405.義弟は対峙し、
カンッ!カンカンッ‼︎
金属のけたたましい音が響く。
時折軽い打ち合いから激しい攻防も見せながら、一手一手確実に打ち込まれていく。
「ッ流石ですね、セドリック王子殿…下‼︎」
ステイルが一度避けた剣を払い、今度こそと突きを繰り出す。だが、セドリックは身を僅かに反らすと払われた剣を手首だけで向きを変え、更に弾き返した。
キィンッ‼︎と強い音が響き、ステイルの方が弾かれた反動で隙ができ、俄かに身体が空いた。そこを見逃さずセドリックが更に突きを繰り出し、……避けられた。
ステイルが反らした身体ごと身体を捻り側転すると、セドリックの口から「おぉっ!」と声が漏れた。
「とんでもありません、ステイル王子殿下。貴方こそ素晴らしい。」
瞳の焔をチリチリと燃やし輝かせながらセドリックは笑む。
構え直し、ステイルからの攻撃を誘うように待つと、期待通りに今度はステイルから突きが繰り出されてきた。それをセドリックは一歩跳ねて躱すと、今度は振られてくる剣を打ち返して捌いた。それでも捌き切れないほどに素早いステイルの剣に押され出すと、一度力任せに横へ払う。反動で身体の軸がブレるセドリックに、ステイルが今度こそと剣先を打ち込むと、セドリックはその体勢から身体を捻り、側転して避けきった。
くるりと回り、その場に両膝を突いてしゃがみ構えるセドリックに一度ステイルは構えを解いた。それを見たセドリックも構えを解いてゆっくりと立ち上がる。
「まさかここまで拮抗するとは。…少し悔しいくらいですね。」
これでも剣には自信があったので、と眉を下げて苦笑するステイルは静かに額の汗を拭った。セドリックと手合わせを始めて一時間近く。全く両者とも譲らず拮抗したままだった。いえ、そんなと謙遜するセドリックも息が上がり、整えるように胸を押さえていた。
「私も教師にいくらか学びましたが、…ステイル王子殿下、貴方は彼らよりも…恐らく我が兵士よりもお強いでしょう。まるで防衛戦での騎士達の如き剣捌きです。フリージア王国は王族までこのような技術を習得されているとは…!」
防衛戦を終えてから、知識と共に剣術や護身格闘術も教師からセドリックは学んだ。
だが、既にプライドやフリージア王国の騎士から技術を盗んだセドリックは、勝敗だけであればどの教師や兵士よりも既に抜き出ていた。セドリックが教師から新しく学べたのは基本技術程度。そして、ステイルの剣術には更にそれを上回るほどの技術が集約されていた。
セドリックはステイルの技術を見てはすぐ試しを繰り返し、打ち合いを重ねるごとに技術を増していた。
「いえ、これは僕ぐらいで…。…セドリック王子殿下こそ、話に違わぬ恐ろしい吸収力です。僕の剣術全てを奪われてしまいそうなほどに。」
そう言って残念そうに肩を竦めてみせるステイルと力強い笑みで応えるセドリックに、離れた距離から見守っていたアーサーはぽかんと口が開いたままだった。
誰よりもステイルの実力を知る彼だからこそ、ステイルの本気の剣と渡り合う実力の高さはよくわかる。更にはみるみる内に彼の技を盗んでいく、セドリックのその異常性も。
「まるで、幾人の騎士と闘っているかのような感覚でした。僕は手合わせの相手も少ないので、良い経験です。」
ありがとうございます。と伝えながら、ステイルは軽く剣を構えた。
セドリックがそれに合わせると、今度は本当に手合わせらしい軽い打ち合いを重ねた。カン、カンッと先ほどとは全く違う穏やかな金属音が鳴り響く。
「私も、拮抗できた相手はステイル王子殿下だけです。次期摂政として優秀な頭脳と采配、さらには素晴らしき剣術。プライドが誇り、………ティアラが…のも頷ける。」
「?…ティアラが、何と…⁇」
途中までは褒められたことに笑みで返していたステイルの目が少し丸くなる。
カンッ、と軽く剣を弾けばセドリックが哀しげに瞳を揺らした。一度剣を引き、互いに間合いを取りながらステイルの問い掛ける瞳にセドリックは口を開く。同時に紛らわすようにステイルへと軽く剣を振った。
「失礼を承知でお聞きしても、……宜しいでしょうか。」
カン、という音と共に問われ、ステイルは返した。礼を返すセドリックは、少し覚悟したように表情を険しくさせて喉を鳴らす。
「ステイル王子殿下は、ティアラ王女のことをどう御考えでしょうか。」
「どう…と……?」
その問いに答えるのは簡単だが、それよりも意図が読めない。
首を捻りそうになりながら、ステイルは手先で軽くセドリックの剣を払っていく。するとセドリックは視線をステイルから静かに剣へと落とした。
「ティアラ王女は、今日で十六となられます。ステイル王子殿下は、……それでも、ティアラ様を〝妹〟と呼べるのかと。」
「………………はい…⁇」
深刻そうに語るセドリックに反し、ステイルは気が抜けてしまう。
真剣なセドリックの手前、更には剣を打ち合っている中で必死に内側に抑えるが、じわじわと予感が頭に染みていく。
アーサーも話こそ小声で聞こえないものの、ステイルの肩から力が一瞬抜けたのが見てわかった。
「ティアラ王女…ティアラは、素晴らしい女性です。私以外にも心を奪われた男性は数多といるでしょう。私より遥かに先に、……奪われた御方も。」
意味深に瞳の焔を向けてくるセドリックに、どう言うべきか、寧ろ暫くこのまま言わせてみたい気持ちになりながらステイルは口を噤む。吹き出さないように、細心の注意を払いながら。
「…それに、私よりも相応しい相手がいるのも存じております。ステイル王子殿下も、永住の件さえなければ私よりもレオン王子殿下の方がと御考えだったのではありませんか?」
…否定はできない、と初めてステイルは心の中で頷いた。
ただし、それは永住の件ではなくレオンがプライドの元婚約者でなければの話だ。そこまで考えてステイルは一つの可能性に気がつく。「僕からも良いですか」と質問に質問で更に返せば、セドリックは一言で承知した。
「セドリック王子殿下は、レオン王子をどこまでご存知で…?」
ステイルの問い掛けにセドリックは目を見開いた。
ステイルの前で言って良いのか、と躊躇うような表情だ。すぐにそれを察したステイルは「どうぞ遠慮なく。推測の域でも構いません」と促した。すると、おずおずとセドリックは語り出す。
「アネモネ王国、レオン・アドニス・コロナリア第一王子。次期国王とその名も高い御人。世界有数の貿易大手国であり、フリージア王国の同盟国。特に隣国であるフリージアとも古来より親交が深い、同盟自体は七年程前に締結した関係ですが今や切っても切れぬ間柄とも言えるでしょう。その見目の麗しさから式典でも多くの女性を惹きつけておられました。人格者でもあり、更には人望も厚い。今のアネモネ王国の貿易発展もレオン王子の手腕が大きいと伺っております。貿易、交渉術、航海術まで併せ持ち、部下からの信頼も厚い。船旅中も私や兄君達にもとても良くして下さりました。防衛戦ではサーシス王国の国門を少数で守り通し、更には我が国の救護活動にも…」
セドリックの言葉が息をつく間も無く続いていく。
ステイルは軽く打ち合いながら、可能性に確信を持った。セドリックは絶対的な記憶能力を持つ人間なのは知っている。今も自分が知る知識全てをあますところ無く語っている。こうして考えている内にもとうとうセドリックの語りがレオンの話からアネモネ王国の話になってくる。まるで書物や辞書を音読するような彼に関心と同時に面白くもなってきた。それほど膨大な知識を抱き、理解もしておきながら彼は
レオンがプライドの元婚約者であることを知らないのだから。
何となく、本当に何となくティアラが前回セドリックに怒った理由の片鱗に触れた気がしたステイルはセドリックに気づかれないように笑いを噛み殺した。
その間も辞書のようにアネモネ王国を語っていたセドリックがそこでやっと「なので」と話をまとめ始めたので急いでステイルは気を引き締め直
「私は、ティアラの婚約者候補の一人がレオン王子ではないかと考えております。」
「っっ〜〜〜ーーーっ‼︎‼︎」
真剣に断じるセドリックに堪え切れずステイルが思い切り顔を背けた。
剣を一度弾き、失礼なほど明らかに笑いを堪えてしまう顔を見せまいとすれば、ちょうどアーサーと目が合った。ステイルが笑いたい顔をしているのに気付いたのであろうアーサーは、目をぱちくりさせて見ている。今すぐアーサーに話してしまいたい欲求を抑え、必死に平静を保つステイルは再び前を向く。
「っ、そう…ですか…。」
笑いを堪え、堪え続けながら言葉を途切れ途切れに返した。なんとか平然を装っているステイルに気付かないセドリックは、そこで改めてステイルに問い掛けた。
「ティアラは、…ステイル王子殿下のことを慕っております。私などと比べるのも烏滸がましいほど、ずっと遥かに。」
少し憂いを含みながらそう語るセドリックからは、沈むような重さも感じられた。
自分の付け入る隙は無い、と自分で自分に刃を刺すような口ぶりだった。
そして再び最初と同じ問いをステイルに投げ掛ける。
「ステイル王子殿下は、ティアラ王女のことをどう御考えでしょうか。」
ステイルは確信を持つ、彼の大いなる愉快な勘違いに。
セドリックが深刻な表情をすればするほど、ステイルは肩を震わすのを必死に堪えた。笑うのを堪える為の沈黙を、別のものと捉えたセドリックは訴え掛けるようにしてステイルに追い打ちを掛け出す。
「ステイル王子殿下。…私はティアラのことを愛しております。彼女の本当の幸福こそが私の望みです。もし、貴方も彼女のことを求め愛しておられるのであれば私は」
「〜〜っ!そ、…こまでにしましょう…‼︎セドリック殿下…!」
互いの為に…!とステイルは勢いよくセドリックの剣を払い飛ばした。
キィィンッ!と響き、セドリックは一瞬だけつんのめるように眉を寄せた後、まだ答えを貰っていないことに少しだけ口を開き、…諦めた。自分には問う権利もないのだと判断し「失礼致しました」と謝罪のみを零した。
明らかに消沈した様子のセドリックのあまりの熱烈さに、ステイルは自身の顔が火照ってくるのを扇いで抑えた。そのまま小さく笑い、俯くセドリックを覗く。
「セドリック王子殿下。……一つ、勝負をしましょうか。」




