そして守る。
「!レオン第一王子殿下。…カラム。」
騎士団長であるロデリックが一方向に目を向け、口を開いた。
既にカラムが入城してから、ボルドー卿として招かれたことに興味や疑念を抱く来賓に質問責めにされていた彼らは見事に今も囲まれていた。その中でも一番身体つきも背もあるロデリックが最初に来賓の奥からレオンとカラムの姿を確認した。
ロデリックの言葉を耳聡く聞き取った来賓は振り向き、王族を除くその多くが彼らに…正確にはレオンへと道を開けた。
世界有数の貿易大手国の次期国王。第一王子としても名高いレオンより立場の高い者など、直接カラム本人やプライド本人に尋ねる度胸もなく、騎士達へと群がった集団の中には一人もいなかった。
寧ろレオンに道を開けるべく、さざ波のように引いていく彼らは、今は騎士団よりもカラムとレオンが並ぶ異様さに驚いていた。
「どうも、ロデリック騎士団長殿。先程カラム殿と話が合いまして。…このまま僕もご一緒して、宜しいでしょうか?」
滑らかに笑むレオンに、ロデリックも副団長のクラークも虚を突かれた。
勿論です、と返しながら場所を空けるロデリックに礼を言ってカラムと並び、そのまま躊躇いなくレオンは騎士団の中へと飛び込んでいく。一人だけ王子であるレオンが交ざった状態でありながら、自然と騎士達は互いに雑談を交わし合っていた。
「近衛騎士の方々の御活躍は僕もプライド第一王女から聞いております。流石はロデリック騎士団長殿の育てられた優秀な騎士達です。」
「恐縮です。アネモネ王国との新兵合同演習では毎年我が新兵がお世話になっております。今年も宜しく御願い致します。」
「アネモネ王国の騎士は特に近年は武器の扱いに長けている者が多いと聞いております。我が騎士も見習うべきところが多いでしょう。」
いえ、そんな。と笑みながら副団長であるクラークの言葉に嬉しそうに返していくレオンは、そっと翡翠色の眼差しを他の騎士にも向けた。
「いや〜、本当に大人気だなカラム。さっすがボルドー卿。」
「…今はそれを嫌味と受け取るぞ、アラン。」
「カラム隊長、アラン隊長、グラス取り替えますか?大分話されて喉がお疲れなのでは…。」
「あ、エリック副隊長!それなら自分が行ってきます。」
すまないな、アーサー。と言葉を掛けるカラムからやっと力の抜けた笑みが零れた。気心の知れた騎士達に囲まれたその姿は、レオンが一目で確認しただけでも全く違った。
カラムにとって、大広間のどの場所よりも居心地の良いその空間に彼はやっと正しく空気を取り込めている気がした。自分が本隊騎士として初めて式典に参列した時以上の緊張が初めて解される。
その様子を確認したレオンは一人小さく笑むと、今度は軽く手を挙げた。ロデリックやクラークがどうしたのかとレオンの視線の先を振り返れば、アーサーだった。
早足ですぐそばの侍女にグラスを取り替えてもらったアーサーに、レオンは誰にでもわかるように優雅に手を振る。アーサー本人だけでなく、アーサーに話しかけようとした来賓もそれに気づき静かに彼から一歩身を引いた。アネモネ王国の第一王子が呼んでいる騎士を阻むことなど出来る訳もない。ワイングラスを両手に持ってアーサーがレオンに何か御用でしょうかと尋ねるが、レオンは滑らかな笑みで「少し呼んでみただけです」と短く答えた。
アーサーが言葉を返し、小首を傾げてアランとカラムにグラスを手渡すと、レオンは「彼も良い騎士ですよね」と茶飲み話のようにロデリック達へ投げかけた。
それから長らくの会話で途中、クラークが他の来賓との会話は良いのかと尋ねたが「ええ、僕はもう話すべき方とは済ませましたから」と柔らかい声で答えるだけだった。
そして誕生祭が幕を閉じる手前になってから、レオンは「では僕はそろそろ」と笑った。それに少し慌てたようにカラムが「レオン王子殿下」と声を掛け、レオンの配慮に礼を伝えようとした時だった。
「カラム殿。…また本の話に付き合って頂けますか?」
滑らかな笑みを浮かべ、またカラムの告げようとする言葉を遮った。
第一王子からの不意打ちの言葉に小さく声を漏らしながら「私でよろしければ、喜んで」と戸惑い気味に返すと、満足のいく返答にレオンは子どものように静かに笑んだ。良かった、と呟き今度は周りに聞こえないように声を潜めて彼の耳へ首を伸ばした。
「流石にずっとは無理だけど〝元婚約者〟の僕といる間は大丈夫。君達も少しは過ごし易いと思うよ。」
ねっ、と。驚愕に目を見開くカラムへニコリとレオンが笑んだ。
いつもの落ち着いた滑らかな笑みとは違い、前もって用意されていたその笑みはずっと計算高かった。
カラムはやはり。とレオンのその笑みと言葉に確信を持つ。
レオンは、明らかに自分の存在でカラムとプライドとの噂を望む他の来賓を跳ね除けていた。更にはすぐに自分が挨拶回りが終わるようにリードし、最後には自分だけでなく器用にこの場の六名の騎士全員を噂の標的とならないように守り抜いていた。
こうしている間も、カラムを含める騎士達へと声を掛ける来賓は当然いる。更にはアネモネ王国の王子であるレオンと言葉を交わしたがる来賓も多い。だが、その誰もがカラムとプライドとの仲や婚約者候補かを伺うことはしなかった。たとえ直接でなくとも、至近距離にプライドの〝元婚約者〟である彼の傍で〝現婚約者候補〟の話題を出せる訳がない。
カラムは「何故、私にそのような御配慮を…?」と言葉を選びながら小声で尋ねた。レオンより遥かに年上のカラムだが、立場で言えば間違いなくレオンが上だ。そんな彼がわざわざカラムに手を貸す理由がない。むしろ、そうして何度もカラムにレオン自ら語り掛け続ければ、噂好きの貴族の中にはレオンがプライドの婚約者候補に探りを入れ続けている、圧力を掛けていると考える者も出てくるだろう。頭が良いレオンがそのことに気付いていないわけもない。
そしてカラムからの言葉はそれも含めての問いかけなのだろうな、と更に理解しながらレオンは「う〜ん…」と少し考えるような仕草をし、笑った。
「僕はプライドの優秀な〝近衛騎士〟と話したかっただけだよ?話していた内容も聞かれたところで恥ずべきことなんて何もない。だって僕は君と本の話しかしてないのだから。」
とぼけるように語るレオンは、最後に悪戯っぽく笑った。フフッ…と声が漏れ、初めて悪さをした子どものような瞳をカラムに向けた。
「…プライドにとって、君達騎士は大事な存在だ。だったら少しでも好奇の目や悪意から君達を守りたいと思うのは当然のことじゃないかな。」
そう言って、潜めた声をそのままにレオンは目で騎士団一人ひとりを示した。カラムがそれに顔ごと動かして視線の先を一つひとつ確認する。そしてレオンの行動が最終的にはプライドの為なのだと。つまりは、婚約者候補である自分に何かしら風評被害などがあれば、それがそのままプライドにも響くと気遣っての配慮だったのだと解釈した。やっと理解ができたと思い、自分の不甲斐なさ故にアネモネ王国の第一王子であるレオンに手間を掛けさせたことに改めて謝罪と感謝を伝えようとカラムは頭を下げ
「それに。」
…る前に、またレオンに遮られた。
下げ掛けた頭と既に床へと落とした視線を再び上げれば、レオンの滑らかな笑みがそこにあった。
それに、の言葉を待つようにカラムが無言で姿勢を正すとレオンは真っ直ぐにカラムの瞳を見つめ、笑みを広げた。
「……二年前のお礼、したかったから。」
静かな声色で囁いたレオンは長い人差し指を自身の唇にそっと立てて見せた。
その仕草と、何より妖艶な光を宿したその笑みに、相手が女性であればその色気も相まって間違いなく顔を火照らさずにはいられなかっただろう。カラム自身、尋常ではないその気配を直接浴びて身体が一瞬強張った。
〝二年前〟と。その言葉にカラムは、当時弟達に嵌められたレオンをプライドと共に救出した時のことだとすぐに理解した。…だが。
「御言葉ですがレオン第一王子殿下、あれはプライド様の指示のもと我々は騎士として当然のことを行ったまでです。レオン王子殿下が気にされることでは決してありません。」
「関係ないよ。他の誰が決めたのではなく、この僕が感謝したいと思ったのだから。」
冷静なカラムの言葉を容赦なくレオンが打ち消した。
カラムにとって、そして近衛騎士達にとってあの時のことは騎士として当然のことでしかない。プライドからの命に準じただけだと声を潜めて説得を試みるが、それでもレオンは動じない。長身のレオンは騎士であるカラムにも並ぶほどだったが、敢えて下から覗き込むような体勢でカラムへ顔を傾けた。
「寧ろ、たった一回程度じゃ僕の気が済まない。……済ませるつもりはないよ。」
蒼い髪が傾けた拍子に妖しく光る彼の目を軽く隠した。しかし、その髪の陰から見え隠れする翡翠色の瞳は、反論を許さないように強く光る。
レオンは「そろそろ行かなきゃ」と呟くと、一歩騎士達から離れて見せた。改めて挨拶を済ませ、まだ半分残ったワイングラスを軽く掲げて見せた。一人ひとりに目を合わせながら、最後にカラムへと妖艶に輝く瞳を向けた。
「…ですから、どうか僕が〝満足いくまで〟暫く〝本の話に〟付き合って頂けると嬉しいです。…カラム殿。」
ではまた。と滑らかに笑んで去っていくレオンの後姿に、とうとうカラムは言葉を失った。
アネモネ王国。フリージア王国の隣国であり同盟国。更にはレオンはプライドの盟友という立ち位置だ。恐らくこの先も自分が〝ボルドー卿〟として出席しなければならなくなった式典には必ずレオンも招かれているだろう。
そして、レオンはこれから先何度でもカラムや騎士団への好奇の目を阻み続けるつもりだ。今日のように、自分という存在その全てを利用して。
…アネモネ王国次期国王、第一王子自らが。
「…………。」
自分の視界ごと額に手を当てたカラムはそのまま少し俯いた。
今までどのような異常事態にも出来る限り冷静に、的確に対処してきた彼にも今の状況で困惑しないのは難しい。
どうしたんすか、と最初にアーサーが心配そうにカラムへ声を掛けた。更に「レオン王子と何話してたんだよ?」「カラム隊長、そんなに本で意気投合されたんですね」とアランとエリックも声を掛けたが、カラムは暫く誤魔化すことすらできなかった。第一王子が一介の騎士でしかない自分達の為に動く、とそれだけでも疲労したカラムの思考を奪うのに充分だった。純然たる心境のみを吐露した言葉がカラムの口から滑り落ちる。
「……………救世主が…。」
カラムにしては珍しく脱力し、項垂れれば近衛騎士達だけではなくロデリック、クラークからも心配の声が上がった。
…たかだかプライドの護衛として一日だけレオンの件に居合わせただけの騎士四人の内の一人。それに対しレオンが返すのは、この先に何度も式典等で招かれるであろう騎士達の為の風除け。
あまりにも高価過ぎる返礼に、ただただカラムは戸惑いながらも身の内に感謝を留めるだけだった。
レオン・アドニス・コロナリア。
アネモネ王国の次期国王と名高い第一王子。
本来ならばフリージア王国の王配となる筈だったその青年は、優雅な足取りでその場から離れていった。




