384.騎士は注目する。
「ハァ……。」
煌びやか過ぎる大広間に飲み込まれながら溜息をつく。
その途端、隣にいるエリック副隊長が「こんなところで溜息なんて無礼だぞ」と俺の耳元で囁いた。すみません、と謝って改めて前を向く。
今日は、ステイルの誕生日だ。
いつも当然みてぇに話してるアイツがこんなに沢山の人に祝われているのを見るとやっぱ王子なんだなと毎年実感する。俺も毎年ステイルには祝いの品も贈ってっけど…正直、毎年あんなんで良いのかすげぇ悩む。こうして目につくだけでも、すげえ豪華な贈物ばっかで目がチカチカした。
ステイルの誕生祭では、…妙齢の女性の目が少し怖くなる。特に今年は凄まじい。十六歳からそれ以下の女性がステイルと一言でも話そうと今も目を光らせていた。
当然、プライド様やティアラも主役じゃないだけでいつも通り人気は高い。今も多くの王子や令息に声を掛けられている。…あの中にもプライド様の婚約候補者がいるのかなと思うと、少し胸が軋んだ。
「それにしても騎士団長達も忙しそうだな…。…どうする?あの中に入るか⁇」
エリック副隊長が少し離れた先にいる父上達を眺めながら呟く。父上達の分の酒を取りに行った俺とエリック副隊長だけど、戻ってみたらすでに騎士全員が来賓に囲まれて、グラスも受け取った後だった。すげぇ数の来賓が騎士団長、副団長、隊長格と話をしようと集まってきている。俺もあそこに入ればすぐに誰かしらに捕まるだろう。
俺が無言でブンブンと首を振って返事をすると、エリック副隊長が小さく笑った。「ステイル様に挨拶へ行く時に合流するか」と言ってそっと目立たない位置へ引率してくれる。…あんまああいう話の場とかはなれねぇから逃して貰えてすげぇ助かる。プライド様達はよく毎回アレをこなせるよなと本気で思う。
壁際に少し寄りかかって、前を向くと本当に小さくだけどプライド様が見えた。殆ど他の来賓に埋まってたけど、間違いなくプライド様だ。
「誰なんだろうなぁ…プライド様とティアラ様の婚約者候補の六名。」
溜息交じりに呟くエリック副隊長は、グラスを両手じゃ浮くと言って片手のグラスを一気に飲み干した。俺も片方のグラスを空けるために一気に口へ傾けた。
空になったグラスを侍女に渡して、二人で暫くは来賓を眺めた。…多分、あの人もこの中にいるんだろうなと思いながら。
「ステ、…アイツが何人か可能性のある人は教えてくれましたけれど。」
プライド様の方なら、と言えばエリック副隊長が俺に耳を傾けた。この前ステイルに負け…、……嵌められてあの事を話した後。ズルをした侘びにと教えてくれた。どうせ毎回パーティーや式に招かれる者なら誰でも察する事だと言いながら。「殆ど以前にカラム隊長が仰ってた方々ばっかでしたけど」と前もってエリック副隊長に言ったら苦笑いが返ってきた。
ヤブラン王国の公爵家の長男
ベロニカ王国の第二王子
ライラック王国の第一王子
フリージアなら公爵家の長男が二家、侯爵家の長男一人。
その人達が一番プライド様と積極的に交流も取って、更には式典やパーティーにも呼ばれてるとのことだった。殆どが元を辿るとフリージア王族の血縁関係者でもあるらしい。
俺も近衛の任務中やこういう式典とかでも何度か会ったことのある人達だ。…あんま、すっげぇ仲良しって感じの人はいなかったけど。二人くらい胡散臭い笑いを俺達に向ける人もいるし、せめてその人達じゃねぇことだけを願う。
…ンで、最後にハナズオ連合王国の王弟。
俺の話にエリック副隊長は強く首を捻った。「その中じゃ一番親しげなのはハナズオの…だがなぁ」と、俺に気遣ってセドリック王子の名前だけは微妙に伏せて言ってくれた。まぁ全部予想ですけど、と付け足すと「知ってる」と軽く笑って返された。
エリック副隊長がプライド様とその周りを眺めながら「あそこにいるのが我が国の侯爵、…その隣に居るグラスを持っているのがライラック王国の…」と見つけた順に教えてくれる。顔を見ればやっぱ皆、何度か会ったことのある人達だ。
プライド様もティアラも、婚約者候補が正式に発表されるのはまだ大分後になる。ただ、…プライド様の婚約候補者は俺の中ではもう二人は確定していた。
一人は間違いなくセドリック王子
プライド様が惚…、……なら、選ばない理由がない。ハナズオ連合王国の第二王子で王弟で、実はすげぇ優秀な人だ。…なんでそんな人が最初の時にあんな馬鹿なことばっかしたのかわかんねぇけど。
…そしてもう一人は。
「!お、居た居た。あそこだ。」
エリック副隊長がグラスを軽く掲げて視線の先を指す。俺も続くように顔を上げると確かにそこに居た。
他の来賓も、いつもと違う姿のその人に気づいて目を丸くした。ざわざわと少し周りが騒がしくなって、プライド様も気づいたみてぇにその方向に顔を向け、驚きで口も開いた。プライド様にもどうやら予想外だったらしく、慌てた様子であの人の元へと歩き出した。
…まぁ、驚くよな。多分、プライド様もあの人がまさかいつもと違う格好でくるとは思わなかったんだろう。
『清廉潔白、前科も裏切りも女遊びもなく、姉君を心から愛し、姉君やレオン王子のように自国を想い、俺とジルベールよりも頭が回り、お前よりも強い男なら考えてやらなくもない』
あの時の、ステイルの言葉を思い出す。
セドリック王子には当て嵌まらねぇ部分もあったけど、…あの人は。
見れば、プライド様があの人の前まで辿り着いたところだった。遠目で見れば、ティアラもすげぇ驚いているし、ステイルも知ってたとはいえやっぱり目が離せないみてぇだった。
「…ものすっごく目立ってますね…。」
「そりゃあなぁ…。婚約者候補の存在発表の後にあれじゃあ誰でもわかるだろう。」
俺の言葉にエリック副隊長が少し可笑しそうに笑った。父上達の方を振り返れば、やっぱり父上達を囲っていた来賓も父上達もみんな振り返ってた。
一時でも王族の式典の注目を殆ど浴びているあの人に思わず俺は声が漏れる。
「カラム隊長……ほんとにすげぇ…。」
カラム・ボルドー爵子
フリージア王国の伯爵家、ボルドー卿の次男。
騎士団の中でも生まれも育ちもずば抜けたエリート中のエリート。
優秀な成績で十四歳で騎士団に入団、二年後には首席で本隊入り、当時最年少で三番隊騎士から騎士隊長に一気に昇進。
毎年、王族の式典やパーティーには騎士団長と副団長、そして前年に一番優秀な成績を収めた騎士隊長が招かれる。そして、カラム隊長は隊長就任後から毎年その最優秀騎士隊長に選ばれている。
騎士からの人望も厚くて、実力も、優れた特殊能力もあって、作戦指揮も完璧で、すげぇ強くて格好良くて人格者で。
ステイルの言ってた条件、九割は余裕でいってる。
いつもの騎士の団服じゃない礼服を見るのは俺もエリック副隊長も初めてかもしれない。
遠目から見ても顔が真っ赤なカラム隊長が慌てるようにプライド様と話してた。…ついでにプライド様も顔が赤い。明らかに婚約者候補とバレバレなんだから当然だろう。父上やクラーク、そしてカラム隊長の代わりに最優秀騎士として呼ばれたアラン隊長も半笑いで見てる。
…婚約者候補発表から、一週間後のことだった。
カラム隊長が突然家に呼び出されて、父上の許しを得てから帰宅した。更には翌日正式に騎士団へカラム隊長は休暇届の申請を出していた。…ステイルの誕生祭の日に。
近衛騎士の任務予定だった俺とエリック副隊長は良いとして、カラム隊長は最優秀騎士として呼ばれていたからこの日の休暇申請は皆驚いた。カラム隊長は「家の者が体調を崩して私が急遽代理を務めることになった」と言ってたけど。…その翌日、女王に呼び出しを受けた父上が今までになくすっげぇフラフラで騎士団演習場に帰ってきて、それを見たカラム隊長がすげぇ勢いで謝ってて。その直後にカラム隊長の休暇申請が〝特別休暇〟として通って、代わりにアラン隊長が次点の最優秀騎士としてステイルの誕生祭に行くことになった。……もう、この時点で一部の騎士は察していたらしい。
そして更には騎士団全体にもカラム隊長がこれから暫くは〝家の事情〟で度々特別休暇を取ることになると父上の口から知らされた。…ここで殆どの騎士が察した。
カラム隊長の家柄は騎士団でもエリート騎士として有名だったけど、家はお兄さんが継いでる筈だ。なのに今更、騎士隊長のカラム隊長が手伝わされるなんておかしいし、実際今まで一度もそんなことはなかった。しかも、父上が呼び出された直後の〝特別休暇〟だ。王族が絡んでないわけがない。
そして、プライド様の近衛騎士として招かれた俺とエリック副隊長、代理でこれからも出席することになるだろうアラン隊長はカラム隊長と一緒に父上とクラークに呼び出された。
『…察しはついているかもしれないが、一応当日参列予定のお前達には報告しておく。』
父上のすげぇ言いにくそうな言葉と、クラークの半笑いと、どんどん顔が赤くなってくカラム隊長に俺達も確信した。
『カラムはこれから暫く〝家の意向で〟式典等には騎士としてではなく〝ボルドー卿〟次男として招かれることになった。ステイル様の誕生祭でも会うことになるだろう。体調不良となった家の者の代理、としてだ。……良いな?』
全員その場で頷いた。
俺が顔が熱くなったと思ったらエリック副隊長も同じだったし、アラン隊長は父上とクラークの手前、我慢はしてたけどすげぇ笑いを噛み殺してて唇も肩もプルプルしてた。
父上に許しを得た後のアラン隊長はすげぇ楽しそうで、カラム隊長に腕を回して「俺の言ったとおりだったろ?」とニヤニヤ笑ってた。…直後、その頭に拳を叩き込まれてたけど。
表向きは体調不良のボルドー卿の代理だけど、誰がどう見てもこのタイミングじゃバレる。ステイルに話した時もすげぇ驚いてた。ただ、招待客のリストはヴェスト摂政が持ってるとかで本当に単なる代理か最初から招かれているのかはステイルにもわからねぇらしい。
いつもは騎士として参列しているカラム隊長のいつもと違う出席に、気づいた来賓は次々と父上やクラーク、アラン隊長に話を聞こうと詰め寄っている。将来王配になるかもしれない人より、その周りの騎士の方が聞きやすいんだろう。
顔が真っ赤なカラム隊長と、話しながら何故か何か必至に話してるプライド様を眺めながら…考える。
……非の打ち所がねぇ人って、いんだな…。
プライド様や王族への挨拶後、カラム隊長がすげぇ死にそうな顔で俺達に話し掛けに戻ってこれたのはそれから暫く後のことだった。
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