358.不適格者は回顧を
…誇りと、未来を失った。
『そんなの崖上の連中を殺してからで良いじゃない。それとも女王の私の命令に歯向かうの?副団長。』
あの女王が、私の…あの方の、我々の全てを踏み躙った。
『なっ⁈崖がっ…』
地響きと瓦礫の音が映像を通し我々の鼓膜を震わせた。騎士団長が大岩に潰された瞬間を私は確かにこの目に焼き付けた。
哭き叫び、発狂したかのように叫喚する青年の声と、瓦礫の崩落音、騎士達の嘆き、副団長からの指示が渦巻き、地獄を作った。
『騎士団長が死んだなら次は貴方が騎士団長になれば良いでしょう?』
我らが誇りを侮辱し、その存在を軽んじた。
あの女王をいつの日か必ず殺すと、あの時決めた。
『ッ一人でも…生き残りがないか確認を急げ‼︎ロデリックの、死を…ッ無駄にはするな‼︎‼︎』
副団長のみが、声を荒らげ我らに指示を出す。
友である筈の騎士団長の死に、副団長は涙を流し、嘆きを堪えながらも我らを導いた。私自身、絶望と怒りと…恐ろしきほどの喪失感でこの身すら動かなかったというのに。
『ッしっかりするんだベレスフォード君‼︎…っ…お願いだ…気を、しっかり持ってくれ…‼︎』
カラム・ボルドーが己も涙で濡れながら、必死に騎士団長の御子息の肩を揺らす。声を上げ、嘆き、瞳孔の開ききった後の御子息は…完全に常軌を逸していた。カラム・ボルドーが堪らず彼を抱き締めたが「親父…、…あの、女を」と時折ぽつりぽつりと声を漏らしていた彼の心は…既にここになかっただろう。
『ッ今から崖に行きます‼︎副隊長の俺が指揮をとります‼︎行かせて下さいッ…‼︎』
騎士団長を何度も呼び、声を荒らげていたアラン・バーナーズが歯を食い縛りながらも一番隊の隊長に志願した。目を赤くしながら、堪え、他の騎士達を連れて作戦会議室を飛び出した。
…幸福な日々だった。
なのに、私の幸福は…一年すらもたなかった。
『ッ………ロデリック…‼︎』
…指示を飛ばし尽くし、後衛を残した多くの騎士隊が掃けた後。副団長は己の拳を血が滲むほどに壁に叩き付けた。
数秒の間を取り、ゆっくりと副団長はカラム・ボルドーと御子息の傍へと歩み寄った。
『……ありがとう、カラム。彼のことは私が引き継ごう。』
そう言ってカラム・ボルドーから御子息を引き継いだ。歯を食い縛り、肩を酷く震わせながら彼を抱き締めた副団長は、…また、涙を流しておられた。
『すまない、アーサー。………本当にっ…すまないッ…』
あれほど嘆き悲しむ御姿を見るのは初めてだった。
あれほど苦しみ怒る御姿を見るのは初めてだった。
そして涙を流す副団長を、…私は初めて見た。
あれから、六年。
騎士団は大きな柱を失った。その我々を支え、導いて下さったのは、他ならぬ副団長だった。
身を粉にし、多くを失った騎士団をその手腕で少しずつ立て直し、あの女王が望んだ無駄な戦でも我らを勝利に導き、そして……最期は全てが尽き果て、枯れるようにして息を引き取った。そして
多くの騎士に看取られた副団長が最期に望んだことは。
……
「…………。」




