夢に見、
「…………。」
「……騎士団長。何故、我らと同じ騎士にあのようなことを。」
…アーサー・ベレスフォード。
去年、本隊入りを果たした彼は、たった一年で一番隊の副隊長に昇進していた。…今はもう珍しいことでもない。騎士の数も減り、更には古参から力つき淘汰されていく騎士団では各隊の規定も今や意味をなさない。強い者から上へとのし上がるだけだった。
減れば補給される、騎士の存在はそれだけのものに堕ちてしまったのだから。
確かな剣の才を持つ彼が、今の騎士団で上り詰めることなど容易いものだろう。……あの方の、御子息なのだから。
そんな彼が、再び私を責める。私が決闘と銘打ち、若い騎士をまた一人痛めつけたことを根に持っているらしい。
「…女王に抗議など、すれば騎士団全てが潰される。」
…女王へ逆らえば、殺される。
一人の民の愚行がその一族全てを皆殺す。
一人の騎士の抗議が騎士団全体を脅かす。
ですが…と言葉を詰まらせるアーサー・ベレスフォードから視線を外し、私は仕方なく騎士団長室へ戻ることにする。特殊能力を使わず、早足で戻りながら再び昔を思い出す。
『…ははっ、…泣くなお前達。泣きたいのは私の方だぞ?……本当はもっと、お前達に多くを残してから逝きたかった。』
ロデリックの分も、と。そう語られたあの方は最期の最期まで騎士として生き、我らの為に務め果てていかれた。
『………ハリソン、そんな顔をするな。』
そう言葉を掛けて下さったあの方に、言葉が出なかった。
私は…何もできなかった。
大恩ある騎士団長の危機に参じることもできず、騎士団を支えた副団長の力になることもできず、…ただあの方の負担にならぬようにと身を潜め続けることで精一杯だった。
『…最期に、お前達に頼みがある。これは騎士としてではない、私個人の我儘だ。』
あの方が、騎士団の為に、民の為に、国の為に文字通り身を削り続けたあの方が…最期に我らに望まれたのは。
『アーサー…ベレスフォード。…ロデリックの、御子息だ。』
以前、私に語って下さった弟のような存在、と。それが騎士団長の御子息のことだったのだとあの時にやっと気が付いた。
枯れ始めた喉で語った副団長は最期の最期にアーサー・ベレスフォードを我らに託し、息を引き取った。
彼が騎士の門を叩いたらどうか私の代わりに支えてやってくれ、と。ただその言葉だけを残された。
あの日ほど、嘆いた日はない。
あの日ほど、枯れるまで泣いた日はない。
目の前の死を、あれほど拒み続けたことなどありはしない。
泣き、叫び、喚き、…それでもあの方が目を覚まされることはなかった。
そして、あの日を知る者はもう私しかいない。
「…カラム・ボルドー元騎士団長もアラン・バーナーズ元副団長も、女王に逆らい死んだ。」
気が付けば、私は言葉に出してアーサー・ベレスフォードに答えていた。…そう、あの時に副団長の最期の願いを聞き、その死を見届けた騎士は皆死んでいった。
ある者は女王に逆らい
ある者は不要な戦に駆り出され
ある者は酷な労働により
ある者はこれ以上騎士としての名を辱める前にと自らその命を絶った。
私一人を、残して。
「……結局。騎士になろうとも、私の生き方など変わりはしなかった。」
騎士団長を任命されたのも、単にカラム・ボルドーとアラン・バーナーズが死んだことで騎士団で最も戦闘力の高い私があてがわれただけだ。今や騎士団全隊の昇進基準がそれだ。私に人の上に立つことなどできるわけがないというのに。
女王の命令通り、殺せと命じられれば殺す。国を潰せと命じられれば潰す。騎士の謀反を二度と許さないと警告されれば、…例え力尽くでも、私の手で不穏因子は全て消す。女王に騎士団ごと消される前に、私がその者一人を未然に消しされば問題無い。…まだ、騎士団を潰されるわけにはいかないのだから。
「アーサー・ベレスフォード。……お前は、私のようにはなるなよ。」
首だけを背後に控える彼に向けながら語りかける。…顔は見ない。きっと、あの方に生き写しのその顔が酷く私を責めるのだから。
小さく「騎士団長…?」と彼の声が聞こえたが、敢えて聞かぬふりをする。
…きっと、副団長はいまの私をお褒めにはならないだろう。
騎士団長が誇り、副団長が立て直した騎士団を…あの方々が最期まで愛し、守ろうとした騎士団を私は女王の戯れと虐殺の為の軍隊にまで落とした。
私はカラム・ボルドーとは違う。奴のように高等な血も全体を見通す視野も一人一人に傾ける心も、優秀な頭脳も持ち合わせてはいない。
私はアラン・バーナーズとは違う。奴のように人を率い、導き引き上げるような統率力も推進力も持ち合わせてはいない。
私よりも副団長のケネス・オルドリッジの方が遥かに人の上に立つに相応しいだろう。
単に力…いや〝暴力〟しかない私は、人を率いる器ではないのだから。
だが、まだだ。まだ、…私は騎士をやめるわけにはいかない。この座を放棄するわけにもいかない。騎士団を終わらせる訳にもいかない。
たとえどれほどの騎士が、罪無き民が倒れ、嘆こうとも。
誰に褒められずとも恨まれようとも構いはしない。私を救って下さる方も認めて下さる方も、…褒めて下さる方も。もう、この世には居られないのだから。ただ、それでも私は
あの方々の為に、まだ。
……
…
「……ん、目を覚ましたかハリソン。」
……ここは、どこだ。
薄く…瞼が開く。
私の部屋ではない。目覚めてすぐの気配に反応しようとしたが、……身体が言うことを聞かない。
まだ夢の中かと、ぼやけた頭で思うが何の夢を見ていたのか記憶にない。
まるで夢中夢を見ていたかのように深く、…永き暗闇に閉じ込められたかのような感覚が……残酷に私を満たす。何故、私はここに……?
「よく眠っていたな。…どうだ、調子は?」
…先程からの声に、やっと気付く。
意識に輪郭がつき、聞き慣れた筈の声が…何故か酷く懐かしい。
首だけを回し、振り返ればそこには見慣れた筈の方が座っておられた。
「……副団長…?」
何故か、信じられずに目を疑う。
驚くほどのことではないと理解しながら、不思議と心がはやった。
己が焦燥に訳が分からず、確認しようとその姿に何度も瞬きを繰り返す。
「…本当に、副団長なのですか…?」
己でも、己の言葉の意味がわからない。副団長以外に誰がいるというのか。
それなのに、まるで久しく今際の際から戻ったかのように副団長の姿が懐かしく、込み上げるほどに身が震えた。
副団長は私の言葉に少し不思議そうに目を開くと、当然のように口を開いた。
「なんだ、寝ぼけているのか⁇…アーサーと随分やり尽くしたらしいな。」
お前が風邪以外で寝込むのも珍しい、と副団長はくっくっ、と喉を鳴らして笑われた。その笑みに、…不思議と安堵し目が醒める。
……何故、私はそのような問いをしたのだろうか…。
やはり、副団長の仰る通り寝ぼけていたのか。やっと頭がはっきりすれば、何故私がここに居るのかを思い出す。
「……アーサー・ベレスフォードは。」
「お前と同じだよ。一日中お前の相手をしたんだ、絶対安静だ。」
椅子の背凭れに体重を預け直す副団長は「もう明け方に決着がついてから半日以上経っている」と話された。やっとそこで己が大分眠ってしまっていたらしいことを理解する。
「…で、どうだった?アーサーとの決闘は。」
「?…結果は、ご存知では。」
私とアーサー・ベレスフォードとの決闘は複数の見届け人も居た。副団長がその結果をご存知ない訳はないというのに。
私の問い返しに、副団長は「いや、それはそうなんだが…」と苦笑気味に答えると溜息を吐かれた。「なら質問を変えよう」と続け、再び私の顔を覗き込む。
「楽しめたか?アーサーとの決闘は。」
「はい。…見事に私の敗北でした。」
即答する私に、副団長は吹き出すように笑われた。何がおかしいのか、声に出して笑う副団長はそうか、なら良かったと明るく私に返した。
「お前が負けて嬉しそうにする姿を見れる日が来るとは思わなかったよ。」
副団長の言葉に、少し私は首を捻る。
嬉しい…のだろうか、自分ではわからない。だが、満足はしている。私は本気で殺す気でアーサー・ベレスフォードと戦い、…そして期待通りに彼は私に勝利した。やはり私の目に狂いはなかった。
それを多くの騎士達に私は証明できた。これで彼の昇進に疑問を抱く者もいなくなる。…いたら、その時は私が相手をするまで。
「…ハリソン。また何か物騒なことを考えているな?」
副団長に頭を覗かれ、思わず目をそらす。この方は、私の教育係を請け負って下さってからたった一年で私の思考まで手の内かのように理解し尽くしてしまった。すると、副団長は話を切り変えるようにもう一度息を吐かれた。
「…アーサーを隊長に任命したのは、別に私やロデリックのことがあってではないだろう?」
……何故、そのようなことを。
突然声を潜めるように話される言葉に、私は眉を寄せる。改めて聞かずとも、副団長ならばご存知の筈だというのに。
疑問に思いながらも、私は問いに答えるべく己が口を動かした。
「…アーサー・ベレスフォードは立派な騎士です。……私よりも、遥かに。」
「……そうか。」
私の言葉に副団長は頷かれる。いつもならこの一言で伝わるというのに、何故か今回は「それで?」と続きを促された。副団長に望まれ、その通りに言葉を紡ぐ。
「正当な評価を、彼に与えるべきです。」
「…そうだな。」
アーサー・ベレスフォードは若い。…だが、早過ぎるとは思わない。八番隊は完全実力主義。それに、何よりも…
「私が隊長になったのは、…入隊から一年後です。」
「ああ、あの時は驚いた。」
言葉足らずの私に、副団長は変わらず相槌を打って下さる。笑いながら腕を組む副団長は、懐かしそうに遠くを眺めた。
「……………副団長。…アーサー・ベレスフォードは防衛戦の最前線で活躍しました。」
「ああ、私も報告を聞いた。」
…素晴らしい活躍だったという。
騎士団長の窮地を幾度も救い、更には放たれた銃弾すらもその剣で叩き落としたと。
防衛戦後に騎士団長を救ったと聞いた時、その話に胸が高鳴った。彼がとうとう騎士団長をその手で救ったのだという事実に六年前を知る騎士は誰もが歓喜した。
六年前。
まだ騎士どころか新兵ですらなかった彼は、突然私達の前に現れた。…騎士団長の御子息として。
まだ弱く、己が生き方すら見失っていた彼は自ら立ち上がることを決め、そしてあの方に誓いを立てた。
プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下を生涯護り続けると。
私には、わかる。
彼が、あの時に己が全てを捧げることを誓ったと。
騎士団長と副団長に我が身を捧げると誓った私だからこそ。
我らが誇り、騎士団長をお救い下さったプライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下を。
我が敬愛する副団長の大恩者であるプライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下を。
あの方を、己が身と引き換えにしてでも彼は護り続けるのだろう。
護る為には〝力〟が必要だ。
それがなければ、どれほど願おうとも己が手で守るべき者を守れはしない。
そしていくら力を持とうとも、この手が届かぬほどの先にいれば何も叶いはしない。…私が、騎士団長の危機に何もできず映像を眺めることしかできなかった時のように。
騎士団の門を叩いた彼が、一刻も早く力を得るまで。
新兵から頂を目指さねばならぬ彼が、一刻も早くあの方の傍に居られるように。
あの方を守るに相応しき力と、それに足る場所まで辿りつける日を。
いつの間にか、彼の成長を待ち続ける私が居た。
今回の防衛戦。
彼はその刃を、…騎士団長を救うことに振るった。
六年前と同じように私は最前線まで駆けつけることが許されず、…またその危機を知る事もできなかった。
だが、彼は誰よりも早く騎士団長の危機に駆け付け、確かに多くの騎士と騎士団長を救ったのだ。そして…
「……そして、私も。プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下の御坐す御殿をこの手でお守り致しました。」
「なんだ、それは褒めて欲しいのか?」
私の言葉に副団長は可笑しそうに笑み、そのまま覗き込んでこられた。否定はせずに副団長の顔をベッドから見上げれば、副団長は少し考える動作をした後に一度だけ頷かれた。
「…ああ。よくやったよ、ハリソン。やはりお前を防衛戦に任じて良かった。私も鼻が高い。」
はははっ、と軽く笑いながら掛けて下さる副団長の言葉に、…それだけで全てが報われる。
私を拾い、救い上げ、この身の責すら負って下さったこの方に、私はまた一つお役に立てたのだと。
あれから、六年。
私は、…騎士として功績を立てることもできるようになった。
任務を遂行すればその分、私の教育係を担って下さった副団長も多くの騎士に評された。責任ある任も時には私へ任され、…騎士隊長の座を得てからは騎士団長、副団長から直接任務を授かることもできるようになった。
更には騎士団長の御子息、副団長にとっても愛すべき存在、あの方を護ると誓いしアーサー・ベレスフォードが入団し、…まさかの我が八番隊に入隊した。
なんという、幸福な日々か。
あれから、六年。
副団長に拾われ、騎士団長に認められ、アーサー・ベレスフォードという存在を知れた。
…もし、あの時あの場にプライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下が居られなければ。
『私を、あの戦場に‼︎』
第一王女の身分と、齢十一でありながら自ら死地に身を投じたあの方が。
『覚悟しなさい、小悪党が。』
幾多の血に染まろうとも変わらず笑い、美しさにとどまることを知らず舞い続けたあの方が。
その苛烈さで私の…数多の騎士の目と心を奪い去ったあの方が。
もし、居られなければ。
……このような幸福などありはしなかった。
今でも、あの絶望の時を思い出すだけで全身の皮膚がざわつく。
全てを、生々しく覚えている。騎士団長を失うと、…失ったと思い、昨日までは確かにあった筈の足場が崩れていく感覚は今も足の先まで染み付き残ったままだ。
『我が友…ロデリック騎士団長をお救い頂き、心より感謝しております。…ありがとうございます…!』
あれほど副団長が歓喜し喜ばれる御姿を見るのは初めてだった。
あれほど感謝を露わにされる御姿を見るのも初めてだった。
涙を流す副団長を、…私は初めて見た。
騎士団長の命の恩人
副団長の大恩者
あの方に尽くす理由など、それだけで充分過ぎる。
私の、唯一無二の存在をお救い下さったあの方の為に必ずや尽くしてみせると。
指一本、爪の先すらあの方を穢すことを許しはしない。
……だと、いうのに。
「……アラン・バーナーズとカラム・ボルドーがあの方の傷さえ許さなければ。」
思わず思い出し、言葉に漏れる。
副団長が少し眉間に皺を寄せられたが、…恐らくは奴らではなく私に対するものだろう。
わかっている。プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下が奴らに非はないと、寧ろ命の恩人だと仰られたのならば間違いなくそうなのだろう。あの方がそう仰る限り、私が奴らを叱責する権利も断罪する権利もありはしない。
「二人の処分についてはもう終わったことだ。それに、二人が最善を尽くしたのはお前も知っていることだろう。」
「認めます。…ですが、覚悟が足りない。」
あの方を何が何でも守り抜くと、その覚悟が。
たとえあの方にどう思われようとも、変わらずあの方の為に全てを捧ぐという覚悟が。
たとえいくら近衛騎士がその先増やされようと、やはり、あの方の近衛騎士に最も相応しいのはアーサー・ベレスフォードただ一人だと。そう、紡ごうとした瞬間
「アラン隊長とカラム隊長のこと悪く言わないで下さい…。」




