397.義弟は準備をする。
「……とうとう、来るのか…。」
溜息交じりに俺は一人小さく零す。
どうか致しましたか、とジルベールが俺に問いかけるが短く返して首を振る。纏め終えた書類を整え、軽く振り返って手渡した。
「どうぞ父上。王都から周辺地域までの貴族の調査書です。」
ああ、ありがとう。と父上が俺の書類を手に取り、軽くパラパラと速読した後に最初の一枚目からじっくり読み始めた。
今、俺はジルベール付きのもと、王配である父上の補佐を手伝っている。
父上の執務室でジルベールと調べ上げた書類の一つ目を纏め終わり、ひと息つく。見ればジルベールは既に次の調査範囲申請を手に、父上の判を得ようと控えていた。…流石手が早い。
「この数年で国内の治安は大分安定したが、…やはりその分今度は各地域の統括者に目を向けていく必要があるな。各地の伯爵家にも管理の呼び掛けと…だが、癒着の恐れも…。」
「そうですね。やはり時間は掛かりますが、衛兵や騎士の派遣などで秘密裏に足を運び調査をさせることが一番かと。一応、各伯爵家以下の徹底した把握をと公爵家にも呼び掛けておきましょう。」
調査書を睨み、怒っているかのように眉間に皺を寄せる父上にジルベールが言葉を掛ける。
少なくとも公爵家と全て信用できる者を使って把握に努めております、と続けると父上が調査書を睨みながら左手を軽く上げた。するとジルベールが待っていたとばかりに手の中の書類を手渡した。「いま、公爵家への通達の準備も致しますので」と優雅に笑み、その場から一歩引く。父上が一言返すと、今度は俺にジルベールが呼び掛けた。
「ではステイル様。一度また私の執務室に御同行願えますか。」
ええ、勿論です。と返しながら父上に一度挨拶をし、王配の執務室を出る。すぐそばにあるジルベールの執務室に入り、扉を閉めさせた。
「申し訳ありません、ステイル様。ヴェスト摂政の方もお忙しいにも関わらず、こちらを手伝って頂いて。」
「問題ない。ヴェスト叔父様の方も残すは母上との最終調整だけだと仰っていた。…今日のハナズオ連合王国の訪問前にさっさと終わらせるぞ。」
全く申し訳なさそうにせず笑むジルベールの言葉を切り、公爵家の通達の準備を始める。その通りですね、と穏やかな声でジルベールが書状とリストを棚から引き出した。
「…それに。…二ヶ月前の発覚は俺としても腹立たしい限りだった。あんな輩が他にもいるならさっさと排除したい。」
そう呟きながら、また思い出して腑が煮えくりかえる。
ふた月ほど前、ジルベールが入手した情報を元に調査が行われ、とある男爵家が処罰された。もともと提供された情報自体、かなり明確に調べ上げられていたが、ジルベールと俺で更に調べ尽くせば吐き気がする程の案件だった。まさか下級貴族の端の端。更には統治していた地の民にも信頼を寄せられていた男が裏であそこまでのことを犯していたとは。
ジルベールが早急に手を打って処罰まで持っていったそうだが、その結果国内の管理体制について改める必要があると。母上を含む上層部全員の総意だった。
先月のジルベールの誕生パーティーでも、試しに王都からその周辺地域を統括している下級貴族を招き、俺とジルベール、更にアーサーも投下して警告と炙り出しを試みた。…お陰で、それなりの収穫もあった。
今後からは公式で場を用意して全ての貴族達と直接顔を合わせる機会を順々に作っていくことにもなるだろう。
「私も同意です、ステイル様。国や称号の陰に隠れて手を染めるような輩は」
「相変わらずの同族嫌悪だな、ジルベール。」
ジルベールの言葉を容赦なく俺が叩き折ると「仰る通りです」と苦笑気味に返してきた。
これが発覚した時も言ってやったが、その時はなかなかの良い反応だった。
ジルベールの時もそうだったが、やはり権力者の悪業は発覚しにくい上、痕跡すら掴みにくい。単に権力が大きい者だけではない、俺達王族の手が届く範囲外のものでは流石に気付けない。
ジルベールの掴んでいる情報屋から得られるのも裏稼業関連が殆だ。アーサーのように腹の黒さを探知するような…いやいっそアーサーが大量に居ればこちらとしても楽に調査ができるのだが。流石にそうもいかない。だからこそ、徹底した調査が必要だ。
「ああ、そういえば。今朝、アネモネ王国からの使者が来まして。三日後、また騎士団へ積荷が届くそうですよ。」
ふと思い出したように話すジルベールの言葉に「またか」と言葉を返す。三日後…と思い返してみると、順番で考えれば今度はエリック副隊長だろうかと考える。
数ヶ月ほど前から、レオン王子はプライドの近衛騎士の誕生日になるごとに騎士団宛に支給品を贈ってくれるようになった。
最初のアーサーの時は武器弾薬。アラン隊長は食料と非常食。何れも大量に騎士団へ提供しては「友好の証に」と言って贈ってくれる。お陰でもともと国からの経費も多い騎士団は更に武器まで大量に手に入るお陰で大いに潤っている。経費を割くわけにもいかないが、これなら騎士団自体の規模を拡大させるのもと父上がこの前も提案していた。我が国の騎士団は毎年多くの入団希望者は居るが、試験が厳しい為に本隊入りする騎士は毎年極少人数だ。だが、それでも最近は死者が少ないお陰で団員数は増している。
ジルベールが「今回は酒だそうです」と続けるのを聞き、届いたら騎士団で祭り騒ぎになるだろうと思う。エリック副隊長よりもアラン隊長が喜びそうだ。アネモネの取り扱う酒は種類も豊富な上、質の良いものが多い。
今度はエリック副隊長の戸惑う姿を見られるだろうと思いながら俺は手を動かした。誕生日に大量の積荷が騎士団に届く度、彼らは恐縮した様子だった。最初、アーサーの誕生日に大量の武器が届いた時など、アーサーは驚きを通り越してかなり狼狽し、落ち込んでいた。「なんか、なんか!催促したみてぇでっ…‼︎」と自分の誕生日を容易に話してしまったこと自体を後悔していた。アーサーに続いてアラン隊長の誕生日にまで届いた時には近衛騎士でどうやってレオン王子の誕生日にお返しができるかと真面目に相談を始めていた。来月は確かカラム隊長の誕生日も控えているが…次は一体何が送られてくるのか。
レオン王子もそれを見越したからこそお返しなど気にせず済むように〝誕生日祝い〟ではなく〝友好の証〟として騎士団全体に贈ってくれたのだと思うが、…それでも返さないわけにはいかないらしい。
そこまで考えてから、時計に何となく目を向ける。見れば、意外と時間が経っていた。急いで済まさなければと俺が意識を再び書類に向ける。
「ハナズオ連合王国の馬車がいらっしゃるまでも、恐らくあと数刻。セドリック王子にお会いできるのも楽しみですね。」
…先程の嫌味の意趣返しか、ジルベールが晴れやかな笑顔で言葉を掛けてくる。
俺がセドリック王子に関して色々考えあぐねているのを理解した上でこれだ。流石に妻子持ちのコイツにあの類の外道と同族扱いしたのは言い過ぎだったかもしれない。
そうだな、と返しながらも頭には今日の会談が過ぎる。
セドリック王子からの提案とプライドの…。更には俺の誕生祭で彼が言っていた言葉も思い出す。冷静な頭で判断すれば、我が国でも願ったりのことだ。だからこそ俺も誠心誠意協力を惜しまなかったし、母上もきっと今日の会談で首を縦に振られるだろう。…だが、奴の本当の狙いは恐らく……
「……。」
考え込んでしまい、思わず手が止まった。
するとジルベールからステイル様?と呼び掛けられ、急いで手の中の仕事を済ませる。既に父上の元に戻る準備を終えていたジルベールが微笑みながら「行きましょうか」と俺を先導した。まるで娘のステラに向けるような温かな眼差しが少し腹立たしい。
…まぁ、良い。
俺も書類を小脇に抱えながら、一度眼鏡の縁を押さえた。十七になった日に新調した眼鏡は既に馴染んだ。
ジルベールの後に続くように急ぎ、共に部屋を出る。
この数ヶ月の間に、プライドやティアラの婚約者候補でありそうな貴族や王族については時間を掛けてできる限り徹底的に調べ上げた。…お陰で、平静を取り戻すこともできた。
調べた結果少なくとも、悪い気配のするような男はいなかった。やはりヴェスト叔父様や父上、そして母上が厳選して下さった結果だろう。
今回の件のように実は裏で暗躍し握り潰している可能性もゼロではないが、その時は俺がプライドの代わりに本人を叩き潰すのみ。それに、少なくともカラム隊長の人柄は信用できる。……何故かそれでも胸の内は多少痛みを伴い、引っかかったが。
…だが、たとえセドリック王子が今後どう動くつもりであろうとも、プライドがたとえあの中から誰を選ぼうとも今更何も驚きはしない。
「お待たせ致しました、父上。」
俺の覚悟は二年前、既に決まっているのだから。




