そして従う。
「いやだわぁ…女王の部屋に夜這いだなんて。一体何処の鼠かしら。」
月明かりすらない深闇で、女王は愉しげに笑いながら豪奢なベッドから身を起こした。
衛兵の血に濡れ、床を汚す私を下卑た笑いで迎えてくる。…目の前の存在に、殺意と怨嗟が止まることを知らずに溢れ出す。
護身用の銃を片手に弄びながら女王は、言葉を返さない私にフフッ…アハハッ!と、不快な笑い声だけを霧雨のごとく浴びせた。
「……貴様が知る必要は無い。」
今まで騎士団長として何度か会ったことはあるが、騎士の団服を捨てた私など記憶にも届かないらしい。闇に紛れるように黒の上着を纏い、フードを深く被ったが、記憶に留めてさえすれば声だけでも充分わかった筈。やはり騎士団長である私すら女王にはその程度の存在だったということだ。
悪魔の如く笑う女王を睨みながら、私は剣を握り直す。
「良いじゃない、聞かせなさいよ。私の部屋まで侵入できた男なんて貴方が初めてだもの。……ねぇ、何人の衛兵を殺したの?」
「十三以上は覚えていない。」
アハハハッ‼︎と、手を叩き笑う女王は全く怯えてなどいなかった。
何かの罠かとも思い、部屋を見回す。女王の手に堕ちた衛兵の骸以外、これといったものは無い。
今日は例の摂政も異国へ使いに出されている筈。あの面倒な特殊能力で女王に逃げられぬように、こうして日も決めていた。
「…殺す前に、私の問いに答えろ。」
視界に入った衛兵は全員声を出す前に斬り伏せた。
少しばかり長引いたところで騎士団は愚か、他の衛兵に気付かれるまでにもまだ時間がある。それまでに問いを投げ、首を刎ねれば良い。
私の言葉に女王は銃を握ったまま自分の爪を眺め、「女王に命令なんて偉いじゃない」と歌うように言い放った。己が命を既に諦めているのか、それとも時間稼ぎか。今すぐ断罪したい欲に耐え、私は問いを続ける。
「七年前の崖崩落…そしてロデリック・ベレスフォードの死は貴様の仕業か。」
「七年前⁇誰それ。そんな昔のこと」
「ッッ当時の…騎士団長だ‼︎‼︎新兵とっ…そして先行部隊と共に奇襲者諸共その命を落とされた‼︎」
遮り、声を荒らげる。
息が勝手に荒れ、己が口を歪めながら女王を睨む。奴は私の言葉に煩そうに片耳を押さえると、眉間に皺を寄せた。思い出すように視線を泳がせ、そしてふと「あぁ」と声を漏らす。
「あ〜…、…あの時。……もしかして貴方、あの時の生き残り⁇それとも死んだ騎士の親族か友達⁇アッハ!そういえば見た事あ」
「ッ問いにだけ答えろ‼︎今すぐ首を刎ねられたいか⁈」
外の衛兵に聞かれぬように抑えながら歯を向ける。
剣を構え、女王の方へその先を向けてもまだ女王は涼しい顔で私を眺めた。値踏みをするように眺め、銃をゆっくり私へ向ける。威嚇というよりも、私の反応を試すように。
「教えてあげても良いわよ?もし貴方がこの銃を避け」
パァンッ‼︎
「…られたらね。……ハハッ!言い終わる前に背後を狙うなんて酷いじゃない?」
「ッ…‼︎……ガッ…ハ、…ァ!」
…何故、だ…⁈
腹を抱え、反射的に蹲る。
撃たれた場所から瞬く間の内に血が溢れ出し、粗末な上着を赤に汚した。止めようと手の平に力を込めても指の隙間から溢れ出る。ドプッ、と今度は喉から鉄の味が込み上げ、吐き出した。
…何故?私は、いま‼︎確かに女王が言い終わる前にと特殊能力でこの女の背後を取った‼︎首に刃を突きつけるより先にその右腕を斬り落としてやるつもりだった‼︎なのに、なのに何故この女はッ…‼︎
私が〝移動する先がわかった〟…⁈
まるで私が高速の足で奴へ剣を構える先を知っていたかのような…‼︎
そこまで考え、思考が止まる。腹部から溢れる染みを押さえるのを諦め、今度こそ躊躇いなく女王の首へと
パァンッ‼︎パァンッ‼︎
「ッグァッ‼︎…ァアッッ…‼︎‼︎」
アッハハハハハハハハハッ‼︎と呻く私に反して女王が高笑いを上げる。
…また、だ。私が、この剣を握り直すより先に女王が私の右腕と右脚を撃ち抜いた。痛みが熱になり、腕も脚も全身が燃えるように熱くなる。声を堪えるが、代わりに剣が落ちた。
傷口は所詮銃弾程度、それでもまだ掴めると無理に右腕を動かそうとしたが、…動かない。どうやら関節をやられたらしい。
痛みが焼けるだけで、動かぬ腕が役立たずの付属物と化す。足は僅かに動くが、腕はもう邪魔だ。ただひたすらに肩ごと激痛が走るだけだった。
代わりに左腕に力を込め、剣を握る。「まだ立てるの?」と女王が愉快そうに私を眺めて笑った。私に見せ付けるように銃を構え、そして
パァンッ‼︎
「…すご〜い!その脚でここまで来れるなんて。もしかしてステイルと同じ特殊能力?」
…今度は、声を上げずには堪えられた。
だがまた女王に辿り着く前に左脚まで撃ち抜かれ、部品の失った鎧の如く崩れ落ちる。両脚が殆ど使い物にならず、床に身を転がした。剣も諦め、左腕の力だけで這いずり、女王へ向かう。床に腹の傷が擦れる度、激痛が走った。
嬉しそうに声を弾ませる女王を睨み、拳を握る。奴は私を嬲ることを楽しむように銃をくるくる回してみせた。
「…ねぇ?頭と心臓、どっちが良い⁇」
もう何もできまいと、敢えて自ら歩み寄ってきた女王は、銃口を私に突きつける。
そのまま頭と心臓と、交互に当てながら私の反応を待つように笑い声を上げた。……化け物が。
唯一自由な左腕を私は女王へと伸ばす。もう少しだけ手が伸ばせれば!脚さえ自由が利けばっ‼︎この悪魔のか細い喉など簡単に片手で‼︎ゆうに!縊り殺せるというのにっ…‼︎‼︎
手が空を切る。喉までは届かず、代わりに私へ銃を突きつけていた腕を掴む。振りほどかれる前に力の限り手に力を込めればやっと、女王の顔が痛みに歪んだ。
「答えろ‼︎貴様は七年前ッ…‼︎何を、した⁈‼︎」
血を吐きながら、咆哮する。
叫べばそれだけで腹から血が吹き出し、命が更に削れていく。痛みで熱を発し続ける傷に反し、身体の温度が引いていく。
女王は私の顔を舐めるように眺めては、恍惚とした笑みを浮かべた。どうしようかしら…?と嘯きながら、ニヤニヤと汚らしい口元を私に向け続ける。
「ッ教えろ…‼︎貴様がっ…騎士団長を殺したのか…⁈」
掴む手に全てを注ぎ、力を込める。
いっそこの女の腕だけでも折れればと、…だが血を吐いた途端に咳込み、思うように力が入らなくなる。更には、血を流し過ぎたからか震えが止まらない。せめて手折る力だけでもと歯を食い縛る。
「……それはねぇ…………?」
女王の口が、開かれた。
緩やかに引き上がり、裂けるほどの笑みが私を飲み込んだ。
やはり、騎士団長は奴に殺されたのか、そう確信を持ちながら女王の言葉を待
「教えなぁ〜い。」
‼︎…この、女は…ッ
「別に隠すことでもないけれど。…その方が貴方も辛く死ねるでしょう?アッハハ‼︎ねぇ?ちゃんと死ぬ時は私の目を見て死んでね⁇素敵な表情が暗闇で隠れちゃうのは勿体ないもの。」
銃を私の目の前に置き、握力を失い震えるだけになったこの腕を女王は両手で軽々と押し退けた。そして、……私の左手を踏み付けながらその場にしゃがみこむ。たかが女一人の体重で、私の左腕が制圧される。
屈辱に歯を軋ませながら女王を至近距離で私は睨む。女王が四肢の使えぬ私の頬に指を添え、自分の方へ持ち上げるようにして傾けた。…まるで、女王の人形にでもなった気分に吐き気がする。
せめてと口の中に溜まる血を吐き付ければ、奴の顔が髪と同じ赤に染まった。
目に入ったのか声を上げ、その血のついた顔を擦った女王は何度も踏み付けるように私の左腕を足蹴にした。グリグリと踵で躪られ、更には撃たれた右腕も傷口を同じように踏まれ、抉れる。右には激痛が走ったが、代わりに踏まれていた左が自由になる。激痛にもがく振りをし、懐に手を入れ銃を女王に
パァンッ‼︎
「…無駄よ。アッハハ!撃つ先がわかって避けない訳がないじゃない。」
…駄目か。
私の剣だけでなく、銃弾の先までわかるなど、歴代の女王は皆がこのような化物だったのか?
煙を上げた銃を残数の限り、左腕が言うことをきくうちに女王へ撃ち続ける。だが、どれも女王は軽々と躱し、私の足掻く姿を嘲笑う。
最後に弾が無くなった途端、数歩離れた女王は骸となった衛兵の槍を手に取り、私の眼前へと立つと伏すこの背へと槍を上から突き刺した。
グァア、ア‼︎と、肉を裂かれる感覚と痛みに息が止まり、腹に力が入ればまた傷口から鮮血が噴き出した。
アハハハハハハハッ‼︎と口を開けて笑う女王は、既に衛兵を呼ぶ気もないのだろう。何度も何度も私の反応を望むかのように槍でこの背を突き続けた。激痛が蔓延し、感覚が先に死ぬ。身体の熱がただ零れ、死に身が浸っていく。
反応が薄れたことに飽いたのか、その槍を緩めた女王へ私は再び左腕を動かす。
もう這いずるほどの力も出ず、血が足りぬせいか震えも酷い。手が届く…私へと向ける槍の刃を掴み、可能な限り顔を上げ、再び女王の醜き顔を睨み上げ、血反吐を吐きながら最後の力を振り絞る。
「ッ…必ず…ッ貴様の、…世は終わるッ…‼︎‼︎」
手が届かぬならば言葉だけでも、奴を貫くべく吐き付ける。
まだ私が抗うのが意外だったのか、女王が恍惚と引き上がった笑みをまた私へと作り上げてきた。
血を吐き、残りの命を削り、この声のみに全てを捧ぐ。
「必ずッ…貴様は断罪される…‼︎その命をもってッ…真に正しき者がっ……貴様を、殺す…‼︎」
女王の表情が変わる。
まるで何か不快なものを思い出すかのように口端を不快に歪め、恍惚と光った眼差しが暗がり、冷め切っていく。
その表情に、今度は私が笑んでやる。奴が不快に思える言葉を命の限り吐き続けるその為に。
「貴様の死にッ……国中が歓喜する…‼︎‼︎英雄を讃え‼︎新しき王を皆が」
パァンッ…
…………アーサー・ベレスフォード。
…すまない。私には、問えなかった。
せめてお前の手が穢れた血に染まる前に奴を殺してやりたかった。
私達の誇りである騎士団長の死を穢し
副団長から友を奪い、私から副団長を奪い
意義ある生も死も、私が愛した騎士の在り方すらも崩壊させたあの女王を。……ずっと、私もこの手で殺したいと思っていた。
……きっと、お前ならば届くのだろう。
騎士団長の血を、誇りを紡ごうとしたお前なら。
副団長の希望を、期待を最後まで受けたお前なら。
あの方々の寵愛を受け、今も多くの騎士から信頼を受けたお前なら。
私よりも遥かに優れた才と、剣の腕を持つお前なら。
問題などない。お前は既に、誰よりも誇り高き、優れた騎士なのだから。
……ずっと彼の背を見てきた私だから、わかる。
「…ええ?正体⁇良いわよそんなの。どうせまたその辺の鼠でしょ。」
……………嗚呼、そうか…。
「さっさといつもの塵捨て場に捨てて来てちょうだい。」
…そう、言ってやれば…良かったのだな…。
…………。
……
…
……………。…?
「…おはようございます、ハリソンさん。」
…………。…ここは…。
「気分…どうっすか…?」
……アーサー・ベレスフォード。何故か彼が私を覗き込んでいた。
私の額に手を乗せていたのか、私の視界からゆっくりと彼の手が遠退き、更には若干の呆れと安堵の混じった表情と共に彼から溜息が漏れた。
「ほんっっとに…いつから体調崩してたンすか…。」
体調悪かったら教えて下さいよ…、と零しながら、椅子に腰掛けた彼は更に大きく息を吐き捨て項垂れた。…ここは、………私の部屋、か…?
「…アーサー・ベレスフォード。……何故お前が、ここに居る。」
「演習場に帰ったらハリソンさんが風邪で倒れたって聞いて。…その、お見舞いに。」
もう夕刻ですよ、と頬を指先で掻いたアーサー・ベレスフォードはそのまま私から一度目を逸らした。
私がベッドから身体を起こせば「体調はどうですか」と尋ねてくる。額に触れてみるが、もう熱も怠さも感じない。視界も正常に開き、思考も纏まった。
「問題ない。…今から演習に戻る。」
「いや、今日は一日休んでおくようにとのことです。…ということで、これ食って下さい。」
ベッドから降りようとする私を押し留め、彼がテーブルに置いていた皿を私の元まで運んできた。…野菜のスープだ。まだ湯気が溢れ、食欲を誘うような香りまでもが漂ってくる。
「……これは。」
「食堂で作って貰ってきました。温かいうちにどうぞ。」
出来立てなんで。と半ば私に押し付けるように皿とスプーンを手渡す。「食べるまで見張りますから」と言い張る彼に仕方なく従う。…もう体調も良いというのに。
スープと共に野菜を一つすくい、口に運ぶ。言葉通りまだ出来立てのように熱く、口の中が一気に熱った。野菜の旨味が噛み切った途端に口の中に広がり、解れる。
ふと、部屋も暖かいと思えば今まで使っていなかった筈の暖炉に薪がくべられ、火が起こされていた。
私が大人しく食事を味わっていると、アーサー・ベレスフォードが再び私の顔を覗き込んだ。探るような視線に私からも目を合わせる。すると彼はその口を尖らせ、開いた。
「……最後に飯食ったの、いつですか?」
「…覚えていない。」
途端に、彼が再び脱力する。
肩を落とし、頭を下げながら低い声で一人唸った。そういえばよく彼は私が目を覚ますのに合わせてスープを用意できたものだと少し感心する。
私がふた口目を頬張れば、彼は床に視線を落としたまま言葉を再び発し始めた。
「副団長から聞きました…。ハリソンさん、昔っから飯食うのも寝るのも何でも面倒がって年に数度は体調崩してぶっ倒れてたって。」
しかもここ、真冬なのに暖炉使ってなかったですよね?と私の部屋の隅を指差した。彼曰く、八番隊の騎士が薪を入れたらしい。無言で返せば更に彼は顔を上げて私を問い質す。
「…自分、ハリソンさんが食事するの滅多に見たことないンですけど。」
探るような眼差しに、思わず今度は私が目を逸らす。
ゴロゴロと芋が口の中で転がり、適当に噛み砕いてからスープと共に飲み込んだ。
「副団長から体調管理もって言われてるンじゃないんですか?」
「食事や睡眠までは指示されてはいない。」
昔から食事を摂る習慣や集団生活にも縁が遠かった所為で、どうしても未だに馴染まない。
睡眠も細切れに摂るぐらいが丁度良い。副団長も仕事で多忙な中、当時は合間を縫って私の指導をして下さった。逐一私の生活まで見る暇などある訳もない。
「こんな真冬に食事も睡眠も取らないで暖も取らなかったら、流石にぶっ倒れますって。」
「…ここ数年はなかった。」
実際、彼が入隊してからは一度も体調を崩した姿は見せずに済んだ。ここ最近は確かに芳しくなかったが、たかが数年に一度程度のことならば気にする必要もない。
私の言葉に彼は「そりゃァ…‼︎」と何やら口籠もり、頭を痛そうに抱えて黙りこくった。一人で葛藤するように唸り、頭をガシガシ掻いては項垂れた。
「……やっぱ、また前みたいに奇襲仕掛けてきてくれませんか?」
「必要ない。」
私の言葉に再び彼が肩を落とす。何故、この話の流れでそのような要求をするのか。
彼の実力は以前の決闘で確かめた。それに、副隊長である私が隊長である彼に斬りかかるなど、他の騎士達への示しもつかなくなる。
ですよね…と零す彼は腕を組み、再び唸った。
彼自身が私の実力に疑問を抱くならば彼から私に刃を振るってくれば良いのだが。彼自身がそうするつもりはないらしい。
「…ンじゃあ〝隊長命令〟ってことでこれはどうっすか?」
突然の彼からの命令に目を向ける。
何かと思い、その蒼い瞳を覗けば彼は喉を鳴らし、私に指を二本突き立てた。
「今度からは俺と一緒に朝飯食うのと、あと週に二回は手合わせに付き合って下さい。」
……?
理解できずに目を開いたまま固まる私に、アーサー・ベレスフォードは「駄目ですか?」と続けてくる。
彼からの命令というならば断る理由はない。だが、何故そのような命令を出してくるのか。
訳がわからずも、構わないと返す私に彼は安堵したように息を吐く。じゃあ明日から宜しく御願いしますと頭を下げられ、私も了承した。
「ほんっとに…身体には気を付けて下さい。来月にはティアラ様の誕生祭も控えてますし、それにー…!。」
あ。と、突然彼が口を開いた。何か急用でも思い出したのか、天を見上げて目を細かに揺らした。そして最後に座り直すようにして私へと向き直る。私がスープを飲み干したのを確認すると「話、良いですか」と静かな声で改めてきた。私からもベッドから姿勢を正し、それに頷く。これはまだ内密に、と前置きをした後、改めて彼は口を開いた。
「ハリソンさん、プライド様の近衛騎士になって頂けませんか?」
………⁇
また彼は、理解不能な言葉を言う。
無意識に手を添えていたスプーンが皿へと倒れ、カチャンと音を鳴らした。
眉間に皺を寄せて硬直する私に、アーサー・ベレスフォードは言葉を続ける。
「いま、自分が隊長になったことで近衛騎士で隊長でないのがエリック副隊長だけなのはご存知だと思います。それで、…隊長会議の時にだけエリック副隊長と四名の騎士でプライド様の護衛を担って貰ってます。」
それも当然知っている。
今までも隊長会議のある日は、近衛騎士自体の出勤を朝食前から朝食後にずらすという対応処置や、前夜もしくは日も昇らぬ早朝に行うなどの試みも何度か行われたこともある。
だが、今回は今までの近衛騎士一人の非番と違い三人一度に不在になる為、カラム・ボルドーとアラン・バーナーズの謹慎期間と同様の対応処置が取られた。そのため隊長会議の前には必ず、騎士団の中で誰が護衛に行くかで毎回争奪戦が起きている。今までは近衛騎士か騎士団長による指名でそれも賄われていたが。
「ンで、…流石に固定の近衛騎士が毎回居ないのも、だからといって隊長格が隊長会議に出席できないのもどうかって話で、ステイル様からも意見がありまして。」
だから俺達と違って非番の代わりとか必要に応じての任って形にはなってしまうんですが。と少し歯切れも悪く口を動かす彼は、自身の首を摩りながらも私から目だけは離さない。口元をぎこちなく笑ませながら、更に言葉を紡いだ。
「自分は、…ハリソンさんにお任せしたいと思いました。」
…彼はどうにも、私を喜ばせることが得意らしい。
これ以上なく目が見開くのを感じながらも彼を見返す。どこか照れるように頬を指先で掻いた彼は、視線を一度逸らした。それでも言葉もなく視線を注ぎ続ける私に気が付くと、また口を動かし出す。
「…ステイル様も、プライド様も望んでくれました。アラン隊長、カラム隊長、エリック副隊長も。」
「……………何故、私を。」
沸き上がる衝動を押さえつけ、問い掛ける。
プライド様、という名に心臓が跳ね上がったが今はそれよりも重大なことを彼に尋ねた。
…私は、守ることに向いていない。それは私だけでなく、アラン・バーナーズもカラム・ボルドーも知っている筈だ。なのに何故、私をそのような誉高い任へと誘う彼を止めなかったのか。
彼は今更緊張するかのように片手で胸を鷲掴み、反対の手も拳を握った。まさか、他の者が賛成したというのは嘘だったのか。私が再び同じ問いを投げかけようかとしたその時。
「………何が何でも、決めたら絶ッ対守り抜いてくれる人だと思ったので。」
……。
自分なんかが言うのも烏滸がましいですが。と零す彼は唖然とする私にも気付かず、更に続ける。
「ハリソンさんはすっっげぇ強いですし、命令は絶対完遂させて、……だから、任じられればプライド様のことも絶対守り抜いてくれると思いました。」
アラン隊長達も同じ意見です、と続ける彼は一瞬だけ私に目をやり、そして一度呼吸を整えた。
それから再び真っ直ぐと私をその両目で見返した。落ち着き払った、敢えて低めたような声で肩を後ろに引く彼は、……騎士団長にも似ていた。
「…ずっと、ハリソンさんの背中見てきましたから。信頼できる人ってことぐらい、自分にもわかります。」
……………私を。
彼の言葉に、音もなく胸が踊る。
なんと言えばわからぬほど、喉が息が出来ぬほどに詰まり、感情が流水の如く身体中を駆け巡る。
…嗚呼、そうだ。彼は。
「ふっ…、…ハハハッ……、……ハハハハハハッ…!」
途端に笑いが込み上げ、その場で声を出す。
片手で顔を覆い、それでもこの興奮を抑えきれない。
私が突然笑い出したことに驚いたのか、アーサー・ベレスフォードが激しく肩を上下させ、背中を反らして慄いた。「ハ…ハリソンさん…⁈」と声を漏らし、拳を作っていた両手が俄かに開かれたまま自身を守るように肩の上まで上げられた。
気が済むまで笑い尽くした後、私は今度こそベッドから降りて立ち上がる。……やはりもう何ともない。むしろ調子が良いほどだ。
「命じるが良い、アーサー・ベレスフォード。」
興奮が冷めぬまま、茫然と座ったままの彼を見下ろす。
おりてきた横髪を片手で掻きあげ、傍に掛けてあった剣を取る。鞘ごと剣を掲げ、彼の喉先に寸前まで突きつけた。見切り、剣先から喉だけ反らす彼は、丸く見開いた蒼い瞳を私に向けた。鎧も団服も纏っていないこの身だが、今はそれすらどうでも良い。
他ならぬ彼が、私を選び!信用し‼︎そして誉高きプライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下の近衛を任ずと言うのであれば‼︎
「お前の命に従おう。」
私はただ従い、尽くすのみ。
副団長、騎士団長、第一王女と並び私が生涯尽くすに値するこの世でたった四人の御方の一人。
アーサー・ベレスフォード。…我が〝隊長〟の御望みとあらば。
251.286.358②.383.
ゲームではハリソンは存在しません。
プライドには最期まで正体は気付かれず、彼の処分を任された衛兵達は気付きましたが、プライドに騎士団を潰されることを恐れて口を噤み、名無しの死体として捨てました。
騎士団もアーサーも、ハリソンの死を永久に知りません。
副団長を失ってから、彼はアーサーの為だけに生きてきました。
いま、ハリソン副隊長は幸せです。




