362.高飛車王女は肝を冷やす。
「それでエリック副隊長、荷運びン時に荷物隅へ置いとけって言ってくれたんすね。」
ありがとうございます、と頭を下げるアーサーにエリック副隊長が笑いながら手を振った。
今日のアーサーの昇進祝い。協力してくれた近衛騎士の三人にアーサーが一人一人お礼を返している。私もさっきティアラと一緒にお礼を言ったけれど、三人とも護衛時間外だというのにすごく協力してくれた。条件の方も最初は焦ったけれど結果としては良い方に転がってくれたし本当に三人のお陰で大成功だ。
今回は料理中もエリック副隊長とカラム隊長が見守ってくれたし、アラン隊長がアーサーをがっちり捕まえて予定時間きっちりに私達を呼んでくれた。
以前にアラン隊長は私の料理の見張りをしたいと話してくれていたけれど、今回はアーサーを捕まえる方に名乗り出てくれた。自分が一番自然にアーサーを連れ出せるし、何よりステイルを呼ぶ指笛の合図というのを一度やってみたいと言っていた。…その発言直後、カラム隊長に「不敬だぞ」と怒られていたけれど。でも、ステイルの大規模な瞬間移動はちょっと召喚とか魔法っぽいしやってみたい気持ちはよくわかる。ステイル本人も悪い気分ではなかったらしく、アラン隊長の発言に少し可笑しそうに笑っていた。
「でも、いつものアーサーのお部屋もどんなのか見てみたかったわ。また今度機会があったら招待してね。」
「いや‼︎本当に見せれるような部屋じゃないんで‼︎本ッ当に何もないですし‼︎」
私の発言にアーサーは首を思い切り振った。別になにもなくても気にしないのに。むしろ物が少ないのもそれはそれでアーサーらしい。…まぁ、第一王女が異性の部屋に御気軽に招かれるわけにもいかないけれど。
焦るアーサーに「残念」とだけ言葉を返して引いておく。すると、アーサーがほっと息を吐くのが肩の下がり方だけでよくわかった。そのまま空になった料理の皿に気付くと、一度離れておかわりを取りにテーブルへと向かっていった。あれだけの大盛を完食してまだ食べられるなんて流石だ。
アラン隊長達も恐らく私の話し相手をしていなかったらアーサーを追い掛けて二皿目に突入していただろう。
「本当に喜んで頂けて良かったですね、お姉様っ!お料理もすっごく美味しいです!」
「はい、本当にとても美味しいです。自分は以前頂いた豚肉料理より、こちらの方が好きです。」
「本当にこのような品を私共の分までありがとうございます。」
「本当すごく美味いです!今度料理される時は是非味見役もさせて下さい!」
ティアラに続くようにエリック副隊長、カラム隊長、アラン隊長が褒めてくれて嬉しくなる。思わずふにゃふにゃと頬が緩んでしまいながらお礼を返すと、私の照れが移ったのか近衛騎士三人の頬が俄かに染まった。
「皆さんもまだまだたくさん食べて下さいね。テーブルの上の分は全部皆の分だから。」
レオンが沢山食材を用意してくれたお陰で、まだまだたくさんある。余ったら皆に持って帰ってもらうか、こっそり他の騎士の方々に私が作ったことを内緒で配ってもらおうかとも考えたけれど、今回も無事に完食しそうでほっとする。
アーサーがまたこんもりと二皿、生姜焼きを盛って戻ってきた。一度にふた皿なんてすごいなと思ったら、真新しい方の皿を目の前のテーブルにコトリと置いて「先輩方の分も盛ってきたので」と言ってくれた。どうやらカラム隊長達が遠慮してないか心配してくれたらしい。アーサーの気遣いにアラン隊長が嬉しそうに頭をわしわしと撫でていた。
「もうお前も俺らと同じ隊長なんだし気ぃ遣うなよ?アーサー隊長。」
「そうですねぇ、でしたら次は自分がアーサーに敬語を使う番でしょうか?」
アラン隊長とエリック副隊長の言葉に、カラム隊長も「たしかに」と頷いた。そういえば、今やアーサーは立場上エリック副隊長より上だ。そう思うと余計にアーサーのスピード出世の凄まじさがよくわかる。
先輩三人の言葉にアーサーは「勘弁してください‼︎」と声を上げた。
「もうアラン隊長もカラム隊長もエリック副隊長も俺よりずっと先輩ですし、…やっぱこのままが一番良いです。」
だから変わらずでお願いします、と頭を下げるアーサーにエリック副隊長達が微笑んだ。
アーサーにとっては尊敬すべき先輩達はずっとそのままらしい。エリック副隊長が背中を叩くと「ハリソン副隊長のことは間違って隊長呼びするなよ」と声を掛けた。
「アーサーの隊長昇進も、ハリソンとの決闘後から誰もが認めています。今日も彼の隊長としての真面目さは騎士達からも評判でした。」
次の隊長会議が楽しみだ、と続けるカラム隊長にアーサーの顔が紅潮していった。恥ずかしそうに目を逸らしながら「いやもう既に書類でいっぱいいっぱいで」と食べる手が止まった。
アーサーとハリソン隊長との決闘はそれはもう殺し合いレベルで凄まじかったらしい。ハリソン隊長の本気モードに騒然とする騎士も多く、その中で一日中ハリソン隊長と張り合って勝利したアーサーは既にその戦闘技術の高さは周知の事実らしい。
アラン隊長曰く「もう戦闘だけなら騎士団で五本どころか三本に入るだろ?」と言われて凄く謙遜していた。アーサー曰く剣以外はまだまだです、らしいけど。でも、あのハリソン隊長に特殊能力込みで勝ったのだから相当なのは間違いない。一人でチャイネンシス王国南部の敵勢力を殲滅させた人に勝てたってかなりのことだと思う。考えれば考えるほどアーサーの昇進は凄いことだ。副隊長祝いは間に合わなかったけれど、こうして隊長昇進だけでも祝えて良かったと思う。
「本当に今度はちゃんとお祝いできて嬉しいわ。前回アーサーに食べて貰えなかったの、すごく残念だったから。」
「…え?俺、プライド様の料理断ったことありましたっけ…?」
あ。
………しまった、口が滑ってしまった。
あまりの安堵と嬉しさで、思わず前回のことをアーサーが知っていること前提で話を進めてしまった。あのことについてはアーサーは何も知らない筈なのに‼︎
アーサーが全く覚えがない、といった表情で目を丸くしていた。私が固まっていると「俺、そんな勿体ないことしました⁈」と余計に慌て始めたから冷や汗が止まらない。笑顔が固まったまま視線を彷徨わせるとティアラも私と同じように言葉に詰まっているし、アラン隊長達も苦笑いのまま私を見つめて固まってしまってる。こういう時に頼れるステイルは⁈と思ったら、まだセフェクやケメト達と話し込んでいるのかこの場にいない。どうしよう、私が逃げ場を探している間にもアーサーの顔がみるみる内に勘違いで青ざめている。
「いえ!違うの、違うのよ⁈そのっ…あれは、アーサーに出す前にそのっ…。実は、本当は副隊長昇進した時もお祝いしようと思ったんだけど、ちょっと理由があって料理が駄目になっちゃって…。」
どうしよう、また黒焦げの液状化現象を引き起こしたとでも言うべきか。いや!それはそれで折角払拭したイメージがまた復活してしまって困るし…。
そう思いながら必死に上手い言い訳を考えていると、アーサーが何やらぶつぶつと「料理…。…食べ…。…ッあの時の…⁈」と思い出したかのように目を見開いた。青ざめた顔が戻ったのは良いけれど、代わりに目が大分怖いし凄い覇気が溢れてきた。傍にいるアラン隊長、カラム隊長、エリック副隊長の顔が「あちゃ〜…」と言わんばかりに強張っていた。何か他にもまずいことでも言ってしまっただろうか。ティアラも若干焦った様子で私のドレスを小さく引っ張った。
あまりのアーサーの急変ぶりに逆に心配になって彼を見返せば「まさか…」とその口がはっきりと動きだした。
「プライド様が泣かされた時の原因の料理って…それっすか…⁈」
きゃああああああああああっっ⁈‼︎
なんで⁈なんでアーサーが私が泣いた時のことを知ってるの⁈
思わず馬鹿正直に顔が引き攣ってしまう。絶対今は私の方が青ざめているだろう。まずい、食べ物の恨みの怖さは私がよく知っているのに‼︎
私とティアラが黙秘を貫いていると、アーサーのギラリと光った蒼い瞳が先輩騎士三人に向けられた。「そうなんすか⁈」と投げかけられ、三人とも私を庇うように苦笑いのまま押し黙ってしまう。
するとアラン隊長の顔を見たアーサーが再びハッとしたように「!だからアラン隊長あの時に俺だけでも怒れって…‼︎」と声を漏らした途端、今度はアラン隊長に口を塞がれていた。…どうやら近衛騎士コミュニティで何かあったらしい。
フォローを入れようにも変にここで言ったら、逆に墓穴を掘りそうな気もして何も言えなくなる。じわじわとパニック状態で固まってしまうと、料理を盛った皿のテーブルから今度はヒャハハッと笑い声が割り込んできた。
「例の料理、食われたぐれぇで泣いちまったのかぁ主?」
ヴァルが私を馬鹿にするようにニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを向いた。
手には二杯目であろう料理と味噌汁を盛った器があった。ちゃっかり食べながらその表情はどう見ても、食べ物程度で泣いた私に対して「やっぱりガキだな」と言っているようで悔しくなる。自分だってがっつり両方おかわりしてるくせに‼︎
まさかの飛び火で今度はヴァルにまで泣いてしまったことがバレちゃうなんて‼︎私が思わず頬を膨らますと余計愉快そうにその口端が引き上がっていた。完全に馬鹿にされてる。更には他人事だからって「たかが料理でなぁ…?」と楽しそうに私を弄って煽ってくる。あの時の料理とスープなんてアーサーの為だけに作ったもので、しかも今回みたいに皆が協力して作ったものだったのに‼︎それにっ…!
「クッキーだって本当は貴方達の分もあったんですからねっ‼︎」
「「「「「クッキー⁇」」」」」
…あ。
…………やってしまった…。まさか、一度ならず二度までも…!
今度はアーサーだけでなく、アラン隊長達やヴァルまでも目を丸くして聞き返してきた。
パンドラの箱を開けた感満載だし、更には最後に夢も希望もなさそうな現状に血が引いていく。唯一味方のティアラも必死に言い訳を探してくれているようだけど、私と同じように見つからないようだった。言葉に詰まりながら、自然と一番バレてはならない相手に目線が顔ごと向かってしまう。油をさしてない機械のようにギギギ…と歪に首が動く。見れば、ステイルがケメトとセフェクの前からしっかりとこちらへ顔を向けていた。
「…?姉君、クッキー…というのは。」
………ええと。…どこまで言えば上手く纏まるのだろう。
引き攣った笑みで返しても、全くうやむやにしてくれる気配もない。むしろステイルが私の反応を読んでから早足でツカツカと近づいてくるから凄く怖い。ひぃぃっ!と背を反らすと今度は別方向から「おい、主」と投げかけられた。
「そりゃあどういう意味だ…?」
テーブルに一度皿を置いたヴァルが久々の凶悪な覇気を纏って私を見てる。もともとの怖い顔が訝しむように眉を寄せて私を覗き込んだ。
ヴァルの異変を察してか素早くステイルの背後から立ち上がったセフェクとケメトまでこちらに駆け寄ってきた。完全に逃げ場がない。
ティアラが私を守るようにステイルとの間に入って「違うの!今のは兄様のクッキーの話じゃないから‼︎」と声を上げた。救いの女神の存在にやっと背筋の冷たさが落ちつ
「今の〝は〟とはどういう意味だティアラ…?」
ッッッけない‼︎‼︎流石ステイル、言葉の端々すら逃してくれずに捕まえてくる。ティアラが再び言葉に詰まり、若干青ざめてくるので今度は私からティアラを抱き締めて引き寄せる。こわいこわい超激こわい‼︎‼︎
助けを求めて傍にいるアラン隊長達の方に後退ると、一応ヴァルからは庇ってくれたけれどステイルからは逃れられず、とうとう私とティアラの目前まで迫られてしまった。
ちらりと怖いもの見たさでアーサーの方を見ると、もう完全に確信した目がすっっごく怒っていた。セドリックが犯人と断定されてること間違いない‼︎
しかもその直後に駆けてきたセフェクとケメトがヴァルを押さえるように掴まりながら、私とヴァルを見上げてくる。セフェクが「どうしたの」とヴァルへ投げかけるとヴァルが舌打ちをして一歩下がった。
「どうやら例の馬鹿王子が摘み食いしたのは料理だけじゃなかったらしい。」
思いっきり核心をついたヴァルの言葉にセフェクとケメトの純粋な眼差しが同時に私へ向けられた。
もうそんな目を向けられたら嘘がつけなくなるからやめてほしい。追い討ちをかけるように察しの良いケメトが「僕らにクッキーを焼いてくれてたんですか⁈」と声を上げるから、それにセフェクが乗って「それも食べられちゃったんですか⁈」と更に核心が深掘りされる。
「い、いいえ…そっちのクッキーは、…作る前にセドリックが料理を摘み食いしちゃってそのまま…。だからあの時は作れずに終わっちゃって。」
ごめんなさいと、続けながらもう完全王手だなと静かに理解する。
主が、プライド様が謝ることじゃないです!と言ってくれるセフェクとケメト、近衛騎士の三人に続いてティアラが「悪いのはセドリック王子ですからっ!」と改めて私に言い聞かせてくれる。
「おい王子。報酬代わりに馬鹿王子をぶっ殺させろ。」
「検討しておこう。」
いやいやいやいやいやいやいや‼︎
ヴァルの物騒発言にあっさりと返すステイルに物凄く焦る。まだ一番大変なことは言ってない筈なのに凄く怒ってる‼︎
私が許可出さなければ人に危害は加えらませんからね⁈と急いでヴァルとステイルへ言い聞かせると、舌打ち交じりにヴァルが「じゃあ半殺しだ」と何故か値引き交渉みたいなことを言ってきた。冗談みたいな発言だけど、目がガッツリ前科者の目だったのではっきりと私から断っておく。食べ物の恨み本当怖い。
セフェクがヴァルの顔面に放水して「殺しとか言わないで!ケメトの影響に悪いでしょ‼︎」と彼の頭を冷やさせてくれた。更にケメトがヴァルの手を掴んで「それよりご飯を食べましょう!」と生姜焼きを置いたテーブルに引っ張っていってくれる。大分未だに殺気をしまえてないけれど、何度も舌打ちを鳴らしながら二人に引っ張られていってくれるヴァルにほっとする。去り際にかなり忌々しそうに「クソガキが」と呟きが聞こえたけれど、私に対してかセドリックに対してか二人に対してかは全くわからない。
「なァ、ステイル。…アレ使ったら一発ぐらいぶん殴る許可貰えると思うか…?」
「代償が高過ぎる。それに今のセドリック王子ならばそれを使わずとも拳二つ程度甘んじて受けるだろう。」
ッなんか今度はアーサーと物騒な会話しているし‼︎‼︎
ステイルの肩に腕を置きながらアーサーが目線を投げたのは。部屋の隅に置かれた彼の私物の山だった。
完全に目が二人とも本気だ。更に発言から見てステイルまで殴る気満々なのがよくわかる。
いくら天才王子のセドリックでも、今のアーサーとステイルを二人同時に敵に回して生き延びられる気がしない。
もう隠しようがなさそうな現状に諦めもつき、ティアラと目を合わせる。
仕方ない、本当はアレも最後に渡すつもりだったけれど、これ以上白状したら折角のサプライズも半減してしまう。視線を送ったティアラからも同意の頷きが強めに返ってきた。
ステイルの視線から逃げるように一度バスケットを置いたテーブルへと駆ける。背後から何人かが私を呼んだけど、構わず布で覆ったバスケットの中から一つの包みを取り出した。包みにぶら下げたカードの宛名を確認してから、それを胸に皆のもとへ戻る。
ティアラがすぐに私の隣に駆け寄ってきてくれて、二人一緒に改めてステイルへと向き直る。
突然のことにステイルが眼鏡の縁を押さえつけながら、私とティアラを見比べた。アーサーがステイルの肩から手を離し、隣に並ぶようにして様子を窺った。
「……ほ、本当は、…これも最後に渡すつもりだったんだけど…。」
なんだか改まると恥ずかしい。
すごく渡したい気持ちと取り下げたい気持ちが混ざり合う。緊張で口元がピクピク動くけれど、気合いで必死に抑え、ここまで来たらと思い切ってステイルに包みを突き出した。
「………摂政業務、いつもお疲れ様。私とティアラからよ。」
そう言って笑ってみせれば、目をぱちぱちとさせるステイルが信じられないような表情でそっと私から包みを受け取ってくれた。「開いても…?」と凄くおそるおそる言われて、ティアラと一緒に頷いて答える。
ステイルは止め部分から折り目まで一つひとつ丁寧に外し、包みを開いてくれた。中が割れてないか内心ヒヤヒヤしながら私はティアラと一緒にステイルの反応を待った。今度こそリベンジできた
ステイルの似顔絵クッキーの反応を。




