騎士達は思い馳せ、
「それで、お前達はなんて書いてあったんだ?」
アーサーの部屋の片付けと荷解きを手伝い終えた後。騎士団長であるロデリックとアーサーを門まで見送った副団長のクラークは、同じく自分とともにアーサー達を見送ったアラン達に投げかけた。
副団長からの問いかけにきょとん、とするアラン達は「言って良いんですかね?」とそれぞれが首を捻らせた。だが、すぐにプライドが自分の前以外ならば良いと話していたことを思い出す。そのまま彼らは静かに手の中のクッキーの包みに吊るされたカードをそれぞれ指で摘んだ。
「…自分は〝復帰してくれて本当に嬉しい、これからも怪我には気をつけて下さい〟でした。」
照れたように顔をほくほくと綻ばせながら、エリックがカードを改めて眺めた。
カードだけを外すのすら勿体無く感じ、両手で大事に包みごと抱えている。クラークが「なら、もうプライド様の為にも怪我はできないな」と楽しそうに笑うと、元気の良い返事がエリックから返ってきた。
「俺はー〝残ってくれてありがとう。これからも私達を守って下さい〟…で、した。カラムもだよな⁇」
なぁ?とカラムが言う前に肘で突いてくるアランに、カラムは少し肩を揺らしながら「あ…ああ」と返した。
少し慌てた反応にエリックとクラークも気が付いたが、あまり気にせず二人に笑んだ。アランとカラムが騎士を辞退せずにこうして騎士として残ってくれていることをエリックもクラークも心から良かったと思っている。
アランが投げかけるように「副団長はどうでした⁇」と尋ねると、クラークはクッキーの包みごと三人にカードを示した。
「〝国を護って下さってありがとうございます。これからも騎士団長や騎士達をよろしくお願い致します〟だ。」
騎士にとって誉れだな、と嬉しそうに笑むクラークに三人が大きく頷いた。
今回の防衛戦にクラークは加わらなかったが、その間ラジヤ帝国の訪問するフリージア王国と女王を守り続けていた。
プライドがそれをちゃんと理解し、感謝してくれているのだと近衛騎士の誰もがわかった。三人から尊敬の眼差しが向けられるとクラークは、ふと思い出したように顎に触れながら口を開いた。
「ちなみに、ロデリックには〝いつも心配して下さってありがとうございます。大事なことを教えて下さる騎士団長のことを心から尊敬しています〟だったな。」
……流石騎士団長。
門で見送る前に見せてもらったよ、と語るクラークの言葉を聞きながら、三人は思わず感嘆の声を漏らした。
第一王女にそこまでの言葉を受けることは騎士にとって名誉以外の何物でもない。更にプライドから尊敬まで得たロデリックを彼らもまた改めて尊敬した。
近衛騎士としてプライドの傍にいることが多い彼らの目からでも、プライドに厳しく進言し、時には説教までできる騎士はロデリック以外いないのだから。……今は、まだ。
「やっぱすげぇよなぁ、騎士団長。」
アランはそう声に出しながらも静かに自分とカラムが謹慎処分令を受けた日のことを思い出した。
プライドの為に自分達がすべきこと。それはきっと、今までロデリックが六年前からやってきたことなのだろうと改めて理解する。
歩きながらアランは無言でクッキーの包みに吊るされていたカードを取り外す。包みを服の中にしまい、カードだけを摘みながら月明かりに照らした。
先程クラーク達へ話した内容の後、もう一文だけ書き記されていたことをアランは敢えて言わなかった。更にカラムも同じだろうと察し、その場で口裏も合わさせた。
〝強くて頼りになるアラン隊長に心からの賞賛を。〟
〝勇敢で優しいカラム隊長に心からの賞賛を。〟
二人宛のメッセージは、殆どが同一だ。
だが、その数文字だけで二人には充分だった。何より、最後の三文字が互いに同じだろうと理解しながらも自身の胸を強く高鳴らせた。
〝賞賛を〟
プライドが自分達を最後に引き止めようとしてくれた時、与えてくれた口付けと証。
二人にとっては一生忘れられない言葉と瞬間が、その三文字だけで鮮明に思い出された。
カラムは、アランの反応にやはり彼にもその三文字が書き添えてあったのだろうと理解し、目を向けた。…その時。
アランがカードへそっと口付けをした。
「なっ…⁉︎アラン!お前っ…‼︎」
思わず声が上擦り、カラムは身体を反らして足を止めた。
まるで自分が見られた張本人のように顔を赤くさせるカラムにアランは軽く目を向けると「ん⁇」と、けろりとした様子で顔を向けた。
カラムの突然の声にクラークとエリックも反応したが、それでもアランは気にしないようにカラムの慄く姿にだけ苦笑した。
「良いじゃんか、カードくらいさ。別に本人にまでそんなことしようとなんて思わねぇし。」
そう言いながら今度はエリックとクラークの注目を浴びたまま悪びれもなく再びカードに軽く口付けをしてみせた。その途端、今度はエリックの顔まで赤くなり声が上擦った。
「本当にプライド様をお慕いしているなぁ、アラン。」
くっくっ、と喉を鳴らしながら笑うクラークはアランよりもそれを見て慌てるカラムとエリックの反応を楽しそうに眺めた。プライドが騎士団の誰もに慕われていることはクラークも六年前からよく理解している。
「そりゃもうすっげぇ大好きですよ!近衛騎士になれて良かったって心から思いますし、あの時の立ち回りは今でも目に残ってます!それに…」
恥ずかしがる様子もなくはっきりと答えるアランが、思い出すように一度言葉を切った。
アランがプライドの勇姿や立ち回りに惚れ込んでいることは、今や騎士団の誰もが知っている。ただ、今は。
「………最近はプライド様のどんな姿見てもすげぇドキドキするんですよ。」
ヘヘっ、と軽く笑いながら言い放つアランに、カラムとエリックは同時に顔が余計に赤らんだ。あまりにもあっけらかんとプライドへの好意を曝け出すことのできるアランが恥ずかしい反面、羨ましく思う。
アランの言葉にまるで触発されるように、カラムもエリックも改めて手の中のカードに視線を落としてしまった。
「…間違ってもそれはここだけの話にしておけ、アラン。」
そう呟きながら、カラムは包みから取り去ったカードを額に当てた。それだけであの時の、プライドの温もりが思い出されて俄かに手までが火照った。
カラム自身、プライドに引き止められたあの日から、以前にも増して彼女の振る舞い一つひとつに身を焦がすことが増えたことは自覚していた。だが、それをアランのように公言しようとも、…そして彼と同じくそれ以上を求めようとも思わない。
ただ、プライドを今度こそ護り通すのだと。自身が何よりも尊ぶ騎士の誇りに懸けてそれをやり遂げてみせると、その誓いだけが胸に焼き付いていた。
カードを懐にそっとしまい、ふとそのまま自分の指先に目がいってしまう。
指先に触れた、プライドの唇の感触を思い出し、それだけで腕がまるごと痺れるような感覚に襲われた。
もうこの腕は全てまるごと、自分のものではなく彼女の為に存在し、振るうためのものなのだと。…そう思ってしまうほどに。
「…最近、少しだけ思うんですよね。」
ぽそり、とエリックが独り言のような声量で呟いた。見れば、クッキーの包みごと大事そうにカードを抱き締めたエリックは未だに頬をうっすらと染めながら遠い目をして微笑んでいた。
「プライド様が、……ただの〝ジャンヌ〟という名の庶民の女性だったら。…なんて。」
くだらない妄想ですけれど。と自分の発言に苦笑してしまうエリックを、誰も笑わなかった。
エリックは、二人のように賞賛の証も受けていない。だが、傷を負って絶対安静を言いつけられている中でプライドがわざわざ自分の為に足を運んできてくれた時を思い出すと、その度に悶えたくなるほど恥ずかしくなる。
そして、…自分が知らない間にプライドが足に怪我を負ったと知った時はそれだけで己が傷よりも胸に痛みが走った。
もし、あの時自分に見舞いに来てくれたプライドがただの庶民で、身分などなかったら。
自分は彼女に、惑うことなく手を伸ばせていたのだろうか。
そんなことを考えては、何度も顔が熱くなった。
誠心誠意を尽くして見舞いに来てくれたプライドへ惑うばかりで何も返せず礼もできないまま帰してしまったことに後悔を感じているのか、…それ以外かは自分でもわからない。
「そんなんだったら、俺が一番最初に求婚するなぁ。」
ゴホッゴハッ⁉︎と、アランの歯に衣を着せない言葉にカラムとエリックが同時に今度は噎せ込んだ。とうとうクラークも声に出して笑い出す。
「アラン‼︎お前は何故そんなに極端なんだ⁈」
「アラン隊長⁈ご自身が何を言ってるかわかっていますか⁈」
不敬罪で罰せられますよ⁈とカラムに続いたエリックが声を上げる。二人の反応にアランが「大げさだって」と歯を見せ、笑って流す。
「もしも、の話だろ⁇ちゃんとわかってるって。それよりカラム。お前はどうだよ?お前ン家ならー…」
「ッお前の不敬罪に私を巻き込むな‼︎」
それ以上言わせまいと声を荒らげたカラムが、とうとうアランの頭を叩いた。
顔を真っ赤にしたカラムにアランがわるいわるい、と返しながらも「本気で応援するぜ?」と笑顔でその顔を覗き込んだ瞬間、余計に顔が熱くなり、カラムは怪力の特殊能力でアランを放り投げたい気持ちを必死に抑えた。
「お前達、それぐらいにしておけ。もう騎士館だ。…その包みもちゃんとしまっておけよ。」
クラークは騎士団本隊の居住館に近づくとそっと彼らの会話を切った。彼の言葉に三人はそれぞれクッキーもカードも服の中にしまいこんだ。
まだ飲み足りねぇなぁ、とアランが零すとエリックは可笑しそうに笑って言葉を返した。
「明日、騎士達で行うアーサーの昇進祝いでは朝まで飲みましょう。」
エリックのその言葉に、クラークもアランもカラムも同意した。
明日もまた寝不足になることを覚悟しながら、彼らはそれぞれ自室へと戻った。




