そして笑う。
「アラン隊長とカラム隊長のこと悪く言わないで下さい…。」
低く、若干ぐったりとした覇気のない声が突然放たれた。
聞き覚えのある声に顔だけを向ければ、通路を挟んで向こうのベッドから何者かが身体をこぼしていた。起こすほどの余力がないのか、私の方を向く為にベッドから上半身を垂らし、顔を覗かしていた。長い銀色の髪が束ねられずに床についている。
「……アーサー・ベレスフォード。」
居たのか。
そう思い、副団長へ一度視線を向けると「言っただろう?お前と同じ、だと」と笑われた。確かに、副団長は先ほどそう仰られていた。どうやらアーサー・ベレスフォードも決着後に私と共に救護棟の同じ部屋に運び込まれていたらしい。
「アラン隊長も…カラム隊長も、…すげぇ覚悟でプライド様を守ってくれました…。ンな風に…言わないで下さいよ…。」
ぐんなりと身体を垂らしながら訴える彼は、まだ大分疲弊しているのか、その瞳の光すら薄らいでいた。私が答えずに目を向けていると、アーサー・ベレスフォードの目の奥で不満の色が急激に強まった。
「ていうか…酷いですよハリソン隊長…。俺が…自分がすげぇ死ぬ思いして聞きたかったこと…副団長が聞いた途端すんなり答えちまうなんて…。」
せっかくあんな死ぬ思いして戦ったのに…。と、どこか不貞腐れるように零すアーサー・ベレスフォードは垂らした上半身をそのままに段々と崩れ、ゴンと音を立てて長い銀髪ごと頭が床に着地した。どうやら彼もまだ身体の自由が利かないらしい。私と同じく身体中に包帯を巻き付けられている。
副団長がそれを見ると「ほら、無理して動くんじゃない」と言いながら椅子から立ち上がり、アーサー・ベレスフォードに歩み寄った。彼を一度引き起こすと、そのまま再びベッドに寝かし直す。
「言い忘れたが、お前達はあと二日間は絶対安静だ。特殊能力者の治療を受けた後だからもう絶対に動くなよ。」
…二日。
ならば両者とも大して重傷は負っていないということか。そう思った矢先に副団長から「折れてはないが、あと二日で完治するわけでもない。特殊能力者の治療を受けた上での絶対安静、それがあと二日だ。」と釘を刺された。
「…あと二日も…会えねぇのかよ……。」
う゛ぁ〜…とアーサー・ベレスフォードの呻き声がさらに上がった。打ち拉がれるような声を漏らす彼は何度も唸り「なげぇ」と呟いた。副団長がそれを見て、また楽しそうに喉を鳴らし笑う。
「近衛騎士任務もカラム達三人で回してもらうことになった。プライド様達にも既にお伝え済みだ。」
副団長の言葉に、更に彼の嘆きが増す。
続けて私の方を向く副団長は、八番隊の指揮を元副隊長のイジドアが代理で行うことを教えて下さった。奴ならば問題もないだろう。だが、…それは私が受けるべき報告ではない。
「報告ならばアーサー・ベレスフォードに願います。八番隊の隊長は私ではありません。」
私の返しに副団長は、ああそうだったなと軽く仰ると彼の方へと向き直った。アーサー、と呼ばれた途端に彼は「聞こえてます…」と覇気のない声で副団長に応じた。
「………ハリソン隊長。」
「隊長ではありません。」
私に言葉を掛けるアーサー・ベレスフォードに、念を押す。
すると、彼の方から数度寝返りを打つような音が聞こえてきた。副団長が「動くなと言っただろ?」と声を掛けると、また唸り、そして動きを止めて言葉を続けた。
「…ハリソン、…さん。……一つ、お願いがあるんすけど」
「何なりと。」
言いにくそうにする彼の言葉に再び私が重ねる。今や彼は私の上官。彼に従わない理由がない。
私の言葉にアーサー・ベレスフォードは一度深い溜息をつくと「じゃあ遠慮なく…」と前置きと共に私へ命じた。
「…俺が隊長になっても……言葉、変えないで欲しいンすけど。」
?…どういう意味だ。彼は私から正々堂々実力で隊長の座を引き継いでいった。私が今更不満を言うわけもない。
理解が及ばず、顔を顰める私に副団長がくっくっ、と笑いを向けた。何故笑っておられるのか、聞こうとする前に彼が先に言葉を紡いだ。
「いや…本ッ当にハリソン…さんに、敬語とかで呼ばれンのとか無理ですって…。」
布が擦れる音が数度聞こえた。またアーサー・ベレスフォードがベッドの上で何やら呻いた。目を向ければ、両腕を額に乗せて覆う姿が見えた。
「せめてハリソン、さんみてぇになれてからの任命なら…すげぇ嬉しかったですけど…俺、まだまだですし…。威厳とか…戦闘での判断とか……なのに、ンなすげぇ人から敬語とか…。」
無理っす…。と最後は力尽きるように語る彼は、言葉を止めた。寝ぼけているのかと思うほど譫言のような声だった。
……私みたいに、か。
言葉の綾か、それとも世辞か。
まるで、私のようになりたいかのような言葉を彼が言う。
副団長が「なんだ、アーサー。ハリソンに敬われるのが嫌なのか?」とからかうように言葉をかけた。その途端、彼から一瞬なにやら怒りを纏った覇気がこちらへと向けられる。私…というよりも副団長に向けられているように感じるが。「副団長だって騎士団長に敬語話されたら困るンじゃないすか?」と彼にしてはかなり棘のある口調で反撃が飛ばされた。ああ、それは困るな。と軽く返す副団長は楽しそうに肩を揺らされた。
「……お前に負けた私を、敬う理由がどこにある。」
躊躇いなく呼びつけ、呼ばせれば良い。私は彼にならば傅く覚悟などとうに出来ているというのに。
すると、アーサー・ベレスフォードは一言漏らし、今度は私に背を向けるようにして寝返った。
「勝てたのはギリッギリですよ…。……ハリソン隊…さんがすげぇことは…ずっと前から知ってますし…。むしろ敬えない理由がないです…。」
………まるで、私を慕うようなことを言う。
そのまま彼は今度こそ「すみません、少し休みます」と一方的に告げると本当にその後からはなにも発しなかった。
私も休むべきかと、彼から視線を外し副団長へと向けた。すると何故か仄かに笑む副団長は、ゆっくりと頷き、静かに目を瞑られていた。どこか感慨深そうなその表情に疑問を抱く。何故そうも深々と頷かれているのか。そう思い、尋ねようとした時。
「…成長したなぁ、ハリソン。」
………突然のことに、頭が追いつかなかった。
副団長からの二度目のお褒めの言葉に、今度は耳を疑う。目を見開き、固まる私を副団長は暫くは何も言わずに覗かれた。そして私がやっと瞬きを思い出した時、静かにその口を開かれた。
「お前が部下に慕われる姿を見れて嬉しいよ。」
そう言って、柔らかく笑まれると副団長は「これからも八番隊とアーサーを宜しく頼むぞ」と私に小声で言い残し、腰を上げられた。
「私はそろそろ部屋に戻るが、…お前達。絶対に安静にしていろ。口喧嘩も控えろよ。」
柔らかい口調のまま、はっきりと我々にそう命じると副団長は私達の返事も待たずに部屋から去っていかれた。どうやら目覚めた私達が再び動かぬように釘を刺しに来られたらしい。…いや、私達ではなく私に、か。
扉から姿を消した副団長の背中を見届けた後、暫く天井を見上げ続けた。
……褒めて、下さった。
静かに、このしばしの間に起こった事象に思考を巡らす。…私は、夢でも見ているのか。
副団長に二度も褒められ、成長を喜ばれた。
アーサー・ベレスフォードが私を敬うと宣った。
このような幸福を、何と呼べば良い。
『せめてハリソン、さんみてぇになれてからの任命なら…すげぇ嬉しかったですけど…俺、まだまだですし…』
私のようになれてから。
…六年前、彼は確かに騎士団長のようになりたいと語っていた。それを、…彼は私のようにもなりたいというのか。
気付けば勝手に口元が緩む。幸福感に満たされ、今ならば己が死すら笑顔で迎えられるだろうと思うほど。
「……………なれば良い。」
緩んだ口端が今度は引き上がる。
彼の目に、私がどのように美化し映されているのかは知らない。だが彼ならばこの私など必ず優に超えるだろう。
息遣い程度の微かな声が、宙に放たれ消えた。
聞こえずとも良い。知られずとも構わない。私はただ、騎士としてひたすらに尽くすべき者の為に尽くすまで。
ロデリック・ベレスフォード騎士団長
クラーク・ダーウィン副団長
プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下
アーサー・ベレスフォード騎士隊長
尽くす者の為、私は振るう。
力を振るうことで民を護り、そしてあの方々に尽くし続ける。
この胸の、騎士が誇りとともに。
意義ある生と死。
それが、何にも勝る私の幸福なのだから。




