414.騎士隊長は礼をする。
「流石のお手並みですね、カラム隊長。」
私の手を取りながら踊ってくれるカラム隊長が優雅に私をリードしてくれる。
人前の緊張からか、アーサーみたいに顔が真っ赤だったけれど落ち着いた足取りで綺麗にステップを踏んでいる。
恐縮です…!と答えてくれたカラム隊長は少しだけ指先を震わせていた。いつも冷静沈着なカラム隊長がだと思うと少しおかしくて、思わず小さく声を漏らして笑ってしまう。すると、カラム隊長が目をぱっちり開けて更に顔を火照らせた。…しまった、馬鹿にしたと思われたのだろうか。むしろ可愛らしくて素敵だと思ったのだけれど。
「カラム隊長は素敵です。立派な騎士で、頭脳明晰で、お優しくて、その上ダンスまで」
「っっそ、…そこまでで、結構です…!………光栄です。」
僅かに私の身体から逸らすように声を漏らすカラム隊長の指先がまたピクピクと震えた。
やはりカラム隊長も貴族とはいえ、騎士としての期間が長いからかこういう人前でダンスには慣れていないらしい。私も最初は緊張したし、ステイル達のお陰で今は大分慣れたけど気持ちは物凄くよくわかる。落ち着けるようにそっと指先を包めば、驚いたのかカラム隊長の肩が震えた。何か紛れればと思い、私から話題を振ってみる。
「…今日もボルドー卿としての装い、素敵でした。レオンとは最近仲良くなられたのですか。」
前回のステイルの誕生祭同様に、爵子としての立場で招かれたカラム隊長はレオンと一緒に挨拶に来てくれた。
前回もティアラやステイルのところにはレオンと一緒に挨拶に来たらしいけれど、今回は私のところにもレオンと一緒…というか、レオンがまるでエスコートするような形で一緒に連れてきてくれた。あまりの堂々としたレオンの佇まいに何も言えなかったけれど、私の近衛騎士として以外カラム隊長がレオンと話してるところを見たことはあまりなかったので少し意外だった。
「えぇ、本の話などを少々。…色々とレオン王子にはお気遣い頂き、頭が上がりません。」
苦笑するように笑うカラム隊長は、肩の力が抜けた。そのまま音楽に乗って私をリードし、回してくれる。
私のせいで公式の場で肩身の狭い思いをさせてしまったから、カラム隊長がボルドー卿としても仲良く話せる相手ができてくれて嬉しい。レオンはすごく良い人だし、紳士同士カラム隊長とも気が合うのだろう。しかもレオンが傍にいる間、カラム隊長や騎士団へ私との噂や勘繰りが一気になくなったらしい。元婚約者を前にそんな発言をする人は社交界にはいないから当然だ。
あの時以降から、カラム隊長だけでなく私の婚約者候補が誰なのかと色々な人物の噂が流れるようになった。……何故か、私だけ。
貴族や王族…噂される人は様々だったけれど、実際その噂の中で本物はカラム隊長だけだった。何故突然あんな大量に様々な噂が湧き上がったのかはわからない。カラム隊長の台頭が呼び水になってしまったのだろうか。……最初それを知った時は、昔の私の悪評が国中に広がっていた頃と、パタリとそれが途絶えた時のことを思い出した。いや、まさかとは思うけれど。
でも、とにかく予想よりずっと早くカラム隊長が仲の良い騎士団の中で再び過ごすことができるようになって本当に良かった。今日までカラム隊長がまた来賓に質問攻めにされていたら申し訳なさ過ぎて私の胃に穴が空いてしまう。
「こうして、プライド様に手を取って頂けることも嬉しく思います。…ボルドー家としても誉れでしょう。」
一緒に足取りを合わせながら揺れ、優しく言ってくれるカラム隊長に私からも笑みで返す。
こちらこそ、と伝えると突然、今まで以上に落ち着いた眼差しが私を捉えた。不意を突かれ、今度は私の方が僅かに肩を上下する。音楽が流れ、カラム隊長と一緒に回る。
「……先ほど、騎士団長やアーサーとはどのようなお話を?」
少し意外な質問に、思わず目だけで返してしまう。
同時に、騎士団長との会話を思い出して一瞬頭が白くなった。すると、私が躊躇ったことに気づいたカラム隊長は「不躾なことを申し訳ありません」と謝ってから言葉を言い直した。
「もし、話が重複したら申し訳ありません。…このような場でなければとてもお伝えできないので。」
必ず人目と聞き耳がありますから、と音楽に紛れた今だからこそとカラム隊長は口を開いた。
「騎士団は、七年前とは比べ物にならないほどその規模も増しました。当時の新兵の中には本隊で活躍している騎士も複数います。…エリックがその見本でしょう。」
くるり、くるりと円を描きながら軽快なステップで回り続ける。
その間、カラム隊長は私から目を離さなかった。私が短く相槌を打てば、カラム隊長は更に続けてくれる。
「全て、プライド様のお陰です。騎士団の誰も語り継げぬ歴史ではありますが…当時の誰もが貴方を敬い、感謝しております。」
内側から湧き上がるような優しい笑みに目を奪われる。カラム隊長にとって、どれほど騎士団が大事なものなのかよくわかる。
「今は父の〝代理〟としてここに居りますが、…私はこれから先も騎士として生き、そして死んで行こうと思っております。…それが私の誇りです。」
心から誇らしそうに笑うカラム隊長の目が光った。
あまりにその笑みがさっきまでのダンス中と違い過ぎて、ああやっぱりカラム隊長なんだなと思ってしまう。…三番隊騎士隊長、最優秀騎士その人なのだと。
「そして、私個人としても出来る限り貴方のお力になりたいと考えております。…それは、アランも同じでしょう。」
その言葉に思わず来賓の向こうにいるアラン隊長に目がいく。さっきまでティアラと見事なダンスを披露してくれたアラン隊長は凄い笑顔で私達を見つめてくれていた。だけど次の瞬間、私と目が合ったことに驚いたように目を丸くした。
カラム隊長の言葉が嬉しくて、目が合ったままアラン隊長に笑いかけると、急にアラン隊長の顔がボンっと火照った。…今になってティアラとのダンスを思い出してしまったのだろうか。それとも私に睨まれたと思って恐縮したか。……前者だと思いたい。
そこまで思うとカラム隊長が「ですから」と言葉を紡ぎ、私の腰からそっと手を離し、互いに手を来賓へ広げた。
歓声が沸き、また引き寄せられてカラム隊長の腕へと戻る。
「どうかこの身も、名も、称号も全て御自由にお使い下さいプライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下。貴方にその全てを献上致します。…我々騎士団は貴方という御方を愛し、想い続けます。」
間近まで引き寄せられてから、耳元で囁かれる。
まるでプロポーズのような言葉と、今迄カラム隊長から感じたことのない男性的な声色に思わず顔が熱くなる。
違うとわかっていても身体が火照り、人目から誤魔化さないとと俯く。曲が終盤に向けてゆっくり流れ始め、手と腰で密着した状態で身体の向きが来賓から死角になる。その瞬間、私はカラム隊長の肩に熱を押さえるように顔をぐっと押し付けた。「プライド…様…⁈」と慌てるようなカラム隊長の声が小さく漏れ、三秒ほどだけ息を整えた後に顔を上げる。なんとか顔色が治り、今度こそ笑ってみせる。
「ありがとうございます、カラム隊長。」
心からの感謝を伝えれば、カラム隊長も暑さのせいでか火照った顔でそれでも優しく笑ってくれた。
音楽の締め括りと共にそっと互いの手の力を緩めていく。拍手の波を受け、顔を近づけないと互いの声も聞こえないくらいの歓声の中。騎士団の元へ帰ろうとするカラム隊長に私からそっと耳打ちをする。
「私も、騎士のカラム隊長が大好きです。」
私の言葉に瞬間的に顔を離したカラム隊長の顔が真っ赤になり、その後は深々と二度目の礼を返してくれた。
ダンスで疲れたのか、少しぎこちない足取りでカラム隊長がエリック副隊長と一緒に戻っていった。
本当に、私の周りは優しい人達ばかりだ。
…そろそろ、終わりだろうか。
わりと短めのダンスだけど、時間とティアラの体力的にあと踊れて二人くらいかなと思いながら、今度は親交のある同盟国の王子の手を取った。
セドリック達とも踊りたかったけれど、あまり他国で相手が偏るのは避けたい。ティアラとステイルとそれぞれ別の国の王族貴族とダンスを踊る。
最後は母上と父上の上品なダンスで彩られ、ティアラ主催の催しは大成功のまま締め括られた。
この後、少しの休憩を挟んだらとうとう私から国際郵便機関の発表になる。…正直すっごく緊張する。
心臓が恐ろしく脈打ちながら、私はその時を待った。




