365.高飛車王女は遊ばれ、
「ねぇ、…いつまで引きこもってるの?」
騎士団長達との話が終わった後。
私は一人、部屋の隅に砂の壁で断絶しているヴァルを覗き込む。砂の量が足りなかったのか、本人達を覆うほどの範囲ではなかった。裏側に回り込んで見てみれば、セフェクとケメトが運んできてくれたお酒をがっつり楽しんでいるヴァルの姿があった。…大分機嫌は悪そうだったけれど。
今はもうテーブルの上に並べた皿にはおかわり用も含めて料理は欠片ひとつ残さず食べ尽くされていた。お酒も騎士達は一杯だけだったし、料理が全部売り切れた時点で今は談笑が続いている。当然、その談笑にヴァルが加わる訳もない。
前世の逸話にあった天の岩戸じゃあるまいし、機嫌悪いからって引きこもられてしまうと招いた側としても申し訳ない。本当に嫌々ここに居るんだぞ感が全身から漲っていた。
私の声掛けにヴァルとケメトが同時に顔を上げて「主」と私を呼んだ。セフェクが「ご飯、凄く美味しかったです!」と挨拶をしてくれ、ケメトも「また食べたいです!」続いてくれる。二人に笑顔で返してから、私は改めてヴァルに目を向けた。
「貴方にとって愉快でない布陣だったことは謝ります。でも、ちゃんと貴方に御礼もしたかったので。」
「礼なんざ要らねぇ。好きに命じろと言った筈だ。」
きっぱりと言葉を切り捨てるヴァルは、酒瓶に直接口を付けて喉を鳴らすと「どうせなら馬鹿王子を半殺す許可をくれ」と言葉を続けた。
完全に国際問題案件なので当然ながら了承できない。そんなにクッキーが食べたかったのか、ケメトとセフェクの分を取られたことを怒ってくれているのか。それとも料理だけじゃ不満だったのだろうか。お酒ならここでなくてもアネモネ王国で浴びるほど摂取しているらしいし。
「…料理、口に合わなかった?」
「……合わなかったらこんなに食えるかよ。」
私の疑問にうんざりとヴァルが空になった皿を見せつけてきた。そういえば確かに何回かおかわりもしてくれていた。契約の効果で私に嘘はつけないヴァルだし、御世辞や気遣いではないだろう。…まぁ、そうでなくてもヴァルが私にそんなことするとは思わないけれど。
更にはケメトとセフェクが声を合わせて「美味しかったです!」と言ってくれる。取り敢えず三人とも料理には不満がなかったようなのでそれにはほっとする。
「……胸糞わりぃ連中が多すぎるだけだ。飯や酒の問題じゃねぇ。」
しかもこの部屋自体が騎士共のど真ん中だ。と答えるヴァルが口元の酒を指先で拭った。
確かにここには私達王族と騎士達というヴァルの嫌いな人種しか居ない。いっそ王族ならステイルにレオンを連れて来てもらえばヴァルもここまで暇はしなかっただろうか。でも、今回のメインはアーサーの昇進祝いだし、王族の規則を重んじるアネモネ王国のレオンじゃ誘ってもきっと断られただろう。
「アーサーも、エリック副隊長も、カラム隊長も、アラン隊長も、ステイルも、騎士団長も。…貴方には感謝していると思うわ。」
「迷惑だ。…気分わりぃ。」
バサリ、と苛立ち気味な返答が返って来た。でもなんだか、その返答も彼らしいといえば彼らしい。
アーサーやエリック副隊長、そして騎士団長の話によるとヴァルのお陰で最前線の戦闘も早期決着に進められたらしい。以前、ヴァルにそれを母上に報告すれば、褒賞とか貰えるかもと提案したけれど断られてしまった。むしろ隠せ、口止めしろと食い気味に望まれた。本人的には騎士を助けたという事実自体、自分の経歴から消したいらしい。
それに、カラム隊長を助けてくれたことに関しても私は本当に感謝しているし、カラム隊長本人もそしてアラン隊長も…、…とは思うけれど、少なくとも私の前で彼らがヴァルに御礼を言っているのは一度も見ていない。騎士団長やアーサー達も全くそれに関しては私への報告以外は話題にすらしようとしない。こうしてヴァルの存在には気がついても自分から話しかけようとする人もいないし。命を助けられたカラム隊長とか、性格的には真っ先に御礼を言いそうなのに何も言おうとする気配もなかった。…でも、無理がないとも思う。ヴァルが六年前の事件で唯一の生き残りなのは変わらない事実だし、ヴァルが彼らからの感謝を望まないように彼らもヴァルに感謝をするわけにはいかないだろう。お互い触れず関わらずが一番の妥協点なのだと思う。でも、…
「私は感謝しています。……本当に、助かったもの。」
騎士達が言えないならその分、私から感謝したいと思う。ヴァルが居なかったら、取り返しのつかないことになっていたし、救えなかった民も確実にいただろう。
私の言葉にヴァルは訝しむように片眉を上げた。そのまま、無言でまた酒を口に含む。グビリ、とさっきよりはっきりと喉を鳴らす音が私の耳まで聞こえてきた。よく見ると空の酒瓶がヴァルの陰にも何本も転がっていた。まぁ、私もステイルもティアラもあまり飲まないし、騎士達は一杯だけだと言っていたから良いのだけれど。
…そう言えば、何故こんなに大量に騎士団長達は持って来てくれたのだろう。この半分の数でも充分足りる量になっただろうに。
気になってヴァルが足元に並べている未開封の酒のラベルを覗くと、なかなか結構上等なお酒だった。そう言えば確かに美味しかった。
私もお城でそれなりに良いお酒は飲み慣れているけれど、それでもこの酒は美味しく感じた。今回のお酒はカラム隊長達が自分から請け負ってくれて、自分達が合流するまでは一杯も飲まないようにと騎士団長達が持ってきてくれたものだ。てっきりアーサーのお祝いだから奮発したなとしか思わなかったけれど、…。……いや、やめておこう。これ以上考えても口に出しても野暮にしかならない気がする。ヴァルも大量のお酒には満足しているらしいし、ここは私の妄想でとどめておこう。
「……ありがとう。これしかお返しできなくてごめんなさいね。」
料理だけで感謝の気持ち全部を彼に表明できるとは思わないし、この空間に彼を押し付けてしまったことを入れるとプラスマイナスゼロかもしれない。この後ので少しでもプラスになれば良いのだけれど、と思いながら彼に伝えればヴァルは酒瓶を一度下ろし、ガシガシと頭を掻いた。
「………返してるのはこっちだ。主に返される覚えはねぇ。」
面倒そうな声色で、視線を私ではなくケメトとセフェクに移しながらヴァルが呟いた。…どういう意味だろう。結論、私からのお礼も迷惑だとかそういうことだろうか。
わからずに首を捻る私にヴァルは頭が痛そうに顔を歪めると、半分近く残っていた酒瓶を一気に飲みほした。ぷはっ、と息を吐くと今度はいつもの二ヤニヤとした馬鹿にするような笑みを向けてきた。
「そんなに俺様に礼がしたいってんなら、主も隣で飲むか?」
コンコン、と空き瓶で自分の隣を叩くヴァルが試すような目で私を見てきた。
一応セフェクとケメトの為のグラスはあるけれど、少なくとも王女の私が酒瓶を一緒にラッパ飲みする訳にはいかない。なら、礼にお酌でもしろという意味だろうか。
壁の内側に入り、勧められた通りにヴァルの隣に並ぶと何故か少し意外そうな顔をされた。ぱちくり、と目を開く様子が少しケメトに似ていた。
ドレスを床につける訳にもいかず、座ってるヴァルの横に立って隅の壁に寄りかかると、砂の壁に隠れて少しだけ個室気分だ。「お酒注げば良いの?」と酒瓶の蓋を開け…ようとして、コルクが抜けない。ぐぐ…と苦戦していると、ヴァルが鼻で笑うようにして手を伸ばしてきた。諦めて酒瓶を手渡すと、指の力だけで開けられてしまった。……なんか、凄い敗北感。
手を伸ばして受け取ろうとしたら、逆にヴァルが酒瓶を片手にしたまま立ち上がってきた。愉快そうに再びニヤニヤとした笑みを向けながら、私の背後の壁に手をついて顔を覗き込んでくる。…なんだか軽く壁ドン状態だなと冷静に思ってしまう。
「どうしても俺様を悦ばせたいってんなら、隣にいてくれるだけでも構わねぇぜ?……朝までな。」
そのまま鋭い眼を至近距離まで近づけてくる。ニヤニヤ引き上げた口元からお酒の匂いがした。「どうする?」と続けられ、声が低められる。
「何ならいっそ、主が直々に今夜部屋まで招いてくれりゃあー…」
「ッそこで何をしている⁈‼︎」
「ヴァルテメェッ‼︎‼︎」
ヴァルの言葉を上塗りするように、突然ステイルとアーサーの怒鳴り声が飛び込んできた。お酒一杯だけの筈なのに何故か二人とも若干顔が赤い。
ステイル、アーサー、と振り向けばヴァルから大きな舌打ちが放たれた。何かと思ってまたヴァルを見れば、変わらずさっきと同じにやけ顔を二人に向けていた。
「別になぁ〜にもやっちゃいねぇぜ?見た通り契約にも引っかかってねぇ。」
「未遂だろう⁈姉君を物陰に引き込むなど‼︎」
「っつーか人の部屋ン中でふざけンな‼︎‼︎」
…申し訳ないことに本当は物陰に入ってしまったのは完全に私の自己責任なんだけど。
だけど二人の反応が楽しいのか、心なしかヴァルの顔はさっきよりも愉快そうだ。アーサーが私とヴァルの間に割って入るように飛び込むと、ステイルが瞬間移動で私をヴァルから引き剥がした。…まぁ確かに側から見たら酔っ払いの絡みだっただろう。でも彼が全く酔ってないこともいつも通りの冗談なのも知ってる私としては、大して怒る気にもなれない。隷属の契約で互いの合意がないと色事行為ができないとわかった上でのからかいだ。正直、この二年で彼の冗談にも大分慣れてしまっ
「ケチケチすんなよ?主とは既に朝まで過ごした仲だ。」
ッちょ…‼︎‼︎
ヴァルの爆弾発言に、ステイルとアーサーだけでなく私も目を見開く。
ずっと私達を見てたケメトとセフェクがコクコク頷くから余計に信憑性が出て嫌だ‼︎思わず今度は私が「その言い方は誤解を招くからやめて下さい‼︎」と怒鳴る羽目になる。
それに対してヴァルは笑みをそのままに、むしろ更に強めて「嘘じゃねぇだろ?」と言ってくる。確かに嘘じゃないけど‼︎防衛戦後に私の部屋の隅にヴァルもセフェク、ケメトと一緒に一晩過ごしてたけど‼︎でもなんか違う意味に聞こえるし!それに大体そんなことを言ったら‼︎
「アラン隊長とカラム隊長とだって私は朝まで一緒に過ごしましたッ‼︎‼︎」
思わず子どもの喧嘩のように手でその場からアラン隊長達の方を指し示す。
するとブフッ‼︎‼︎とかゴフッ!ゴホッ‼︎と凄い音が聞こえてきた。思わず振り返ると、アラン隊長とカラム隊長が顔を真っ赤にして口を押さえてる。アラン隊長に至っては口元を手の甲で拭っているから水を吹き出したのかもしれない。二人ともゴホゴホとまだ咳き込んでいるし、大分勢いよく咽せたらしい。
更にはエリック副隊長も顔を赤くしてアラン隊長達と私を見比べ、騎士団長も咽せたのか口元に拳を付けてゴホッと咳き込んでいた。副団長だけが彼らの様子に可笑しそうに苦笑している。…どうやら私が大声を上げたせいで皆に聞こえてしまったらしい。
咽せて副団長に背中を叩かれた騎士団長が眉間に皺を寄せたままアラン隊長とカラム隊長を見ると、二人とも大慌てで「違います‼︎‼︎」と訴えていた。いや確かにあの時二人も護衛で一緒にいた筈なのだけれど‼︎
「俺の傍ですやすや寝てたよなあ?主。」
「セフェクとケメトもいたでしょう⁈」
「寝顔もちゃあんと眺めてたぜ?夜通しな。」
なんでこの人はこういうところだけ舌が回るのか‼︎
嘘じゃないギリギリの言い回しをしてくる上に私の言い返しすら物ともしない。むしろムキになる私を遊ぶように眺めてくる。アーサーとステイルがヴァルと私の台詞の度に交互に目を向けてくるから余計に楽しそうだ。私からも言い返すべく頬を膨らませ、声を張る。
「ッですから!それならアラン隊長とカラム隊長も…」
「ップライド様それ以上は‼︎‼︎ごっ…誤解が、広がるんで…‼︎」
突然、私の言葉を打ち消すようにアラン隊長の上擦った声が上がった。
振り返れば顔がさっきより真っ赤だ。一体どうしたのだろう。何故ヴァルの言葉ではなくて私の発言を…、……………あれ?
「………〜〜〜っ⁈ち、ちちちち違います‼︎‼︎そうではっ…そうではなくて‼︎防衛戦後に私の部屋に夜通し護衛で二人が居てくれて!ヴァル達もその時に部屋に居たという意味でっ…‼︎」
やっと自分の失言に気がついた私は急いで誤解を解く。主に騎士団長に向かって。
折角、減罰で済んだのに変な誤解のせいで今度こそ二人の首が刎ねられる案件になってしまう。しかも物凄い恥ずかしい誤解発言をしていたと気付けば顔が熱くなる。
私の訂正に、騎士団長が疲れたように長い溜め息を吐いた。副団長がくっくっ、と笑いながら騎士団長の肩に手を置いている。更にはそれに安堵するようにアラン隊長とカラム隊長がぐったりと項垂れてしまった。エリック副隊長が顔が赤いまま急いで二人に水を差し出していた。
アーサーとステイルまでもが顔を火照らしたまま肩全体でぜぇぜぇと息を吐いていた。呆れてしまったのか、どこか足元が覚束ない様子でフラついている。
ティアラが「わ、私もその夜はお姉様にずっと付いていましたよねっ」と加わってくれて、私も全力で同意した。
その間、ヴァルはゲラゲラと始終笑い声を上げていた。完全にからかいが大成功して上機嫌だ。
彼の位置からは私とステイル、ティアラ、アーサーしか見えていないけれど、それでも充分楽しそうだった。自分で開けた酒瓶をそのまま直接グビ飲みし始めた。セフェクとケメトが首を捻りながら私達の顔色とヴァルを見比べている。
「…っ、…姉君。そろそろ時間も頃合いでしょう…、俺達も部屋に帰らなければ。」




