そして認められる。
「ああ、そういえば。…もう王都を避ける必要はなさそうだよ。」
前回の訪問から三週間後。
ヴァル達は再びアネモネ王国に訪れていた。
昨日と二日前はフリージアでヴァル曰く〝野暮用〟をプライド達と過ごした彼らは、今度はアネモネ王国での酒と食事を得ていた。が、流石に連日の祝杯にヴァルと違い、セフェクとケメトは大分疲れが溜まっていた為、今は早々に眠っている。
二人の熟睡を確認したレオンは、まるで偶然思い出したかのようにヴァルへ最初の言葉を投げかけた。
「…?どういう意味だ。」
言葉の意味がわからないようにヴァルが眉を上げてレオンを睨む。
酒瓶を数本空にし、見た限りではセフェクと例の男の件すら忘れているかのようだった。レオンは滑らかな笑みでそれに返すと、まるで以前の再現をするかのようにヴァルも見覚えがある度数の高い酒瓶を二本テーブルの上に置いた。
「先日、ステイル王子にお会いした時たまたま聞いたんだけれど。君が言ってたバスタード…だったかな。最近捕まったそうだから。」
レオンのさらりと言い放つ言葉にヴァルが「アァ⁈」と声を荒らげた。
直後、セフェクとケメトが眠っているソファーを確認する。二人が呻きながらも熟睡しているのを確かめた後、今度は声を潜めて問い掛けた。
「……何しやがった。」
「捕らえたのはフリージア王国の騎士だし、糾弾したのはジルベール宰相らしいよ?少なくとも僕以外は誰も君達とその男との繋がりは絶対知らない。」
絶対、ね。と笑うレオンにそれでもヴァルは疑りの目を向けた。
流石に話が出来すぎている。言葉を探すように睨み続けるヴァルに、レオンは涼しい顔で続けた。
「徴収する税を中間搾取していたらしくて。他にも色々問題が発覚して領地も称号も資産も全て取り上げられた上で重罰に処されたと聞いたけれど。…詳しく、聞きたいかい?」
「興味ねぇ。」
グラスになみなみと瓶の中身を注ぎながら尋ねたレオンに、ヴァルは一言で断じた。
注がれるグラスを強く睨みながら、意識は確かにレオンへ向いている。ヴァルからの即答に心の底でほっと息を吐きながらレオンは笑う。そうかい、と軽い返答がグラスの水面を撫でた。
更に自分の分のグラスにも酒を注ぐ。そこでふと、思い出し「因みに前回と同じ強いお酒だから」と伝えると「遅ぇよ」と再び切られた。…前回のことを意外と根に持っているのかもしれない、とレオンは小さく思う。今回はまだ口を付けず、まるで毒でも疑うようにヴァルはグラスを睨み続けていた。
「…セフェクのことも、かい?」
自分の分も注ぎ終わり、残りの入った瓶をテーブルに置いて最後に尋ねる。
彼が例の男のことも興味ないということは、そういうことなのだと確認する為に。するとヴァルは「興味ねぇ」とやはり同じ言葉で軽々払った。
「大体、それを俺が知りたいとしてテメェが知ってんのか?」
「知る訳がないじゃないか。僕は人づてに聞いただけなんだから。…ただ、これでもう君が二人を守れなくなるような領分は無くなったんじゃないかな。」
試すようなヴァルの低い声に対し、レオンは滑らかな笑みと穏やかな声でそれに返した。
蒼い髪を軽く揺らして笑いながら、そこでふとヴァルが未だグラスに手を付けようとしないことに疑問を抱く。前回は気に入った様子だったのに今回は飲まないのかと、自身のグラスを手に取った。すると、まるでレオンに合わせるようにヴァルは自分のグラスを重々しく手に取り
カラァンッ。
……軽く、レオンのグラスにそれを当てた。
ぽかん、と予想外のことに目を丸くするレオンから顔を背けるとヴァルはまた不機嫌そうな顔でグラスの中身を一口飲み込んだ。グビッと鳴らし、二口目も飲み込んでからやっと、すわった目だけをレオンに向ける。
初めてヴァルから乾杯をされたことに、レオンは自分で思った以上に衝撃を受けていた。〝まるで〟友人のようなその交わしに。
「………今のは。」
「知らねぇな。」
やっと出てきた疑問も、ヴァルに容赦なく叩き落とされた。
またくるりとレオンから身体ごと背けてから、グラスを何度も傾けるヴァルに釣られるようにグラスを傾け、…うっかり傾け過ぎて流石のレオンも高い度数に噎せ込んだ。
ごほっこほっ、と若干喉が焼けながらも、グラスの中身を零さないようにと急いでテーブルに置く。それを見たヴァルがレオンの珍しく間抜けな姿に振り返り、指を指して笑った。ヒャハハハハハハッと高らかな笑い声が第一王子の部屋に響き渡る。
「…〜っ、……よく君、これを一気に飲み込めたね…。」
「何処ぞの坊ちゃんとは違うんでなあ?」
ケラケラと嘲笑うヴァルに、レオンは口を手で押さえつけながら肩で息をした。咽せ込み過ぎたせいで若干顔が赤らんでしまう。
けほっ、けほっと咳がまだ続いた為、別のグラスにレオンは急いで他のワインを注ぎ、勢いよく飲み込んだ。ごくんごくんっ、と珍しくのどを鳴らしたレオンの姿をヴァルがニヤニヤと愉快そうに眺め続けた。一杯で喉は落ち着いたが、それでももう一杯とレオンは更にグラスになみなみとワインを傾け、飲み干した。
笑い過ぎて肩まで揺らすヴァルの前で、やっと脱力しながらレオンは椅子に腰掛ける。
まだ残ってるぞ、とレオンの飲みかけた度数の高い酒をヴァルが顎で指すと「わかってるよ…」と呟きながらレオンは恐る恐る小さくグラスを傾けた。
「…うん。やっぱりお酒自体はちゃんと美味しいよ…。」
言葉のわりに、少ししょげた様子のレオンにヴァルは未だに笑いが止まらない。自分はちゃっかりとちびりちびり飲みながらレオンの醜態を目に焼き付けた。
あまりにも情け無い姿を露わにしてしまったことに落ち込みながら、レオンは笑い声を上げ続けるヴァルへ視線を投げる。そして一瞬だけ、目を見開いた。
いつもよりもずっと、屈託無く笑う彼の姿に。
レオンの丸い視線に気付いた瞬間、いつもの怪訝な顔へと戻ったが、それでもレオンは確かにそれを見た。
なんだ、と嫌そうに顔を歪めたヴァルは軽く上半身をレオンから逸らす。
「……少しは、また友人に近付けたのかな。」
まっすぐにヴァルへ目を向けたまま、思わず思った事が口に出た。
ヴァルはその言葉に片眉を上げるとグラスの残りを一気に飲み込んだ。少し喉が焼けたが、前回よりはマシだった。
「…………。」
何故かいつものように適当な相槌を返さないヴァルは、度数の高い酒瓶を今度は直接口をつけて一口ひとくち飲み出した。
レオンも返事がないことに首を傾げながら、数口に分けてやっとグラスの酒を飲みきる。
ヴァルはレオンから視線を逸らすと、自然とその先がソファーに眠るセフェクとケメトへ向いた。セフェクの眠りが深くなり過ぎたのか、寝相でケメトが半分潰されかけている。
また何かを言うかなと。レオンは無言で二人に視線を注ぐヴァルを見つめ、返事を待つ。
すると、瓶から離した彼の口元が今度こそ柔らかく緩んだ。
レオンの視線を受けているとわかっているにも関わらず、心なしか眼差しまで柔らかくなった気すらした。それを目にしたレオンは一瞬本気でヴァルが酔ったのかと思
「………………………………悪くねぇ。」
「……え?」
低く独り言のような呟きがヴァルから零れた。
レオンは疑いながら聞き返したが、二度目はなかった。代わりに今度こそレオンが彼に早口で問い掛ける。
「それは、お酒の味かい?それとも」
「知らねぇな。」
レオンの言葉を、再び容赦なく叩き切る。
返事と同時に飲みきった酒瓶を勢いよくテーブルへ底から叩きつけ、ダンッッ‼︎という音がヴァル本人の声すら半分打ち消した。空気が振動する程の衝撃音に、流石にケメトとセフェクも飛び起きた。ビクッと激しく跳ね上がり、二人で目を擦りながらヴァルの方へと振り返った。
帰るの?行くんですか?と声を上げ、寝ぼけ眼でヴァルに駆け寄った。セフェクと手を繋ぐケメトの手を取り、荷袋を背負い直す。二人に生返事を返したヴァルは、引き止めるレオンの言葉も無視して部屋を出た。
「またな、レオン。」
振り返らずに、むしろ追い払うように手をパタパタと払うヴァルにケメトとセフェクは少し目を丸くして二人を見比べた。
いつもの面倒そうな顔と、レオンの驚いた顔がそこにはあった。廊下を進み、慣れた回廊へと踏み荒すヴァル達をレオンは部屋の前で見送った。
彼が廊下の角を曲がり、姿を消す間際。
セフェクとケメトが初めて小さくレオンに手を振った。
あまりに一瞬で、振り返す間もなかった。その衝撃に、レオンは三人が消えた後も暫く部屋の前で呆けるように佇んだ。
浮き立つ胸の鼓動に、言葉も出なかった。




