355.騎士は怒る。
「…初めに聞いておこう、アーサー・ベレスフォード。」
シャキィ、と剣が鞘から抜かれる音が響く。
騎士団演習場、手合わせ場。
主に一対一の打ち合い練習の為に用意された場所の一つに、ハリソンとアーサーは立っていた。
囲いの周りには、演習前の騎士が一目でも二人の決闘を見ようと集まっていた。
事の始まりは、アランとカラムの謹慎処分の終了と復帰。そして予定通りに騎士団長であるロデリックにより発表されたアーサーの騎士隊長昇進の発表だった。
アーサーの規格外の昇進に驚きを隠せない騎士も多くいた中、誰よりもそれに不満と疑問が残ったのがアーサー本人だった。
朝令が終わり、騎士団長であるロデリックの口により散開を命じられようとしてすぐ、アーサーは正式に騎士達の前でハリソンへ抗議を訴えた。
『やっぱり自分は納得いきません。ハリソン隊長の方が自分よりも八番隊の騎士隊長に相応しいと、他の方々だってきっと考えている筈です。』
敢えて人前で訴え、説明を求めるアーサーの言葉にハリソンは
殺気を放った。
『…ならば私と戦ってみろ。』
そう言って抜いた剣で手合わせ場を指すと、突然の殺気に鳥肌を立てたアーサーの団服を掴み、ロデリック達の前へと引きずった。
一日決闘の許可を、と求めるハリソンにロデリックは唸ったが、現に隊長会議でアーサーの隊長就任の可決を取る時も隊長格の半分近くが「時期尚早では」と反対意見も唱えていた。まだ最年少で副隊長に就任し、三ヶ月も経ってない彼を心配しての異議だ。だが、それでも隊長本人であるハリソンの強い推薦と、防衛戦での活躍、更にハリソンよりは人間性としても信頼のあるアーサーの昇進が僅かではあるが必要可決数に到達した。
しかし、隊長格でない騎士や北方の最前線でのアーサーの活躍を知らない騎士にはこの昇進は疑問が残る。ハリソンがアーサーを可愛がっていることを知っている古株の騎士の目には、特に。
アーサーの早すぎる昇進に驚きや戸惑いを隠せない騎士が見られる現段階では、必要なことでもあると、渋々だがロデリックは了承した。
『それでハリソン。決闘でアーサーが勝ったらどうするつもりなんだ?』
『当然、八番隊隊長を任じさせます。』
副団長であるクラークの言葉にハリソンは即答で答えた。実力が自分を上回っているのなら、実力至上主義の八番隊で交代は当然だ。
なら、アーサーが負けたら?と問うと『その時は私の目が霞んでいたということです。』と返したハリソンは、ギロリと鋭い眼差しをアーサーに向け、続けた。
『責任をとって私は副隊長の座も辞しましょう。』
そして、今。
ハリソンとアーサーは相対していた。互いに剣を構え終わり、残すはどちらかが駆け出すのを待つばかりの状況だ。ハリソンの問い掛けにアーサーは「何ですか」と返すと、ハリソンを睨み返した。
「今回の決闘。…勝とうが負けようがお前の騎士隊長就任は変わらず、何の得も損もないが。」
ハリソンの言葉にアーサーは答えない。剣を向け、ハリソンの高速にすぐ対応できるように気を張り詰める。戦闘前だからか、少し流暢に話すハリソンへの警戒だ。
「…私がわざと手を抜き、敗北するとは考えなかったか?」
「ンなことする訳ないじゃないですか。」
ひと息でハリソンの言葉をアーサーが一刀両断する。少し意外だったのか、ハリソンの目が僅かに開かれた。集中を切らさないアーサーも、その変化にはすぐに気づいた。そして
「……したら、どうする?」
言葉と共に、ハリソンが高速の足でアーサーの背後に回った。突然視界から消えたハリソンの声が背後から聞こえたアーサーは
「すっっっげぇ軽蔑します。」
身体より先にその剣をハリソンへと振った。
ガキィィンッ‼︎と剣同士の激しい打ち音が響き、騎士達がどよめいた。力が拮抗し、ハリソンとアーサーの剣が押し合った。
「ッていうか…得も損もじゃないでしょう。むしろ自分が負けたら損しかないです。」
若干ぐったりとした声色のアーサーが、それに反して剣には寸分の隙も無かった。ハリソンが試しに高速で引き、今度はその足のまま剣をアーサーの脇腹へと滑らせた。が、ガキィッ‼︎と再び剣同士のぶつかり合う音が遮った。ハリソンの高速の剣に当然の如くアーサーは反応していた。
「でも、だからってハリソン隊長が手を抜くような人じゃねぇことは知ってンで。」
ギラリ、と今度はアーサーの深い蒼色の瞳が光る。ハリソンの剣を防ぐ手に力を込め直したところで、敢えて見えにくい背中を回り込むようにしてハリソンへ拳を繰り出した。寸前でハリソンに身体ごと避けられたが、それも予想通りと言わんばかりにアーサーは一歩身を引いた。
「本気でやります。だからッ」
言葉を、切る。同時に踏み出し、アーサーは高速の足を持つハリソンに自ら飛び込んだ。
ハリソンとアーサーの戦闘自体はこれが初めてではない。会うたびの奇襲だけではなく、正式な手合わせも八番隊内で何度も行われ、ハリソンとアーサーも何度も特殊能力込みの戦闘は行なっている。だが、あくまでそれは〝手合わせ〟や〝模擬戦〟の域を出ない。基本的には寸止めで終わり、放てば命を奪う銃火器の使用も禁じられている。
そして〝決闘〟は見届け人の下、その全ての制限を取り払った戦闘になる。
「ッ自分が勝ったら今度こそ納得のいく説明をして下さい‼︎」
ハリソンが消える直前、アーサーは読んだかのようにその先に銃を放った。パンッ、と音が響き、ハリソンの足を止めるように高速で移動した先に銃痕が残り、ハリソンもそこで止まった。その瞬間、アーサーは自ら剣をハリソンへ投げ放った。ハリソンがそれすら避け、逆にアーサーが手放した剣を奪おうと地面に突き刺さったアーサーの剣へ手を伸ばすと
その間に地面を蹴ったアーサーの足が今度こそハリソンの鳩尾にめり込んだ。
骨が折れたかと思うほどの凄まじい音が響き、ハリソンがアーサーの剣を掴む前に横向きに吹っ飛んだ。
高速の特殊能力を持つハリソンが反応もできずに地面に転がる姿に騎士の誰もが声を上げた。当時、新兵から本隊に上がり、すぐに当時の隊長を倒して騎士隊長へ一気にのし上がったハリソンの実力は誰もが理解していた。
「俺だってすっげぇ戸惑ってンすから‼︎‼︎」
言葉を放つ余裕があるアーサーは、まだ息も乱れない。力いっぱい怒鳴ると、地面に転がるハリソンにも全く気にせず剣を拾い、構え直した。
まだ、ハリソンが本気でないことは彼が誰よりわかっている。
「フ…ハハッ…ハハハハハハハハハハハハハハハハッ…‼︎‼︎」
突然、笑い声が響く。
ハリソンをよく知らない騎士は、一瞬どこからの笑い声かもわからなかった。声の主は、地面に転がった状態からゆっくりと起き上がる。乱れた黒髪も、そして土に汚れた顔も気にせずに自分を蹴り倒した男を見定めた。
活き活きと紫色の瞳を輝かせ、口元を不気味に引き上げた。
「嗚呼…良いぞ、アーサー・ベレスフォード。そうでなくてはつまらん。」
言葉と同時に、とうとうハリソンが再び動き出す。
高速で消え、今度こそアーサーの首へ剣を振るう。だが、やはり背後手でアーサーはそれを見切って剣で防いだ。同時に高速で移動していたハリソンの姿が止まり、現れる。バサッと彼の長い黒髪がなびいた。今度は再び移動せず、高速の太刀筋をアーサーに振るった。
特殊能力を駆使した高速の剣に、アーサーは歯を食い縛りながらも全てを捌ききっていた。キキキキキンッ‼︎と何度も連続して鳴り響く金属音と、二人の剣を振るう残像だけが、彼らが剣で打ち合っているという証拠だった。最後にまた剣が拮抗し、鬩ぎ合うと今度はアーサーが押し勝つ。
剣ごと背後によろけたハリソンはその勢いのまま高速で下がり、空中に跳ねると今度は躊躇いなく懐のナイフをアーサーへ一度に十本投げ放った。だが、それすらも彼は一振りで払い、再びハリソンの懐へ飛び込んだ。空中で動きが取れないハリソンは銃を構え、そしてアーサーに照準を合わせて撃ち放つ。
パァン‼︎パァン!と二度の射撃音が響き、同時にアーサーの剣が二度高速で走った。ハリソンの撃った弾が地面に二発とも叩き落とされ、それに気がついた騎士が今度は言葉を失った。剣で弾いたり、避けることならできる騎士もいる。だが、直接叩き落すなどという芸当は高速の特殊能力者のハリソンすら不可能だった。
防衛戦でのアーサーの活躍を知る何人かの騎士が「あれだ」「あれが例の」「すげぇ」と声を上げた。噂を知らない騎士がその話に耳を傾け、その上で改めて目を疑った。
「これが話に聞いた剣術か‼︎‼︎もっと私に見せてみろ‼︎」
ハハハハハハハッと笑いながらハリソンが再び銃を放つ。アーサーが避けられなければ即死するような急所を躊躇いなく狙い、だがその全てを叩き落とされ、ハリソンは更に上機嫌に高笑いを上げた。
ハリソンが何処からナイフを放とうと銃を撃とうとアーサーはその全てを剣一本で払い落とす。高速の剣や足さえもアーサーは完璧に対応し、受け切っていた。
当然、アーサーの攻撃も最初の奇襲以外は高速のハリソンには当たっていない。だが、完全に一歩でも引けばどちらかが命を落とすような凄まじい戦闘は、アーサーの異例のスピード昇進に戸惑いを受けた騎士全員を納得させるに十分過ぎる破壊力だった。
「いっそ私を殺してみろ!アーサー・ベレスフォード‼︎」
「絶ッ対嫌です‼︎」
笑いながらも高速移動もその剣も全く鈍らないハリソンについていきながら、アーサーがまた銃を放った。それを避けるハリソンが、一度距離を置いて再び高速で突進してくるとアーサーはその勢いのままハリソンの腕を掴み、背負い投げた。
決着を迎える前の現時点で、既にアーサーの隊長就任に異議を抱く騎士は誰一人いなくなっていた。敢えて、ハリソンがアーサーを可愛がっていることを知っている騎士達から共通の感想があるとすれば。
…アーサー。…よりによって大変な奴に懐かれたなぁ…。
若干、同情にも近い溜息や苦笑いが各々から漏れた。
こうして両者一歩も引かないまま、交代で複数の騎士達に見届けられて続いた二人の決闘は、翌日の明け方まで続いた。




