360.高飛車王女は叶う。
「騎士隊長昇進おめでとうっアーサー‼︎‼︎」
ステイルに瞬間移動してもらってすぐ、私とティアラはアーサーに飛び付いた。
四日前。
アーサーとハリソン隊長の決闘をアラン隊長達から教えてもらってから、その日のお昼前にステイルが私達の部屋に駆け込んできた。
部屋に訪れてすぐの、その反応があまりにも三ヶ月前とそっくりで私もティアラも目を見張った。
その上、私達の背後に控えてるアラン隊長とカラム隊長に向かって「お二人はご存知だったんですか⁈」と声をあげるから余計に驚いた。
アーサーの八番隊騎士隊長への昇進。
騎士団でも史上最年少の快挙を二度もアーサーは更新してしまった。まさかの今度はエリートのカラム隊長の記録すら凌いでの騎士隊長昇進だ。十代で隊長格になれたのはアーサーが歴代でも初めてでしょうとカラム隊長本人が言っていたのだから間違いない。
私もステイルもすぐにアーサーにお祝いを言いに行こうと思った…のだけれど、そこでティアラから提案された。
『今度こそサプライズを成功させましょうっ!』
以前、アーサーが副隊長昇進した時に色々あっておじゃんになってしまったサプライズ。ティアラの提案に私もステイルも大賛成だった。勿論アラン隊長とカラム隊長も。……まぁ、条件付きだったけれど。
「本当に本当におめでとうアーサー!三ヶ月もせずに隊長昇進なんてすごいわ!」
「おめでとうございます!お姉様も兄様もすごく喜んでましたっ!私もとっても嬉しいです!」
私とティアラで一緒にアーサーに抱きつきながら改めてお祝いを伝える。
前回みたいにアーサーが苦しくないようにとティアラの胴回りに倣い、アーサーの胸に飛び込んだ。ぎゅっ、と回した腕に二人で力を込める。飛び込む瞬間のアーサーの目を丸くした表情を見るとサプライズ成功かなと思い、嬉しくなった。やっとちゃんとアーサーにお祝いができた。
そう思い、そっと腕を緩め
ぎゅ、…
…ようと思ったら、逆にアーサーが私とティアラをそのまま抱き締め返してくれた。
騎士らしい逞しい腕で強く抱き締め返されて少しだけ息が止まった。小さく顎を上げて見上げると、アーサーが私達の頭に顔を埋めるようにして強く目を瞑っていた。
「…すっげー…会いたかったです……。」
私達を抱き締める腕に更に力がこもった。
少し疲れているようにも見えるアーサーの表情に、まだ復帰して本調子じゃないのかなと思う。隊長業務も今日からで、一日は足止めしておくとアラン隊長達が言ってくれたけれど、やっぱり相当書類仕事とかで忙しかったんだなと思う。
至近距離で顔を覗かせるアーサーを今度は顔ごと見上げて、腕に回していた手を離してそっと瞑られた目の下を指先でなぞる。…うん、良かった。クマとかはできていない。
「私達も会いたかったわ、アーサー。」
お見舞い行けなくてごめんなさい、と返しながらアーサーに笑い掛ける。目の下をなぞられたアーサーの目がゆっくり開かれた。そして
急に沸騰したかのように真っ赤になった。
ボワッと音が聞こえそうなほど一気に。
「え⁈あ!おっ…⁉︎」と何やらよく分からない声を漏らすと、目にも留まらない速さで両手を私達から離した。…どうしよう、もの凄く動揺している。視線をグラグラと彷徨わせながら一歩後ろに下がったアーサーは「す、すみませっ…今のは思わず…‼︎」と唇をあわあわと震わせながら弁明をしてくれる。
私ごとティアラを思い切り抱き締めちゃったこともそうだろうけれど、王族二人を自分から抱き締め返しちゃったのだから慌てるのも当然だ。私もティアラもアーサーの狼狽えっぷりに笑ってしまい、顔を見合わせてから最後にアーサーへと向けた。
「大丈夫。私達とアーサーの仲じゃない。」
「私もお姉様も兄様もアーサーのことが大好きですからっ!」
顔を真っ赤にしたアーサーが「いや、でもっ…王女…てかもう、齢も……」とかモゴモゴ言ってくれたけれど、やはりティアラが婚約前の年なのを気にしてくれているらしい。
相変わらず律儀なアーサーに苦笑しつつ、ふと私達の背後でずっと皆や料理を瞬間移動し終えてくれたステイルの方を振り返る。サプライズが成功して嬉しそうに笑んでくれてたけれど、私と目が合った途端にその眼差しがアーサーへと意地悪く光った。
「王族三人が訪れる騎士の部屋などそうそうにないぞ?ありがたく思え、アーサー。」
「ッッッそうだ‼︎ぷ、ライド様!なんで俺の部屋に⁉︎」
ステイルの言葉にアーサーがハッとして顔を上げた。その姿にステイルが肩を震わせて笑い出す。
アーサーはまるで今気がついたかのように部屋を見回すと「俺!何の持て成しの準備もできてないんすけど⁈」と今回の主役なのにすごく慌てだした。その様子を可笑しそうに笑うエリック副隊長が「大丈夫大丈夫、ステイル様がテーブルごと料理も瞬間移動してくださったから」と言った途端、やっとアーサーの注意がメインの料理へと向いてくれた。
大量に作った、アーサーが好物の異世界料理だ。
生姜焼きとお味噌汁だし、本当に地味だけれど今度こそアーサーに食べて貰おうと頑張って作った私とティアラの力作だ。
今度こそリベンジをと三人で決めてから、一番気合が入っていたのは他ならないステイルだった。アーサーへの料理の為の食材をまたレオンに会った時に取り寄せて貰って…と私が話した途端「いえ、今すぐに準備をしましょう。今度こそ絶ッ対に邪魔が入らないうちに‼︎」と力一杯押し切られてしまった。私がそれに同意した途端、ステイルは躊躇なく瞬間移動でアネモネ王国に居るレオンに直接依頼しに行ってしまった。隣国であるアネモネ王国は凄く近いし、私の許可なくでもレオンの城まではステイルの瞬間移動でいける。でも、もしレオン以外の民に瞬間移動を見られたら…!と帰ってきたステイルに言ったら「レオン王子ならば数人程度口止めをしてくれます。それに今は緊急事態だったので…!」とかなり燃えていた。
瞬間移動で戻ってきてくれたステイルは、大量の食材を一緒に運んできてくれた。話によると、レオンが前回のことがあってから次いつ私がリベンジしても良いようにと大目に食材を常備してくれていたらしい。…それはもうたんまりと。確実にアーサーが一人で食べきれる量を超えるほどに。
流石に多過ぎるのでは…と思ったのだけれど「レオン王子から、予備も含め姉君の為に用意したものなので遠慮なく使って欲しいとのことです」とステイルに言い切られてしまった。本当に、いつの間に二人はあそこまで仲良くなったのだろう。
そして、ステイルとレオンの行動力と準備の良さに感心している間にも「姉君、食材は食料庫に置かせるとして、料理場は何日の何時頃に借りましょう?」「アラン隊長、カラム隊長、アーサーの近衛復帰が決まり次第すぐに報告をお願いします」「俺のこの休息時間中に計画もきっちり立てておきましょう‼︎」とまるでこれから戦争に行くかのような気合の入りっぷりだった。
ティアラは楽しそうに笑ってたけれど、私とアラン隊長、カラム隊長は完全に圧倒されてしまった。
そうして、三日前にアーサーがハリソン隊長との決闘後に三日間絶対安静になったことをエリック副隊長達が報告してくれてから具体的に料理の手順からサプライズの進行まで皆で計画した。
今回は近衛騎士以外にも協力者がいたお陰もあって、私とティアラも計画をちゃんと立てられたし、アーサーにもほかほかの出来立て料理を用意することができた。
こうしてアーサーが目を向けてくれた今も、生姜焼きも味噌汁もホカホカと湯気が上がってる。
「アーサーの好きな料理を皆にも食べて貰おうと思って。」
「お姉様がすごく頑張って作ってくれたのですよっ!」
私達の言葉に、茫然とするアーサーに代わってアラン隊長が「えっ⁈俺らの分もあるんですか⁈」と大声を上げた。振り返れば既に私達の料理を見守ってくれていたカラム隊長とエリック副隊長と違い、それを知らなかったアラン隊長の目がきらきらと輝いていた。
食材が大量にあるし、調理方法自体はどちらもシンプルだから私とティアラでも大人数専用の調理道具を借りれば、わりと楽に用意することができた。…腕はちょっと疲れたけど。
「えっ…プライド様が作っ…⁉︎」
「ティアラと二人でね。冷めないうちに食べて!大丈夫よ、味見もしたから。」
ちゃんと美味しいわ!と未だに理解が及んでいないらしいアーサーの背中を私とティアラで押す。
ステイルが戸惑うアーサーの反応を楽しそうに迎えながらフォークと皿をテーブルから取ってくれた。アーサー用に盛った、一番大盛り出来立ての皿だ。アーサーにそれを押し付けるように渡したステイルが「早く食べろ。姉君とティアラの力作だ」と言ったら、アーサーの喉が食べる前から音を立てた。大分お腹が空いていたのだろうか、大量に作って本当に良かった。
アーサーは皆に見られている緊張からか微妙に手が震えていたけれど、私達に勧められるままにフォークで料理を取るとパックリと一口で生姜焼き一切れを頬張ってくれた。
「〜〜〜っ…‼︎」
茫然としていたアーサーの目がキラッ、と輝いてフォークを握る手をそのままに固まった。
火照った顔がさっきまでの名残なのか料理の熱さのせいかわからないけれど、それでも顔いっぱいに美味しいと言ってくれてるようで感想を聞く前から私もティアラも二人でハイタッチをした。
「すっっっっっっっっげぇ美味いです…‼︎‼︎…」
ごくり、と飲み込んだ音が聞こえたと思えば、アーサーが力一杯感想を告げてくれた。
ありがとうございます…‼︎と続けてくれて、嬉しくて思わず照れ笑いをしてしまう。
「まだ皆の分をいれてもたくさんあるから好きなだけ食べてね。今夜はアーサーのお祝いだから!」
そう言って振り返り、今度は皆にも皿を勧める。すると、すごい勢いでステイルやアラン隊長達、ヴァル達もテーブルの皿を攫っていった。一瞬カルタでもしてたかしらと思うほどの速さだった。
まだ大皿にも生姜焼きが積んであるから良いけど、皆そんなにお腹を減らしてくれていたのだろうか。今いる人数分とおかわり分だけステイルに運んでもらっておいて本当に良かった。
「こちらのスープも飲んで下さいねっ!こちらもお姉様の手作りなんですから!」
ティアラがニコニコと味噌汁の入った器をアーサーに差し出した。まるで良妻のようなティアラの姿にほっこりしてしまう。
両手に皿とフォークを抱えたアーサーは一度片手で両方を持つと、もう片手でティアラから味噌汁を受け取った。両手で器を持って食べ難いかと思ったら、ステイルが瞬間移動でテーブルをアーサーの目の前に出してくれた。よく見ると、どこか食堂で見たことがある気がするテーブルだ。…うん、後でちゃんと元の場所に戻してもらわないと。
アーサーはステイルにお礼を言うと、一度料理の皿をテーブルに置いた。それから両手で味噌汁を持つとズズ…と具沢山の味噌汁を啜り、ほっとしたように笑みを浮かべてくれた。「美味ぇ」と零した言葉にティアラの表情が嬉しそうに緩み切ってアーサーや私、ステイルに向けられた。
「レオンが食材を協力してくれて、ステイルがわざわざそれを用意してくれて、計画もしてくれたの。凄くアーサーの為に頑張ってくれ」
「姉君。…その、俺のことは良いのでそれよりも料理の説明を是非。」
私の言葉をステイルが少し慌てたように遮った。バツが悪そうに話題の変更を希望され、私も苦笑しながらそれに応える。
「以前のパーティーでアーサーがこの料理が気に入ってたってカラム隊長が覚えててくれて、せっかくならアーサーの好きなものでお祝いしたかったの。…特別なお祝いだから。」
長身のアーサーを見上げながら、数本乱れて顔に掛かった彼の銀髪を口の中に入らないようにとそっと耳にかけてあげる。私の言葉を目を丸くして聞いてくれるアーサーが、耳に触れた瞬間少し肩を震わせた。
「本当に本当におめでとう、アーサー。貴方は私の自慢の近衛騎士よ。」
もう何度言っても足りないくらいのお祝いを彼に伝える。
本当に、本当に本当に本当に嬉しかったから。
六年前の彼が立派な騎士になって戻ってきてくれて、更には副隊長から隊長にまで昇進してくれた。それだけアーサーの努力が実って、そして認められたという証拠だから。
私の言葉にアーサーは、火照りが収まった筈の顔に再び赤みを帯びさせた。第一王女からの言葉で改めて隊長昇進の自覚が湧いてきたのかもしれない。
パクパクと口を開けたり閉じたりしたまま固まるアーサーに、ステイルやアラン隊長達がニヤニヤと笑ってる。ヴァル達だけが完全に蚊帳の外かのように生姜焼きと味噌汁を食べながらわいわいしていたけれど。
「ありがとう…ございます…‼︎」
蒼い瞳が少し揺れたように見えたアーサーは、ゴクンッと食べ物以外の何かを飲み込むと、柔らかい笑みを返してくれた。
心から嬉しそうに笑ってくれるアーサーに、私も笑みを返した。




