378.疎まれ王女は言葉にならない。
「ッその件に関して、まことに申し訳ありません…‼︎」
…客間の扉が閉じられた途端。
セドリックが深々と私達へと頭を下げた。真っ赤に火照りきった顔での謝罪に、ヴァルが気味悪そうに眉を寄せていた。契約でまだ言葉が出ないらしく、無言でセフェク、ケメトと並んで言葉の代わりに全身で拒絶を示していた。「これ以上近づくな」と言わんばかりに壁際まで引いて、荷袋の中の砂が自分とセドリックの間に線を引くように波打っている。
「あの時の…に、関して、貴殿ら宛ての料理だったとはつゆ知らず…!プライド第一王女殿下へも多大なご迷惑をお掛け致しました…!王族として恥じるべき行動であったとは理解しております…‼︎」
話しながらも、セドリックの瞳の焔がぐるぐると渦を巻いていた。息も荒いし大分死にそうになってる。
エリック副隊長もセドリックのこの姿には目を丸くして上体を僅かに反らしていた。アーサーとステイルは当時の俺様セドリックと比べて結構驚くと思ったけれど何とも言えない表情で口を開けたままではあるものの、セドリックの謝罪姿にそこまで驚いてはいなかった。
ティアラはセドリックから離れた私の背後に移っていて、顔だけ振り返って見ればセドリックを頬を膨らましたまま睨みつけていた。…ティアラもやっぱりまだ怒っている。まぁ謝られたのと許したのは全く別問題だから仕方ない。
「ええと、セドリック。…取り敢えずもうこの際だから説明するわね。」
人目のない客間に移動した途端に、がっつり王族どころか騎士でもないヴァルに頭を下げたセドリックへ私も諦めて声を掛ける。私の方に顔を向けた途端にティアラが視界に入ったセドリックが更に顔を赤くした。
「先ず、あの時の料理とクッキーだけどアレ自体はヴァル宛てではなくて」
「ッあ、姉君…!……その、取り敢えずヴァルが怒っている経緯の説明だけで宜しいのではないでしょうか。〝料理やクッキーが誰宛だったかは、姉君のプライベートな話ですし〟」
慌てたように声を上げたステイルが笑顔で提案してくれる。どうやらクッキーがステイル宛だったことは言われたくないらしい。小さく目だけで背後に控えるアーサーを見れば、力一杯唇を引き絞った状態で小さくそして何度も頷いていた。…アーサーも黙っておいて欲しいらしい。
二人が嫌ならしかたない。私は掻い摘んで、あの後に作るつもりだった菓子にヴァル達宛も混ざっていたことについてだけ説明した。それだけでも私の話を大人しく聞いていたセドリックの顔色が段々と血の気が引いて蒼白になっていったので、確かにステイルとアーサーも話はしなくて良かったかもしれない。今の彼にそんなことを言ったら卒倒しそうだ。
私と一緒にティアラがステイルやアーサーに作っていたなんて知ったら今度はヘコむかヤキモチを焼きそうだけど。……あれ?そういえばさっきステイルがティアラの義兄か確認してたのは
「重ね重ねっ…申し訳ありません…‼︎‼︎」
ああぁぁああッ…と頭が痛そうに抱えながらセドリックが声を上げた。
勢いよく謝罪するセドリックに何だか苦笑いしてしまう。また彼の黒歴史項目が増えてしまったらしい。記憶能力が凄まじいのも苦労するなとしみじみ思う。ヴァル達の反応はどうかと思えば、セフェクとケメトはもう怒ってないのか、それともセドリックへの興味が薄れたのかずっと無言のヴァルだけを見上げていた。
「……………………。」
ヴァルは完全に不快そうな顔をしてセドリックを睨んでた。
顔も引き攣っているし、王子相手にまるで未確認生物を発見したような表情を浮かべている。私の視線に気がついたのか、指で自分の口を指して私に命令を解けと望んできた。またとんでもないことをしないか心配になったけれど、今はそれよりヴァルが何か言わないと話が進まなそうだった。
ヴァルに発言を許可すると、ッハァ…と息を吐き出したヴァルが短く「うぜぇ」と吐き捨てた。そのまま野良犬でも追い払うように手をセドリックに向けて払う。
「謝られたところで知ったこっちゃねぇんだ。俺に関わるな、近寄るな、テメェと縁なんざ微塵もねぇ。」
本当に嫌っっっそうにセドリックを見ながら言うヴァルの顔が不快いっぱいに歪んでいた。
相当関わるのが嫌らしい。てっきり半殺しにさせろとか言うと思ったけれど、それより王族であるセドリックと関わること自体を避けたくなったらしい。
ヴァルからの言葉にセドリックは「…わかりました」と萎れた声で答えた。結構落ち込んでいるけれど、ヴァルはセドリックじゃなくても王族と騎士相手には大体こんな感じだと後で教えてあげるべきだろうか。
「…プライド。ところで、さっきの契約というのは。」
許されないまでもちゃんと謝れたことで少し落ち着いたのか、セドリックが私に歩み寄ると声を潜めて尋ねてきた。
広間での私のさっきの発言が引っかかっているらしい。今はセフェクとケメトの目もあるし詳しくは言えないから、彼の耳元で簡単にヴァルが私との契約で人に絶対不敬も害も出せないことを伝えた。隷属の契約のことまでは説明できてないから、少し目をパチクリさせてたけれど「しかし」とセドリックは口を開いた。
「我が国の民を救ってくれた彼がプライドからの好意を台無しにした俺へあらたまる必要などないだろう。俺には無効にしてくれ。」
なっ⁈と、私達より先にヴァルが声を上げた。
顔を嫌そうに再び歪めながら「俺と関わるなって聞いてなかったのか馬鹿王子!」と声を荒らげた。確かに、関わらないならわざわざ無効にする必要もない。
でもセドリックは「解かれたらこの場で殴ってくれても構わない」とはっきり言い返した。…それに対してヴァルが一瞬抗議を止めたのが凄い不吉だ。彼なら絶対躊躇いなく殴ると断言できる。しかもセドリックのその発言に若干ステイルとアーサーまで目の色変えてるし‼︎まさか殴られるセドリックを期待しているのだろうか。そこまで物理に訴えなくても‼︎
「私は…良いと思いますっ。レオン王子に対してもある程度はお姉様も許可していますし。」
ティアラ⁈‼︎
まさかのさっきまで会話に参加してこなかったティアラまで加わってきた。その声が聞こえた途端にセドリックの肩が少し上下したけれど、顔を逸らしてなんとか赤面は堪えていた。
最終的に考え抜いた結果、それでセドリックの気が済むのならばとヴァルにセドリックへの不敬及びに怪我させない程度の、まぁ例えるなら突き飛ばすとかタンコブできない程度に叩くとか胸ぐら掴む程度は許可することにした。流石に人前では問題になるので、私達以外の前ではやらないようにと条件付きで。…そんなレアな状況、なかなか限定されると思うけど。
「…おい、主。用が終わったんなら俺達は帰るぜ。今回の書状は良いんだな?」
大分げんなりしたヴァルの声に振り向けば、ケメトの頭に触れて荷袋の中に砂を収納した。離したその手で頭をガシガシと掻くと、もう帰ると言わんばかりに荷袋を持ち直していた。ケメトとセフェクもヴァルに合わせるように立ち上がると赤と青の五本の薔薇をそれぞれ両手で握りながら「薔薇ありがとうございました!」「大事にします!」と声を掛けてくれた。
「ええ、今回は大丈夫です。また次の配達の時にお願いします。ケメト、セフェクもまたね。」
なんだかんだ薔薇を届けに来てくれただけなのに長居させてしまった。少し悪かったなと思いながら扉の道を譲
「ケメト?セフェク⁇……そんな歳には見えないが。」
バッ‼︎と。
セドリックの言葉に凄まじい勢いで振り向いたのはヴァルだった。驚愕に目を見開いたまま、平然と首を捻るセドリックを凝視している。セフェクとケメトも驚いたらしく目を丸くしてセドリックとヴァルを見比べていた。
「…?ああ、もしやヴァル殿はあちらの民か?確かに容姿もよく当てはまる。俺もお会いするのは初めてだが、…££££££££££££££?」
…何やら途中から謎の言語をセドリックがヴァルへ話し始めた。
物凄く当然のような顔で話すから一瞬バグでも発生したのかと思った。私も聞いたことない言語だ。ステイルもわからないらしく眉を寄せている。ヴァルは、と思って見たけどヴァルもわかんないらしく顔を険しくしたままセドリックを睨みつけていた。ただ、その鋭い眼だけは驚愕に開いたままだ。
セドリックもヴァルの反応を逆に不思議そうに「発音が違ったか?」と聞きながら、今度は少し考えるように顎に指を添えて一度だけ眉間に皺を寄せた。私が驚きながら、セフェクもケメトも二人の名前だと教えると少し目を丸くした後に「失礼した」と二人に謝った。
「…なるほど数字の名か。意外だが良いな。きっと何か記念すべき、意味ある数字なのでは」
「だあああああああああああああああッッ‼︎‼︎黙れクソガキ‼︎‼︎」
ヴァルが突然絶叫したかと思えば、同時に荷袋の砂が蛇のように飛び出した。
セドリックに向けて飛んだと思えば砂が一瞬でセドリックの口を覆って塞いだ。ぜぇ、ぜぇとヴァルが凄まじく動揺したように息を切らしている。…気のせいか、褐色肌の顔が赤い気がする。口だけピンポイントに砂で覆われたセドリックは一応息はできるらしく、最初は目を丸くしたけれどその後は珍しそうに口元を指先で叩いた。早速、許可を降ろした権利をセドリックに振るっているヴァルに本当なら何か言うべきだったのだけれど、何も言えなかった。というか
言葉が、出なかった。
目を疑ったまま、茫然とヴァルを見る。アーサーもステイルも、私と同じように口をあんぐり開けたまま固まっていた。
ティアラとエリック副隊長は寧ろ私達の反応を不思議そうに見ていたけれど、この場で説明することはできなかった。だって、それより今は。
「ヴァル…。」
何とか、開いたままの口を必死に意識して動かしてヴァルを呼ぶ。アァ⁈と機嫌最悪のヴァルが私の方を向き「関係ねぇから聞くんじゃねぇ‼︎」と声を荒らげたけれど、無関係なわけ無いし聞かないわけにはいかない。
私の顔を見たヴァルも異変に気付いたのか、片眉を上げて怪訝そうに顔を顰めた。でも、何がおかしいのかまではわかっていないようだった。凝視してくるヴァルに、私は目線で一点を指し示す。ヴァルもそれを追いかけるようにして振り返り、…固まった。
薔薇を〝両手で握ったままの〟ケメトが、そこに居た。
ヴァルに触れていないまま、ぽかんとセフェクと一緒にヴァルを見上げていた。
やっと理解したであろうヴァルの心情に反映するように彼が特殊能力で操っていた砂がザラララッと崩れ、セドリックの口を覆っていた砂も床に落ちた。
…そう、ケメトの〝特殊能力無しで〟自在に操っていた砂が。
「……取り敢えず、もう暫く御滞在して貰おうか。ヴァル。」
気を取り直した様子のステイルがため息交じりに呟いた。それを聞いたヴァルも理解し、ぐったりと唸り声を漏らしながらその場に座り込んだ。
「………………めんどくせぇ。」
もうキャパオーバーかのように低い声を吐き出すヴァルが、項垂れた。
申し訳ないけれど、彼の残業はもう少しだけ続くことになった。




