367.配達人は低く唸り、
「〝ちからをかしてくれてありがとう。だいすきよ〟?…ねぇ、読み方あってるわよね⁈」
クッキーの口に結ばれたカードを開きながら、セフェクはヴァルの方へと振り返った。二つともクッキーの包みごとヴァルに突きつけ、カードを読んでとせがんだ。二人とも、ナイフ投げの合間にティアラから文字の読み書きを少しずつ教わってはいるが、まだ読み慣れていない為自信はなかった。
鬱陶しそうに顔を歪めるヴァルが最初にケメト宛のカードを摘み、読み取った。「合ってる」と短く答えて最初にケメトの包みをセフェクに突き返せば今度はこっち!とセフェクの分も確認するようにと促される。
「…〝力を貸してくれてありがとう〟あとは、………テメェが良い女だとよ。」
「〝セフェクは素敵な女の子よ〟じゃないの⁈」
読めてんなら聞くんじゃねぇ、とヴァルが舌打ちを交えながらセフェクに二個目の菓子の包みを突き返した。
配達中だった彼らは、フリージア王国の近隣国の一つに身を置いていた。元の場所に戻されて早速城下の宿屋に一室を借りた後、セフェクとケメトはベッドに腰掛けながらプライドから受け取ったクッキーを眺めていた。隣のベッドではヴァルが大量に持ち込んだ酒瓶を開け、ベッドの上で盛大に飲み散らかしている。
ヴァルにより量産されていく大量の空き瓶を全く気にも留めず、プライドからのメッセージに二人は声を弾ませていた。「ちゃんと僕もセフェクも読めました!大好きって書いてもらえました!」「主が私を素敵ですって!」と夜中にも関わらず騒ぐ二人に、酒瓶を持たない方の手でヴァルは片耳を塞いだ。
「ねぇ!ヴァルの分は何て書いてあったの⁈」
セフェクの言葉に「あー?」と面倒そうに返すヴァルは、自分の元にあるクッキーの包みに目をやった。
既に中身は読んだそのカードを片手で摘み取り、包みから外すと服の中へと仕舞った。「大したことじゃねぇ」と返しながら、手の中にある酒瓶を一気にまた空にするとベッドの下へ放り、自身もベッドに転がった。
「たくさん書いてありましたか⁈」
ヴァルが寝入り始めたのを確認したケメトが、同じように自身のベッドの中に潜り込みながらも声を掛ける。
セフェクが内容を教えてもらえなかったことに少し唇を尖らせながら、二人に続くようにケメトの隣のベッドへと飛び込んだ。
運良くベッドが三つある部屋を借りられた三人は、久々に自分だけのベッドで広々と足を伸ばした。未だ小柄なケメトと違い、背が伸びてきたセフェクは特にヴァルやケメトと同じ寝台だと、かなりの確率で相手を寝台から蹴落とすことになっていた。
ケメトからの問いかけに、再び舌打ちを鳴らしたヴァルは寝返りを打つように二人へ背中を向け、毛布を被った。
「……………一言だけだ。」
一言?本当に⁇とそれぞれベッドの中で問いかけを続ける二人にヴァルはうんざりと息を吐く。そのまま手を伸ばし、ベッドの横に置かれた灯りを消した。
おやすみなさい、と二人からの揃った言葉に生返事を返し、再び背中を向けた。
暗闇に包まれ、セフェクとケメトは互いの姿さえ見えない中、ヴァルはそっと服の中に仕舞ったカードを取り出した。夜目が利く彼には、暗闇の中でもカードの文字がはっきりと読み取れた。
〝貴方が居て良かった〟
「……覚えてて書きやがったのか…?」
二人にも聞こえないように口の中だけで小さく呟く。
カードに書かれたその一文は、一年前に自分に掛けられた言葉と全く同じだった。
『本当にありがとう。……貴方が居て良かった。』
あの時の言葉も、声も、プライドの姿も全てを鮮明に思い出し、ヴァルは眉間に皺を寄せた。本当に覚えていた上で書いたのであれば、死ぬほど厄介だと心の底から思う。だが同時に、もし覚えておらず、その上でまた彼女の頭にその言葉が浮かんで自分に贈られたのだとしたら。
……どちらにしろ厄介だ。
顔を顰め、そのまま強く目を瞑る。カードを懐に仕舞い、吐き出すように薄く低く唸った。
一年前とは比べ物にならないほど、女性らしい身体つきになってきたプライドにこのままでは「ガキ」呼ばわりすることも難しくなりそうだと、その事実が小さく頭を悩ました。
自分がプライドを〝ガキ〟と思えなくなれば、隷属の契約の主であるプライドにそれを放てなくなるかもしれない。不敬は許されても彼女に嘘はつけないのだから。
…摘み食いで泣いたり、一夜を仄めかす程度で騒ぐ内はまだガキだ。
自分の言葉にムキになったり、真っ赤になったり、慌てふためいたりと顔色を変えたプライドの姿をいくつも思い出し、ヴァルは大きく息を吐き出した。
己へ言い聞かせるようにガキだガキだと思いながら、背後で寝息を立て始めるセフェクとケメトへ一度だけ振り返った。
二人とも自分と同じ方向に身体を向け、毛布を巻いて眠っている。文字が少しずつ読めるようになり、自分を介さなくてもステイルへ二人が話し掛けることができていたのも遠目から見て気づいてはいた。
…ガキは成長するのが早すぎる。
ふと、そこで自身の口端が緩みかけていることに気が付いた。
誰も見ていないというのに思わずパシッ、と片手で口を押さえつけ、爪で緩みかけた口端を強く引っ掻いた。
頭を横に振り、勢いをつけて毛布に包まり直し二人へ背を向けた。結果的に三人で同じポーズで眠ってしまっていることに気づき、苛々と歯を食い縛る。
「……クソガキ共が。」
敢えて声に出し、低く唸りながら今度こそヴァルは眠りについた。
独り言でもそう悪態をつける自分に、安堵しながら。
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