420.貿易王子は抑える。
「プライド。…入るよ。」
一歩一歩躊躇うような足取りで、レオンは部屋に入った。
既に多くの城の人間や護衛、ティアラ。そしてステイルによって面会を許されたハナズオ連合王国の国王であるランスとヨアンが勧められた椅子に座する事もなく佇んでいた。部屋全体が陰鬱とし、カーテン越しの薄い陽の光が撫でるように全体の光景を映し出していた。
部屋の中にいる人間一人ひとりに挨拶をしながら、ベッドで眠る女性に視線を注ぐ。ランス達の隣に並べば、敢えてそれ以上は近づこうと思えなかった。今、プライドの傍に一番近いのはティアラとアーサーの二人だったが、自分がもしその距離まで近付けば感情も、更には蓋をしている衝動まで一気に吹き出してしまうとレオンは自覚していた。
レオン王子、とティアラが小さく振り返って呟いた。会釈のみで返したが、いつものように滑らかに笑むこともできず、口端を軽く引き上げるだけだった。いつも笑顔で返してくれるレオンからの悲しげなその表情に、余計ティアラの目が潤んだ。
アーサーも振り返り、ランス達が来た時と同じようにその場から引こうかとも身体を動かしたが、その時と同じようにティアラが腕を引き止めた。「アーサーは兄様の代わりに私とお姉様を任されてくれました」と説明すれば、誰もが納得しレオンも静かに頷いた。
「…プライド王女は、まだ目を覚まさないのですか。」
近くにいる医者や侍女達に声を掛けるが、やはり反応は予想通りだった。
特にプライドの専属侍女であるマリーとロッテの顔色は悪く、今までレオンが見たことがないほどに暗く、重い表情しかなかった。プライドの傍で常に穏やかに笑んでいた二人とはまるで別人だった。
医者から原因も不明、奇病かそれすらもわからないと説明を受け、レオンは思わず自身の胸を片手で押さえた。
呼吸を整え、最初に隣に並ぶヨアンとランスを目だけで覗く。胸元のクロスを強く掴んだヨアンは、目を固く閉じこの場で祈っているかのように黙していた。レオンと同じく中性的に整った顔立ちがくしゃりと歪み、その目を開かれずとも険しい心うちが露わにされていた。
ランスの方もいつも快活な笑みと曇りのない表情しか殆ど見たことのないレオンには、想像もできなかった姿だった。眉間に険しく皺を刻み、口を一文字に結んだまま、肩まで強張らせ身動き一つしなかった。真っ直ぐに降ろされた拳が硬く握られ、僅かに震えている。
恐らく、自分より僅かに早く来ただけだろうと思われる二人の姿にレオンは胸を痛めた。
ふと気付き「セドリック王子は」と尋ねれば、ステイルの協力をしていると聞き、少しだけレオンは思考を巡らす。
国王二人を置いて、セドリックにだけ望む協力とは何か。船旅を共にしてセドリックについても少しは理解できたが、それでもあのステイルが協力を仰ぐほどのこととは何かと考える。
そこまで考えた後。少し自身の気持ちが落ち着いたことを感じたレオンはとうとう真っ直ぐプライドの横顔に目を向け、…急激に感情が混ざり、波打った。
ランスのように下ろした拳を強く握って堪え、現実から目を背けてはならないと息を止め、顎を震わし必死に耐える。気を抜けば今にも彼女の傍まで駆け出してしまいそうな足に力を込め、床へと押さえつけた。
血の巡りが悪いのか、僅かに血色も霞んでいる。更には全くの力無く、目を閉じたままなプライドは眠っているだけにもそっくりなだけの人形にも、……既に息絶えているようにも見えた。
…何故、彼女がこんな目に。
行き場のない怒りと悲しみがレオンの身体を渦巻く。
病か、人為的なものか、せめてそれだけでも確定できればそれが自身の原動力にもなる。だが、…今はそれすらも許されない。
彼女と最も近い位置を自ら放棄した自分が、彼女に触れる事も言葉を掛けることも許されてはいけない。あくまで盟友として、隣に並ぶ国王と同じ位置で耐え続ける。
今、この瞬間にでも彼女が嘘のように目を覚ましてくれることだけをただ祈って。