419.貿易王子は按じ、
「レオン第一王子殿下…‼︎」
日が昇りきって暫くして、僕の馬車はフリージア王国の城まで辿り着いた。
…プライドの、城。
昨夜、突然倒れた彼女に会う為僕はアネモネ王国に帰り、数時間で再び国を出た。彼女との面会可能時間に一番に会いたかった。
父上も母上もプライドのことはとても心配し、僕の出国もすぐに認めてくれた。…彼女の無事がわかったらすぐに報せて欲しいと、そう言って送り出してくれた。
父上にとっても母上にとってもプライドは、とても大事な存在だ。二人ともプライドへの恩は今も忘れていないと話してくれた。
城の衛兵に挨拶をして、プライドとの面会を願う。許可を貰えるまでは何時間でも馬車の中でも待てますと伝えて待たせてもらう。
既に城門前にはいつもの衛兵だけでなく多くの騎士まで警護についていた。きっと昨晩から厳戒態勢なのだろう。
衛兵の一人が許可を取りにいく間、僕は馬車の中で手を握り締める。既に温度を無くした指を絡めれば、不安だけが募った。
……プライド…。
昨夜、彼女は突如として多くの来賓の前で倒れた。
いつもの堂々と声を張る彼女からは想像できないほどの悲鳴の甲高さは今も耳に残っている。
ある程度の医学の知識も頭に入っている。だからこそ彼女の症状が尋常ではないことも、命に関わるほどの深刻なものだということもすぐにわかった。……いや、あの叫びと完全に意識を手放す前の苦しむ姿を見れば誰もが想像つくだろう。
衛兵のあの反応から察すれば、…彼女の容態はまだ判明していないのかもしれない。つまりは目を覚ましていない可能性が高いということだ。
大事なものを……この手から、滑り落とすのはいつだって一瞬だとよく知っている。
もし、病であれば余計にそれは顕著だ。フリージア王国に怪我治療の特殊能力者は何人かいることも同盟国の王子である僕は知っている。だけど、病を癒す特殊能力者なんていない。そんな都合の良い特殊能力まで存在しないことくらいわかっている。それでも、…もし居てくれたらと途方もなく願ってしまう。
アネモネ王国に帰ってから、改めて毒や薬に関する書籍を改めて調べてもみたけれど…我が国が取り扱っているものでは一つも該当しなかった。
それにプライドは喉や胸ではなく頭を抱えていた。なら、やはり可能性があるとすれば病だ。貿易相手には医療が非常に発展している国もある。もし、今日明日にもプライドが目を覚まさなかったらそちらにも手を伸ばさなければ。…………絶対に、彼女を失いたくない。
「…っ。」
考えた途端、手が震えた。
意識してしまえば今度は身体中が震えだし、押さえるように自分の両腕を固く抱き締める。
彼女が倒れた時も、目の前が白と黒に明滅してプライドしか見えなかった。失うことが怖くて、怖くて怖くて……まるで既に事切れてしまったかのように横たわった彼女の姿には息が止まった。
本当は片時も彼女の傍を離れたくなかった。こんな時だけ都合良く今もまだ婚約者であればと考えてしまったことに嫌悪した。調子が良いにもほどがある。
手を強く拳で握り、解けば彼女と踊ったひと時を思い出す。彼女が倒れるほんの少し前まで、あんなに眩しい笑顔で、僕の手の中に居てくれたのに。
「お願いだっ……居…く、ならないでくれ…!」
失うことが、怖い。
抑えながらも声が漏れれば掠れた。今度は心臓を強く両手で押さえ、それでも不安が拭えない。
気を急ぎ過ぎだ、まだ一日も経っていないのに取り乱すなんて。彼女の病状も原因もわかっていないのに。
城にもし入れたら、その時には言葉に気をつけないと。プライドは必ず目を覚ます、そう信じていると……それが当然だと思っていなければ。
この門を越えた先に、プライドは居る。今すぐ叶うなら飛び出したい。待たされる一分一秒が永遠のようだ。
どうか、どうか、どうかどうかどうかっ…‼︎
コンコン。
「レオン第一王子殿下。…ステイル王子殿下より、プライド様の盟友であられる方ならばと特別に御許可を頂きました。…どうぞ、我々が御案内致します。」
……一体、いつのまに時間が経ったのだろう…。
馬車の窓から顔を覗かせた騎士の顔を見る。気がつけば、僕の馬車の周りにも人の気配や蹄の音がした。きっと、昨日招かれた近隣諸国の王族貴族だろう。
先頭に並ぶ僕の馬車だけが門を通される。後続の馬車はまた門前で止められたのか、僕らが通った後はすぐに門が閉ざされる音がした。
暫くゆっくりと奥へと進められた馬車は、最後にその動きを止めた。
扉が開けられると、騎士が「失礼致します」と言ってから最初に馬車の中を覗いた。端から端まで覗いた騎士は、確認終了の言葉を発すると敬礼をし、扉の傍に立った。……特殊能力での、確認。
城門で既に彼らを出すということは厳戒態勢も最高値まで跳ね上がっているということだろう。ただでさえ、騎士である彼らが城門に常駐しているだけでも珍しいのに、門前から馬車の中まで小まめに特殊能力者による検閲が入っている。衛兵の特殊能力と同じ騎士まで用意し配属したのだとしたら相当の徹底振りだ。恐らくはジルベール宰相による采配だろうか。
どうぞ、と促されて僕は馬車を降りる。見れば、いつもの停車位置だった。ただし、周りには多くの騎士が佇み、僕の周りにも多くの騎士が囲うようにして付いてくれていた。
今、こうして僕が立っているだけでもまた特殊能力者による何かしらの診断を施されているのかもしれない。
騎士達に導かれ、僕は歩く。こんな厳戒態勢でありながら、僕を王居内からプライドの面会まで許してくれたステイル王子に心から感謝する。
一年前の防衛戦の時もそうだったけれど、本当に彼は力強い協力者だ。…そんな彼も、今はティアラと一緒に胸を痛めているのだろうかと思うとまた心臓が刺すように痛んだ。
一歩一歩、確実にプライドの部屋まで進んでくれる騎士に気が急きながら僕は歩む。
どうか目覚めていてくれと、祈るように歯を食い縛りながら。
……
ッドサ‼︎ドサドサドサッ‼︎
昨夜の誕生祭に携わった城の者や我が国の来賓について関連書類を何度も一枚一枚高速でめくっては、不要となった書類を机から落とす。
王配であるアルバートの執務室。この身の内が焼けるように怒りで燃えているのは決して私だけではなかった。
「ッ何故‼︎優秀な医者でさえプライドのアレの原因すら掴めないんだ…‼︎」
「奇病、もある。医者だからといって全ての病を知るとは限らないさ。」
…だが、プライド様のアレは恐らく病ではー……。
いつもの落ち着いた彼とは思えぬほどに言葉を荒らげるアルバートは、未だに怒りのせいで息が荒い。
私も返しながら、必死に己を落ち着けるべく一度言葉を飲み込んだ後に彼へと視線を投げた。
私の妻であるマリアも、数年前まで奇病に侵されていた。前例のない病など、私にとっては身の毛がよだつほどに身近過ぎる話だ。
「…それに病以外の可能性もある。多くの来賓に紛れて、……。それを今、ヴェスト摂政もステイル様も確認してくださっている。」
女王であるローザ様が多くの処理に追われ、ヴェスト摂政もローザ様の補佐と並行して他国の来賓を端から端まで洗い出している。
王族貴族が連れた妻や夫の類の中に我が国の民が居ないかも含めて全て。ステイル様がその作業を手伝っているからには確実に進んではいるのだろうが、来賓の数が多過ぎる。ローザ様も含めた上層部が寝ずの作業を続けているが、一向に状況は良くならない。
アルバートから、内密にマリアを救った特殊能力者の力を借りられないかとも聞かれたが…今は未だ消息を掴めないとしか言えなかった。実際はあの晩、アーサー殿は既に触れてそれでもプライド様は目を覚まさなかったという絶望的な状況であるとは言えない。
「もし人為的なものであれば、つまりプライドは狙われたということになる…‼︎第一王女を、来賓の目の前でだ!我が国への宣戦布告とも取れる…‼︎」
「落ち着くんだアルバート。…お前以外誰がローザ様を支えられる?」
一言ひとこと己へ言い聞かせるように彼へ返す。
私の言葉にアルバートは耐え切れないように拳をテーブルに落とした。バラバラに重ねられていた書類が勢いで数枚は舞い、もともと悪い彼の目つきが更に凶悪さを増していた。本来ならば八つ当たりにでも「お前に何がわかる」と叫びたい心情かもしれないが、……私相手にだけは、何も言えないのだろう。
彼が取り乱すのも当然だ。プライド様は彼の愛娘。
当時の私だってマリアの奇病がもし人為的なものであれば、殺意に塗れて仕事すら手に付かなかっただろう。こうして仕事を進めながら、怒りを内側に収めようとするだけ彼は立派だ。
我が国の優秀な医者の判断は「わからない」「気を失っているだけとしか」「もしこのまま目を覚まさなければ」とそれだけだった。
……許すものか…‼︎
あの御方を、このまま亡き者にするなど許しはしない。
このような形で、あの御方を苦しめ、更にはまるで来賓への見せしめかのようにあの場を狙ったとすれば、手足の爪を全て剥ぐだけでは到底足りはしない。
来賓全員の顔も名も頭には入っている、我が国に、もしくはプライド様に危害を加える可能性のある輩もある程度の目星は…‼︎
そこまで考えた途端、思わずアルバートに釣られるように私までこの身に殺意が溢れ出したことに気がついた。しまった、と思い何とか急いで再び身の内に抑えるが、アルバートから「お前が怒ってくれているのはわかった」と息を吐くと同時に諭されてしまった。……情けない。
「…せめて、あの子が今日にでも目を覚ましてくれれば良いのだが。」
祈るように呟く彼に、私も言葉を返す。…そう、犯人や原因より最も重要なことはそれだ。
あの御方が目をこのまま覚まさなければどれほどの人間が悲しみ苦しむことか。
あの御方が倒れた時は、悪夢の再来かとも思えた。またそれで、私は失うのかと。だが、……再来の方がまだ良い。実際はアーサー殿にすら治すことが叶わなかったのだから。
プライド様に触れて尚、力なく眠られた御身にアーサー殿もステイル様も顔色が蒼白に褪せていかれた。私自身、その事実に足元が揺らいだ。まさか、もう、と悪い予感ばかりが先立ち、プライド様の脈を確認できる時まで自身が呼吸をしていなかったことにすら気づかなかった。
脈や呼吸を確認しなければ、全く生きている気配すら感じられないプライド様は寸前までの苦しんだ姿が嘘のように静けきっておられた。
アルバートやヴェスト摂政は声を荒らげ、ローザ様も気丈に振る舞いながらもその場から身動ぎどころか瞬きすらできずにプライド様を見つめておられた。
アーサー殿とステイル様が抱き支えた後、暫くはそれ以上は下手に動かすこともできず、医者や周囲のみが右往左往するばかりだった。
まるで、プライド様一人だけ時が止まってしまったかのように。
「…ジルベール。取り敢えずは来賓の内、我が国の上級貴族の調査だ。……ヴェストの元へと頼む。」
片手で頭を軽く抱えながら呟くアルバートから書類を受け取る。
使用人や従者、侍女、衛兵や他の来賓からも聞いた情報から、彼らの特殊能力の有無と詳細、何時頃に我が城に訪れ、どのような荷物や馬車で現れ、何を持ち込み、誰を同行させ、怪しい動きはなかったか。更には彼らの身分から我が王族との今日までの関係、国外との関係やプライド様との繋がりまで可能な限り全ての調査結果だ。当然、私やマリアの名もここに記されている。
情報量が多ければその分に時間が掛かる。国内ならばまだ調べもしやすいが、ヴェスト摂政が調査をしている国外の来賓はそれ以上だろう。今回は式典の中でも最大の規模だった。知れても情報に限りもあれば、全員を洗い出すのにも一日では足りはしないだろう。
「…ああ、わかった。」
少しずつでも、情報を互いに共有しなければならない。私は書類を手に部屋を出た。
ヴェスト摂政、そしてステイル様の元へと再び伺う為に。




