そして宰相は下がる。
コンコン。
「失礼致します、ヴェスト摂政。王配殿下より次の資料をお持ち致しました。」
摂政、ヴェストの執務室。
その扉の周りには王配であるアルバートの執務室と同様に多くの騎士や衛兵が詰め寄っていた。
部屋の中にいるのはヴェストとステイルの二名。しかし、部屋の前は廊下までその十倍近い人数がずらりと並んでいる。ノックに応え、部屋の中から短い返事が返ってきた後、ジルベールへ扉が開かれた。そして
「!…失礼しております。ジルベール宰相殿。」
部屋の中には、三人。
自分を抜いて三人の人物が既にいることにジルベールは驚いた。自分の机で書類を書き綴るヴェストと、また別の書類を何度も捲り見比べているステイル、そして今、自分に挨拶をした彼は
「…セドリック王子殿下。何故、こちらに。」
思わず目を丸くしてしまったジルベールは、書類をヴェストに手渡すことも一瞬忘れ、椅子に座らされたセドリックを見やった。
いつもより若干乱れた金色の髪が、徹夜で朝を迎えたジルベールの目には眩しく映り、思わず目を凝らす。セドリックは何か言おうとしたが、その途端ステイルに「お気になさらず、どうぞ」と促されてしまった。すると、小さく言葉を返すセドリックはぶつぶつと独り言のように数字を綴り始めた。既にゆうに三桁に及んだ数字に、ジルベールは首を捻り説明を求めるようにステイルへ視線を投げる。
「……僕がお呼びしました。早朝ゆえに無礼とは承知の上でしたが、どうしてもセドリック王子殿下の協力を要しましたし、殿下も僕らの力になりたいと快諾してくださりましたので。」
代わりにハナズオの国王方には姉君との面会を許可致しました。と続けるその言葉は淡々とし、一見冷静に語っているように見えるステイルだが、その眼差しは夜明け前にジルベールが書類を提出しに来た時よりも更に険しかった。
「一体、どのようなご協力を…?」
「セドリック王子殿下は姉君が倒れたあの瞬間、大広間中に居た来賓を〝全員〟覚えていらっしゃるので。人数の照らし合わせを。」
人数⁈と、ステイルの言葉にジルベールは耳を疑った。
セドリックに話す許可を得ているステイルは、セドリックがプライドのもとへ駆けつけた時に壇上から一度会場内を見回していることを説明した。
だが、一目見ただけで人数の照らし合わせなどを可能にしようとしているセドリックにジルベールも驚きを隠せない。ジルベールにしては珍しいその表情に、気持ちはわかると言わんばかりにヴェストも重々しく頷いた。
だが、耳を傾けてみればセドリックは確かに数を唱え続けている。これはつまり、彼の記憶の中でのあの場にいた人数ということなのかとジルベールは静かに理解した。ハナズオ連合王国の王弟であるセドリックに対し、まさか特殊能力者ではないかとまで本気で考えてしまう。
ジルベールと同じく、プライドの症状をアーサーですら治せなかったことを知っているステイルは、既にプライドの異常を〝病以外〟の要因に絞っていた。
書類を今度こそヴェストに手渡しながら、ジルベールは改めてステイルとセドリックを見比べる。
セドリックが数を綴り続けている中、ステイルは来賓リストを一枚一枚捲り、実際に来賓した総人数を確かめていた。当日の欠席や同行者の追加や変更も王族貴族ではよくあることだ。それを確認し、ステイルもセドリックと同じく数字を追いかけ続けている。
「医者と薬師からも芳しい報告はまだありません。つまり、原因も。姉君が目を覚ますかその糸口を掴むまで、休むつもりはありませんから。」
絶対に。と、それは断言に近かった。
はっきりと言い放つステイルに、いつもならば一言嗜めるヴェストすら何も言えなかった。執念にも近いものを感じ、彼を囲むように黒い覇気がとぐろを巻き続けていた。ジルベールもその心境の荒さを察し、口を噤む。
ヴェストに書類を提出し、ヴェストからも調べがついた分の資料をジルベールに手渡した。用事を終えたジルベールはそれ以上は立ち止まることなく、部屋を出る前にその頭を下げた。
嵐の前の静けさを、肌で感じながら。




