415.義弟は対峙し、騎士は語らい、
「お疲れ様です、素晴らしいダンスでしたステイル様。」
「…ありがとうございます、ジルベール宰相殿。」
ダンス直後、ジルベールに差し出されたグラスを受け取りながら、敢えて引攣らせた笑みで返す。
ダンスを終えてから、俺とプライド、そしてティアラは一度玉座に座する母上と父上の元へと引いた。プライドはまだ興奮が冷めない様子のティアラと話しているお陰で、未だ話しかけようとする来賓はいない。が、……俺は終えてすぐに先程ダンスした令嬢の親が話し掛けてきたことで休む間を失った。
だから、正直その後すぐにグラスと共に俺の話待ちとして控えてくれたジルベールには助かった。……腹立たしいことに。
「流石ステイル様。多くの王女も令嬢も虜にされましたね。」
「いえ、実際踊った王女や令嬢は四人ですから。多くというほどではありません。」
本当は全員夫人で済ませたかったが、それでは反感を買いかねない。仕方なく交流の多い女性から誘ったが、…まさか早速父親と共に図ってくるとは。
女性が嫌いなわけではないが、全く好意に応える気になれない。俺はただでさえ、摂政業務と王配業に携わることで忙しいというのに。「娘も望んでおります」と言われても……困る。
目は合わせないように視界の端で確認すれば、先程とは違う令嬢や王族の面々がジルベールの背後から覗いている。以前からもありはしたが、十七歳になってからは一気に増した。
「いえいえ、ステイル様の立ち振る舞いを目にされて心奪われた女性も多いようですよ。」
「光栄ですね。皆さん、素敵な方々ばかりですから。」
今度こそ笑みを作って返してやれば、ジルベールが「そうですね」と頷いた。
社交辞令とわかっていて共に頷かれると同族感が増して更に腹が立つ。
実際、美しい女性も多い。俺より歳上も、歳下でも動作から言葉、そして姿も当然洗練された女性が殆どだ。令嬢や王女のみならず、招待客の同行者やパートナーに至るまでその所作は美しかった。だが別段、魅力的とも感じない。プライドやティアラ、母上などの最上位の女性を見慣れてしまった所為もあると自覚はしているが。
「妻もとても素晴らしいひと時だったと喜んでおりました。私も便乗して再びこの場にもお連れするべきでしたでしょうか?」
「いえいえ、あの時のはジルベール宰相殿がプライド第一王女に良き時間を下さったほんの〝御礼〟ですから。」
敢えてジルベールにだけわかるように言葉に棘を刺してみれば、ジルベールが「そうですか」と切れ長な目を開いて笑った。
嘘ではない。プライドに手を取られたジルベールに些か腹が立ち、ならば俺はとマリアをダンスに誘った。……まぁ、正直に言えばー…
「プライド様とのダンスは本当に良き思い出となりました。これでまた仕事が頑張れそうです。」
「それは良かった。ジルベール宰相殿は大事な我が国の宰相ですから。この先も〝くれぐれも〟御活躍を期待しております。」
ジルベールから差し出されたグラスを一口含んで喉を潤す。勿論ですとも、と言葉を受けながら酒の味は悪くないと思う。流石ジルベールの選別だ。
「いかがですか。お仕事の方は、馴染んでこられましたか。」
…急に静まり切った声色に、少しだけ目を向けてやる。
悪びれも何もない、俺を心配したような笑みに一瞬だけ言葉に詰まる。最近はヴェスト叔父様と並行してジルベールにつくことも更に増えてきた。腹立たしくはあるが、…それでも。
「…ええ、お陰様で。僕はまだ未熟ですが、教授して下さる方々が優秀な方ばかりなので。」
俺の言葉に少し驚いたようにジルベールの目が見開かれる。
今度はジルベールの方が言葉に詰まったらしく、数秒ほど固まった。硬直が解けたと思えば「光栄ですね」と小さく呟き、笑んだ。
「…もうそろそろで、陛下のお話が始まりますね。……楽しみです。」
「ええ、僕もです。」
懐かしむようなジルベールの笑みに俺も同意する。
これから母上の紹介で、プライドによる国際郵便機関が発表される。同盟国和平国を繋ぐ最大機関だ。更には閉ざされていたハナズオ連合王国との共同機関。
可能活動範囲も広がり、ハナズオ連合王国が協力の意思を示したことで他国にも拠点や中継地点などの協力の声が上がるかもしれない。そうすれば、より国際郵便機関は安定し、そしてプライドの評価も更に上がる。
初めは多少個人的に難儀してしまったセドリック王子だが、やはり協力を得られたのは大きい。それにハナズオ連合王国王弟、更には優秀な頭脳の持ち主だ。彼ならば新しい仕組みにも順応して仕事を捌いてくれるだろう。
「また一つ…功績が認められると思えば嬉しい限りです。」
学校制度に続き、プライドが国の為にと努めてきたことをまた多くの人間に知って貰える、認めてもらえる。…その為に俺もまた努力をしてきたのだから。
その通りですね、とジルベールが柔らかく相槌を打つ。過去の大罪を思えばお前が言うなと言ってやりたい気持ちにもなる、が…今はコイツが心から喜んでくれていることも知っている。
「プライド様はお幸せですね、このような素晴らしい御方が次期摂政なのですから。」
フン、と鼻で笑ってやりたいところを人前の為ぐっと堪える。
代わりに笑顔で「ありがとうございます」と応えてやるが、わかるように敢えて嫌に笑めばジルベールがにっこりとその笑みを広げ返してきた、
「そうそう、そろそろステイル様も十七となられて身を固めたい年頃ではありませんか?宜しければ私からも幾らか御紹介を」
「いえ、結構です。僕の婚約者は母上と父上に一任しておりますので。」
わざと面倒な話題を…‼︎‼︎
ジルベールが敢えて聞こえるように声を張ったせいで、奴の背後にいる女性達が囃った。
王女でもない俺の婚約者など、母上達が選別した相手との見合いで決まる。確かに未だ母上達からそういう話題はないが、ヴェスト叔父様付きと王配業で忙しい俺に配慮してのことなのだろう。俺としても願ったりだ。見合いだの交際だの婚約だので、今の仕事やプライド達との時間を削られる方が遥かに問題だ。いっそ独り身でも俺は一向に構わない。
「ッそろそろ姉君とティアラの様子を見てきます。どうぞジルベール宰相殿もごゆっくり…‼︎」
笑みで返しながらも、構わず言葉だけで怒りを示せば、ジルベールが肩を竦めて笑った。
ええ、ありがとうございます。と返され、速攻で背中を見せようと思った…途端。……そういえば、お陰で結局女性達に構われずにプライド達の元へ行けることに気がつく。恐らくコイツとしても、その為に俺と雑談に興じたのだろう。
俺が背中を向けかけた状態で振り返れば、ジルベールが「どうかなさいましたか」と気にするように尋ねてきた。コイツのこういう気の利くところだけは時々尊敬しなくもない。
一度ジルベールの方に再び向き直り、指先で小さく顔をこちらに寄せるようにと指示をする。すぐに指示に気付いたジルベールが首を屈めて俺へと顔を近づけた。少しだけ奴の耳を指先で引っ張り、一言だけ言っておいてやる。
「……マリアと踊りたいと思ったのは本心だ。」
ぱちり、と目を大きく瞬きしたジルベールが俺の方に顔を向ける。
社交用の笑みだけで返せば、ジルベールが今度は目尻を下げてゆっくり笑った。
「ええ、…存じております。」
上手なその言葉に少し悔しくもなったが、取り敢えず「でしょうね」と返しておく。コイツと話す時だけは、やはり社交の場は窮屈だ。
また、明日にでも王配業務の仕事ついでに嫌味のひとつでも言ってやろうと大人気なくもそう決めた。
きっと明日からまた忙しくなるのだろう。プライドの国際郵便機関が本格的に動き出し、拠点を決め、人員を募集し、選び、他国への周知と連携を求め、上層部全体が慌ただしくなる。母上も父上もヴェスト叔父様も、……ジルベールも。
……だから。
「ジルベール宰相殿。…明日からまた、宜しくお願い致します。」
コイツとはまた、接することが増えるだろう。ヴェスト叔父様だけでなく、コイツの手伝いも俺は担っている。明日も、明後日も、……そしてきっと最期まで。
「ええ、宜しくお願い致します。ステイル第一王子殿下。」
恭しく頭を下げてくるジルベールの姿に、……もしかしたら老後もコイツに看取られることになるのかと、ふと思った。
……やはり看取ってくれる人を得る為にも、一応結婚はしておくべきかもしれない。
……
「いや〜…まさか騎士団全員がフロアに上げて頂けるとは思いませんでした。」
ほくほくと顔を綻ばせたエリック副隊長の言葉に、騎士全員が頷いた。
俺も、すげぇ思う。
遠目でさっきダンスしていたフロアを眺めると、既に片付けられ始めていた。多分、あれが終わったら女王の話とプライド様の発表で締め括られるんだろう。
「プライドは、騎士の皆さんを心から信頼していると僕にもよく話していましたから。寧ろ僕の方が恐れ多いくらいです。」
「とんでもありません、レオン王子殿下はプライド様の盟友ですから。同盟国の中でも最も交流の深い御方ならば当然かと。」
レオン王子の言葉にカラム隊長が笑顔で返す。
いつの間にかカラム隊長もレオン王子と前より仲良さそうに話している気がする。騎士達だけじゃなくて王族とも親密になれるなんてやっぱりカラム隊長はすごい。
「皆さんのダンスも素晴らしかったです。特にロデリック騎士団長とクラーク副団長には目を奪われました。」
いえとんでもない、恐れ入りますと父上とクラークがレオン王子に頭を下げた。
でも正直、俺達もそう思う。アラン隊長が「自分達も初めて拝見しました」と気になるように父上へ目を向けた。それを受けた父上にクラークがくっくっ、と笑いを噛み殺しながら背中を叩く。すると、父上が頭をガシガシかいて「騎士としての当然の嗜みだ」と顔を逸らした。
「君も、…なかなか素敵だったじゃないか。」
アーサー。と声を潜めてレオン王子が俺に笑った。
滑らかな笑みを向けられて、同時に他の騎士も皆で俺の方を生暖かいか面白そうな目を向けてきた。「いえ!とんでもありません‼︎」と必死に返しながら、さっきのことを思い出して顔がまた熱くなる。俺一人単純な振り付けばっかだったのに‼︎
目の前の人達も他の王族貴族も皆すっっげぇ華やかで上手で、俺一人が恥かいた気がしてならない。……今度、父上に教えて貰おうかなと一瞬目を向けたら、思いっきり顔ごと目を逸らされた。クラークが俺の視線の意図に気づいたみてぇにまた笑ってる。
「良ければ、私が今度教えてやろうか、アーサー?」
「…いえ。副団長のお手を煩わせるのは申し訳ないンで。」
絶ッッ対テメェにだけは教わってたまるか‼︎確実にからかわれるに決まってる。
そう思って上目で睨んだら、クラークからまた楽しそうな笑みが返ってきた。「そうか残念だ」と言いながらグラスを軽く傾ける。
「でもよ、もしかしたら今度からこういう祝い事の度に催されるかもしんないだろ?その為にも一応練習するのは良いんじゃねぇか?」
また機会があるかもしれねぇし、と俺を肘で突くアラン隊長の言葉にまた顔が茹だる。…今日みたいなことがまたあるかもしれないと、そう思うだけで心臓がまた鳴り出した。
…今度はもっと、格好良く踊れンのかな。
ぼんやりと、夢見心地だったさっきのプライド様との時間を思い出す。今でもあの人に触れられた身体が熱い。残ってる温もりに、本当に夢じゃなかったんだと知らされる。
「アラン隊長もダンスお上手でしたが、…いつの間に?」
正直少し意外でした、と小さく笑うエリック副隊長にアラン隊長が歯を見せて笑った。
確かにカラム隊長やエリック副隊長は何となく想像できたけど、いつも騎士として鍛錬ばっかのアラン隊長まであんなに上手なんて。そう思って酒を一口飲みながら返事を待つと、アラン隊長は「そりゃあ最初は俺もアーサーぐらいで止まってたけど」と零しながらグラスを掲げて胸を張った。
「プライド様といつか踊れたらなぁ〜って思ってから猛練習した。」
またすげぇさらっと言ったこの人‼︎‼︎
思わず酒を吹きかけた。直前で堪えて飲み込んだけど、代わりに暫く言葉も出ずに噎せ込んだ。目だけ上げればカラム隊長とエリック副隊長も咳き込んでた。
「へぇ、それはすごいな。……なら、今回は相手がティアラで少し残念じゃなかったかい?」
「いえ全然!ティアラ様とのダンスも凄く光栄でした。練習しといて良かったと自分は心から思いましたから。」
照れもなく平然と返すレオン王子にアラン隊長が躊躇いなく答えた。
父上とクラークが若干片手で頭を抱えてる。本当にアラン隊長って苦手とか恐いモン何もねぇ気がする。
「…ハリソンは、残念だったな。この場に招かれていたら、彼にも機会があったかもしれないというのに。」
ゴホッ…と、咳込み終わったカラム隊長が呟く。
今回はティアラの誕生祭だから近衛騎士全員は招かれていない。ステイルの誕生祭と同じで近衛騎士として招かれたのは俺とエリック副隊長。ボルドー卿としてカラム隊長が出席したから、繰り上がりとして最優秀騎士にアラン隊長で四人集まっただけだ。いつもならプライド様のお祝いとかでない限り全員は集まらなかった。
レオン王子が「ハリソン?」と聞き返したら、クラークが簡単に説明した。まだレオン王子もハリソンさんには会ったことがないから、すごい興味深そうに話を聞いていた。
「彼もダンスは?」
「そうですね、…アーサーと同じくらいといったところでしょうか。」
レオン王子の問いに苦笑いして答えるクラークは、最後に俺を手で示した。…それって、俺も含めて最低限程度って言ってねぇか?ていうかハリソンさんも踊れるってのはすげぇ意外だ。
レオン王子はクラークの言葉にうんうんと頷きながら、最後に俺達を一人ずつ見比べた。
「なら、…ハリソン副隊長殿も含めて本当にこの先も抜からない方が良いね。」
ぼそっ、と呟いたレオン王子に思わず首を捻る。アラン隊長達もわからねぇみたいにレオン王子を見返した。レオン王子は滑らかに笑いながら、俺達に声を潜めて語り掛ける。
「さっきアランが言っていた通り、また催す可能性はある。プライドは今回だけだと思ってるみたいだけれど、もしまた行われたらきっと彼女は今回踊れなかった騎士と踊りたがるんじゃないかな。」
今回大反響だったし取り入れる可能性は高いと思うよ、と続けるレオン王子の言葉に俺もカラム隊長も頷いた。
父上やクラークも予想していたらしく、わかってるように話を聞いていた。確かに、プライド様なら絶対そうだ。つまりはもし今回みたいなダンスパーティーが開催されたら次はハリソンさんか、または…
「…っどわ⁈」
アラン隊長とエリック副隊長の方に顔を向けた途端、思わず驚いて身を反らす。
いつのまにかアラン隊長もエリック副隊長も顔が真っ赤だった。気持ちはわかっけど、アラン隊長とかいまさっきまで平然としてたのに何で今更照れてンだ⁈
エリック副隊長が手で口元を隠すのに対して、アラン隊長はそのままのポカンとした表情で顔が赤い。一瞬心配になって「大丈夫ですか」と肩を揺らしたけれど、無抵抗に首ごと揺れるだけだった。カラム隊長が「また極端な」と呆れたように呟いた。
レオン王子が俺達の反応にふふっ、と小さく笑った。「その時が楽しみですね」と言われて、近衛騎士全員がその場で頷く。
明日会ったらハリソンさんにも教えておかねぇとと思いながら、俺はグラスを一気に半分まで飲み込んだ。
…次は、ハリソンさんもいるんだな。
プライド様の次の誕生日。その時にはハリソンさんも近衛騎士として招かれる。
正直まだすっげぇ怖ぇしよくわかんねぇ人だけど。でも…プライド様を守る心強い人が、また一人増えたことは嬉しい。
この先もずっと、あの人を守り続けるその為に。




