385.騎士隊長は恨みたい。
……何故、このようなことに…⁈
挨拶を繰り返しながら、考えを巡らし続ける。
一週間前から何度考えようとも、何度同じ結論に辿りつこうとも…どうしてもまた考えてしまう。
「いやはや、まさかボルドー卿の代理としていらっしゃいますとは。…ボルドー卿のお加減はいかがでしょうか?」
伯爵家の一人に覗かれる。ええ、何とかと言葉を返しながらも、額に汗が沁みた。…お加減も何も、一週間前から興奮し過ぎて私も兄も困り果てている程だというのに。
父と母は、伯爵家としての己に誇りを持っている。
城下からは少し外れた地の伯爵領を任されていた父と母にとって今回の話は当然ながら願っても無い話だった。
今回の婚約者候補について、最初に知らされたのは父と兄だった。女王直々に王宮まで呼ばれ、説明を受け、父がその場で即答したらしい。……私に何の相談もなく。いや、たとえ相談があったとしてもたかだか伯爵家が王族からの求婚を断るなどあり得ない。だが、そのまま我が屋敷に帰った父はすぐに使いを出して私を呼び出した。折角、外に気付かれないようにと配慮して下さった女王の気遣いを水泡に帰すほど大っぴらに‼︎
最初は父の体調不良だの母が危篤だのと言われて急いで帰ったが、…帰ってみれば屋敷内は歓喜に溢れ、兄だけが頭を抱えていた。
『すまない、カラム…。本当はお前にだけはとどめておきたかったんだが。』
兄は、優秀で真面目な人間だった。
伯爵家の長男としての期待にも応え、問題なく家を回してくれている。私が騎士を目指したいと話した時も応援してくれた良き兄だ。
兄も私と同じで、もともと王族や家の名にしがみつくことには興味が薄い方だった為、父上と母上の喜びようには頭を悩ませていた。本当は王居から直接私を迎えに来ようとした父を宥め、せめて屋敷に帰ってから理由をつけてと配慮してくれたのも兄だ。
二人で落ち着いて話をしよう、と兄がこっそり父より先に自室へ案内してくれ、説明をしてくれた。
プライド様から、婚約者候補として私が指名を受けたことを。
正直、いつもは厳格で物静かな父と母の謎の奇行に納得した部分も大きかった。王族からの指名、更には王配候補。貴族としてはこの上ない誉れだ。この事実だけで、王配になれずともかなりの栄誉を与えられたようなものだった。だが、
プライド様の、指名。
私が、この世界でたった三人しかいない婚約者候補の一人。
……頭が沸騰し、一時間近く放心していた。とのちに兄が言っていた。
あの方に選ばれたのだという栄誉と、プライド様が、という事実と、その意味を考えれば考えるほど頭が回らなくなった。
勿論、わかっている。あの方が私を選んだ理由も大体は察しがついている。だがそれでもどうしようもなく気恥ずかしさと…ほのかな喜びに発熱が止まらなかった。
『それで、なんだが…カラム。実は父上が…。』
一時間後にやっと私が会話できるようになってから、兄は言いにくそうに話してくれた。
王族からは、これから先の式典などでこれまで通り最優秀騎士として私が参列すれば良いとのことだった。…当然だ、そうでなければ秘匿する意味が無い。
だが、父は自らそれを断ったらしい。秘匿であろうともボルドー卿として、婚約者候補としてお会いするならばそれ相応の格好をさせねばと。…結果、今まで父や兄が参列していたボルドー卿の枠に私が代理で入るという形になってしまった。
兄がせめても、と父と母には暫く体調不良ということで家は出ないようにと押し留め、このことは厳守するようにと父と母に厳しく言い聞かせてくれた。
本来ならば王族から家に告げた後は本人に伝えるかは各家の意向に任せるらしいが、父と母がこうなってしまった以上、兄も私に話さざるを得なかったらしい。……どうせならば兄だけが知っていて欲しかったと心から思ったものだが。
体調不良などの理由にせずとも、私を大々的にボルドー卿の爵子として出す方針に変えただけだと言い張れば良い。いっそ騎士など辞めて、やはり兄の補佐に入らないか。ぜひこの事を我が家の誇りとして広めたいと…突然の陽光に頭が冷めきらない父と母に私からも一言言おうとしたが、その前に兄が「いい加減にして下さい!」と前に出てくれた。
『あれほどカラムの騎士入りに厳しい条件を突きつけた貴方達が!これ以上カラムの人生を弄ばないで頂きたい‼︎これ以上は私もカラムも譲歩はしません、もしこの事実が外に広まったり、カラムが望まずに騎士としての立場を失うようなことがあれば、私もカラムもこの家とは縁を切ります。ボルドー家は貴方の代で途絶えると覚悟して頂きたい‼︎』
…本当に、兄には昔から世話になってばかりだ。
もともと騎士として公の場で父や兄と同じ場所に招かれることはあったが、その際も変に身内だということを前に出さないようにと。父にそう言い聞かせてくれたのも兄だった。
私も兄のような人間になりたいと何度願ったことか。
兄の言葉に父上と母上もやっと少し熱が収まり、私が婚約者候補と知られた場合に暗殺などを企てられる恐れも鑑みて、思い止まってくれた。
何とか私は父の代理、時には家の事で忙しい兄の代理という形で出席することになった。兄には公の場に行く機会を奪ってしまったことを詫びたが、それに関しては「正直、むしろ助かる。父上の代わりにお前がいてくれる方が落ち着くし、…私もあまり語らいの場は好きではないから」と言ってくれた。
そして騎士団長に家の手伝いと伝え、休暇申請を出した。私の休暇は減るが、何とか騎士達に隠し通せれば…と思ったのだが。
翌日には私の直属の上司である騎士団長が呼ばれた。
嫌な予感はしていたが、戻ってこられた騎士団長の様子に全てを察した。どうやら私の〝休暇〟について、騎士団長へ女王直々に説明がされたらしい。その結果、私の休暇が特別休暇へと変えられた。よくよく考えれば、王族が仮にも王配候補である私に配慮しない訳がなかった。父上が余計なことをしなければ、王族にも騎士団にもここまで迷惑をかけることはなかったというのに。
あくまで表向きは体調不良の父と多忙な兄に代わっての代理出席。…ただ、私のことで直接質問責めに遭うであろうアラン、エリック、アーサーには騎士団長自らが説明をして下さった。私も彼らに関しては知られても仕方ないと思う。……死ぬほどの羞恥心には見舞われたが。特にアラン、アイツの言っていた通りの事態になったことが余計に恥ずかしかった。
「カラム隊長…‼︎あの、そのっ…格好は…!」
プライド様が私に気付き、声を掛けて下さった。
今までの騎士の装いとは違い、この礼服でお会いすることにそれだけで身体の熱が上がる。
他の来賓の目もある為、父が体調不良の為に代理で私が…と伝えるとプライド様が何か言いたげに視線を私へと注がれた。もう、今はその眼差しだけでも心臓が保ちそうにないというのに。
「あの…カラム隊長、…もしかして…………私のせいで…?」
上目遣いで不安げに瞳を揺らすプライド様の顔が火照り出した。私にしか聞こえぬように潜めた声で尋ねられ、…私も言葉が詰まりながら何とか返す。
「いえ、父の強い意向です…。……むしろ王族の方には色々とお手間をお掛け致しました。」
本当に、父さえ我儘を言わなければ何も変わらず私も騎士として出席できたというのに。両親がああいう人達だから、逆に私も兄も家柄や王族にも関心を持てなくなった。
私の言葉にプライド様は確信をもって目を見開き、慌てるように声を潜めて言葉を重ねて下さった。
「ごご、ごめんなさい…‼︎まさか、まさかカラム隊長にここまでご迷惑をお掛けすることにっ…‼︎」
「い、いえ!とんでもありません。…近衛騎士任務中に普段通りにして下さったのも感謝しております。それに表向きは一応、体調不良の父の代理ということになっておりますので…。」
残念ながら騎士団では殆どの者に察せられてしまったが。…それを言うわけにもいかず、笑みで返すがプライド様の火照りはまだ冷めない。「あ…あのっ、…その、こ、ここここ今回のことはっ…!」と視線を泳がせるプライド様に私から「ッわ、わかっておりますので‼︎」と先に伝える。プライド様が口を小さく開いたまま赤い顔を私に向けて下さり、心臓がまた跳ね上がった。
私は周囲の目を確認し、更に声を潜めてプライド様に囁くように言葉を放つ。
「…ご意向通り、私ならばいくら保留にされても構いません。もともと、騎士を目指す時から婚姻は考えておりませんでした。プライド様の御心が決まるまで、私の名で宜しければいくらでもお貸し致します。」
私の言葉に大きな瞳を見開かれたプライド様は、唇を強く結び、じっと私を瞬きもせず見つめて下さった。
そう、ちゃんと私もわかってはいる。プライド様が私に好意以上のものを向けて下さっているなどと自惚れてはいない。
恐らく、今回の婚約者候補を三名決める際。プライド様にはもう心に決めておられる方が居られるのだろう。
だからこそ事情を話しやすい相手。たとえ二年からそれ以上の期間、恋愛が進展せず婚姻まで届かずとも問題のない相手。信頼できる相手を選ばれた。…勿論、たとえ最後に婚約者として選ばれずともその三人に選ばれたという事実だけでこの上ない栄誉ではあるのだが。
もし、プライド様が三人の候補者を選りすぐるおつもりならば、私のような伯爵家の次男が選ばれるわけなどありはしないのだから。
プライド様は私の言葉に「あ…ありがとう、ございます…」とポツポツ唱えられると紅潮させた顔をそのままに小さく俯いてしまった。プライド様の肯定と取れる言葉に、やっと心が落ち着き、……ほんの少しだけ胸が痛んだ。やはりプライド様には心に決めた方が居られるのだろう。
長くならない内にそこで一度話を切り上げた私とプライド様は最後に挨拶を交わし、その場を後にした。
どんな形であれ、プライド様の幸福や平穏を御守りできるのであれば、私の名を捧げることに躊躇いはない。寧ろ、防衛戦で守り切れなかったこの私を信頼できる相手として選んで下さったことは喜ばしく、それだけで胸が熱くなる。ただ、…
「ボルドー卿、先程のプライド様との御姿とても絵になっておりました。」
「ところでカラム爵子、プライド第一王女殿下とは親しくされて…?」
「騎士団の隊長で最優秀騎士、さらにはボルドー卿とは。妻となる御方はさぞ幸福でしょう。」
ただ、仮にも私をプライド様の隣に並ぶ者として見るその目とその言葉を‼︎
何度でも受ける度、全身が擽られるようにもどかしく、顔が熱くなるのを抑えるのに必死だった。
いくら何度も父の代理と跳ね除けようと、彼らからの疑いは止まらない。お似合いだと、仲睦まじいと言われる度に世辞とわかっていても顔から火が出る思いだった。
しかも、………正直一人張り切ってお洒落してしまっているようでこの上なく恥ずかしい。
今まで厳しい父と母に育てられ、騎士になることを反対されても条件を突きつけられても両親を恨んだことなど一度もなかったが。
今この時だけは、……見栄張りの父を本気で恨みたくもなった。
76.5
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