357.不適格者は夢中で馳せる。
…幾度も幾度も、数えきれぬほどに思い出す。
大恩ある、あの方々を。
『さて、ハリソン。ボロボロになる覚悟は良いか?』
副団長。この方が私を拾い上げ、教育係を名乗りでて下さった。
その翌日の叙任式と祝会後。
今度は騎士団長までもが私と直接手合わせをして下さった。
特殊能力をどれほど駆使しようとも騎士団長に勝てはしなかった。単に剣だけではない、拳も、そして使用を許された銃すら難なく弾かれた。
当然の結果だ、前日に副団長に敗北した私が更なる上官に勝てるわけがない。
騎士団長は、何度も私を剣や拳で叩き伏せ、その度に「立て。私に特殊能力があって良かったと思わせてみろ」と、私に再び剣を振るわせた。
高速の身体で振るった私の剣は、何度やろうとも騎士団長には届かなかった。
全て、斬撃無効化で守られるまでもなくその剣のみで弾かれた。…陽が落ちる頃には既に疲労の限界すらも超えていた。
『よく聞け、ハリソン。騎士となったからには死んでも必ず誓いを果たせ。…お前を見込んだクラークの信頼を裏切るな。』
最後にそう告げて下さった騎士団長は、倒れ込んだ私に手を差し伸べた。そして無様に一度もその身に刃を届けられなかった、私に…言って下さった。
『だが、戦闘においては素晴らしき才能だ。正しき使い方さえ知れば、騎士団でも上位の騎士になれるだろう。……期待しているぞ。』
手を取り、自ら片腕で私を起こして下さった騎士団長は、最後に観戦していた騎士達の前で私の肩を叩いて下さった。
今まで認められず、埋もれ、恐れられ、煙たがれていた筈の私を…副団長が見つけ、騎士団長が認めて下さった。
私の実力を知り、それを叩き伏せ、その上で必要として下さった。…どれほどに幸福だっただろうか。
それから、八番隊に入隊した私を、多忙であるにも関わらず副団長は毎日のように面倒を見て下さった。
『ああ、気にしないでくれ。ハリソンは明日の任務は必ずやり遂げるから心配ないと言いたいだけだ。』
言葉数の足りない私の代わりに他の騎士達に紡ぎ、波風すらもなだらかにして下さった。
『ハリソン。あれは別に本気で言ってはいない、単なる冗談だ。…彼らは任務中は常に他者の為に動く良い騎士だぞ。』
他の騎士と乱闘をしかければ止め、騎士として許せぬ弱気な発言や軽口に怒れば私を宥め、諫め、時には正しき言葉でその騎士へ指導もして下さった。
『ハリソン!安易に手を出すな‼︎…その拳も剣も、その分は敵に使う為にとっておけ。』
私を諫め、止め、何の為に振るうべきか教えて下さった。
『良いかハリソン。単に不当に不合理に剣を振るえば、それは単なる暴力だ。だが、そこに騎士として振るう意味を持つのなら。…それは、どれほどに苛烈であろうと〝力〟と呼ばれるだろう。』
正しき在り方を、振るい方を教えて下さった。
『ハリソン。………全く。今度は何故騎士に斬りかかったんだ?』
常に私の言葉足らずな言葉を、聞いて理解して下さった。
『…見てたぞ。ちゃんと刃を仕舞えたな。成長したじゃないか。』
気付き、褒めて下さった。
『…ん?私やロデリックの命令ならば聞く⁇なら自分から喧嘩を売るな。腹が立っても窘める程度にしておけ。万が一でも相手から挑まれた時は、私達に許可を得てからだ。…できるか?』
常に、行くべき指針を指し示して下さった。
…だから、私は。
『……感謝、しております。副団長。』
私が本隊入りしてちょうど半年経ったその日。
私は初めてそれを言葉にした。
なんだ突然、と少し驚いたように笑う副団長に構わず、私は言葉を重ねた。
『尊敬しております。崇拝しております。…誰よりも。』
私の、足りぬ言葉では全ては通じぬだろう。だが、それでも確かに伝えようと思った。
淡々と語るしかできない私に、副団長は「そう言ってくれて嬉しいよ」と返して下さると、肩を竦めて向き直った。
『…だが、尊敬や崇拝なんて大仰な言葉はロデリックに言ってやってくれ。私一人じゃお前をあの時引き取ることはできなかった。』
当然、騎士団長のことも尊敬し、感謝している。
あの方が許して下さらなければ、私は隊長会議の決議通りに除名をされていた。まだ、私の実力をその手で確認する前に騎士団長は除名処分を取り消し、さらには本隊入りを認めて下さった。感謝してもしたりない。この身全てを捧げようとも。…だが。
『それと、私はあくまで二番手だ。お前の隊長ですらない。間違っても私を一番とは呼んでくれるなよ。』
もう一番手はこりごりなんだ、と語る副団長は思い出すように苦笑した。
わかっている、騎士団長を差し置き副団長を最も敬うなど、騎士団長を下に見る発言とも取られる。我らが誇りである騎士団長をそのように、よりによってこの私が宣うなど許されるべきではない。
再三に渡り、問題行動を起こした私を許し、騎士団本隊に受け入れて下さったのは他ならぬ騎士団長なのだから。
『………………………敬愛、しております。』
『ああ、ありがとう。』
誰よりも、とその言葉を飲み込めば「そういうところは素直だな」と喉を鳴らしながら笑う副団長はテーブルに頬杖をつかれた。
『アイツも、…それぐらい素直に言ってくれれば良いんだがな。』
苦笑気味に語られるその言葉に、今度は私が首を捻る。アイツとは誰のことかと尋ねれば「少し反抗期のヤツが居てね」と笑った。副団長の御子息の話かと聞けば「いや、私に子どもはいないよ」と手を左右に振られた。
『だが、私にとっても息子のような…弟のような存在だ。彼がいつかお前のような目をしてくれる日がくれば良いと思うよ。』
いま会ったら一触即発だろうがな。と可笑しそうに続ける副団長はそれ以上は詳しく話して下さらなかった。その〝彼〟と呼ぶのが何者なのか。一体どのような人間なのか。我が騎士団の誰かなのか。……何も、わからなかった。だが
幸福な、日々だった。
騎士となり、その在り方を学び、剣を磨き、腕を磨き、とうとう私が望むものになれたのだから。
そしてそれから更に二ヶ月経つ前に
私の人生は、再び大きく揺り動かされた。
……
…
「!…こちらに居られましたか。」
ふと、物思いに耽っていたことに気がつき、声の方へと振り返る。
…なにを、していたのか。私は。
あまりにも遠きことに想いを馳せていた所為か、今ここがどこかもわからなくなる。…私は、何故ここに。
目を向ければ、見慣れた騎士が私の方に駆け寄ってきていた。…嗚呼、そうだ。私は。
人目のない演習場の外れに来ていた私を発見した騎士は、目の前まで来れば深々と頭を下げてきた。「何の用だ」と短く問えば、姿勢を正した騎士は口を開いた。
「先程の…例の手合わせ後に救護棟に搬送された騎士ですが」
「手合わせではない、決闘だ。…私も、殺すつもりだった。」
騎士の言葉を訂正する。
私の判断に文句を宣った奴を黙らせる為、〝決闘〟という名目で必要あらばあの場で粛清するつもりだった。だからこそあの両脚を折り、何度も斬り伏せ、もう二度と私に逆らえぬように身も心も砕いてやった。
騎士は「失礼致しました」と短く私に返すと、改めて報告を続けた。
「その決闘者が、先程目を覚ましました。医者の話では特殊能力を使っても完治には月日が掛かるとのことです。…本人は未だ衰弱し、口もきけないようです。」
「当然だ。そうなるように私が痛めつけた。」
途中で負けを認め、必死に利き腕だけはと縋る奴を私は容赦なく叩き潰したのだから。…つまらん戦いだった。
すると、私の言葉に耐えられないように騎士は拳を握った。何かと思えば震える拳で、耐え切れないように「…あそこまでする必要があったのでしょうか。」と呟いた。
何がだと返せば、その騎士は鋭く目を光らせながらとうとう私へ静かに声を荒らげた。
「私には、同じ騎士である彼をあそこまで痛みつける理由がわかりません。我々は騎士です。あのような行い、騎士道にも反するものかと。いくら彼が」
「お前は本当に御父上に似て正しいな、アーサー・ベレスフォード。」
騎士の言葉を上塗りし、私からも睨みつける。
風が吹き、短く乱雑に切り揃えた私の短髪と共に彼の刈り上げた銀色の短髪が僅かに揺れた。
目を見開き、表情を緊張に固める騎士は…アーサー・ベレスフォードは静かに剣の柄を握った。
何かを飲み込むように喉を鳴らし、一度目を閉じる。そして、開いた時にはあの方と同じ蒼い瞳が再び私を見つめ返した。
「…失礼致しました、ハリソン騎士団長。」
彼は、険しい表情で私を見つめ返す。
その姿は顔つきも髪型も表情も、話し方すらその全てが騎士団長に…あの方の生き写しだった。
アーサー・ベレスフォード。
去年、優秀な成績で本隊入隊を果たした騎士は、父親と全く同じ姿で私の前に現れた。だが、彼はロデリック・ベレスフォード騎士団長ではない。そしてその隣に
…あの方の面影も、有りはしない。




