388.貿易王子は確保し、
「こんばんは、カラム殿。いえ、今はボルドー卿とお呼びするべきでしょうか?」
パーティーが中盤に差し掛かった頃。
多くの来賓に囲まれている彼に、僕から声を掛ける。
一応順番は守ったつもりだったけれど、僕の存在に気付いた他の来賓達が静かに彼の周りから引いていった。
「レオン第一王子殿下…‼︎」
カラムが僕に目を丸くして、名を呼んでくれる。紅潮した顔と同時に額の汗が大分疲労を窺わせた。
新しく中身の入ったグラスを手渡し、笑い掛けてみせればまた緊張したように彼の肩が揺れた。…大分疲れているようだ。今までフリージアやアネモネの式典で何度か会ったことのある彼だけれど、ここまで疲労しているのは初めて見る。まるで、初めて式典に参列したかのような緊張姿だ。
大変だね、と思わず先に労いながら挨拶をする。いえ、とんでもありませんと言いながら手渡したグラスを一口飲む彼は、それでも少し指が震えていた。
「もうプライド王女殿下以外にも必要な方々には挨拶を終えましたか?」
プライドと語らっている姿は見たけれど、他の王族への挨拶を僕は確認していなかった。
するとカラムは軽く緊張と共に息を吐きながらグラスの中身を少し残すと、ステイル王子とティアラ王女、ジルベール宰相には挨拶が終えていないと教えてくれた。まぁ、僕が気付いた時には恐ろしく囲まれていたし、王族でもない彼には跳ね除けるのも難しいだろう。むしろ、女王を含むトップの三人だけでもちゃんと挨拶を済ませられた手腕に驚く。
そこまで一人で考えたところで、カラムが「お騒がせして申し訳ありません」と僕に謝ってくれる。ああいえ、と返しながら僕から声を潜め、再び笑い掛けた。
「それより、婚約者候補おめでとう。君なら僕も安心だよ。」
「ッい、いえ…!私はただ父の代理で今回参列させて頂いているだけですので…‼︎」
やはり僕にも隠し通したいのか、慌てる彼に思わずクスリと笑ってしまう。僕に隠さなくても良いのに、と呟きながら彼の真っ赤な耳にそっと囁く。
「大丈夫、僕は君の味方だよ?……家のしがらみというのも大変だね。」
僕はそんな風に思ったことはないけれど、貴族も色々と家の名や威厳の確保、見栄張りなどで大変なのは理解している。少なくとも今まで僕が知る彼は、プライドの婚約者候補になれたからといって一人ではしゃいでひけらかすような人ではなかった。ならば、やはり家長の意向とかなのだろう。
僕の言葉に顔を未だ赤くしたままの彼は、口を強く閉ざしたまま肩で大きく息を吸い込んだ。そのまま深々と僕に頭を下げてくれる彼に、その肩を数度軽く叩く。肯定は出来ずとも、僕が汲み取ったことへの感謝を示してくれる彼はやはり、あのプライドの近衛騎士の彼なのだと実感する。
頭をゆっくりと上げ出すのを待ちながら、目だけで周りを見回す。多くの来賓がやはり僕と、そして今はカラムに夢中なようだ。
「…騎士団の方には行かないのかい?」
「いえ、行きたいのは山々なのですが…私が行くと余計に騎士団長達の負担を増してしまいますので。」
事前にお断りもしております、と言ってくれる彼は本当に気遣いのできる人だなと思う。
確かに今でさえ騎士団は多くの来賓に囲まれている。彼が騎士だと知っている来賓に、色々探りを入れられているのだろう。そこに彼まで行けばそれこそ主役のステイル王子を抜いて人がひしめき合ってしまう。
ふぅん…と相槌を打ちながら眺めると、アーサーも今からその波に飛び込むつもりらしい。彼はあまりああいう社交界のやり取りは得意じゃない筈だけど、他の騎士達に全部投げる訳にもいかないと考えたのだろう。
そんなことを思いながら、僕はそっとカラムの肩に手を置く。
「…じゃ、行こうか。」
「は…⁈」
僕の言葉に理解ができないように声を上げる彼に、にっこりと笑いかける。彼の片手のワイングラスが揺れ、一瞬中身が溢れかけた。
大丈夫だよ、と笑みで返した僕は彼と適当に語らいながら一緒にステイル王子の元へと歩く。
多くの来賓に囲まれていたステイル王子だけれど、僕ら二人の存在にすぐ気付いて声を先に掛けてくれた。
少し戸惑い気味のステイル王子も、カラムからの父親の代理という言葉には「それは大変でしたね」と笑みで返していた。手短に挨拶を済ませ、その足でティアラの元へと行く。僕が引き込むようにしてカラムを連れ出したせいで、本人は未だに戸惑っている様子だった。…今まで直接そこまで語らったことのない僕が突然連れ回したのだから当然の反応だろう。
ティアラも僕とカラムが並んでいることに少し驚いた表情をしてこちらを向いてくれた。同時に周りの来賓が僕の姿に道を開け、順番を譲ってくれる。あんまりにもすんなりと王族への道が開いたことに少し気が引けた様子のカラムに僕から一言掛ける。
「あくまで君は僕の〝ついで〟だから。」
何も問題ないよ、と笑ってみせると僕の意図に気付いたように彼の目が静かに見開かれた。
僕は視線をティアラの方へ向け、カラムの肩に腕を軽く回して仲良く歩く。人の波が分かれ、ティアラとすぐに挨拶を交わすことができた。多くの男性が集っていた彼女は俄かに疲労のせいか陰が落ちていたように見えたけれど、それでも僕らが挨拶するとまた明るい笑顔で応えてくれた。「カラム隊長の礼服も素敵ですっ!」と言葉を跳ねさせ、どうぞごゆっくりと言って僕らを見送ってくれた。
最後にジルベール宰相を探す。
軽く見回すと僕らの動きに気付いたのか、自ら僕らに近づいてきてくれていた。彼も宰相として挨拶回りが忙しい筈なのだけれど、一度もう既に挨拶を終えた僕の動きも把握してくれているのは流石だなと思う。
まるで偶然会ったかのように「これはレオン第一王子殿下」と礼をしてくれる彼に僕からも挨拶を返す。
カラムも続くように挨拶を重ねると、ジルベール宰相は「それはそれは。ボルドー卿にもどうぞ宜しくお伝え願います」と礼をしてくれた。
「カラム爵子は近衛騎士としても優秀な御方と存じております。ボルドー卿も二人も優秀な御子息に恵まれ、さぞかし鼻が高いでしょう。」
「恐縮です。どうぞこの先も父と兄を宜しくお願い致します。」
「ええ、勿論ですとも。〝たとえ噂の真偽がどちらであろうとも〟カラム殿は私共の大事なプライド様を御守り下さる優秀な近衛騎士殿ですから。……お任せ下さい?」
最後の言葉に多くの含みを持たせながらジルベール宰相が笑う。
切れ長な目が妖しく光り、静かな声色が低く僕らをなぞった。一瞬冷たい空気が放たれたけれど、僕やカラムというよりも周りの来賓に向けられたもののようだ。彼にとってもプライドの近衛騎士でもある彼が、必要以上に晒されるのは避けたいらしい。…防衛戦の時から知ってはいたけれど、彼もなかなか深みのある方だなと改めて思う。
ジルベール宰相とも挨拶を済ませ、必要な人物と挨拶を終えた僕とカラムは変わらず並んで歩く。「れ、レオン王子殿下…!」と声を潜めながら僕に言おうとしてくれる彼に、敢えて違う話題を振ってみる。
「ところでカラム殿は本などは読まれますか?」
君とはあまりじっくり話したことはなかったから、と声を潜めて続けると、カラムは少し聞き返した後すぐに頷いて言葉を返してくれた。場内を共に歩きながら僕は侍女からワインを受け取り、色を嗜んだ。
「僕も昔からよく読むんです。ただ、蔵書や勉学関連が殆どで。カラム殿はどのようなものを?」
「私も騎士関連のものが今は多いですが、時折文学も嗜んでおります。系統などは問いませんが、好む著者はー…」
やはり、さすがボルドー卿の爵子。書物にも通じてくれている。更に騎士としての勉学にまで今も励んでいるなんて素晴らしい。文学、という言葉に僕も少し心が踊った。
「そんなに面白いのならば僕も読んでみたいですね。まだ書籍関連はそこまで貿易でも取り扱っていませんが、やはり需要はありそうです。」
「ええ、是非とも。文学関連は特に階級関係なく、民にとって身近な娯楽ですから。」
娯楽、そう聞くと余計に興味が湧く。アネモネの民が新たな楽しみを得てくれたらすごく嬉しい。城下に降りて同じ本の話とかできたらどれだけ楽しいだろう。
カラムと本の話題を楽しみながら、僕は彼をそのまま一点へと誘っていく。彼も向かう先に気付いたのか、少し「レオン王子殿下、こちらは」と声を漏らしたけれど構わず僕は彼の肩に掛けた手を離さず足を運んでいく。
騎士団の彼らがいる、一角へ。




