417.騎士は願う。
…夜が、明ける。
今、そろそろ、もう、…プライド様が目を覚ますんじゃないかと見つめ続けていれば、先に窓からうっすらと陽の光が差し込んだ。
ずっとその顔を見つめていたのに、この手に触れ続けていたのに、…プライド様は少しも動かなかった。
医者が生命反応を確認する度に、心臓がざわざわと気持ち悪く揺らめいた。
背中を摩りながら、俺の隣で椅子に腰掛けるティアラの顔を覗けば、まだ暗い表情で自分が重ねたプライド様の手に視線を落としたままだった。
眠らなくて大丈夫かと言葉を掛けても、頑なに首を振り続ける。「怖い夢を見ちゃいそうで」と泣きそうな顔をして口だけで笑った。ここまで辛そうなティアラの笑顔は見たことがなかった。
もう何時間経ったかも考えられねぇ、…ただプライド様は目を覚ます兆しさえ見せなかった。
そしてステイルも、……昨夜、部屋を出て行ってから一度も戻って来ない。
アイツなら、何かわかったか用事が片付いたらすぐにでも戻ってくる筈なのに、一度もだ。その所為で余計に不安ばかりが積もって行った。
プライド様が悲鳴を上げて倒れたのは、…本当にあっという間の出来事だった。
プライド様が悲鳴を上げてすぐ、俺も騎士達全員でプライド様のもとに駆け付けた。俺もあの人が苦しみ出した瞬間、頭が働く前に身体が動いて駆け出していた。あの人の苦痛に歪んだ顔を見た途端、信じられねぇほどに胸が鳴って頭まで揺らした。急いだ筈なのに、一歩一歩が堪らなく遅くて、走っても走っても気持ちばっかで、あの人に手が届かねぇのが息を忘れるほどにもどかしかった。
来賓の隙間を縫い、強引に通り抜け、やっとプライド様に辿り着いた時にはもう…プライド様は動いていなかった。その瞬間、一瞬眩暈が酷くして世界の終わりみてぇに視界が揺れた。
プライド様を抱き抱えたステイルは血の気がプライド様以上に無くなっていて、信じられねぇくらいに歯を剥いてプライド様に近付く連中を言葉で跳ね除けていた。
俺の存在に気づいてすぐに周りを散らせて俺にプライド様を一緒に支えさせるようにして触れさせたけど、…駄目だった。目を覚まさないプライド様に絶望しきったステイルのあの表情は今も頭に張り付いている。
手を握っても、首に触れても、頭に触れても、プライド様は目を覚まさず、俺の手からも全然特殊能力を使った感覚がしなかった。
「なンで…。」
言葉が漏れ、それ以上出る前に口を縛る。それは、いま俺が言っちゃいけないことだ。
今まで、病気の人は皆治せた。
自分でもそれができるのは誇りだったし、救えたことが嬉しかった。でも、……なんでよりによってこの人だけは癒せなかったのかと、俺自身を呪いたくなる。
こんなにプライド様の傍にいられてんのに、全然心も安まらねぇし、嬉しくもなれない。むしろ胸が絞られるみてぇに苦しくて、嫌なことばっか想像する。
この人が目さえ覚めてくれれば、嘘みたいに全部晴れるのにと他力本願なことばかりを考える。
ティアラの手の隙間から、親指でそっとプライド様の手の輪郭をなぞる。つやりとした肌の質感と一緒にうっすらと人の温度も感じて、…まだ生きててくれてんだとほっとする。
…〝まだ〟
ぞわっ、と全身に寒気が走った。
いつ、目を覚ますかも原因すらわからない。このまま目を覚まさず…、なんて医者が言った時には目の前が真っ暗になった。
苦しんだこの人の顔と、あの悲鳴が今も焼き付いてる。まさか、とその続きを一瞬でも考えたら身体中が氷の中にいるみてぇに寒くなって、喉が気持ち悪いぐらいに渇いた。また身体の震えが微弱に止まらなくなって、思わず重ねた手に力を込める。
ティアラが気付いて、俺の肩にそっと頭を添えるように傾けた。
ステイルも気丈に振る舞ってたけど、プライド様へ向けた笑顔すら酷く歪で、見ただけで息が詰まった。アイツが、来賓の前であんなに感情を剥き出しにするのも声を荒らげるのも初めてだった。
ステイルだけじゃない、アラン隊長があんなに蒼い顔するのも、エリック副隊長があんなに声を荒らげるのも、カラム隊長があんなに酷く手を震わすのも見るのは初めてだった。
近衛騎士の俺達に指示を出した父上の表情も険しくて、クラークだって深刻な顔で俺達を見送った。
プライド様が襲撃や暗殺されかけた可能性とそれに伴った城の警護を命じられた騎士達は全員が殺気立った。
顔に全く力の入らない、血色すら失ったプライド様の顔を見て、胃が酷く圧力がかかったみてぇに歪む。
……早く、早く、目を、…覚まして下さい…
単純なことしか、願えない。
ただ、いま俺が本気で願いたいことはそれだけで。
そんな自分が
酷く、無力だった。