379.疎まれ王女は頼まれ、
「それで、…本当に大丈夫なのかヴァル殿は。」
俺がまた余計なことを言ったのでは、と心配そうにセドリックが部屋の隅で項垂れているヴァルに目を向けた。
ケメト無しで砂を操れたヴァルについて、取り敢えず現状を把握しないといけないということでステイルがジルベール宰相を呼ぶことにした。当時ケメトの特殊能力に気づいたのはジルベール宰相だし、まずは意見を聞いた方が良いだろう。そのため、折角帰る気満々だったヴァルには悪いけどもう暫く待ってもらうことにした。取り敢えずはセドリックが帰って、更にジルベール宰相が来るまでは。
「大丈夫よ、ここまで薔薇を大量に運んでくれたから少し疲れただけ。」
気にしないで良いわ、とセドリックに言えば少しまだ気になる様子ではあったけれど取り敢えずは承知してくれた。そのまま私がソファーを勧めれば素直に腰掛けてくれた。
嘘ではない。実際運んでくれた後だし、レオンのところでタダ酒を飲んだということは恐らく夜更かしもしたのだろう。レオンも大体次期国王としての勉強とか貿易で毎回遅くなるって話していたし、それから飲んだのなら確実に二人が呑み終わったのは深夜か明け方だ。
「そう言えばあの薔薇は…?青い薔薇など初めて見たが。」
私の言葉でセドリックが私達の薔薇に目をやった。「しかも色を変えるのか」と呟くとすごく興味深そうに薔薇へ釘付けになった。確かゲームでもセドリックとアーサーだけは青い薔薇の逸話も何も知らなくてティアラに教えてもらっていた気がする。
気に入ったなら何本かいる?と聞くと、一気にその目が輝いた。「良いのか⁈」と子どもみたいな笑顔で言ってくるのでつい笑ってしまう。
「アネモネ王国でこれから輸出する予定らしいわ。たくさん貰ったから、多めでも構わないわ。」
流石に苗ごとは無理だけれど、と思いながら伝えるとセドリックは「いや、それは」と首を横に振った。流石に馬車に積むにも邪魔だろうかと思ったら意外な返答が返ってきた。
「アネモネ王国で輸出する品ならばきっとこれからの資金源にもなりえる品だ。レオン王子殿下から直接頂けたら重宝するが、フリージア王国へ…プライドへの贈物ならば我が国へ栽培可能の状態では持ち帰るつもりはない。その薔薇は同盟国であるフリージア王国だからこそレオン王子は贈ったのだから。」
それくらいならば心得ている、と告げたセドリックの至極まともな返事に虚をつかれる。本当にそういうところはしっかりしたものだと感心してしまう。やはりマナー以外も色々勉強してきたようだ。ランス国王とヨアン国王もきっと嬉しい限りだろうとそこまで考えてから、ふと気づく。
「そういえばセドリック。今日は何故ここに?国王陛下方は御一緒じゃないの?」
入ってきた途端にゴタゴタあり過ぎて忘れていた。元はと言えば、何故ハナズオ連合王国だけまだ帰っていなかったのか。
セドリックは私の言葉に思い出したように目を見開くと「ああ!」と声を上げた。
「兄貴と兄さんならば、女王陛下と今後の貿易について会談中だ。やはり片道十日では遠すぎるからな、これからも暫くは訪れる度に話し合いの場を設けることになりそうだ。」
なるほど。そしてその間一人暇になったから来たということだ。…いや、単に一目でもティアラに会いたかっただけか。
セドリックがそう言いながら小さく眼差しをティアラに向けた。その途端、ティアラは素早くステイルの背後に顔ごと隠れてしまったけれど。それを確認したセドリックは何やら落ち込んだように肩を落とした。…何だか不憫だ。
「…だが、…俺としても丁度良かった。実は折り入ってプライド、お前に頼みがある。」
改まったように私に言うセドリックは、真っ直ぐ私を見た。迷いない瞳の焔が燃え、そこには強い意志を感じさせた。
何だろうか、と私が次の言葉を待つとセドリックは一度ステイルとその背後のティアラへ目を向けて少し顔を赤らめた。でもすぐに気を取り直すように首を短く数度振ると、改めて口を開いた。
「お前と、書状のやり取りをさせて頂きたい。」
…書状?
つまりは文通ということだろうか。少し驚いて言葉をオウム返しする私にセドリックは深く頷いた。何故、ティアラではなく私に向けてなのだろう。ティアラとならば文通したいというのも納得なのだけれど。
私が疑問に思う間もセドリックは「第一王女であるお前への書状は日々星の数はあるだろうと理解もしている。だからこそやはり前もってお前に許しを請いたいと思った」と言ってくれた。わざわざ手紙を出すのに直接許可を取りにくるとは。本当に礼儀のいろはから勉強しちゃったらしい。
「別に構わないけれど…。………私で、良ければ。」
ステイル達に見えないように身体の角度を変えながら目でセドリックにティアラの方を指す。
それでも何故かステイルやアーサーの方から何やら息を飲む音が聞こえた。セドリックには貴方が文通したいのはあっちでしょう?という意図が伝わったらしく、小さく俯いたその顔がまた赤くなった。
それでも堪えるように一度喉を鳴らすと「ああ」と返事をしてくれた。
「プライド第一王女殿下。貴方だからこそ、だ。…ここで話すには少し憚られる。書状できちんと俺の意志を伝え、相談したい。」
一体何だろう。客間には私達しかいないのに、それでも口では言えないことなんて。
少しまた言葉が整ってきたセドリックに取り敢えず了承すると、ほっとしたように息を吐いて「感謝する」と言ってくれた。
「フリージア王国にとっても、悪くない話だと…俺は考えている。書状は帰国後に追って送る。どうか宜しく頼む。そして、ステイル第一王子殿下。」
ふいに話題が私からステイルに振られる。ステイルの方を向くと、突然話題を振られたことに驚いたのか目を俄かに丸くしていた。はい、と一言返事をするステイルは真っ直ぐにセドリックへ向き直る。
「次期摂政である貴方にも、…やはりご迷惑をお掛けすることになるかもしれません。ですが、…どうか書状を確認後は前向きに検討を願いたい。」
この通りです、とそう言って礼儀正しく頭を下げたセドリックにステイルは今度こそ完全に目を見開いた。
一瞬何か怖い気配はしたけれど、その場のセドリックに笑みを向けると「わかりました」と答えてくれた。…気になってアーサーの方に振り向くとステイルに向けて若干肩が強張っていた。
そのまま流れるようにセドリックが「よ…宜しければ、ティアラ第二王女殿下」と勇気を振り絞って言ったけれど「結構です‼︎」と途中で叩き切られてしまった。そうですか、とあっさり引いたセドリックだけどすごく声が萎んでいた。
気を取り直そうと私からも何とか話を続けるべく声を出す。
「ええと…、…!そうだわ。書状のやり取りならヴァルにお願いしましょう。彼ならすぐに書状の返答を届けてくれるから。」
私の言葉に部屋の隅にいたヴァルが「アァ⁈」と再び怒声を上げた。「俺はその馬鹿王子と関わるのだけは御免だ‼︎」と荒げるけれど、セドリックは全く気にしないようにむしろ嬉々としてヴァルに目を向けていた。
「そういえば、先程〝配達人〟と話していたな。防衛戦でも凄まじい速さで救助や搬送を行なっていたと聞いたが、…詳しく聞かせて貰えるか?」
そう言って再び私に向けてソファーに座り直すセドリックは前のめりになって完全に聞く体勢になってしまった。…ゲームでも確か、博識なティアラに色々自分の知識外のことを教えてくれと望むシーンがあったけど。薔薇の逸話もそうだけど、今まで読んだ本の物語とか遠い国の話とか思い出話とか。
確かに配達人は我が国特有の機関だし、気になるのは当然だろう。私が簡単に配達人について説明し始めるとステイルが自ら「宜しければ僕が詳細に説明を」と前に出てくれた。聞かれたのは私だし別によいのに、と顔を向けたら「昨日も関連したことをセドリック王子にお話ししましたから」と笑みを向けてくれた。そういえば昨日もわりと話し込んでいたし、実は少し仲良くなっているのだろうか。
「感謝します、ステイル第一王子殿下。昨晩の誕生祭に続き、お話し頂けて嬉しく思います。」
いえ、とんでもありません。とセドリックに笑顔で答えるステイルが詳しくヴァル達の仕事について説明を始めてくれる。
セドリックもやはり自分の知らないことに関しては特に興味があるらしく、暫くはそのままステイルとの話が続いていた。わりとセドリックはステイルには懐いてる気がする。自分より頭の良い人間なんてきっと今までは会ったこともないだろうし。しかも一応ステイルもセドリックの才能については知っている。仲良くなってくれれば私としては嬉しい。確かゲームではー…、……嗚呼、なんかすごくセドリックの方が嫌われていた気がする。可愛い妹のティアラの婚約者として現れたのだから当然だろうけれど。しかも後からティアラの命を狙っていたことまで判明するのだから余計にだ。…まぁ、セドリックルートでは最終的にはティアラの幸せを想って二人を応援してくれたけれど。
セドリックへの説明をステイルに任せて、少し私はソファーの背もたれに身を委ねる。すると、思い出したようにセフェクとケメトが「あ!」声を上げて、わざわざ私のところまで駆け寄ってきてくれた。
「主!御誕生日おめでとうございます!」
「十八歳の御誕生日おめでとうございます!今後もケメトとヴァルを宜しくお願いします!」
どうやらさっきのステイルの言葉で私の誕生日だったことを思い出してくれたらしい。
多分レオンに薔薇を任された時から知っていたのだろうけれど。嬉しくなってソファーから身体を起こしながら二人にお礼を言うと、今度は視界の端で壁に寄りかかっていたヴァルが身体を起こした。
「…そういやぁ主。婚約者候補ってのは誰だ。」
っっっっっちょ…‼︎⁉︎
突然ヴァルから投げられた爆弾に思わず肩が上下する。何故そんな気軽にとんでもない話題を暴投するのか‼︎
顔を上げ、席から立ち上がって見ればヴァルは欠伸交じりに「なんだ」と返してきた。なんだはこっちの台詞なのに‼︎
ケメトとセフェクも知っていたらしく「あ、そうだ!」といった顔でお互いに見合わせた。
するとヴァルは狼狽える私の反応が愉快だったのか、さっきまで不機嫌でぐったりしていた表情が生き生きと蘇り「姉妹揃ってやるじゃねぇか」と嫌な笑いを見せつけてきた。情報源はレオンか、いやそうでなくても昨日の発表から既に国中に広められているのだろうけれど!
「婚約候補者三人、ねぇ。男を同時にはべらすなんざ流石だな主。」
にやにやと私を試すような笑みを向けてくるヴァルは完全に私をからかっている。
唇にぐっと力を込めながらヴァルを睨めば、余計にその笑みを強めるだけだった。両脇で薔薇を握るセフェクとケメトが私の返答を待つように目をぱちくりさせてる。皆の視線が気になって小さく見回せば、ティアラも思い出したように顔が赤くなったし、ステイルもヴァルにではなく私に見開いた目で視線を注いでる。アーサーやエリック副隊長もやっぱり気になっていたのか若干顔を赤くして、私と目が合った途端に逸らしてしまった。セドリックまですごく気になるように無言で瞳の焔を燃やしているし!
「っっ……こ、婚約者候補については、他言はできません。ティアラすら私の婚約者候補は知りませんし、私もティアラの婚約者候補は知りません。父上と母上、摂政のヴェスト叔父様しか知り得ない、最重要機密事項ですから。」
ヴァルに向けながら、皆にも伝えるべくはっきりと声を張る。言いながら自分でも次第に顔が熱くなってくるのがわかる。絶対いま額を拭ったら手のひらが湿るだろう。
私の言葉に皆は諦めてくれるように、肩の力を抜いて小さく頷いてくれたけれどヴァルは私の反応が楽しいらしくまだニヤニヤが止まらない。「俺達が知ってる奴か」「なら王女サマのは」「レオンか」「どこぞの王子か」と一つひとつ私の顔色を見ながら聞いてくる。私が「言えません」の一点張りにしながら更に体温が上昇して眉がピクピク動くのを楽しんでいる。
遊ばれてばかりで腹が立って「本気で誰か知りたいと思っていますか」と強めの口調で質問返しすれば「いや誰でも変わらねぇな」とさらりと答えてまた笑い出した。本当に何故こうも人をからかうのか!しかも契約で彼が本心でそう言ってるのがわかるから余計に怒りで鼻の穴が膨らんだ。
「俺は誰でも良いが、他の野郎共はそうでもないようなんでなぁ?」
ケラケラと笑いながらヴァルは部屋にいる私とティアラ以外の全員を顎で指した。
しかもそれに関して誰からも抗議も否定の声もない。結果として私の方が全員から目を逸らされるのでまるで私が悪いことをしたような気分になってしまう。セドリックまで、やはりティアラの婚約者候補が正直気になるらしく俯いて唇をぎゅっと結ぶと顔を紅潮させていった。そんな顔されても私だって知らないんだから‼︎
婚約者候補の話はティアラと一緒に聞いたけれど、その時の候補者のリストは私とティアラで分けられていたし、選んだ時も紙面を伏せて母上達に示した。ティアラは何も言わなかったし、私からも母上に一つだけ確認したら後は何も聞いていない。
「主が二度目の婚約とはなぁ。今度は逃げられねぇようにせいぜい気をつけるんだな。」
私に夜逃げの勧誘をした張本人が何を言うか‼︎
そう怒鳴りたい気持ちをぐっと抑えて睨めば、口端を片方だけ引き上げた笑みで返された。絶対この人わかって言ってる‼︎
私の目の前にいるセドリックが「…二度目…⁇」と呟いたから振り向けば、なんでもないと焦ったよう首を振られてしまった。そういえばセドリックは私の以前の婚約については知らないのだろうか。…まぁ、あまり大っぴらに話せることでもないけれど。その時
トントン。
突然、ノックの音が飛び込んできた。ジルベール宰相だろうか。返事をすれば聞き覚えのある声が扉の向こうから返って来た。
「ハナズオ連合王国、サーシスが国王ランスとチャイネンシス王国が国王ヨアンが参った。…我が弟を迎えに、そしてプライド第一王女殿下、ステイル第一王子殿下、ティアラ第二王女殿下に挨拶に伺った。」




