42.自己中王女は退室する。
契約を終えた後、私はそのまま次にジルベール宰相から手渡された新たな巻物を開いた。
まだ、彼への処罰は終わっていない。
次は夥しい量の契約内容を私からヴァルへ読み上げることになる。
隷属の契約自体は、裏切らない。主の許可無しに一定距離離れない。そして主の命令には従う。の3つだけだ。
そこで、今。私はヴァルへ命じなければならない。
罪を犯してはならない。王族や私には逆らわない、嘘や隠し事をしてはならない、敬意を払わなければならない。自衛でも暴力を振るってはならない。国や王族を裏切ってはならない。主に許可なく国外へ出てはならない。働いて稼いだ金のみを使って生活をしなければならない。
そういった内容をこと細かく全てヴァルへ禁じ、命じなければならない。
例え一口に犯罪はダメといっても、本人の意識に〝犯罪〟の意識がなければ意味が無い。だからその逐一、物は盗まない。落ちていた物も自分の物にしない。お金を誤魔化して取らない。相手の方が損をするとわかった上で取引を行わない…といったように事細かに禁じなければならないのだ。
そしてこれ、意外と疲れる。書いてある項目を読み上げるだけなのに喉も目も精神にも負担がかなりくる。命じられる側のヴァルは頭に入らなくても耳が聞こえている限りは効力を発揮されるけど、私は手抜きができないのだから一方的に疲れる。
かなりの時間、ひたすらにヴァルへ契約内容を命じた後、最後に私は今回の捕虜になった騎士団救出の為に「一時的に国外に出る権利を与え、また騎士団にも命令権を与える。必ず安全に騎士団が任務を遂行し、帰国できるように全力を尽くすこと。ただし、最優先すべきは主であり、何があろうとも必ず騎士団に同行し、七日以内にはこの国の主のもとに帰ってくること」と付け足した。
これでヴァルは私無しでも騎士団と国外に出て、共に任務を遂行し、必ず私の元へ帰ってくることになる。
拘束が不要になったヴァルは縄を解かれ、そのまま衛兵によって騎士団へと連れられていった。…自分が奇襲した相手である、騎士団の元へと。
まぁ、あの騎士団長と騎士団だし、あまり残酷な目には合わない…と思いたい。
最後まで、ヴァルは私に何も言わなかった。恨みも、何も。
ただ、何か言いたげに衛兵に連れられ見えなくなるまでずっとその目は私の姿を捉えていた。
「御苦労でしたね、プライド。」
ヴァルを見送った私は母上の言葉で正面に向き直る。ありがとうございます、と言いながらも私は少し不安だった。
私の判断は第一王女として不合格か、それとも合格だったのか。
でも母上はそれに関しては何も言わず、ティアラと私に退室を許した。
母上と父上、そして摂政のヴェスト叔父様とジルベール宰相に挨拶を終え、私はティアラと手を繋ぎ部屋を後にした。
結局、この判決が次期女王として正しかったのかもわからないまま。
……
「…如何でしょう。女王陛下。」
摂政のヴェストがゆっくりと我が妻、女王陛下であるローザへ目を向ける。
「プライド第一王女への御判断は。」
ローザは表情を崩さない。頬杖を小さく付きながらじっと、プライドとティアラが去った扉を見つめている。
今回の罪人への裁き。これはプライドへの女王になる為の最初の試練だった。
今回の騎士団奇襲の件で、偶然視察に訪れていたプライドはステイルに命じて特殊能力で武器を現場へと搬送し、騎士団へ助力をしたという。
騎士団副団長からその報告と感謝があった時は驚いた。王族が騎士団の任務にこんな形で参入することなど滅多に無い。
その上、プライドは崖崩落までも予知したという。その結果、多くの騎士達が命を救われた。だが、その報告を受けた際に摂政であるヴェストから提言があったのだ。
王族として干渉し過ぎではないか、と。
ヴェストは他者にも、己にも厳しい男だ。
そして相手が姪であろうとも。
ローザも私も、その言葉には一理あると考えた。プライドは三年前から第一王女として立派に成長し始めた。義弟になったステイルや妹のティアラにも優しく接し、周りの侍女や衛兵からの評判も良い。だが、優しいだけでは…甘過ぎるだけでは女王として相応しくない。
罪人を裁く。
これはローザ自身も女王になる前から携わってきたものだった。
そして、プライドが次期女王として相応しい器に育っていると認めたからこそ、ローザはこれをまだ幼いプライドに行う事を決めたのだ。
「罪人本人へ、自らの望む処罰を聞く…というのは歴代初めてのことになります。」
ヴェストはそのまま静かに隷属の契約書を纏め始める。
罪人の処罰についての考えられる選択も、そして隣国の捕虜救出の判断も、そして隷属の契約という処置すらもプライドは見事に答えた。
だが、あの行動だけは唯一枠外の行動だった。
「…ただ己が判断を罪人に委ねたのならば女王失格でしょう。」
静かにローザが口を開く。
この口振りからはもう、彼女の判断は決まっているのだろう。
「しかし、あの子は隷属の契約の重さを理解し、死よりも辛い罰になりうる事も伝えた上でそれを尋ねました。」
そして、私の命令通りこの場で契約を交わしました。とそう続けながらローザはヴェストから受け取った契約書を受け取る。
「プライドは理解しているでしょう。隷属の契約の恐ろしさを。いっそ処刑の方が楽だったと思える程に残酷な刑罰であることを。」
ふ、と彼女の口元が緩む。
本当はもっと娘の成長を素直に喜びたいのを堪えているのだろうと私は一人察する。
「楽しみです。あの子が、我が愛しい娘プライドが女王となるその日が。」
プライドは、甘さも、そして女王になるのに足る厳しさもちゃんと持ち合わせている。
そう、女王であるローザが判断した瞬間だった。
…また、私室に戻ったらプライドが凄いだの愛おしいだの成長しているなのとのはしゃぎ出すのだろう。今から彼女がその優雅に降ろす両脚をバタつかせる姿を想像し、私は小さく溜息をついた。
視界の隅で宰相のジルベールが「ええ、私もとても楽しみです」と静かにほくそ笑んだのだけが少し気になるが。
…そろそろ素直に私無しでもローザはプライドと親子の会話を楽しんで欲しいものだ。
緊張するから、何を話せば良いかわからないと弱気になり、私を傍につけてはいるものの今でも十分彼女はプライドと話す事ができる筈だ。ティアラやステイルには何の苦もなくできているのだから。
母親としての彼女は決して褒められるものではなかった。ローザもその事に関しては嫌というほど理解しているだろう。母親としては難しかったが、せめて現女王と次期女王として…二人が自然に会話できる日がくれば良い。彼女は女王としては誰よりもずっと必死に努力し、務めてきたのだから。
そしてきっとその日は、決して一生叶わないものではないだろう。
ローザを、プライドを誰よりも近くで見続けた私だからこそ、そう…思う。




