352.騎士は呆ける。
「どうもアーサー殿。この度の御活躍、聞き及んでおります。」
にっこりと笑みを作ったステイルが俺を呼ぶ。
さっきまで俺と同じでプライド様の方を向こうの方から見ていた筈なのに、いつのまにかすぐそこにいた。「ありがとうございます」と返した俺はステイルに誘導され、騎士の先輩達から一度離れた。…駄目だ、コイツすでに機嫌わりぃ。
中央から少し外れた場所に移動すると、さっきよりプライド様が見やすい位置になった。俺達だけじゃない、セドリック王子と話しているプライド様の近くにいる騎士達も皆、直接視線を向けないようにしながらすげぇ気にしてる。少し距離を置いて見守っているエリック副隊長達も、意識をしっかりプライド様の一挙一動に向けているのがよくわかる。
「…アレに何か心当たりはあるか、アーサー。」
潜めた声で小さくステイルが俺に尋ねてくる。いきなり本題をぶん投げてくるステイルに、俺も息を吐いてから答えた。
プライド様が今日、支度前にセドリック王子と庭園で話してたことを説明すれば少し納得がいったようにステイルが頷いた。
「…だから、多分その話の続きじゃねぇかとは思うんだけどよ。」
「そうだろうな。」
俺の言葉にステイルは即答すると「確かに俺もセドリック王子のあの変貌ぶりは気に掛かっていた」と続けた。目だけは変わらず真っ直ぐとプライド様とティアラ、そしてセドリック王子に向いている。
「本当にあの時のセドリック王子の笑い方に違和感はなかったのか。」
「いやそこまでのじゃねぇよ。よく見る、…なんつぅか…騎士の先輩達や貴族がプライド様にど緊張しながらパッと見は平然と振舞ってる時みてぇな感じで…ンな珍しくも腹黒くもねぇし。」
プライド様の近衛をするようになってからはよく見る顔だ。別に珍しくもない。そう思いながら言葉を返すと、何故かステイルは表情はそのままで黒い気配だけを思いっきり漂わせた。
「……………姉君があんな楽しそうに笑い声を上げられたのは久しぶりだ。」
苦々しいステイルの声が、低めたまま放たれる。
…確かに。
正直、セドリック王子の変貌よりずっとそっちの方が気になってた。
プライド様はよく笑う。でも、あんな風に笑い声を上げるのは珍しかった。
セドリック王子と話してる時は、まだ庭園の一件の続きかぐらいにしか思ってなかった。けど、何故か話し中にセドリック王子は顔を真っ赤にするし、かと思えばプライド様が楽しそうに笑い声を上げて、更にはティアラをわざわざ改めて紹介までしてるみてぇで、段々プライド様もすっげぇニコニコ笑ってて………なんつぅか。
すっっっっげぇ羨ましい。
あの人をあんだけ笑わせられたという事実が、ひたすらに。
ステイルも俺と同じなのか、人前だからか表情には出してねぇけど完全にセドリック王子とプライド様を気にしてるようだった。
途中からまるでティアラを隠すみてぇに立ち位置を変えてからは表情もわからなかったけど、プライド様に向かっているセドリック王子の顔はよく見えた。
すげぇ真剣な表情で話してるし、顔もすげぇ赤い。プライド様と話して緊張したり顔が真っ赤になる人は騎士団でも社交界でも珍しくねぇけど、あんなに何度も顔が真っ赤になるとマジで風邪じゃねぇのかと少し心配になった。何故かエリック副隊長と挨拶する時も顔が少し赤いし、…いや単にプライド様が傍にまだ居るからか。でもほんとにああやって礼儀正しい振る舞いで挨拶しているのを見ると、あの時の無礼全部がウソみてぇだなとも思う。
「…以前、セドリック王子は姉君のことを〝美しい人〟と呼んでいた。」
遠目からプライド様に挨拶を返した後。ぼそっ、とステイルが呟いた。…それは俺もすげぇわかる。
プライド様が褒められたなら嬉しいことだ。そう思ってステイルに目を向けると、何故か逆に眼差しが鋭くなっていた。
流石にパーティー中にその目はやべぇだろと思い「おい、目」と声を掛けるとステイルが気がついたみてぇに何度も瞬きを繰り返した。…でもやっぱ若干まだ鋭い。エリック副隊長以外の近衛代理騎士の先輩達とも挨拶を交わすセドリック王子を眺めながら、ステイルはまた口を開いた。
「…………〝美しい人〟…。」
…なんか、また物騒な気配がステイルから溢れてくる。
何人かの騎士がステイルのその気配に反応して辺りを見回したけど、既にコイツだけじゃなく、プライド様の楽しそうな笑い声に気付いた騎士の何人かからも同じような気配が滲んでいて紛れた。
なんでそんな怒ってンのかとも思ったけど、プライド様をあんな風に笑顔にできたのが羨ましいというなら俺もすげぇわかる。それに…
『…良い花ね』
……何故か突然、今朝のプライド様の言葉を思い出す。本当に何の脈絡もねぇ筈なのに。
セドリック王子が自国と同じ花だと言った黄色い花を、最後にプライド様は指先でそっと撫でた。
いつもなら別に気にもならない筈なのに、何故か今だけは思い出した途端にすっっげぇ気になるし、変に胸の奥がざわざわする。
気がつけば俺まで目つきが鋭くなってきているのが自分でもわかった。そうしている間にとうとうセドリック王子と別れたプライド様が俺達の方まで向かってきてくれた。遠目からこっちに笑みを向けてくれた途端、一気に気分が和らいだ。
「心配掛けてごめんなさい。少しセドリックの様子が気になって。」
「いえ、とんでもありません。それで、セドリック王子とのお話はいかがでしたか?」
ステイルの言葉にプライド様は少し苦笑いをした。
何かあったのかとも思ったけど、すぐに「なんか、凄く安心しちゃった」と言って楽しそうに笑っていた。…駄目だやっばなんかすげぇ羨ましい。
ステイルはステイルで「そうですか…」と呟きながら、一回だけまたセドリック王子を睨んでた。だからパーティー中にその目はやべぇってのに‼︎
プライド様も気付いたらしく「ステイル…?」と声を掛けると、落ち着かせるようにしてステイルの肩に手を置いた。
「大丈夫よ。本当にただ楽しくお喋りしていただけだから。二人も、きっと話せばわかるわ。次の時は皆でお話ししましょうね。」
そう言って笑うプライド様は、他の騎士達にも挨拶をと言って去っていった。
……なんか。すげぇモヤッとするのはなんでだ?
「話せばわかる、か…。」
プライド様を笑顔で見送った後、ステイルがその顔のままに口だけを動かした。信じられねぇほどの低い声と薄気味悪さが滲み出るその笑みに、思わず俺の肩が上下した。
「ならば、折角の機会ですしお話ししてみるのも良いかもしれませんね、アーサー殿。」
ギラ、とステイルの目が光る。俺に向けての敵意じゃねぇことはわかってンのに無意識に身体が反りそうになった。…やっぱジルベール宰相にも似てきてる。
流石に早速すぐに上層部と話し始めたセドリック王子を中断させる訳にいかず、暫く待ってセドリック王子が上層部全員との挨拶を済ませるのを見計らってから話し掛けに行くことになった。…何故か俺も道連れにして。
何だかんだセドリック王子が上層部と話し終わるまでは待ってやるところがステイルも人が良いと思う。
「セドリック王子殿下。…先程はどうも。」
ステイルがいつもの笑みでセドリック王子に声を掛ける。
ちょうど上層部全員と話し終わったセドリック王子がその場から一歩引いたところだった。ステイルからの呼びかけに、セドリック王子は目を丸くしていた。
「ステイル第一王子殿下…。」と呟くとそのまま視線を俺にも向けた。
「ちょうど彼とも話に花が咲いていたところでして。宜しければ是非、ご一緒にお話しして頂けませんでしょうか。」
…すげぇ気まずい。セドリック王子が俺のことを覚えているかもわからねぇけど、覚えられていたとしたら俺への印象は最悪だろう。プライド様を守る為とはいえ、結構俺はこの人に威嚇っつーか不敬もしてる。
思わず目を逸らしながら、無意識に首の後ろをさすってた。セドリック王子から息を飲む音が聞こえてきて、やっぱ第一王子のステイルにも緊張すんのか、と思ったら
「是非、…お願い致します。ステイル第一王子殿下、アーサー・ベレスフォード副隊長殿。私もちょうどお話願いたいと考えておりました。……場所を変えても、宜しいでしょうか。」
覚えてた。マジか。
まさか名前全部覚えられていたとは思わず、驚いて見返すと僅かに緊張からか顔が火照ったセドリック王子と目が合った。一瞬かなり根に持たれてるのかとも思ったけど、その目に全く敵意は感じなかった。…そういえば以前、〝神子〟とか全て覚えられるとかプライド様に言っていたことを今更になって思い出す。
ステイルが「勿論です」と答えてセドリック王子と一緒に大広間と繋がったバルコニーに出る。室内から出ただけで大分喧騒が遠ざかった。代わりに夜風が静かに耳を掠める。
セドリック王子は外に出ると、静かに他に誰もいないか見回していた。
何かあんのかと思い、少し警戒すると再びセドリック王子から名前を呼ばれた。向き直られ、思わず俺もステイルも姿勢を正す。すると、セドリック王子はおもむろに俺達へ頭を…下げてきた。
「度重なる無礼、…誠に申し訳ありませんでした…。」
いきなりそう言われ、俺もステイルも虚をつかれた。
出鼻を挫かれたからか、ステイルすら何も言葉が出ず、俺も同じように口を開けたまま固まっちまう。
いきなり詫びられたこともそうだが、その上セドリック王子の顔がさっきより真っ赤になってたから余計にだ。なんでプライド様相手なら未だしも俺やステイルにまで真っ赤になってんのか意味がわからない。
なのに、セドリック王子はその勢いのまま止まらずにすげぇ長々と俺達に詫びと礼を告げて来た。
中にはプライド様への間に二度も入った俺への詫びや感謝とか、ステイルからの警告の礼とか、それにも関わらず防衛戦での御助力をとか、本当に一から千まで全部言われた感じだった。第二王子に頭を下げられるってだけでも大ごとなのに、そこまで丁寧に謝られるとどうすりゃあ良いかもわからなくなる。
「…もしや、先ほど姉君やティアラとも同じ話を…?」
ポカンとしたままのステイルが口だけ動かして尋ねる。
すると、セドリック王子は「全てではありませんが、この内容も含んでおります」と言いながら真っ赤な顔を片手で覆って説明をしてくれた。
なんでも、この一ヵ月で色々勉学に励んだ結果、自分がどんだけプライド様に不敬を犯したか気づいちまったらしい。…むしろ、王族がなんで今まで知らなかったのかとか逆に今までは勉学をどうしてたのかとかも気になったけど、取り敢えず今はセドリック王子の変わりようの方が驚きだった。
「お見苦しく…大変申し訳ありません。ですが、どうしても己が醜態を思い出すと、羞恥が込み上げでしまい…。王族としてこのような顔色で伺うことは恥だと承知なのですがっ…」
いや、一ヵ月前のアレと比べたら全然大したことねぇし。
そう思いながらも口には出せず、セドリック王子を見返すとステイルが「いえ…ご丁寧にありがとうございます…」と言葉を返していた。完全にセドリック王子への評価がまたよくわかんねぇことになってやがる。
セドリック王子は、火照った顔のまま静かにステイルへ握手を求めた。ステイルがそれに応じると、次は俺にまで握手を求めてくれる。鎧の手のままで失礼じゃねぇかとも思ったけど、全く気にせずに俺の手を握り締めてくれた。
「ステイル第一王子殿下、貴方様のように賢き御方を私は初めて知りました。そしてアーサー副隊長殿、貴殿のように勇敢で強き御方も初めて知りました。……私は、心より貴方方を尊敬致します。プライド様が誇り、傍に置くことを望まれるのも当然のことでしょう。」
…なんか、すげぇベタ誉めされた。
しかも、セドリック王子の赤く燃える瞳は真っ直ぐ俺とステイルに向けられていた。プライド様を口説こうとした時やランス国王の病を治した時もそうだったけど、この人は本当に躊躇いも恥ずかしげもなくそういうことを言えるのはすげぇと思う。っつーか、なんで今は顔が赤くねぇんだこの人。
なんか俺まで恥ずかしくなって顔が熱くなってくると、セドリック王子から「これからもどうか宜しくお願い致します」と礼をされて、急いで俺もそれに返した。プライド様の話せばわかるってのがそういう意味だったのかとやっと理解する。
「……貴方は、姉君のことをどう思われておりますか。」
ぽつり、とステイルが口を開いた。セドリック王子はその言葉に二度大きく瞬きをした後…柔らかく、笑んだ。
「大恩人です。一生、私はあの御方に頭が上がらないでしょう。そして……何物にも勝る尊い御方です。」
…何故か、その言葉に変に納得する。
俺もステイルも一言返事をした後は言葉に詰まった。すると、セドリック王子の方から「外に長く御引止めして申し訳ありませんでした、そろそろ中に入りましょう」と俺らを広間の中へ先導した。
「貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございました。どうか兄君達共々、末永くお付き合い下さい。」
また礼儀正しく礼をされ、俺もステイルもそれに応じる。なんか、本当に一ヵ月前とは別人みてぇだった。
他の騎士達とも挨拶をと、セドリック王子が俺達に背中を向ける。一気に気が抜けて、息を静かに吐こうとした瞬間。…また何か思い出したようにセドリック王子が再び俺達の方に振り向いた。「先ほどの話ですが」と言われ、見返せばセドリック王子は周りを気にするように俺とステイルに声を潜めた。
「いつか私は、プライド第一王女…そしてステイル第一王子殿下、貴方とももっと近しい存在になりたいと望んでおります。恐らく、御迷惑をお掛けすることにもなるでしょう。どうかその折は宜しく御願い致します。」
そのままステイルだけじゃなく、俺にも深々と礼をすると、今度こそ他の騎士達に挨拶へ向かっていった。………あれ。どういう意味だ?今の。
プライド様やステイルとも近しい…ってことは同盟関係を強固にしたいっつーことか。いやでも迷惑とかその折はとか、なんか妙に意味深だったような…。
そこまで考えてから嫌な気配がして振り返ると、ステイルがまたすげぇ覇気を放ってた。
慌てて他の騎士には見えねぇように俺の身体で隠すけど、何人かの騎士がやっぱり気が付いてこっちを向いていた。父上やクラークもこっちを見ててすげぇ焦る。
「おい、ステイル!どうしたン」
「姉君に…近しい、だと…?」
俺の抑えた声と、ステイルの地から響くような声が重なった。
上手く聞き取れず、聞き返したけど二度目はなかった。代わりにステイルのグラスが握り過ぎたせいでヒビが入ってた。だんだんとステイルから殺気が混ざってきて、騎士が大勢いる中でこれは冗談抜きでヤバくなったから耳元で「あとで聞いてやっから今はやめろ!」と半分怒鳴ったらやっと気が付いたみてぇに収まった。
落ち着いた後もボソボソと「いやっ…しかし相手は第二王子…!」「身分として申し分はっ…」「だが、あの時の不敬は…」「大体、奴はっ…いやだが今はっ…」とか葛藤するみてぇに呟いては頭を悩ませてた。一体なにが気に入らなかったのかはわからねぇけど、取り敢えず必要なら祝勝会の後に聞こう。いま俺が聞いたら絶対また腹黒いモン出すに決まってる。
公式の場で背中を叩いてやるわけにもいかず、取り敢えずもう飲めなくなったグラスをステイルから回収する。傍の侍女に取り替えて貰うとグラスと俺と見比べられた。…完全に割った犯人が俺にされてる。
新しいグラスをステイルに手渡すと、ステイルと話したそうに何人かの騎士や上層部の人達がこっちを窺っていた。
上層部にはいつものことだけど、今回の防衛戦で活躍したステイル、あと俺は知らねぇけどティアラも騎士達の間で人気が上がってた。…一番ダントツで人気なのは変わらずプライド様だけど。
思考中のステイルに耳元で伝えるとやっと切り替えたらしく、顔を上げて他の騎士や上層部へ挨拶に向かい出した。パッと見、にこやかで落ち着いて見えるけど、そばにいた俺へ表向きの挨拶をしないまま完全に忘れて去って行ったし、多分まだ頭ん中は忙しいんだろう。
ステイルに置き捨てられたまま俺も騎士の方に戻ろうとすると、ちょうど視線の先にプライド様が居た。騎士達と談笑しているその横顔に、…一瞬だけさっきのセドリック王子に楽しそうに笑い声を上げていた姿が重なった。羨ましさが、チリリッと少しだけ熱を発して胸を焦がした。…なんでか、わかんねぇけど。
こうして、祝勝会は無事に幕を閉じた。
翌朝にはセドリック王子達は馬車で自国に帰ったし、王族専用の馬車でも十日は掛かる遠方のハナズオ連合王国じゃきっと次に会うのも暫く後……じゃなく、またすぐに会うことになると気がついた。
もう二ヵ月後には、プライド様の誕生祭だ。




