381.疎まれ王女は気合いを入れる。
「プライド。…またセドリック王子からの手紙ですか。」
声を掛けられ、私は振り返る。
ステイルが休息時間を得て、私の部屋に訪れてくれた時だった。
すぐ終わるから待っていてね、とソファーを勧めたけれど、見ればステイルはソファーにも座らず私の手の中の手紙を遠目から見つめていた。
「ええ、セドリックの返事が早くって。私も負けてはいられないから。」
そう言って私が笑みで返すと、ステイルからは「御無理をされる必要はありませんよ」という気遣いの言葉と曖昧な笑みが返ってきた。私のことを心配してくれるステイルにお礼を返しながら、私は再びペンを走らせる。
前回、セドリックから書状のやり取りをして欲しいとお願いされてから一ヶ月。セドリック達がハナズオ連合王国に帰ってから二週間くらいしてからヴァル達にハナズオ連合王国への配達をお願いしたら、すぐにセドリックは私宛の手紙を持たせてくれた。しかも内容を読んだ私がびっくりしてすぐに返事を書いてヴァルにお願いしたら、…やっぱり速攻で返事が返ってきた。
結局、ケメトからの補強が必要になったヴァルには、最近は他に配達物がないからということで私とセドリックの手紙のやり取りばかりお願いするようになってしまった。
まだはっきりとはわかっていないけれど、どうやら前世の物に例えるなら電源がケメト、ヴァルがバッテリーみたいな関係らしい。そして暫定で二日間ずっと電源に繋がないと、バッテリー切れになると。…それでもまだ理屈や原因は全くわかってないけれど。
ただ、ジルベール宰相曰くヴァルにだけ可能なのはケメトの成長や心理状況が起因してる可能性があるらしい。
試しにケメトにそれを説明した上でセフェクとヴァルの違いを聞いてみたら、やはりはっきりとした答えが返ってきた。その返答に私もジルベール宰相も納得したけれど、…ヴァルとセフェク本人はなかなか不満そうだった。ヴァルは「ンなもんになった覚えはねぇ」と顔を顰めてたし、セフェクは「私だってちゃんと───のに‼︎」とケメトの腕を掴んで揺らしていた。…まぁ、ヴァルに至っては本人が否定しても私の目からは明らかにそうだし、セフェクも怒ってたわりにどこか嬉しそうにも見えたけれど。
ケメトもそれをわかっているのか、二人の返答にも照れたように笑っていた。最終的にはセフェクが「ケメトはいつもヴァルばっかり‼︎」と怒りの矛先をヴァルに向けて放水攻撃をして落ち着いた。
なので、取り敢えずは現状維持ということで三人には再び配達再開をしてもらった。
ヴァル本人も何度もハナズオと我が国の往復はうんざりしたのか「そんなにやり取りしたけりゃあ本人を連れて来てやる」と提案まで出た。…流石に、王子単身で誘拐は事件だし、そうでなくても私へ大っぴらに何度も会いにきたら誤解を招きかねないのでそれは断った。
最初は鬱憤を晴らすように道中で絡んできた盗賊や人攫いを騎士団に放り込んでいたけれど、それすらも狩り尽くしてからは余計にストレスが増しているようだった。…最初は捕まえるのも面倒がってた筈なのに。
以前はヴァル達が何度訪問してもハナズオ連合王国には、門前払いされていたから手紙を頼む度に嫌な顔をされていたけれど、今は逆の理由でハナズオ連合王国に行くのが嫌らしい。
なんでも、フリージア王国の使いだということと防衛戦の救出活動を覚えている民のせいで、入国してからすぐ民から物凄く注目されて歓迎されるとか。
目立つだけなら未だしも、人によっては凄くフレンドリーに接してくる民も多いらしく、ヴァル曰く「うぜぇ」らしい。…そのわりには、会う度にサーシス王国の民からお酒や食べ物を貰ったり奢ってもらっているみたいだけど。ケメトも「良い人ばかりです!」と言ってくれた。ただ、セフェクはヴァルと同じで未だ慣れないらしい。
ヴァル自身がセドリックとの接触を嫌がるので、セドリックが気を遣って、書状は直接ではなく衛兵に託しているとのことだった。時々、ランス国王やチャイネンシス王国のヨアン国王からも母上宛の書状も預かるのでその時はヴァルも流石に謁見の間まで行かないといけないけど、セドリックだけの時は城内に入ってすぐの衛兵とやり取りすることも増えたらしい。
お陰でそれからは手紙を託す時のヴァルの機嫌も比較的マシになった。三日前のヨアン国王の誕生祭にお祝いの品を贈った時にはチャイネンシス王国まで渡しに行ってもらった。…その時は国中がお祭り騒ぎだったから余計に民に絡まれたらしいけれど。ヴァル的にはチャイネンシス王国の民の方が自分に畏まってくるから余計に嫌だと。
ヨアン国王の誕生祭は私も行きたかったけれど、往復十日の関係で今回は母上とヴェスト叔父様と護衛の騎士団だけの訪問となってしまった。
まだ成人になるまで七ヶ月あるティアラは国外の社交界に出れないのは仕方ないけれど、成人の私と補佐のステイルが行けなかったのはヨアン国王の誕生祭の九日後に我が国で大事な祭日があるからだった。
特殊能力を使えば大人数での時間短縮移動も可能だけど、どうしても悪目立ちしてしまう為、必要最低限の母上とヴェスト叔父様の訪問だけとなった。それでもやっぱり王族専用の馬車でなるべく目立たない特殊能力を使っての移動になるけれど。そうしないと母上達が九日後の我が国の御祝いに間に合わないという大事故が起こる。…こういう時、本当に女王って大変だなぁと思う。
「因みに、セドリック王子とのやり取りは以前と変わらない内容で…?」
立ち入ったことを聞きますが。と遠慮気味にステイルに言われ、一度私はペンを止めた。
振り向けば、やっぱり真剣な眼差しを私に向けてくれている。ステイルには、セドリックと相談している内容も話していた。勿論、セドリックからの希望でもある。母上に話す前に、次期摂政であるステイルの意見も聞けたら、と望んでくれたので私からステイルに相談した。
ステイルの反応は、やはり前例がないせいか表情が険しかったけれど、それでも最終的には「…悪い話では、……ないと思います」と言ってくれた。それからは時々相談にも乗ってもらっている。……何故か大分不服そうだったけれど。
ステイルからの問いかけに、アーサーとカラム隊長もどうやら気になっている様子だった。
目だけがじっと私の方に向けられている。ティアラも少しはセドリックからの手紙内容が気になるのかステイルの言葉に小首を傾げて本から目を離していた。最近は誕生祭の催しの参考にとかで、ハナズオ連合王国のことも気になっているらしい。…でも、セドリックと手紙交換をする気はないと。
私とセドリックの手紙交換での話は最終的には私ではなく母上達に判断を仰いで国の代表同士の話し合いになるだろうけれど、もしめでたく公式に決まったら皆にもいち早く伝えたいなとも思う。
今のところセドリックからの話に私が詳しく質問を重ねまくっているだけの段階だし、お互い手探り状態なところもある。
「ええ。セドリックとお互いに話が纏まったら、正式に母上や皆にも話せると思うわ。」
それまで待っていてくれる?と三人にお願いすると、すぐに頷いて返してくれた。
何故か唯一知っている筈のステイルがまた少し難しい表情をして「正式…」と呟いていたけれど。やはり第一王女からの正式という言葉は次期摂政のステイルには大きいらしい。
「来週ステイルの誕生祭にも来てくれるらしいし、その時までには全部纏まっていると良いわね。」
苦笑しながら話す私に、何故かまたステイルの表情が曇った。曖昧すぎる目標期限に困惑させてしまったのだろうか。
来週には、ステイルの誕生日が控えている。
我が国にとって大事な祭日の一つだ。
その為にも母上とヴェスト叔父様は今大急ぎで我が国へ馬車で戻ってきてくれている最中だ。その為ヴェスト叔父様が不在の間、いまはジルベール宰相についているらしい。…すごく、喧嘩していないか心配になるけれど。少なくとも二人の口からは全く問題なしとのことだった。
ティアラの十六歳の誕生祭もあと少しだし、今年は特別なお祝いがあって嬉し…、……ッい、と思いたい。
そこまで考えた途端にペンを握る手に過剰な力が篭った。
ティアラの十六歳。つまりは嫁入り年齢‼︎相手が誰かは私も知らないけれどその御相手は確実にそこにも招かれている‼︎
実質的にはティアラの婚約者確定はもう一年後だけれど、それでもどうしても考えてしまうと辛い。
ティアラは私と違って他国の王族に嫁入りするのだから。
つまりは今のように毎日どころか年に数度も会えなくなる。今から寂しがっても身が持たないし、なるべく考えないようにしているけれどそれでもやっぱり何かあるごとに考えてしまう。…正直、物凄く寂しい。
そう考えると毎回、胸がぽっかり空いたような感覚と胸騒ぎのような違和感ばかりが立ち込めて最終的には泣きたくなる。今からこんなんじゃ来年には確実大号泣だ。いっそレオンと結婚してくれれば頻繁に会えるかもしれないのにと思うけど、…姉の元婚約者の国とは無理だろう。
ティアラは誕生祭の催し企画で忙しそうで、あまり気にしていない様子だし、ステイルも誰も変わらない。昔からずっと決まっていたことだし、今更どう言っても仕方ないことだ。………あれ。でもー…。
ふと、そこまで考えてペンが強く握られたまま全く進んでいなかったことに気がつく。
駄目だ、今から落ち込んでいる場合じゃない。折角ステイルが忙しい合間に来てくれているのに!と椅子に座り直して前を向く
コンコンッ
…と、ノックの音が飛び込んできて私は再び椅子から振り返ることになる。
返事をすれば扉の向こうから「失礼致します、プライド様。近衛騎士交代に伺いました。」とアラン隊長の声が聞こえてきた。
近衛兵のジャックが開けてくれた扉からアラン隊長とエリック副隊長が入ってきてくれた。時計を見れば確かにもう交代の時間だ。挨拶と引継ぎを交わしたアーサーとカラム隊長が、それではまた明日宜しく御願いしますと私達に頭を下げてくれた。
すると、ステイルが「お待ち下さい」と引き止める。
「アーサー、この後は確か休息時間だったな。今から手合わせに付き合え。」
パシンッと、自分の手の平に拳を叩きつけながらステイルがアーサーに言い放った。…何やら黒い気配が立ち込めている。
ステイルも誕生祭が近づいていろいろと緊張とかストレスが溜まっているのだろうか。アーサーが若干引き気味に合意すると、ステイルが笑顔で私達に挨拶をしてくれた。私もまだ返事が書き終わりそうにないし、待たせるよりその方が良いかもしれない。ステイルの貴重な休息時間は有効活用して欲しい。
そうしてステイルとアーサー、そしてカラム隊長が出て行ってから再び今度こそ私はペンを走らせた。
セドリックの書状の返事。これだけはなるべく早く返答しないと。ヴァル達にも今晩には取りに来るように御願いしたから時間がない。ヴァルは命令した以上、それまでは絶対来ない代わりに期限になれば絶対に何が何でもやって来る。
我が国の未来の為にも、第一王女としてちゃんと話を纏めなければ。




