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そして絶縁王女は幕を閉じる。


「プライド、ティアラ、ステイル王子殿下。…先程は素晴らしいダンスだった。」


興奮したティアラとの話が一区切りつき、ステイルも合流した後。

タイミングを計るようにしてセドリックとランス国王、ヨアン国王が声を掛けてくれた。ハナズオ連合王国として国際郵便機関発表での挨拶の為に前へ上がって来てくれたらしい。目を奪われました、素敵な時間でしたとランス国王とヨアン国王も言ってくれて、思わず私もティアラも照れてしまう。


「ありがとうセドリック。貴方も素敵なダンスだったわよ。」

国王二人にも挨拶を返しながらセドリックに笑い掛ける。

来賓としては一番最初、しかも主役であるティアラに手を取られたセドリックはまさに花形だった。ステイルも女性には人気があるけれど、金色美男美女のセドリックとティアラに大広間中が沸いていた。お陰でその後も大盛り上がりで、私も楽しく踊ることができた。

いや、そんなことは。と返してくれるセドリックへ笑いながら私もティアラに目配せする。私の視線に気がついたティアラは私とステイルの間に少し隠れながら、上目遣いでセドリックを小さく睨んだ。ぷく、と膨らませた頬が可愛らしい。


「…ダンス、ありがとうございましたっ。はっ…ハナズオ連合王国の方と是非踊りたかったので。」

「いや、俺こそ感謝している。…お陰で夢のようなひと時だった。」

ティアラからの言葉に笑みで返すセドリックは、最後の言葉の時にはまたダンスの時を思い出したのか顔が赤い。

ぽわっ、と次第に火照る顔とティアラへ向けるその表情から色気まで溢れてきた。ティアラが直撃を受けて肩を上下させると私とステイルの背後に完全に隠れてしまった。


「べっ、べつに偶然国王方より先に目に入っただけですっ…!」

「構わない。数多の男の中で貴方の目に留まったならば、それだけで幸福だ。」


声を潜めて叫ぶティアラにめげず、セドリックは嬉しそうに姿も見えないティアラへ笑んだ。

あまりの熱烈さに私まで顔が熱くなる。すると、ステイルが私とティアラ、セドリックを見比べて何か納得したように一人頷いていた。……一体何を理解したのだろう。

セドリックの恥ずかしい言葉の連続に、とうとうランス国王が「それぐらいにしろ」と拳で軽くセドリックを叩いた。ヨアン国王が口元を隠しながらくすくすと笑っている。


「ところでセドリック、この後の質問攻めの準備は平気なのかしら?」

ティアラが完全に私の背後に篭ってしまったので、話を変えるべく声を掛ける。まだティアラのセドリックへの御怒りは治ってないらしい。……それとも恥ずかしい台詞に照れてるだけか。

この後、私が発表した後は閉幕になるけれど、恐らく私だけでなく郵便統括役に紹介されたセドリックにも質問が飛ぶだろう。彼もハナズオ連合王国として今晩は城に泊まる予定だし、下手すれば来賓全員が帰るか馬車に乗るまで引き止められる可能性がある。

私の言葉に「ああ!」と力強く笑ったセドリックは自身の胸に手を当てた。


「例の内容は全てもう理解した。拠点も候補地の建設は順調に進んでいる。帰国後はすぐにでも人員を確保しよう。」

話によると拠点はサーシスとチャイネンシスの国境の間に建設した建物を使う予定らしい。

あの国境の壁があったところだ。防衛戦後から早速作り始めた時はもともと互いを繋ぐ公共機関の為だったらしいけれど、そこをそのまま国際郵便機関の拠点にしてくれるらしい。あそこならサーシス王国もチャイネンシス王国もどちらの民も働けるだろうから、人員も集めやすいだろう。

セドリックはそのまま、勿論王族としての勉強もしていると豪語した。

我が国に来てからは図書館で恐ろしい量の知識を吸収していたセドリックだけれど、自国でもかなりの知識を吸収し尽くしているらしい。ハナズオ連合王国の国中の書籍が覚え尽くされるのも時間の問題だろう。…我が国に移住したら、フリージア王国の書籍も読み尽くすつもりなのだろうなと今から覚悟する。


「我が国も協力は惜しみません。もしセドリックがまた何かしたら、躊躇いなく僕らにお知らせ下さい。」

「我々が責任持って、席から引きずり下ろします。」

ヨアン国王に続いてランス国王が笑いながら若干物騒なことを仰った。…多分冗談ではないだろう。

セドリックがもう迷惑をかけたりはしないと訴えたけれど、また少し顔が赤かった。


「夢のようです。…僕らハナズオ連合王国が、こうして多くの国の前に立てる日がくるなんて。」

ヨアン国王が胸元のクロスを掴みながら柔らかく笑んだ。瞳が揺れて、金色の瞳が嬉しそうに輝いた。

ランス国王もヨアン国王の言葉に感慨深そうに深く頷いた。そのままがっしりとした両腕でヨアン国王とセドリックの肩を抱き寄せると、改めて私の前に向き直った。燃え上がる紅い瞳が爛々と輝いている。「プライド第一王女殿下」と呼ばれ、その覇気に押されるように背筋が伸びた。


「何度でも貴方がたには感謝致します。これから先もヨアン、セドリック共に我が国は協力を惜しみません。どうか、この先も……宜しく、お願い致します。」

最後にパン、パンとセドリックの肩だけを軽く叩いて示すとそのままランス国王が頭を下げてくれた。

多分最後の言葉はセドリックのことに関してが大きいのだろう。今まで大事に面倒を見たセドリックが手元を離れるからこその言葉だ。兄というより、親心に近いのかもしれない。

ヨアン国王もその意図を理解したように自分から頭を下げてくれた。来賓の目もあるのに国王二人にまで頭を下げられて思わず慌ててしまう。セドリックが兄二人の頭を下げる姿に、小さく下唇を噛み締めると少しだけ泣きそうに瞳の焔を揺らした。


「セドリック、……いえ、セドリック〝王弟〟殿下は、きっと我が国にとってもなくてはならない存在になると思います。こちらこそ、宜しくお願いします。」

どうか頭を上げて下さい、と伝えながら今度は私からも頭を下げる。ステイルと、そして私達の背後から出てきたティアラも合わせて礼をしてくれた。



「ローザ・ロイヤル・アイビー女王陛下の御言葉です。」



突然響きの良い声が大広間中に轟いた。

ざわざわとして温まっていた会場中が一気に静まり返る。

母上が立ち上がり、優雅な動作で挨拶をした。今日の来賓への敬意と感謝、そしてこの先も更なる発展をと。十六歳になったティアラの催しによる功績も讃えれば、その場で賞賛の拍手も巻き起こった。

今まで大きな取り組みに携わってこなかったティアラは、初めての功績による拍手に頬を染めてはにかんだ。…本当に立派な王女になったなと心から思う。

思わず私も頬を緩ませながらティアラを見つめていると、ステイルも同じように黒い瞳が優しく光っていた。兄としてもティアラの成長は嬉しいのだろう。

思わずそのまま感傷に浸っていれば、とうとう母上から「この度、皆様に新たな御報告があります」と声を張り、私を目で示し、呼んだ。


「我が娘、第一王女プライド・ロイヤル・アイビーです。」


母上の合図と共に再び私を迎える拍手が巻き起こる。

温かで盛大な拍手に包まれながら、私は一歩一歩母上の前へと上がった。大広間中の来賓を見渡せるその場所で、脈打つ心臓を感じながら顔を上げる。見知った人から、親しい人、そしてまだ見知らぬ来賓までその全員が私を見つめてくれていた。

私は一度だけ口の中を飲み込んでから、ゆっくりと開いた。


「御紹介に預かりました。第一王女、プライド・ロイヤル・アイビーです。」


もう慣れた筈の挨拶なのに、何度やってもこういう場は緊張してしまう。

さっきのダンスみたいにステイル達が一緒なら良いけど、この時だけは私一人だけだ。母上も一度背後に下がってしまうから余計に心細い。意識すればするほどに喉が干上がりかける。一言ひとことゆっくりと今日足を運んでくれたことの感謝を私からも伝える。堂々と笑い、緊張を悟られないように指先までも注意を払い、来賓へと語り掛






─ 何かが、私の頭に触れた。






「今回、私が皆様にお伝え致しマスのハッ…、…⁈…ッ…‼︎……!…‼︎」

突然呂律が可笑しくなり、息が止まる。

私の言葉が途絶えたことに、来賓の眼差しが変わった。パクパクと口を必死に動かすけれど、言葉が出ない。代わりに喉から溢れ出したのは







「ァッ…ッ‼︎あ、…あ、あああ…ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎‼︎」






自分の耳まで劈くような悲鳴、だけだった。

何かに抵抗するように頭を両手で抱え込めば、それは私の頭からすんなりと引いたけれど、変わらず割れるような痛みと共に頭の中はグチャグチャに掻き乱され続けた。

抱え、左右に振り、踠き、それでも喉からは悲鳴しか出ない。まるで壊れた機械みたいに頭が白と黒に激しく瞬いてどうにかなってしまいそうになる。

息も出来なくなり、必死に吸ってもそれ以上の酸素が悲鳴と共に吐き出されて苦しくなる。それでも痛みに必死に抗おうと悲鳴が止まらない。


─ 頭が、割れる。


姉君!プライド様‼︎お姉様‼︎プライド王女が‼︎誰か医者を!と悲鳴の隙間から声が聞こえた気がしたけど、思考が追いつかない。ァアアアアアアッと悲鳴を続けながら、狂ってしまったように頭を抱えて膝から崩れ落ちる。


─ …どこかで、覚えがある。


叫び、叫び、血の気が引き、また叫び、誰かに押さえ付けられる。また私の名前を誰かが呼んだけど、もう言語を読み込むことすら苦痛になった。


『姫様…!どうかお気を確かに‼︎』

『プライド様‼︎』

『誰か、医者を呼べ‼︎女王陛下と王配殿下にも御報告を‼︎』

『第一王女殿下が‼︎』


─ そうだ、あの時。


壮絶な痛みで両足をバタつかせながら踠く。痛み、割れ、明滅する思考の裏側で酷く冷え切った思考がそこにあって。


─ 十年前。…嗚呼そうだ。っ…そうだったのに。


目を開けることも出来なくなって、酸素が底を尽きて、頭が焼けて痛みと共に意識も引いていく。


「ッ頭を動かしてはなりません‼︎プライド様!聞こえますか⁈プライド第一王女殿下‼︎」

「城内の扉を封鎖しろ‼︎誰も城から出すな‼︎」

「アーサーッッ‼︎」


─ ……思い出して、しまった。


引いていく痛みと共に、身体が頭から蝕まれるように侵される。

狂気が快楽のように押し寄せて、真っ黒に塗り潰される。誰かがまた私に触れて名前を呼んだ気がしたけれど指一本動かせない。

夢の中のような意識で、薄らいだ意識だけが独り言を脳内で呟いた。


十年前。

…何故、私はあんなにも女王プライドの未来に怯えていたのか。

何故、変わりゆく未来よりも堕ちていく未来ばかり信じて疑わなかったのか。

何故、ステイルやティアラも既につくっていた専属侍女を私だけずっと仕立てないでいたのか。

何故。……ずっと、ずっとゲームの知識の言い訳にしていた自身の〝予知能力〟の有無に疑問を抱かなかったのか。







─ 知っていたから。






十年前。

あの時、私は前世を思い出しただけじゃなかった。


〝予知〟していたから。


たとえどれほど踠き、抗い、正しい生き方に縋っても‼︎………いつか、また〝戻ってしまう〟己自身の姿を。


なのに、…ああああああああああああ何故……忘れてしまっていたのだろう。



「どうかお気を確かにプライド様‼︎」

「プライド!プライド‼︎ッッ近づくな‼︎これは見世物ではない‼︎‼︎」

「なんでっ…‼︎目ぇ覚まさないンすかっ…⁈」


…疑問ばかりが、…頭を回る。


何故、…ヴァルの裁判で真の女王はティアラとわかっていたのに、自分を〝次期女王〟としてヴァルとの隷属の契約をやり切らなければと思ったのだろう。

何故、…いつからか私の断罪を託さなくなってしまったのだろう。

何故、ステイル達と平然と将来の子どもの話なんてできたのだろう。

何故、…ヴァルに居場所を無くしたら頼らせてなど〝生き残る〟選択肢なんて望んでしまったのだろう。

何故、母上にまだ私達に時間はあるだなんて言ってしまったのだろう。何故、ティアラがハナズオに行くと決まった時に〝もし私に万が一のことがあったら〟なんて、まるで私が女王となるのが前提のようなことを思ったの。何故ティアラの場所を奪う、なんて自分が女王になることに当然のように疑問を抱かなかったの⁇

違和感はあった。何度も、何度も何度も何度も‼︎違和感を感じたことだって確かにあった筈なのに‼︎‼︎




何故、婚約者候補なんて。




─ …そうだ。……完全には忘れていなかった。



カラム隊長も、アーサーも…騎士としての生き方に誇りを持っている。

ステイルだって、摂政として民の為に努めたいとずっと努力を続けてきた。



三人が、今の生き方を捨てて私なんかの為に王配を望む訳がない。



なのに母上に婚約者候補の話を聞いて、リストを見た時。私は全く躊躇わなかった。

確認だけした私は、三人を迷い無く選んだ。


『…これだけは、確認させて下さい。この、婚約者候補は絶対に…〝二年後までは〟公表されないのですよね…?』


公表されずに済むなら、彼らにしたいとそう思った。

私の婚約者候補と知られて罪に問われたり白い目で見られたりせず済むなら、……彼らをと。

だって、あの時私が三人を選んだのは







〝最期〟ぐらい、大好きな人達と一秒でも長く同じ時を過ごしていたかったから。






婚約者候補になったら、きっとまたレオンの時みたいにその人達との時間が増えてしまう。全てに於いて優先度も高くなってしまうから。……だから、彼らを選びたかった。

他の婚約者候補ではなく、彼らと。…ずっと私に優しく在り続けてくれた、皆と。

まるで、私の人生が終わる事をわかっていたみたいに。

女王になる、次期女王だと頭では考えながら、ずっとずっと知っていた。


女王になることなく、この幸福な時間にいつかは終わりが来ることを。


所詮はゲーム通りの人生になるのだと。

覚えていた。…なのに、月日を越すごとに記憶が薄まって。年々と、私にまだその先の未来があると思って……疑わなくなってしまった。



─ ばかみたい。



ちゃんと、ステイルとアーサーに託したのに。

ちゃんと、女王としての仕事をティアラにも教えてあげ続けたのに。

銃弾だって、予知して全部斬り払っていたじゃない。

…予知能力の存在も実感も、十年前から誰より私が理解していた筈なのに。



「プライドッ…プライドっ…‼︎しっかりして下さいっ…‼︎」

「プライド様っ…‼︎目を、…開けて下さいっ…!」


─ 目を、覚ましませんように。


きっと次に目を覚ましたら私は、皆を傷付けてしまうから。

できることならどうかこのまま、私の時間が終わってくれますように。


もし、それが叶わないなら…どうか、せめて。


「プライド様…‼︎」

「プライドッ…こんな、こんなっ……どうしてっ…⁈」

「プライド!プライド‼︎一体どうしたというんだッ…⁈」












─ どうか最後には、ゲームみたいに幸福な結末を。













……ちゃんと、殺してくれますように。


「ップライド‼︎‼︎」

「プライド様ッ‼︎」


私が愛したこの国を、台無しにするその前に。












「お姉様っ…‼︎」


4

最初から、決まっていたことでした。

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これ以上読むのが辛い...
[良い点] ここまでのんびり楽しませて頂き、「BADENDを避ける」のではなく「飲み込んだ上で最大限尽くす」ような描写に頑なだな~と思っていた矢先の急展開で二度見、三度読みしました。 いい意味でショッ…
[良い点] 読者の興味を引き込む筆致。 劇場型というか、何というか。 [気になる点] 記憶が戻らない設定のプライドが、自身の破滅の未来を視ていたであろう事は、その狂気としか思えなかった言動で予想はでき…
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