表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

452/2200

382.義弟は持ち掛ける。


「ンでッ…なァにキレてンだステイル‼︎」


キィン、キィンッ!と何度も金属同士の激しいぶつかり合いが響く中、アーサーは軽々と俺の攻撃を剣で防ぐ。

瞬間移動をして背後を狙ったが、やはり一瞬の判断で構え直された。長年、剣の手合わせを続けたからか次はどんな手でくるかも察しがつくようになってきたらしい。…といっても、恐らくこんなことができるのはアーサーだけだが。俺の方からすれば、アーサーが会う度に様々な技術を身に付け取り込んでいるせいで、動きも行動も読むに読めない。常に進化し続けるコイツの恐ろしさは、手合わせの頻度が減ってからは余計に肌で思い知る。未だに近衛騎士や騎士団長、ジルベールとも手合わせをしていると聞くが、彼らもおそらく俺と同じ感想を抱いているだろう。騎士隊長に昇進できたのも頷ける。


「ッやつ当たンなら…っ、…前に‼︎」

瞬間移動で何度も位置を変えながら攻撃を繰り返す俺に、アーサーが歯を食い縛る。

ギリッ、と音が聞こえたと思った瞬間、俺が瞬間移動した先に拳を叩きつけていた。鎧越しとはいえ、思い切り鳩尾に入れられた。何とか深く入る前に背後に飛び退いたが、衝撃が身体に伝わり思わず背中を丸くして堪える。


「言いたいこと言えっつってンだろォが‼︎‼︎」

…そう声を荒らげたアーサーも、気がつけば大分焦燥が目立つ。

俺が稽古場で着替えてすぐ攻撃してきたからなだけではないだろう。姿勢を真っ直ぐに戻し、睨めば俺が言う前に「今言わねぇなら無理やり吐かすぞ‼︎」と怒鳴られた。第一王子の俺にここまで言うのはコイツぐらいのものだ。


「…少し、苛立っているのは認める。」

汗を拭いながら言葉を返せばすかさずアーサーから「少しじゃねぇだろォが」と返答を叩きつけられた。そういうお前だって苛立っていると言い返したかったが、完全に水掛け論になるのが目に見えていたから止めた。

…アーサーには、セドリック王子がプライドの婚約者候補の座を狙っているだろうとは話していない。三年前のレオン王子の件でもコイツに不要な心配や疑念を与えてしまった。また万が一にも同じように騒ぎ立てたくはなかった。あくまで今は確かな情報しかアーサーには伝えるべきではない。ただでさえ、人の取り繕う笑顔に敏感なアーサーに無駄な心労はかけたくなかった。だから今これからも、確かな情報しかアーサーには言いたくはない。


「来週、俺の誕生祭はそれなりに大規模なものとなる。」

「そりゃァな。お前の成人祝いだ、国中が祝ってる。」

俺もだ、と続けるアーサーが真っ直ぐ剣先を俺へと向けてきた。この国の男性は十七から結婚を認められる為、女性よりも一年遅く成人として認められる。


「俺の誕生祭には、当然ハナズオ連合王国も参列する。…ただし、ヨアン国王の誕生祭の関係で招かれるのはセドリック王子だけとなった。今頃、母上達と同じく特殊能力者の補助で共に我が国へ向かっているだろう。」

ヨアン国王とランス国王は翌日も誕生祭の後始末や招いた和平や同盟を望む国との対談や交渉などで母上と共に我が国へ来ることは難しく、参列も不可能だった。だからこそ王弟であるセドリック王子だけでもと俺の誕生祭に参列してくれる。…正直、複雑な気分だが。

プライドとティアラの婚約者候補は各三名。そして、彼女らがより一層選りすぐる為にこれから先は多くの式典やパーティーで彼女らは婚約者候補と会う機会を与えられる。つまりは、式典やパーティーに多く招かれれば招かれる程、その者が婚約者候補である可能性は高い。勿論、今回のヨアン国王やランス国王のように致し方ない理由で婚約候補者が欠席する場合も皆無ではないが。それでも、殆ど確実に毎回招かれると考えて良いだろう。

そしてセドリック王子が今回も招かれている。新しくできた同盟国なのだから招かれるのは当然でもある。だが、だが‼︎……どうしてもそれ以上の理由を疑ってしまう。


「…まァ、…セドリック王子も今はまともになった方なんだろ?」

お前が許してねぇのも知ってっけど。と言いながら祝いに来てくれるなら良いじゃねぇかと俺を宥めるアーサーが言葉とは裏腹に目が泳いだ。コイツももしかしたらセドリック王子の好意に気が付いているのか。そう思った途端に余計に口が滑る。…どうしてもアーサーの前では本音が零れる。


「そうだな。俺はセドリック王子が姉君に犯した数々の不敬も料理もクッキーも許していない。更には未だ一回も彼を殴れていない上、お前に殴られるのも見ていない。」

なのに、このまま王配候補にでもなられたら一生俺もアーサーもやり返せない。…きっと苛立ちの理由はそれだけだ。それ以外は考えられない。

俺の発言にアーサーは若干慄いたが、すぐに立て直すように「わかっけど。」と呟いた。すると次にはまるで俺の考えていることを読んだかのように、脈絡のない問いをぶつけてきた。


「………なァ、…三年前にプライド様の婚約者がどんなヤツが良いかってお前に聞いた時のこと覚えてるか?」

俺から目を逸らしながら言いにくそうに、どこか遠回しに言っているようにも取れるその言葉に俺は剣を片手に腕を組む。

当然、その時のことは覚えている。レオン王子とプライドとの婚約解消が成立した後、頭を抱える俺にアーサーが尋ねてくれた。


『…次の婚約者が出たらどんなヤツが良い?』

そして、俺の答えは…確か。思い出しながら一字も違えずアーサーにあの時の言葉をそのまま並べてみせる。


「…清廉潔白、前科も裏切りも女遊びもなく、姉君を心から愛し、姉君やレオン王子のように自国を想い、俺とジルベールよりも頭が回り、お前よりも強い男なら考えてやらなくもない。…そう言ったな。」

「……それで、どんくらい…その条件に達していれば合格だ⁇」

俺の言葉に未だに目を合わせないアーサーから問いが続く。

コイツは一体何が言いたいんだ。セドリック王子がそれに殆ど当てはまっているということか。だが、セドリック王子は清廉潔白というにはプライドに色々不敬を犯し過ぎている。知能の方は〝神子〟と異名がついたほどの天才らしいが戦闘の実力ならばアーサーの方が遥かに上に決まっている。割合でいえば六割程度といったところか。

俺が「最低でも九割だ」と言い張ると、アーサーは「そっか…」と呟きながらまだ目が泳いだ。一体どうしたんだ。自分でも厳しい条件とは理解した上だが、あくまで俺個人の条件だ。それに、プライドがセドリック王子を婚約者候補に入れていようとも入れておらずとも、他の婚約者候補がその条件を下回っている可能性もゼロでは…、……………。



……他の、婚約者候補?



「……アーサー。お前、一体何を隠してる?」

確信を持った俺の言葉に、アーサーの肩がビクッと上下した。

「い、いや別に」と言葉を吃らせ、その上顔を痙攣らせた。…そうだ、コイツは人の取り繕いには敏感だが己自身は嘘や取り繕いも得意じゃない。俺の隠し事に気づくのはアーサーやティアラ、プライドぐらいだが、アーサーは誰にでもバレる。少し突けば簡単に表情からボロを出すのだから。


「ほぉ…なるほどな。お前、いつそれを知らされた?」

「いや、知らされたっつうか…最初は単に察したっつうか」

「なるほど、やはりお前も何か情報を持っているということだな。」


今度は軽くカマをかければ引っ掛かる。俺の言葉にアーサーが今度こそ狼狽えて自ら口を押さえた。

久々にアーサー相手に引っ掛けられたのが楽しくなり、笑みを浮かべながら一歩近づけばアーサーは後ろ足で一歩下がった。


「どうしたアーサー?他でもないこの俺に隠し事か⁇」

「ッテメェだってプライド様とセドリック王子との書状の中身については教えねぇじゃねぇか‼︎」

追い詰められたことに抗おうとアーサーが俺に言い返す。

確かに、俺もプライドから聞いた書状の内容はアーサーにもティアラにも話していない。極秘な内容な上、余計にアーサーに心配をかける可能性があったからだ。


「俺は姉君に口止めされている。お前も今まで一度も俺に尋ねてこなかっただろう?」

「それ言ったら俺だってッ……〜っ‼︎」

…今度は言いかけて思い止まった。コイツも口止めを受けているのか。まぁ、誰からかは大体想像はつく。コイツのことだ、これ以上は口を閉ざし続けるだろう。ならば先ず一つだけ先に確認しておこう。


「なるほど、おめでとうアーサー。お前が姉君の婚約者候補の一人だったとは知らなかったよ。」

「ッば‼︎‼︎バッ…カ言うな‼︎おっ、俺が!ンな身分じゃねぇのはお前が一番よく知ってンだろォが‼︎なっ、なんでンな話にっ…‼︎‼︎」

俺の問いかけに顔を真っ赤にしたアーサーは、乱暴に剣を横に振って声を荒らげた。…なるほど、どうやら違うらしい。ならばやはり有力な情報を持っているということだ。婚約者候補の一人か二人、もしくは全員か。アーサーの取り乱す姿を眺めながら俺は一人何度も頷く。コイツが俺に隠し事を通せると思っている時点で大間違いだ。


「よくわかった。…ならば、ここは男らしく勝負で決着をつけようか。」


狼狽し続けるアーサーに俺は剣を構え直す。まだ頭が茹だって対応しきれないアーサーがそれでも呆けた顔で反射的に俺へと剣を構えた。遅れて「どういう意味だ」と聞いてきたから心からの笑みでそれに答えてやる。


「ここには俺とお前しかいない。勝負は一回、一本取るか相手を地につけた方の勝ち。俺が勝ったらお前が隠しているその事実について教えてもらう。お前が勝ったら俺が書状の内容について教えてやろう。」

早口で一方的に告げれば、アーサーが「本気か⁈」と目を丸くした。まぁその反応も当然だろう、俺がプライドに口止めされたことを話すのもそうだが、それ以前にこの勝負は圧倒的に騎士であるアーサーに有利なのだから。


「俺に勝ったらお前が聞くか聞かないかは好きにすれば良い。俺も二度とそのことについては聞かない。ただし俺が勝ったら絶対に聞く。お前が嫌がろうが文句を言おうが絶対に吐いてもらう。…良いな?」

逃げ場がそれしかないと判断したのか、アーサーが一度喉を鳴らしてから頷いた。…それで良い。アーサーは約束を望んで破るような奴ではないのだから。

俺の笑みに何が気取ったのかアーサーは一気に集中力を上げて俺に剣を構えた。当然、俺が瞬間移動を使うことも想定しているのだろう。

互いに剣を構える。呼吸を整え、暫くの沈黙の後に合図もなく同時に飛び出した。




…二十秒後。

アーサーの「ッずりぃだろ‼︎‼︎」という怒声が勝敗を決した稽古場に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ