのだから。
再びセドリックによる名前の暗唱が進み、半数近く絞られたところで侍女が四人分の茶を運んで来た。
ちょうど少しセドリックの喉が疲れてきたのを見計らったように、彼へカップを手渡される。それを一口飲んで喉を潤したセドリックは、再び名前を挙げ出した。
そうしてとうとう、セドリックの名前暗唱が全て尽きた時。
既に残された人数は来賓の同行者を入れてたったの二桁だった。バラリ、パラリと一度それを確認した時のジルベールの笑みに、今度はステイルまでもがヴェストに隠れて悪く笑んだ。
既に犯人の首は掴んだも同然と、その確信と共に。
特定すればあとは簡単だ。フリージア王国には訊問以外にも真実を吐かせる方法はある。中には〝強制的に〟吐かせる方法も。ステイルも、その方法だけは知っている。
……例え泣いて縋ろうとも吐かせてやる…‼︎
確固たる意思を胸に、ステイルは黒く笑う。
そして彼のその意思に呼応するように「では」とジルベールも怪しく笑んだ。目の前で凄まじい記憶力を披露してくれた王弟への敬意と感謝、そして未だ見ぬ容疑者への怒りに燃えながら。
「これから、リストの上から私が残りの全来賓の容姿と風貌を口頭でお伝え致します。」
状況はプライドが目を覚ますのが先か、真犯人を吐かせるのが先かまで進んでいた。




