そして騎士は交わす。
「……家、帰るんじゃなかったんすか。…父上。」
キィ…、と使い古された扉が開かれる。
俺の言葉に「すぐに帰る」とだけ答えた父上は、立ち止まることもなく扉の奥へと進んでいった。
プライド様達からの昇進祝いが終わって、プライド様が帰った後にはアラン隊長達が片付けだけじゃなく本当に荷解きまで手伝ってくれた。
俺の為にやってくれた祝いの席だし、荷解きまでは良いって言ったけど六人ならあっという間だとクラークまで言って、まさかの父上まで巻き込んであっという間に荷解きも終えてしまった。ただ、それでもやっぱりもう真夜中で、父上と一緒に騎士団演習場を出た時には日付も変わっている頃だった。クラーク達に門まで見送られた後にも今からじゃ母上も起きてないと言ったけど、父上は俺に構わず黙ったまま歩き続けた。
…ンで、何故か途中で家とは違う方向に降り始めた。
寝ぼけているのかとも思って言ったけど、父上は「少し寄る所がある」とだけ言って行き先も言わずに俺を引っ張っていった。街中まで入って、最後に辿り着いたのがこの酒場だった。
うっすらとだけ、覚えもある…気がする。すっげぇガキの頃、父上がクラークと飲みに行く時に連れてきてくれた酒場だ。本当にガキの頃で、酒を飲んでた父上とクラークの姿しか思い出せねぇけど、確かこんな感じだった気がする。
まさか一杯じゃ足りねぇから帰る前にまだ飲むつもりなのかと少し呆れる。俺が入り口で立ち尽くしている間にも、父上と店主は軽く話した後に店主は鍵だけ預けた後に奥へ引っ込んじまった。なんとなく被るその様子に、やっぱガキの頃のあの酒場なのかなと思う。
父上はカウンター席でグラスと酒瓶を出すと、俺に扉を閉めろと声を掛けた。
「…まだ飲むんすか。」
早く母上に報告して手紙を開けてぇのに、と心の隅で思いながら言われた通りに扉を閉める。
父上が隣の席にグラスを置いたから、俺も座れという意味らしい。その途端……少し、嬉しくなった。
ガキの頃は父上とクラークが肩をつき合わせてたその席に、俺が座れることが。
促されるまま席に座ると、無言で父上が自分のグラスより先に俺のグラスに酒を注いできた。ありがとうございます、と言葉を返しながら頭を下げて変に恐縮しちまう。いつもより、更に口数の少ない父上にまさか何か説教されるのかとも考える。
「…今回の防衛戦でのお前の活躍は、…私も他の騎士達も認めている。」
ふいに、父上の口が開いた。自分のグラスに酒を注ぎながらその言葉は確実に俺に向けられていた。
「アーサー。…お前はまだ戦闘以外は未熟だ。」
ぐっ、と思わず肩に力が入る。褒められると思った瞬間にダメ出しされた。自分でもそれぐらいわかってる。特に作戦指揮とかはまだまだだし、騎士隊長としての書類仕事も俺だけじゃわかんねぇことがたくさんあった。明日にでもハリソンさんか、…駄目だったらカラム隊長に教わろうかと考えてもいた。
でもやっぱり、父上に言われると凹む。そう思うと、父上が続けて「だというのに…」と低い声と共に酒瓶をカウンターにドンっと置いた。
「お前は、騎士団長になると言ったな…。」
ビクッと、その言葉を聞いた瞬間に一気に肩が跳ね上がった。
ぐんなりと言う父上が、グラスに口を付ける前から首を垂らし、片手で頭を抱えた。俯いて顔が見えねぇから怒ってるのかどうかもわからない。……やっぱ、覚えてるよな…そりゃあ。
『父上にはっ…俺が、騎士団長になるのを見て貰わねぇと』
最前線での戦闘中、勢いに任せてつい口が滑った。
絶対誰にも言えねぇ目標を、よりによって現騎士団長の父上に言っちまった。後から思い出すとすげぇ恥ずかしくなって、父上に聞こえてなかったとか忘れててくれねぇかなとかも本気で思った。
父上が「あれは私への宣戦布告か?」と低い声のまま続けてくるから、じわじわと急に気恥ずかしくなってきて額に汗が滲んだ。
「まだ騎士になって十年にも満たないお前が…。」
目の前のグラスに触れる気にすらなれず、両膝に拳を置いたまま固まる。横目でちらっと見たら、俯いた父上の肩が若干震えてた。…やべぇ、すげぇ怒ってる。まさかここに連れてきたのは騎士隊長昇進の報告をする前に調子に乗るなって釘を刺す為だったのかと、今から喉が鳴った。すると、次第に父上の肩の震えが大きくなり段々と今度は
…堪えるような笑い声が聞こえてきた。
くくっ…と、一瞬誰の声かわからなかったけど確実に父上からだった。
まさか笑ってンのか⁈と信じられずに思いっきり身体ごと父上の方へ向ける。顔は見えねぇけど、父上が絞り出すように「まだ二十にもなっていない若年のお前がっ…‼︎」と漏らした声が完全に笑ってた。
父上が笑ってたことにも驚いたけど、それ以上に俺の目標が笑われたことに急に顔が熱くなって腹が立ってくる。「ッ笑わないで下さい!」と叫ぶと、その途端に今度はブフッ‼︎と吹き出す音と共に、逸らされた顔からはっきりと父上の笑い声が聞こえてきた。急にさっきまで緊張してたのが馬鹿らしくなって、父上から俺も顔を背けて言い返す。
「べっ…別に良いじゃないですか…!将来そうなりてぇってだけで、別に今からとかそんな身の程知らずなことは考えていませんよ。」
自分でもまだまだなのはわかってる。騎士団長どころか、騎士隊長になれただけでもこんなに取り乱しちまう俺がなれるわけねぇって。でも、…いつか。
「私は…あと二十年はこの座に居座るぞ。」
くくくっ、と笑いを混じえながら父上が口を開いた。まだ笑われてるのに腹が立ってきて、つい「構いませんよ」と強めの口調で言い返す。
「二十年後には絶ッッ対その椅子を勝ち取って見せますか」
「二十年後で良いのか?」
……。…急に、父上が俺の言葉を遮った。
突然の落ち着いた父上の声に顔を上げれば、まだ口元が笑ったままの父上がこっちを向いていた。
言われた意味がわかんなくて、大口を開けたまま固まる俺に父上は身体ごと向き直った。
「…私は、二十年はこの席に居座る。だが、約束しよう。」
静かに告げる父上が、グラスを手に取った。まだ一口も口をつけていないそれを、軽く揺らせば水面が小さく波打った。
「もし、それまでにお前が。…私を越える器となったその時は。」
カウンターに片肘ついたまま、目を半分閉じて柔らかく語る父上はすげぇ優しい声で話してくれた。父上のその姿に、その言葉に、…手のひらが段々と湿って気がついたらまた喉を鳴らしてた。あんだけ食ったのに、胃が空っぽな感じがして心臓がバクバクいう。そして父上は、柔らかい笑みと共に俺へグラスを傾けた。
「この騎士団長の席を、お前に譲ろう。」
ドグンッ、と。大きく一度、心臓が身体を振動させた。
とうとう手が、指先まで震えて汗ばんだ。自分でも目が、信じられねぇくらい見開かれるのがよくわかる。
父上は俺の反応を予想してたみたいに口端を引き上げ、…笑った。
「この私を越えてみろ、アーサー・ベレスフォード。」
嬉しくて、今度は全身が粟立つみてぇに震えた。
息を飲んで、口を引き結ぶと父上が待つみてぇに俺に傾けたグラスを左右に揺らした。ニッ、と力強く笑う父上がすげぇ格好良い。
俺もこんな風に、ってまた前みてぇに欲が出て、震える手でグラスを取った。深く呼吸をして、震えを止める。目の前にいるのがこの国の騎士団長で、俺の父上だということが言葉にできねぇくらいに誇らしい。
父上のグラスに向けて、手の中のグラスを中身が零れる勢いで傾ける。
「はい…‼︎‼︎」
カラァンッ!…と。軽やかな硝子の音が酒場に響いた。
顔も身体も熱いままに、冷たい酒を一気に飲み込んだら今度は喉が焼けた。
予想外の度数の高さに咽せる俺に、父上が「八番隊騎士隊長昇進おめでとう」と紛れるように言った。
咽せてる時に言うなよと俺が怒ったら、今まで見たことがねぇくらいの笑顔が返ってきた。
すげぇ嬉しそうに笑う父上の顔を見たら、…少しだけ込み上げた。
ロデリックの十年以上前からの夢でした。
そして、叶いました。




