377.疎まれ王女は先導する。
「ッグァ…ガァアアアアアアアアアアッ‼︎‼︎テメッ…覚えておけクソ王子‼︎‼︎」
隷属の契約。
王族の前では敬意を示さないといけないヴァルがセドリックへ向けて見事に平伏してしまった。凄く抵抗しようと手足に力を入れるけれど、当然ながらどうにかなるものではない。ヴァルの肩に掛けていた荷袋が一緒に倒れて中の砂がドサリとこぼれた。
「…プライド。彼は…?」
ティアラに視線を注いでいたセドリックだけど、突然のガン切れ土下座をするヴァルの怒号に気付き、すぐ表情を変えた。
「彼はヴァル、我が国の配達人よ。まぁ、色々あって…。セドリック、彼に不敬を許しても」
「いえ姉君、それには及びませんよ。ヴァルもこうして誠心誠意セドリック王子殿下に敬意を尽くしてくれているのですから。」
セドリックに不敬の了解を得ようとする私をステイルが笑顔で止める。
久々に見るステイルの黒い笑顔がもう完璧にゲームの腹黒ステイルと被ってしまう。思わずヒッ、と私の肩が揺れた。
アーサーとエリック副隊長もヴァルに怒ってたからか敢えて止めようとはしないけれど、あまりの状況に苦笑いもできずにヴァルとステイルと見比べていた。アーサーもセドリックの前ではステイルを止めにくいのだろう。
ケメトとセフェクが床にへばりついてしまったヴァルに「どうしたんですか?」「何やってるの?」と駆け寄って首を傾げている。ティアラがステイルに「兄様ったら大人気ないことしないの!」と怒ってくれたけれど、ステイルは「あいにく、コイツにとっては俺より年上のアーサーや姉君はまだガキらしいからな」と言い放ったまま頑なに腕を組んだ。
ティアラが「お姉様っ!兄様は無視して許可を」と私に声を掛ける途中で、ステイルが背後からティアラの口を覆ってしまう。「んむ⁈」と目を丸くするティアラがステイルの腕を掴みながら怒ってる。「むー!むぅ〜!」と手をバタバタしてステイルに攻撃してるティアラは凄く可愛いらしい。…セドリックは何故か目を見開いたまま固まっていたけれど。また可愛いティアラに見惚れていたのかと思ったら、むしろ赤みは引いてきていた。
どうしたの、と腕を突くと「確か…ステイル王子殿下はティアラの義兄で…⁈」と小声で尋ねられた。そうよ、と答えると何やら「俺はまた…‼︎とんでもない宣戦布告を…⁈」と一人で頭を抱え出した。
よくわからないけど、またやらかし時代の黒歴史でも思い出したのだろうか。途中でぼそぼそと「勝てる気がしない…‼︎」と嘆くような独り言が聞こえたけれど。…本当に忙しい人だ。
とうとうヴァルから「おい主‼︎‼︎」と凄まじい怒号で助けを求める声が聞こえたので、私からもステイルを説得する。
「あの、ステイル…?ヴァルも反省…はしてないと思うけれど、もう充分意趣返しになったと思うわ…?」
「プライド第一王女がそう仰るのであれば。」
にこっ、と笑顔で返してくれたステイルがティアラから手を離した。
更には、どうぞと言わんばかりにヴァルに向けて手で示してくれる。直後、ティアラが頬を膨らませたままステイルの耳をぎゅぅぅ、と引っ張っていた。私からセドリックに今度こそ確認を取ってからヴァルへ「セドリックへの不敬を許します」と声を掛ける。その直後、勢いよく立ち上がったヴァルが殺気の篭った鋭い眼差しをステイルに向けた。牙のような歯まで剥き出しにしてこのまま噛みつきそうな勢いだ。
「覚えとけクソガキ王子。」
「なんだ、セドリック王子にお会いしてみたいと話していただろう?」
誰が王族なんざに‼︎‼︎とセドリック御本人の前で声を荒らげるヴァルに、彼を落ち着かせようとケメトとセフェクが腕を一緒に掴んで引っ張った。
セドリックがヴァルの豹変ぶりに凄い圧されるようにたじろいでしまう。「王族相手に…恐ろしい態度だな…」と呟くので、人のこと言えないでしょうと言いたい口をぎゅっと絞った。すると、ヴァルと両脇にいるセフェクとケメトを見つめたセドリックはハッと息を飲んだ。
「もしや、話に聞いたレオン王子の付き人か‼︎」
付き人⁇
一体何の話だろうと聞いてみると、どうやらヴァル達が防衛戦で民を救助して回った時にレオンと一緒に居たことから民にそう判断されたらしい。確かに王子様の傍にいたら誰でもそう思うだろう。
民から聞いた風貌、子連れなのも完全に一致していると声を上げるセドリックにヴァルが「誰があんなヤツの付き人だ」と短く言い返した。セドリックはそのまま救助の御礼を言おうとしたけれど、ヴァルが身体ごと背けて拒絶する。多分レオンの時のように懐かれたくないのだろう。
セドリックが歩み寄ろうとすると、ヴァルはセフェクとケメトの肩に両手を回して引き寄せると荷袋の砂を操ってセドリックと自分の間に薄く広い壁まで作り出した。…セドリックは全く気にせずにむしろ初めて見る砂の壁へ嬉々として駆け寄っていたけれど。
でも、少し経ってすぐに壁の向こうから「……ハナズオの第二王子⁇」とヴァルの呟きが聞こえてきた。
パララララッ…と、突然砂の壁が崩壊して足元に散らばる。突然崩れた砂にセドリックが驚いて一歩下がった。壁の向こうには鋭い眼差しをセドリックに向けているヴァルがいた。ケメトとセフェクがヴァルにくっつきながら「ハナズオ⁇」「王子殿下って…」とぼそぼそ声を漏らしていた。……なんか、ステイルがまた悪い笑みを浮かべている。
「テメェが例の…。」
ギラリと光ったヴァルの眼光にセドリックが更に数歩下がった。
一度もヴァルに会ったことのないセドリックには訳がわからないのだろう。絶対的な記憶力がある彼だからこそ、確信を持って初対面だと言えるから尚更。完全に蛇に睨まれた蛙のようになるセドリックがそれ以上動けないように背中だけを反らして私に「プライド、彼は一体…」と投げ掛けた途端。
砂が剣山のように尖り、その剣先がセドリックへと一気に伸びた。
ブワッッと、ヴァル達の足元の砂がだ。
本当に瞬く間のうちに鋭くなった砂でできた剣山の棘一つひとつがセドリックの方に伸びて形成されていた。
近衛騎士の二人は瞬時に身を乗り出したけれど、あまりに突然のことで私は口を開けたままになってしまった。隷属の契約の効果でセドリックの眼前で全部ピタリと止まったけれど。
薔薇の棘より遥かに刺さったら大変なことになる物体に、セドリックが数秒後にフラつくようにまた一歩その剣山から下がった。……というか、隷属の効果なかったら確実に今ヴァルはセドリックを殺していたような。…あれ、普通にこれ国際問題じゃ…⁇
一拍置いてそれに気づいた私が慌てて「ヴァル‼︎」と怒鳴ると、剣山が再びパラパラと崩れて砂に戻っていった。舌打ちをしたヴァルは「馬鹿王子が」と呟くと今度は砂の壁を作ることなく荷袋に砂を収納して、床に座り込んだ。目だけが変わらずセドリックに視線を突き刺したままだ。
「ごっ…ごめんなさいセドリック。今の不敬は謝ります。でも彼は私との契約で絶対に危害は加えられないから…‼︎」
話が長くなるけれど!と、もう完全に呆けたセドリックに私が駆け寄る。やっぱり不敬の許可を降ろすべきじゃなかっただろうかと考えると、セドリックは「いや…怪我もない。…大丈夫だ…。」と声だけで答えて、視線はまだヴァルに向かったままだ。流石にびっくりしたらしく血の気は引いて蒼白だったけれど。そのまま状況を整理しようと言葉を続ける。
「彼は、俺に…それともハナズオ連合王国に何か恨みでも」
「摘み食いのクソガキ馬鹿王子が。」
ヴァル‼︎と未だ苛々と殺意剥き出しのヴァルを私が叱り付ける。何故そこで収まりかけた火に灯油を撒くのか‼︎
セドリックも続く無礼発言に驚いたのか「なっ…⁈」と声を漏らした後は何も出ないようだった。
「ヴァル!もう暫くは口を謹んで下さい‼︎‼︎」
仕方なくヴァルの口止めをして、セドリックの腕を引く。取り敢えず彼をもっとヴァルから引き剥がさないとと思って「取り敢えず客間に…」と声を掛けると、………妙に腕が熱いことに気がつく。
ん?と思い、腕を掴んだままセドリックの顔を見上げると見事に真っ赤だ。口を手で覆ったまま俯いた顔が完全茹だっている。まさかまたティアラを視界にいれたのかと思うけど、ティアラはセドリックの視線とは別方向でステイルに並んでいるし、どうしたのだろうと一度引っ張る手を緩めて顔を覗き直す。
「…も、…申し訳、ないっ…‼︎‼︎」
…あちゃぁ…。
セドリックの赤面の理由に気づき、思わず口だけが引き攣った笑いが零れる。また例の病気が出たらしい。
突然の赤面謝罪にヴァルだけでなく、この場にいる誰もが目を丸くした。
「セドリック?取り敢えず立ち話もいけないし、客間に行きましょうか。」
もうなんか慣れてしまい、彼を客間へと引きずるべくセドリックの腕をぐいぐいと引っ張る。
私に促されて赤面したまま目をぐるぐるさせるセドリックが足を動かしてくれるけれど、完全にまた自分のやらかしを脳内で無限再生してしまっている。
セドリックを引っ張り、アーサーとエリック副隊長、ジャックが続いてくれる。薔薇を侍女達と庭師に任せ、ティアラとステイルに声を掛ける。
ステイルが凄く不機嫌そうなオーラを醸し出しながらも顔だけは笑顔で付いて来てくれた。ティアラはセドリックと並ぶ私には近付き辛いのか今はステイルにくっついて歩いている。セドリックから隠れるように少しステイルの背後に控えているのが可愛らしい。
「も、申し訳ありませんがプライド第一王女殿下、ヴァル殿と連れの彼らも同行させて頂けますでしょうか…。」
辿々しく声を漏らすセドリックが、赤い顔を手で覆いながら私に望む。…気づけばまた敬語に戻っちゃってるし。
言われて私が見ればヴァルが口を不快に結んだまま私を睨んでた。「暫く」と言ったし、ほっといても話せるようにはなると思うけれど…セドリック本人の希望なら仕方ない。少し不安も覚えたけれど、ヴァルにも声を掛けて一緒に来てもらうことにした。言った途端、その顔が「なんで俺まで、ふざけんな」と妙実に物語っていた。…まぁ、文句は全部客間で聞こう。
ケメトとセフェクもそれぞれ片手に青いままの薔薇を一本、もう片手に赤い薔薇を四本持ってヴァルの後に付いて来る。棘で痛く無いかなと心配したけれど、よく見ると青い方は手持ちする部分を庭師が切る前に全部取ってくれたようだった。
ステイルやティアラ、マリー達に返されたアーサー、エリック副隊長も包まれた薔薇を皆一輪持ったり服やベルトに挟んだりしていて少し面白い集団になっていた。




