そして贈与する。
「ハナズオ連合王国、サーシスが国王ランスとチャイネンシス王国が国王ヨアンが参った。…我が弟を迎えに、そしてプライド第一王女殿下、ステイル第一王子殿下、ティアラ第二王女殿下に挨拶に伺った。」
ランス国王だ。
どうやら母上との話が終わったらしい。その声を聞いた途端、セドリックがすぐにソファーから立ち上がった。
私が言葉を返せば衛兵が扉を開け、ランス国王とヨアン国王が客間に入ってきてくれた。そこで気が付いてヴァル達の方を振り向くと、既にケメトとセフェクと一緒に砂の壁に引きこもっていた。完全に客間にはそぐわない壁だけど、まぁ隠れられればなんでも良いのだろう。
入ってすぐ挨拶をしてくれたランス国王とヨアン国王に歩み寄りながら「思ったよりも遅かったな」とセドリックが声を掛けた。それに対してランス国王が無言で難しい顔をすると、セドリックが「どうした?」と不思議そうに首を捻る。ヨアン国王が眉を垂らしながら笑ってランス国王の肩に手を置いた。
「セドリックがまたプライド様方に不敬をしていないか心配していたんだよ。」
ね、ランス。とヨアン国王がクスクス笑うと、セドリックの顔が「なっ⁈」と一気に赤くなった。
「もう二度とそのようなことをするものか‼︎‼︎」
怒ったように声を上げるセドリックが、すぐにハッとなって私達へ振り返った。失礼致しました…と、顔を赤くしながら頭を下げてくれるセドリックを見て、また私が笑ってしまう。
そういえば結局殆どセドリックはティアラと会話できてない気がするけれど大丈夫なのだろうか。それとも婚約者候補の話が出て早々と諦め…、…てるようには見えないのだけれど。
ただ、完全にセドリックに対して変わらず…むしろ以前にも増して塩対応のティアラを見るともうセドリックへの気持ちは無いという意思表示にも見えてしまう。今もステイルの陰に下がったティアラは、セドリックどころか国王二人や私達からも見えないくらいに顔を隠してしまっていた。それに気付いた国王二人も何やら苦笑のような複雑そうな表情を浮かべている。
ランス国王が咳払いをすると「セドリックがまたご迷惑をお掛けしませんでしたか」と気を取り直すように改めて聞いてくれた。
「いいえ、お陰で楽しく過ごせました。外までお送り致しますわ。」
少し笑ってしまいながらそう答えた後、私は早速三人を客間の外へと促した。ヴァル達に気づかれたら色々大変だし、それにさっきセドリックにも話したあの薔薇のお裾分けもしたかった。ジルベール宰相もまだ来るのに時間がかかりそうだし、玄関までなら問題もないだろう。
広間に出ながら薔薇の説明をすると、ランス国王が「あの薔薇はアネモネ王国からの品でしたか」と興味深そうに返してくれた。ヨアン国王も「玄関から入った途端に美しい光景に圧倒されました」と微笑んでくれた。
「良かったら何本かお二人にも。私にとって大事な同盟国の国王陛下ですもの。」
セドリックも是非、と私から勧めると二人とも恭しく御礼を言ってくれた。
私の傍に控えてくれているステイルも「もういくつか花束も出来上がっている頃でしょう」と笑顔で言ってくれる。…何故か、その背後にくっついたティアラは俯いたまま無言だったけれど。いつもなら声を跳ねさせてくれるのにどうしたのだろう。金色の波立つ髪に隠れて顔が全く見えない。
失礼ながらセドリックが何かしたのかなと一瞬疑ってしまったけれど、セドリックもまた気づいたらしく心配そうに何度もちらちらとティアラへ振り返っていた。そのまま意を決するように口を一度引き絞ってから「…ッ失礼致します。ティアラ第二王女殿下、もしや御気分でも害されたのでは」と声を掛けていたけれど「ッなんでもありません!少し疲れただけですからっ!」と秒速で返されていた。肩を跳ねさせてうさぎのように跳んだティアラはセドリックから離れるように、ステイルの服にしがみついていた。
驚くほどの拒絶っぷりにセドリックが少しショックを受けたような表情をして固まってしまった。
セドリックが何かやらかしたと思ったのかランス国王とヨアン国王も片手で顔や口を覆ったまま俯いてしまった。誤解だと意味も込めて私から二人に謝ると「いえ…とんでもありません…」とランス国王とヨアン国王が殆ど同時に同じ言葉を返してくれた。…またセドリックが後で怒られなければ良いのだけれど。
玄関から広間に辿り着くと、既にマリーと庭師達がいくつもの薔薇の花束を作ってくれていた。持ち運べるように小さく剪定してくれたものもあり、これなら根っこごと手軽に持って帰れそうだとほっとする。
薔薇の色が変わるのも見せたかったので、私からまた一本ずつ切ってランス国王、ヨアン国王、セドリックに手渡した。
…意外に一番驚いていたのがランス国王だった。
花束になっている薔薇が赤いのに既に首を捻っていたけれど、私から受け取った途端に赤くなると「おおっ⁈」と声を漏らしながら一瞬顔まで反らしていた。セドリックはさっき説明を聞いたから知っていたし、ヨアン国王は赤と青の薔薇を見て予想はできていたらしいけれど、薔薇よりもランス国王の反応に二人とも凄く笑っていた。
ヨアン国王はもともと薔薇とかが好きだったらしく、間近で色が変わるのを見て嬉しそうに微笑んでくれた。「綺麗ですね」と呟いた時の柔らかい笑い方が一瞬女性かと思うくらい美人だった。
セドリックも流石話を聞いていた時から楽しみにしていただけあって、もう私が渡す前から目をキラキラさせていた。指を離して薔薇の色が変わる瞬間まで、瞬き一つすらしないで薔薇を凝視していた。「気に入ったなら良かったわ」と伝えると「まるで魔法だな」と言いながら真っ赤になった薔薇をじっと見つめていた。途中からは何か考えるように顎に指を添えて少し眉を寄せ出した。どうしたのかと思えば、ふいにその視線が別方向へと投げられた。……ステイルの背後に隠れた、ティアラに。
ティアラが背中に隠れているから守ろうとしてくれているのか、笑顔でセドリックを見つめ返したステイルの眼差しが若干鋭い。セドリックもそれに気付き、すぐに目を逸らしてしまった。…さっきまでは仲良い感じだったのに。やはりステイルにはセドリックの恋心もバレてしまっているのだろうか。
…それにしても。
「…………ティアラに渡したかった?」
「っっ!!」
セドリックにだけ聞こえるようにそう囁けば、分かりやすく彼の顔が火照った。…だろうと思った。
私を真っ直ぐに見つめ返してきたセドリックに、今度は声にも出さず口の動きだけで「渡すぐらいなら良いんじゃないの?」と告げたけど、セドリックは口を引き絞ったまま首を小さく横に振って余計に顔が火照り出した。どうやら、渡すどころかまだ直接話すのも無理そうだ。…私にはもっと凄まじい不敬をしたというのに。
喉の手前までその言葉が出かかったけれど、言ったらまたセドリックが羞恥で死にかけるのが目に見えているので我慢する。本当にアレは無知ゆえの無謀だったんだなぁといっそ感慨にふけってしまう。
結局、ティアラはずっとステイルの背中から出てこないし、更には妹大好きのステイルが守護していたので渡すまでには至らず、セドリックは肩を落として帰ることになった。…不憫。
まぁ、この薔薇自体は我が城の庭園でもいくらか育てる予定だし、これから先我が国に来るつもりなら今回以外にも機会はあるだろう。
せめて婚約者確定前に渡せれば良いのだけれど。もしティアラが婚約者候補を確定させたら、もう薔薇を渡すなんて行為はとてもできないだろう。
「この度は御招き頂きありがとうございました。また是非我が国での式典にもおいで下さい。」
「プライド第一王女殿下、またお会いできるのを楽しみにしております。」
ランス国王とヨアン国王が順々に私に手を差し伸べて挨拶をしてくれる。セドリックも二人の背後に並び、ステイルやそしてティアラにも挨拶をしてくれた。
ずっとステイルの背後に隠れていたティアラだけど、流石に挨拶の時はちゃんと前に出てきてくれた。最後にセドリックが待ち構えているせいか、ランス国王と挨拶を交わした時から既に様子が色々ぎこちなかったけれど、それでも笑顔でちゃんと握手を交わしてくれた。流石我が国の第二王女。…セドリックの時はやっぱりツンとして怒ったままだったけれど。
最後に三人に庭師達が作ってくれた薔薇の花束も贈ったら、喜んで受け取ってくれた。ランス国王も凄く気に入ったらしく「是非我が国からもレオン王子に輸入を願おう」と話していた。
そして、本当に別れる最後の最後。
やっとセドリックが意を決したかのように口を開いた。
「プライド、ステイル王子殿下、………ッティアラ。また会えるのを…楽しみにしている。」
…とうとうティアラに向けて、敬語を脱して。
顔がまた真っ赤になっていたセドリックは、それでも限界だったように額に汗まで滴らせていた。
ランス国王とヨアン国王もセドリックの精一杯には気がついたらしく、仄かに笑いながら最後に三人で頭を下げてくれた。
馬車に乗り、庭園の向こうへと去っていく王族三人を見送っていると、ティアラがそっと私の隣に並んで手を握ってきた。ぎゅっ…といつもより少し力強い手に、俯き気味のティアラの顔を覗き込むと珍しく眉間に皺を寄せていた。
怒っているのか、それとも以前別れ際にされたセドリックの誓いを思い出して恥ずかしくなったのか。
ただ、最後に私へ小さく呟いた「私、…あの人きらいです」の一言が心なしかいつもより少しだけ優しかった。
……
「…セドリック。お前はティアラ第二王女に今度は何をした?」
馬車に揺られながらランスは低い声で訊ねる。
それを聞かれた途端、セドリックは不貞腐れるように窓の外へ顔を逸らした。
「何もしていない。…………何も、できなかった。」
ぽつり、と呟きセドリックの言葉は俄かに沈んでいた。そのまま頬杖を突いて背中を丸めるセドリックに、ヨアンは小さく笑った。ランスの向かいの席に座っていた彼は、斜め前のセドリックへ手を伸ばし、その金色の髪を優しく撫でた。
「我慢した、ということかい?」
「…違う。俺が怖気づいただけだ。本当ならばあの場で薔薇を捧げたかった。」
だが、できなかった。と呟くセドリックは薔薇を握る手に少し力を込めた。
棘が刺さるよ、とヨアンに声をかけられ意識的に力を抜く。
「……………ティアラ、への…恋敵に勝てる気がしない。」
ゲフッ!ゴホ!と、セドリックの言葉に国王二人が咳き込んだ。特にランスは咽せたらしく、細かくその後も何度か咳き込み続けた。やっと落ち着き「こっ…婚約者候補のことか…⁈」と尋ねるが、セドリックは答えなかった。代わりに深い溜息だけがその口から放たれる。
レオン・アドニス・コロナリア第一王子
ステイル・ロイヤル・アイビー第一王子
自分よりも遥かに優れ、フリージア王国の信頼も厚く、防衛戦でもその指揮能力やその凄まじき国力を見せつけたアネモネ王国のレオン。彼はティアラを褒め、更には彼女を婚約者として望ましいようなことも話していた。
そして幼い頃からティアラと共に過ごし、彼女にとって最も身近な男性でもあるステイル。そして優秀な次期摂政。ティアラが何度もステイルの背中に隠れ、躊躇いなくその背を頼るその姿はまるで恋人同士のようだった。防衛戦の前後でも二人の仲睦まじい姿を何度も目にしていた。
…レオン王子ならば隣国としての結び付きとしても申し分ないだろう。
窓の外に想いを馳せながら、セドリックは考える。もしティアラがレオンを愛していれば自身の入る余地など何処にもないことも理解する。
……だが、もしステイル王子を愛しているのならば。…ティアラは。
フリージア王国の第二王女。その事実を思い出し、セドリックの胸は痛んだ。目を瞑り、ひたすらにティアラの事だけを考える。
自分がその目にしてきたティアラの姿を一つひとつを頭に巡らせ、…ある一つの言葉とその時の姿を鮮明に思い出す。
「……やはり、俺のすることは変わらんな。」
…あの二人の王子、どちらかを彼女が望んだとしても。
馬車内で続く兄達の問い掛けを聞き流しながら、セドリックは一人口の中だけで呟いた。




