390.騎士は悩み、
「…アーサー、どうかしたの?」
ステイルの誕生祭から三日。
午後が過ぎてアラン隊長とカラム隊長の二人と近衛騎士を交代した俺に、プライド様が心配そうに声を掛けてくれた。はっとして顔を上げると、プライド様もティアラも俺の方を見つめている。更にエリック副隊長も隣から覗き込んできている。…やばい、任務中なのにすげぇぼーっとしてた。すみません、大丈夫です。と返しながら姿勢を正す。「どうかしたのですか⁇」とティアラが聴いてくれたけど、なんでもないと返した。ここに来る前にエリック副隊長にも聞かれたけど、本当のことは口止めされてたし言えなかった。
何故か今朝、昨日非番で家に帰ってた父上が「暫く家に帰らなくて良い」と言ってきた。
騎士団演習場じゃ滅多に親としては話しかけてこねぇ父上がいきなり朝一番に、だ。母上に何かあったのかって聞いたけど、何でもないとしか教えてくれねぇし。父上も俺の特殊能力知ってるし、もし病気とかなら教えてくれない訳がない。その上せっかくの非番明けなのに少し疲れ気味に見えた父上のことも心配になった。
「大丈夫なら良いんだけれど…。もし疲れてるなら言ってね?」
心配そうに俺を気遣ってくれながら、プライド様が座ったまま身体を再び机に向ける。
ありがとうございます、と返したら笑顔でまた振り向いてくれて、それからゆっくりとペンを書状に走らせ始めた。……セドリック王子への手紙の、返事を。
一ヶ月前くらいから、プライド様はセドリック王子と文通を始めた。ステイルの話だと、詳細は言えないけど日常会話とかじゃなくて本当に形式的なやり取りだけらしい。でも、週に何回もプライド様と書状のやり取りを続けてる相手なんて多分セドリック王子ぐらいだろう。…すげぇ、羨ましい。
真剣な表情で手紙の返事を書いてるプライド様の横顔を見る度に、何故か心臓が絞られた。
二日前も、ステイルの誕生祭の翌日にセドリック王子は一人で女王謁見をしてから他の来賓より後に帰国した。国王の代理なのか、それとも書状のことか、…プライド様の婚約者候補としての話なのかはわかんねぇけど。
なんかここ最近、色々あり過ぎて段々頭が付いて行かなくなってきている気がする。
防衛戦があって、八番隊隊長に昇進して、ハリソン隊長と決闘して、プライド様達や父上に隊長昇進を祝ってもらって、プライド様とティアラの婚約者候補制度が発表されて、…カラム隊長がプライド様の婚約者候補ってことがわかって。
それがたった数ヶ月の間に起こったってことが、未だに実感が湧かない。いっそハリソン隊長と決闘した後から全部気ぃ失ってる俺の夢だって方がずっと信じられる。
カラム隊長が婚約者候補で、プライド様と並ぶのはすげぇ絵になってて。ステイルが驚いてたのもわかっけど俺は驚きよか、それ以上に物凄く複雑過ぎてわかんなくなった。……今も、どんな感情なのかわかんねぇ。
しかもすげぇ婚約者候補として完璧なカラム隊長がいるけど、多分プライド様はセドリック王子が好…で。もうそれだけでも頭の中グラグラしてわからなくなる。
騎士団でもカラム隊長のことは察しても、みんな話題には触れないようにしていた。一応、家の都合ってことになってるし、やっぱ他の騎士も相手がカラム隊長だからか、嫉妬とか妬みとかじゃなく、羨望の眼差しの方が強かった。事情を知ってる近衛騎士を入れても、カラム隊長をからかうのはアラン隊長ぐらいだ。
誕生祭の翌日には、てっきりあの時みてぇに城内も一気にカラム隊長の噂話で持ちきりになるんじゃねぇかと心配になった。カラム隊長は隠したがってたけど、…あんなに誕生祭でも騒ぎになってたし。
でも、何故か実際はカラム隊長の噂話だけじゃなかった。翌日近衛騎士で王居内に入った途端、他国の王子や貴族の名前と噂で持ちきりだった。
実はうちの国の公爵家がとか、ヤブラン王国の公爵家がとか。実はライラック王国がとか。他にも色々と噂が錯綜してた。
俺も城内で聞いただけだから本当に一部しか知らねぇけど、それでもカラム隊長以外にも婚約者候補関連の噂がある人は多いんだなと思った。あの時は単に珍しい貴族の格好したカラム隊長が明らかに目立っただけだったらしい。
…ジルベール宰相が「流石プライド様、注目の的ですね」って妙に薄気味悪い笑みを浮かべてたのだけがちょっと気になるけど。
でもカラム隊長は自分の噂話がお陰で薄まっていたことに胸を撫で下ろしていた。それに噂を聞けば聞くほど、確かにどの貴族もどの王子もありそうで。
「…うん、書き終わったわ!」
ペンを置いたプライド様が大きく伸びをした。
お疲れ様ですお姉様、とティアラが読んでた本から顔を上げた。書状を慣れた様子で封筒に入れながらプライド様が笑顔でそれに応える。
「最近やっと手紙も書き慣れてきたみたい。そろそろ書く必要がなくなるのが残念だわ。」
確かに、最初の時はすげぇ時間を掛けてた書状が最近はそこまで時間が掛からなくなってた。
コツを掴んだわ、って話してたプライド様は凄く嬉しそうだった。この前も「これなら他の書状にも毎日返事を書けるかも」ってプライド様が話してたけど、ステイルが「いえ、流石に毎日二桁以上の書状の返事を書いていたら腕を痛めてしまいますし不要です」って止めてた。
「ヴァル達が来るまで時間もあるし、一度外の空気を吸いに行きましょう。」
封をし終えた書状を机に置いて、プライド様が立ち上がる。ティアラも嬉しそうに「良いですね!」と本を抱えたまま立ち上がった。
プライド様が背後に控えてた俺とエリック副隊長の肩をすれ違いざまに軽く叩いてくれる。
「庭園に行きましょう!きっと気分も落ち着くわ。」
そう言って悪戯っぽく笑うプライド様に、それだけで一瞬心臓が跳ねた。
俺の体調を心配して、わざわざ庭園に行くのを提案してくれたってのはその笑顔で俺もわかった。ありがとうございます、って慌てて返したらティアラが今度は俺とエリック副隊長の手を引いてくれた。エリック副隊長が、引かれてない方の手で俺の背中を叩くようにして手を置いてくれる。…そんな皆に心配かけるほど酷い顔だったのかと思ったら少し情けなくなった。……でも、
「まだ庭園の花が綺麗よ。先に皆で見て、ケメト達にも教えてあげましょう!」
心から楽しそうに笑うプライド様に、それだけで一気に胸が軽くなる。はい、と返した時にやっと口端が自然に緩んだのが自分でもよくわかった。
兄様が来るのも楽しみですねっ!と笑うティアラが回廊に出たら俺達から手を離してプライド様の腕に飛び付いた。そのまま手を繋いで歩く二人を眺めながら、俺とエリック副隊長も付いていく。
…でも、やっぱりこうしてプライド様の笑顔を見れるだけでほっとする。
俺のするべきことも、決意も何も変わらないって何度もそう思える。この人の傍にいて、この人の笑顔を守り続ける。
今、この人が心から笑っていてくれているだけで俺は、充分幸せだ。
たとえその隣にあの人が………誰を、選んでも。




