421.義弟は荒げる。
「…ッ…どう、いうことだ…⁈」
セドリックが困惑するように声を上げたのは、ステイルに招かれ更にジルベールが訪れてから一時間以上が経過してからのことだった。
動揺し、前髪ごとグシャリと頭を掴み押さえつけるセドリックに、ステイルはなるべく冷静に繕うように意識して言葉を掛けた。
「…やはり、当日の来賓人数より二名。セドリック王子殿下の記憶より数が少ないようです。」
最初は敢えて、把握している人数を伝えずにセドリックに数えさせた。
先入観無しにセドリックが数えてどうなるかを確認した結果、ステイルが確認し終えた来賓人数より二名少ない。念の為にと再びセドリックは数え直したがやはり結果は変わらなかった。
当時は、プライドが倒れてすぐ庭園への窓も含め、一時的に出入り口全てを封鎖させた。その間に手洗いなどで席を外した者がいなかったことは既に当時封鎖した衛兵にも確認済みだった。そしてその前に途中で帰った者がいないことも、ステイルは確認済みだった。
だが、セドリックの記憶ではどうしても二名だけ居ない。当時倒れたプライドの傍に駆け寄り、彼女が立っていた広間内全て見渡せる台の位置に立ちながら、どうしても。プライドの急な卒倒に驚き倒れたり、怯えて身を伏してしまった者かとも考えられたが、少なくとも摂政のヴェストと王配のアルバートが確認した中では誰一人としていなかった。
つまりは、あの混乱に乗じ〝なんらかの理由で〟どこかに身を隠していたか、もしくは……。
そこまで考えたステイルは、ギリッと無意識に歯を食い縛った。一体どこの何者だと考え、手の中のリストがグシャリと握られ過ぎて皺を作った。
セドリックの記憶と会場の封鎖、そして最後の来賓数が正しかった場合、プライドが倒れたことが人為的なものである可能性が増してくる。まだ、城に宿泊した来賓は全員帰還していないが、昨晩の内に帰ってしまっている可能性もある。最悪の場合、そのまま逃亡もあり得る。もしそうであれば早々に特定し、一刻も早く指名手配をしなければならない。
焦る気持ちを必死に抑えながらステイルは縋る思いでセドリックへ問いかける。
「セドリック王子殿下。恐れ入りますが、その二名を特定することは可能でしょうか……?」
なるべく感情を抑え、ステイルは尋ねる。だが、セドリックは頭を抱えたまま首を横に振った。
落胆し、一言返しながらステイルは仕方ないと自分に言い聞かせる。できないからとはいえ、セドリックを責めることはおかしい。あの場での人数を全員覚えていること自体が人外の域なのだから。それを誰が居なかったかまで照合するなどそれこそ神の
「ッ今回、我がハナズオ連合王国が初対面の方も多くいらっしゃいましたので……‼︎一度挨拶をさせて頂いた方なら未だしも、流石に〝知らぬ者の顔と名前は〟一致できません。」
申し訳ありません…!と苦々しく声に出すセドリックに、はっとステイルとヴェストは同時に顔を上げた。
まさか、と恐る恐る思いながら二人は顔を見合わせ、今度はステイルより先にヴェストがセドリックに問いかけた。失礼ですが、と前置きながらセドリックの言葉を確かめるように尋ねる。
「セドリック王子殿下は、名前はわからずとも〝顔や外見は全て〟覚えていらっしゃるということでしょうか……?」
「私に絵の腕さえあれば、精密に描ける程度には。」
描いたことはありませんが。と続けるセドリックにステイルは心臓が跳ね上がった。
なんということだ、と開いた口が開かないまま、次に自分がすべきことをたった一つに絞り出す。
腕の良い絵師を呼ぶのも良いだろう、だがあの大人数全てを書かせれば膨大な時間を要する。ステイルとヴェストも一度会った者であれば、その者がどこの誰であるかは一人残らず顔と名前を合わせて記憶している。だが、その日の服装などまで鮮明には覚えていない。ステイルに至っては、プライドと同じくあの時に初対面の者も多くいた。挨拶を受けるばかりが多過ぎて、初対面すら逃した者も複数いる。だが、一人だけいる。毎回、式典の度に来賓全員と挨拶を交わし、その特徴から細やかな変化まで全て記憶に残している人間が一人だけ。
次の瞬間、息を合わせたようにステイルとヴェストは部屋の外にいる衛兵へ向け、声を張り上げ、命じた。
「ジルベール宰相を呼んで下さい‼︎」
「ジルベールを呼べ!今すぐに‼︎」
ステイルのみならず、珍しくヴェストまで声を荒らげた事態に、命じられた衛兵が飛び上がりながら急いで王配の執務室へと駆けた。
……
「ハハハッ!あ〜…やっぱバカばっかだよなぁ?バケモン王国もさぁ。」
客人用のソファーに凭れ掛かり、テーブルに足を乗せながら男は笑う。
狐のような細い目を興奮したように見開き、口端を引き上げる。廊下には自国の参謀長や将軍だけでなくフリージア王国から護衛を任じられた騎士もいる為、あくまで声だけは潜めながら。
昨晩から一人で開けたワインを二本空にした彼は、朝から更にグラスを傾けていた。
他の来賓に紛れて帰ろうにも、誰も妙時になっても馬車の用意すらしようとしない。自分達だけ足早に帰っては余計に警戒されると思い、仕方無く他の来賓が動き出すまでは部屋で大人しく〝第一王女が心配で帰れない振り〟をした。だが実際、彼はプライドのことが心配とは少しも思わず、何よりどうせ目を覚まさないと思っていた。
一人祝杯のワインに舌鼓を打ちながら、何度も笑う。右に流された深紫の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱したい衝動にだけ耐えながら、計画通りに進んでいることが嬉しくて楽しくて仕方がない。プライドが奇声を上げた時は笑い声を堪えるのに必死で暫く出てこれなかった。更には運ばれていくまでは猿芝居、そして衛兵や騎士に話を聞かれる時も顔がニヤけないようにかなり気を払った。
ラジヤ帝国皇太子、アダム・ボルネオ・ネペンテス。
彼は今回初めてフリージア王国の式典への出席を叶えた。
同盟国ではなく、単なる和平国である彼は式典の中でも特別大規模になる時にしか城に招かれなかった。和平を結んでから、是非ご挨拶にとフリージア王国を誘っても催促しても、その日は都合が悪いの一点張り。更には「この日ならば可能です」「この日にパーティーを行いますので宜しければ是非」と誘われた日は〝何故か〟全て自分がどうしても空けられない日ばかりだった。身近にフリージア王国へ手引きしている奴がいるんじゃないかと、八つ当たり半分趣味半分に脅しや暴力、拷問紛いのことをして側近達を締め上げたが、誰一人として発覚はしなかった。
「しっかも、この前の王子の誕生祭はチャイネンシスの王子と被るしさぁ…。」
はぁぁああ…と嫌そうに溜息を吐きながら、アダムは俯いた。そのまま思い付くままに床に唾を吐き、足で踏む。
単なる誕生祭では、たとえ女王の誕生祭でも和平国は招待されない。あくまで〝特別な〟式典だけだ。
本来ならば、やっと巡ってきた招待状に飛び付くアダムだったが、それよりも優先して確認すべきことがあった。各地に放っていた使者から〝サーシス王国の国王が民の前に出ている〟〝チャイネンシス王国国王の誕生祭にも出席予定〟との報告だった。
あり得ない、信じられないと思いながら自分の目で確かめずにはいられなかった。
潜入してみれば、本当にサーシス王国の国王はピンピンしているのだから目を疑う。いっそ殺してやろうかとも思ったが、今ランスが死ねば容疑者国にラジヤ帝国が挙げられるのは目に見えていた。ならばヨアンを今度は…と思えば、招待客にはフリージア王国も居た。ここでヨアンの惨状を目の当たりにさせ、フリージア王国の警備を更に厳重にされたら後で計画がやりにくくなる。せめてフリージア王国の来賓に第一王女が居ればとも思ったが、それすら自分の思い通りではなかった。
お陰でそれから数日後に開かれるステイルの誕生祭にも行きそびれ、いい加減に苛立ちも限界をとっくに過ぎた頃にやっと、だった。
第二王女、齢十六の誕生祭。
「たっくさぁ、王女がたかが一つババアになっただけでなんだよあの祝い方?ダンスとか馬鹿じゃねぇ⁇そんなに男とヤれんのが嬉しくて仕方がねぇの?」
きっも!とゲラゲラ笑うアダムに、彼の同行者は答えない。
彼のグラスにワインを注ぐこともなく、貴族に見せかけた風貌のまま部屋の隅で家具の一部のように佇んでいた。
「あ〜…早く帰りてぇ。どうせ目覚める訳ねぇのにさぁ。やわ過ぎてもう死んだのかと思ったらまだ生きてやがるし。」
まぁ死なれちゃ困るんだけど。と呟きながらアダムはとうとう靴のままでベッドに上がった。ワインを並々に注いだグラスを片手に、乱暴にベッドへ乗り上げ足を伸ばす。
「つーまーらーねーえー!もっと醜い姿曝け出して身体ビクビク痙攣とかさせると思ったのに耐えるどころか気を失いやがるし。やっぱ姫様程度じゃ駄目だな。」
ベッドの上で汚れた靴ごと足をバタバタと動かす。更にはそれを終えると今度はケラケラと笑いながらワインを傾け、笑った口端から細く零した。
「犯人探すぞ〜とかやってんのかな今頃。それとも医者探せ〜、か?」
ばーか、ばーかと。聞こえないように声を潜めながらも扉の向こうにいる騎士達へと勝手に浴びせる。不快だと口では言いながら、フリージア王国の人間が振り回されていることがこの上なく滑稽で愉快だと言わんばかりの笑顔だった。
「テメェらの国だけが特別だと思い込んでる化け物共が。どうせ原因どころか俺様に辿り着くことすらできるわけねぇじゃん。」
ハッ!と鼻で笑い、グラスの中身を最後に一気に仰いだ。ぐぱぁ、と下品に息を吐き、空になったグラスを床に転がした。酒の味に飽きたアダムは大きく欠伸をするとそのままベッドに転がる。
「一ヶ月…いや、三ヶ月くらい放っておくか?いい感じにガリガリになった姫様拝んでみてぇし。……死に体の姫にどれだけふっかけられるか見ものだな。」
ぶふっ、と今度こそ大笑いが出そうなところを両手で押さえて堪えた。
プライドがガリガリと干上がった姿も、自分の要求に従わざるを得なくなり苦渋に顔を歪める女王の姿もどちらも想像するだけで楽しくて堪らない。奴隷制容認か、奴隷生産国か、第二王女との婚約くらいは軽いだろう。婚約を渋って第一王女に死なれては元も子もないのだから。
「…あの馬鹿国王が何故戻ったかは知らねぇけど。」
最後だけ、心から不快そうにつまらなそうに吐き捨てる。
今まで一人として、あの状態になって復活を遂げた人間など居なかった。一部を除き、その全員が必ず最後は干物のようになって死んでいく。どれだけ生き永らえようとも、肉がついている内に死ぬか、惨めに骨と皮になってから死ぬかの二択だった。
そう思えば今ほんとうに警戒すべきはサーシス王国かもしれないと考えながら、アダムは最後にまた吐き捨てた。
「あ〜…さっさと帰りてぇ…。」
なぁ?と心からの欲求が、部屋の宙にだけ小さく零れて消える。
従者すら部屋の外に追い出された今、この上なく汚く汚され散らかされた部屋を片付けようとする者は、どこにも居なかった。




